無数の足を使い壁、天井を伝う一匹のムカデ。体に電流が流れれば、標的へと飛び掛かる。
「ッッ!クソッ!」
ムカデはジョシュアを噛みちぎろうと喰らいつくが、彼の持っている錫杖がそれを阻止する。
「サンチェスさん!今助けに……」
「やめとけオリーブ!どうせ死んでいる!」
ムカデはもう一人の標的に向け、尻尾を突き刺す。
「っつ!よくも……!」
オリーブはその四葉のクローバーでムカデの尾を防ぐ。クローバーの幹が大きく軋みながらもムカデの尾を振り払おうとした瞬間。
ムカデの尾に、電流が走る。
「ぃ……」
「オリーブ!」
オリーブの体が痙攣する。ムカデの尾から放たれた電流の大半は彼女の持つ四葉のクローバーを通り外へと逃げたが、少しは彼女の体内へと伝わり筋肉を硬直させた。
「クソッ!」
ジョシュアが彼女の側へと近づこうとするが、ムカデの頭がそれを許さない。
「ぁ……」
再び、ムカデの尾が振り下ろされる。
「そぉい!」
突き刺さると思われた尾は、ビニール傘によって弾かれる。
「……ぁ!」
「アカシアか!」
「情報チーム部門長!助力に来ました!」
汚れたレインコートからは考えられないほどに明るい青年が、ビニール傘を構えてムカデと向き合う。
「衝撃ムカデ……百足と言うより蛇、って所か!」
「……奴は電気を扱う。頭部と胴体に電流を流す器官があり、奴の一撃をもらえば装備越しに電気が流れる」
「おそらくだが、とぐろを巻いた後に胴体から強力な電気を発生させる」
「電気か!こんなずぶ濡れの格好じゃ、あっという間に感電死してしまうな!はは!」
「……オリーブ。動けるか?」
「……はい、大丈夫です」
オリーブが立ち上がる。体が未だに震えてはいるが、まだ戦えるようだ。
「情報チーム部門長!貴方様はあの虫の頭部を狙って下さい!私はコントロールのチーフと胴体を抑えます!」
「……では、そうさせて頂こう」
「それで、お願いします」
アカシアが走り出す。泥水を撒き散らしながら、傘の先端をムカデの胴体に向ける。
ムカデが身じろぎをした後、走ってくる青年を締め殺そうと胴体を巻き付ける。
一瞬の間に回り込まれたアカシアは、そのままムカデの胴体によって見えなくなった。
「っ!アカシアさん!」
「大丈夫だ」
——ムカデの中央から、傘が開かれる。
傘の衝撃によってムカデの姿勢が崩れ、その胴体の隙間からレインコートを被った青年が飛び出す。
その隙を逃さずジョシュアは錫杖でムカデの頭部を叩きつける。
ムカデの頭部を守る金属が剥がれ、電気が走る。
「……はっ!頭を割れば全身に電気が流れ出したか!」
「頭部の装甲が外れた。今までと比べ格段に攻撃が通りやすくなるだろう」
「オリーブさん!部門長が奴を殺すまで時間稼ぎをしますよ!」
「はい!」
クローバーが胴体を薙ぎ、ビニール傘が胴体の尾を弾く。クローバーの葉っぱが胴体に引っ付き、傘によって切り刻まれた金属板が剥がれる。
切れ味を持つムカデの胴体が二人の傷を増やすが、その程度では止まらない。
「この……害虫がぁ!」
何度もジョシュアに向かって噛みついてくるムカデを押し退け、その頭部へと錫杖を突き刺し続ける。
ムカデの頭部から金属片が飛び散る。
「このままなら……行ける!」
オリーブがそう言葉を漏らした瞬間——
「あの僧に時間を割かれたと思えば……」
メインルームに、老婦人が入ってくる。
「……貴方、サンチェス君ね」
その姿は所々血が滲んでいるものの、普段と何も変わらない姿と余裕を保っている。
「……イザベルさん!」
「コントロールチーム部門長!」
「イザベル!来てくれたか!」
「……貴方とこの支部で共に働けた事。誇りに思います」
イザベルは黒く焦げた彼にそう告げ……
「……あの百足ね」
銀の蛇の取っ手を強く掴んだ瞬間。
——空間が揺らぎ、ムカデの頭が弾け飛んだ。
一閃を振り抜いたイザベルは地面へと着地し、少しの間佇む。
「イザベルさん!無事で良かったです!」
オリーブがすぐに彼女の元へと駆け寄る。
しかし、未だイザベルの顔に笑顔は戻らない。
「……あの百足は、どうなっているのかしら?」
「……え?」
ビクンッ!!
頭部が破壊された筈のムカデが跳ね上がる。
「……へぇ?」
「やべっ!」
チーフの二人が声を漏らした瞬間、完全に制御を失ったムカデの尾がアカシアへと薙ぎ払われ……
「ガッ!!」
そのままビニール傘と共に壁へと叩きつけられ、ぼろ切れの様に動かなくなった。
「何故、卵に戻らない……!」
「……ジョシュアさん。まだ動けるわね?」
「勿論だ」
イザベルとジョシュアがムカデへと走り出す。電流が漏れ出しながらも暴れ続けるその姿は正に壊れた玩具。
「オリーブ。アカシアさんの所に行ってあげて」
「……はい!」
オリーブが走り始めた刹那、ムカデの体が完全に暴走する。付近の物を無差別に破壊し始め、勝手に自滅するのだろうと思われた。
突如、アカシアへと飛び掛かる。
「っ!!」
イザベルは即座にアカシアを庇うかのように立ちはだかり、ムカデの轟く頭を抑え地面へと叩きつける。ムカデはすぐさま杖を跳ね除け、再び暴れ出す。
「どうせ死ぬなら道連れ……って魂胆か。とんだ害虫じゃねぇか」
「ジョシュアさん。あの百足が貯めている電気を全て吐かせますよ」
「……つまりあのうねる頭と尾をどうにかすれば良いんだな?」
「ええ。あの暴れ具合なら、合わせていれば勝手に力尽きてくれます。私は頭を、ジョシュアさんは尾をお願いします」
「了解」
倒れたアカシアとそこに近づくオリーブ。手負いの者に止めを刺さんと暴れ続けるムカデ。それを阻止する部門長の二人。
蠢く頭は銀の取っ手によって受け流され、轟く胴体は錫杖によって防がれる。暴走したムカデの体は先程よりも更に破壊力を増し、ただ動きを逸らすだけでも至難の業である。
しかし、それほど大きく動き回れば、ムカデの電気はより多く放出し……
……糸が切れたかのように衝撃ムカデの動きが止まった後。
——やや青い金属板に釘が刺さった卵へと変貌した。
「……人騒がせなムカデだったわね」
「ああ……本当に酷い目に遭った」
情報チームが平穏を取り戻す。
地面に杖を付き、流石に疲れの色を見せるイザベル。
「風雲僧の鎮圧に加え、コイツの鎮圧まで手伝ってもらうとは……。頭が上がらねぇな」
「良いのよ。私個人が処理できる最大限の一手を打ったまでよ」
[……じゃあもう一手打って欲しいんだ]