プラネタリウム・ドリーム   作:ななしのあ

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泉に恋をして

 泉。

 あの泉の近くに、人が住んでいた。

 

 夫婦。

 二人で森の奥で、森の恵みを分かち合い、暮らしていた。

 

 ある日。

 羽が数枚、泉の近くに立ち寄った。

 羽はその泉に好奇心と期待を注ぎ込んだ。

 

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 男は何の迷いもなく進む。

 その森からは生物の声は聞こえてこない。この場合は耳を貸していないの方が正しいだろう。

 

 男は前に来た者と姿形が似ており、所々義体の体を手にしていた。

 しかし、その男の最も特出すべき点はその上半身にあった。

 

 肩から両腕にかけて付けられたもはや生物を脱したともとれる程の義手。

 もはやその部位は原形のみを留め、頑丈な金属とそこから覗きみえる複雑なコード。

 反面、その他の部位はせいぜい外からアーマーを付けた程度。元来の人の肌も多く見えている。

 彼が外郭を歩こうものなら、気狂いが作った殺人ロボットや人の手によって作られた不完全な怪物とも言われるだろう。

 

 

 そうして男はすぐに泉へと辿り着く。

 

 

「……」

 

 

 男は何も話さず、その泉に手を向ける。

 

 そして、何かを発射する。

 ソレは孤を描き、泉の中心へと吸い込まれる。

 

 

 ポチャン。

 

 

 ……という音と共にソレは姿を消した。

 

 

「……『膜』」

 

 

 男の両腕の側面からゴム状の飛膜が生えてくる。飛行というよりは滑空を目的としているようだった。

 男が腕を大きく振ると空気が彼を押しのけ、宙へと舞い上がった。

 

 

 

 瞬間、泉が爆ぜる。

 

 

 

「…………ァァァァ……!!!」

 

 

 悲鳴。その声は泉から聞こえる。

 泉は沸騰するかのように奥から何かが溢れ出す。

 

 

「ィィィィィ……ァ……!!」

 

 

 そうして、泉は湖へと姿を変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……」

 

 

 男は宙からゆっくりと落ちて、湖から顔を出す木の上に立つ。

 

 

「そりゃあ……アイツが死ぬ訳だ。都市悪夢ってのはこんな規格外しかいねぇのか?」

 

 

 愚痴。その声からは勘弁してくれと話すかの様に。

 遠く離れてしまった湖の中心に人影。

 

 

「なーんか、怪しかったんだよ。『耳』の奴もある場所から急に静かになるっつってたし。その地点まで下がってみりゃあ、そこまで水が迫り上がってきやがった」

 

「……ァァ」

 

「……まあ、相手が顔を出してくれたならこっちも挨拶ぐらいはするべきか?」

 

「ァァァ……」

 

「おー、怖」

 

 

 湖の主が口を動かすが音にはならない。少なくとも仲良くはなれそうにない。

 

 

「俺は……ルナ事務所トレス組直属、No.2を名乗らせてもらっている『右手』、ルモだ。よろしくな」

 

 

 彼は人影に向けて爆弾を発射する。

 爆弾は湖へと触れた後、大きな音と共に水飛沫が上がる。

 

 

「……ァァァァァァァ」

 

「元気だな。爆弾一つにトンデモねえ金が掛かるからさっさとくたばって欲しいんだ……が!」

 

 

 男はもう一度手をかざす。

 その瞬間、彼の立つ地面が大きく揺れる。

 

 

「ッ!」

 

 

 彼が立っていた木……湖に呑まれた部分から大量の人間が這い上がる。

 その姿は湖の水と同じ金色に染まっており、木の上に立つ男へと登っていく。

 

 

「おっ……とお……泥人形って所か?」

 

 

 ルモは近くの木々に飛び移る。

 先回りするかの様に辺りから泥人形と呼ばれた物が木々を侵食する。

 負けじと湖の中心に手を向け、爆破を試みる。

 

 

 ——視界がブレる。

 

 

「……クソッ……コイツら……木登り出来ねえからって木倒すのはナシだろ……」

 

 

 素早く他の木々に飛び移る。

 逃げた先でまた木が倒れる。

 

 現状、ただの木登りすらままならない泥人形の戦闘力は大したことはないだろう。

 しかし、最大の特徴はその数。おそらく辺りの木々を全て飲み込んで尚その数には余裕があるといった所か。

 

 

「……ジリ貧……だな」

 

 

 ルモは現状決定打を与えられず、かと言って湖の主も彼を仕留められない。

 しかし確実に、ルモは追い込まれていく。

 

 

「……まあ、入りとしては上出来だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、姫様。お願いしますよ」

 

 

 後方上空から急速的に近づく人影。

 弧を描く様に湖の中央上空へと辿り着けば、ポケットから何かを取り出し投げる。

 あの男がした様にソレも爆発するかと思われた。

 もちろん、ソレは予想を裏切る事は無く、しっかりと爆発した。

 ……が、溢れ出したのは、熱風では無かった。

 

 

 冷気。湖の上に氷が貼られた。

 

 

「『翼』」

 

 

 男が背中に金属で出来た巨大な翼を生やす。

 両腕に生やした飛膜とは違い、飛行を目的として取り付けられていた。

 

 ルモは水面スレスレまで落下を続ける女へと高速で近づき、抱きかかえる。

 

 お姫様抱っこをされた女。やや薄い茶色の髪はウルフカットのように短く切られ、どこか買い物にでも来たかのような暖かみのある軽装は抱きかかえる後ろの無機質な男も相まって際立っている。

 

 

「……」

 

「どうしました姫様」

 

「……ふざけるなら後ろの奴らと変わってもらうよ」   

 

「まさか姫様。コレが最適解ですよ」

 

 

 ルモは姫を抱きかかえたまま宙に浮く。

 黄色の瞳が睨んでくる。

 

 

「……いや、それじゃなく……それもあるけど……」

 

「姫様、俺の『翼』は通常時は約三十分。今は姫様を抱いているので持って二十分程度でしょう」

 

「……おい」

 

「どちらにせよ長期戦は禁物。短期決戦でお願いします」

 

 

 女は言い返すのをやめた。

 

 

「……あの泥田坊は?」

 

「姫様のお陰で動けてないですね」

 

「じゃ、まずアッチがやってくれるか」

 

 

 湖の主は凍った体を動かそうともがいていた。幸い、特殊な金色の水のお陰で氷は最小限に抑えられている。

 排除するべき敵は二人。一人は翼を生やした男。もう一人は凍らせてきた女。

 状況はそう変わらず、相手に決定打はないだろう。依然として此方の方が有利なのは変わらない。

 

 

 その余裕故か、泥人形が重なる影に潜むソレに気付くことが出来なかった。

 影は音もなく水上を走り……

 

 

 赤い光が首元に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 人型が崩れ、湖へと帰る。

 泥人形も動きが鈍くなり、湖が静寂を取り戻そうとしている。

 赤い刀は確かに湖の主の首を切り裂いたが、突如現れた赤い刀の持ち主は焦燥を露わにする。

 

 

「シニキー、取ったー?」

 

「手答えがない」

 

 

 そう言い残して赤い刀の男は氷の上から何処へ姿をくらませる。

 

 

「姫様、彼は此処ではシニキではなくモルテム様です。姫様もトレスネキではなくアポリオン、と名があるでしょう」

 

「あーここじゃフィクサー名で呼ばないと駄目なんだっけ。モルテムーどう?」

 

 

 モルテムと呼ばれた男が二人の近くの木に現れる。

 

 

「間違いなくあの湖の女が本体だ。物理攻撃も効く。おそらくアイツさえ殺せれば他の取り巻き達も止まる」

 

 

 モルテムが苦い顔で話し続ける。

 黒髪に黒服という掴みどころのない姿。いかにも隠密が得意な姿をしているが、目に入るは片手に収まる赤い刀。

 その赤い光はどこか生存本能を煽り、心臓に刃を突きつけられたかのような恐怖を生み出す。

 

 

「ただ、生存能力がとてつもなく高い。不意打ちの一撃でも駄目だった以上、ここから致命打を与えるのは骨が折れる」

 

「私と姫様はどうすれば?」

 

「湖の女の動きを止めてくれ。ダメージを与えた以上、都合よく顔を出してこないとは思うが……」

 

「ほいよー。何秒いる?」

 

「3秒は欲しい」

 

「ほーい」

 

 

 湖が湧き立つ。その中央。人影がいる。

 モルテムは何処へと姿を消し、アポリオンはポケットの中身を探る。

 

 

「ルモ。ちゃんと支えててね」

 

「勿論でございます」

 

 

 そこから顔を出したのは……あまりにも巨大な拳銃。

 一般的な拳銃とはかけ離れたソレは、金属の塊としか言いようのない重厚感を放つ。非常に短い銃身に拳大はある銃口。もはや大砲と呼ぶ方が正しいだろう。

 地球で『デザートイーグル』と呼ばれていた物を改造したようだ。

 

 

 湖が揺らぎ出す。

 

 

「五本指の一つ……親指を知ってるかな?」

 

「……? ええ」

 

「あの指は主に銃を使って戦うんだけど、基本は銃を振り回して相手を殴り飛ばすんだよ」

 

「そうですね。指でも銃弾は馬鹿に出来ないほどの値段ですからね」

 

「それでも……どうしても銃弾を使わないといけない時はある」

 

 ルモの腕の中から姿勢を作り、銃口を向ける。

 

「コレはその一つ……を改良した物だよ」

 

 

 無音の一瞬。

 その静寂を貫いたのは──

 

 

 

 ドガッッッッッッッッ!!!! 

 

 

 

 もはや大砲と言ってもいいほどのすさまじい銃声が鳴り響く。

 反動で二人は大きく下がりルモは体勢を崩しかける。

 

 そして、湖が抉れる。

 

 

 

 ドパアァァンンッッ!! 

 

 

 

 大地ごと湖を抉ろうと放たれた衝撃弾は天まで届くと錯覚するほどの水飛沫を上げる。

 

 

「……銃弾って建物を貫いちゃダメなんですよ」

 

「貫いてないよー。壊しはするけどさ」

 

 

 主を守る為か、泥人形が湖へと戻る。

 

 

「……水が自発的に戻ってる?」

 

「やっぱりあの水、何かおかしいですね」

 

 

 湖へ戻るのは泥人形だけでは無かった。

 湖から溢れて土へと染み込んだ水。その水が、ありえない速度で湖の方へと流れ出ている。

 

 

「……」

 

 

 やっと姿を現した湖の主。その姿は今まで見せていた苦しみもがく姿から一変、一切の感情を消した虚無の目をしていた。

 外敵を駆除する。それだけを考えているだろう。

 

 

「よーし、やっと相手もガチになってくれたね」

 

「あれだけ何か叫んでいたのに、ついに何も言わなくなりましたね」

 

 

 湖から木の数倍はある高さの巨大な手が顕現する。

 近くを飛ぶ羽虫を潰すように二人に振り下ろされる。

 

 ルモは翼を広げ高速で移動し攻撃を避ける。

 

 

「……クソっ、ヤケクソだな」

 

「おー、守ろうか?」

 

「姫様が手を出すほどでは……やっぱ手助けお願いします」

 

 

 湖から水鉄砲の銃撃が飛んでくる。

 一番の違いは弾が水ではなく、泥人形と言うことである。

 

 

「あー、モルテムー、ダメだこれ。相手の攻撃が激しすぎて隙作れないわー」

 

 

 飛んでくる泥人形を銃でぶん殴り叩き落とす。

 

 

「そうか。なら、相手の攻撃が止めばいいんだな?」

 

 

 横から薙ぎ払う巨大な手を避ける。

 

 

「本体出てきたから確実に動きを止められるよー」

 

 

 飛んできた泥人形の引っ掻きがルモの顔を掠める。

 

 本来ならかき消され、届くはずのない声。

 しかし彼らには確かに届く。

 その声がどれだけ小さくても——

 

 

 

 

 

「わかった。……だ、そうだ、ラクス」

 

 

 再び巨大な手が外敵を叩き落とそうとする。

 

 

 

 

 

 ——ゲゼルシャフトは嫌でも情報を伝えるだろう。

 

 

 

 

 

 

「抜錨」

 

 

 

 

 

 

 湖の手が破壊される。風穴が空いた手の平には、錨。

 

 

「何の用かと来てみれば……池掃除とは……」

 

「おー! エイトニキじゃん! やっほー」

 

「姫様、だから此処ではエイトニキではなくラクス様ですよ」

 

「遅いぞラクス。だが、よく来てくれた」

 

 

 やや老けた男。灰色の髪と皺が入った肌に全体的に薄暗い服。

 その灰色の視線の先には、泉の女神を偽った湖の主。

 

 

「ふむ、大湖の怪物とは似て非なる者だな……」

 

 

 ラクスは錨を引き寄せる。

 

 

「奇妙」

 

 

 終わりなき悪夢に日差しが差し込む。

 夢が、終わろうとしていた。




Q : 都市で空って飛んでもいいんですか?
A : わかんない…
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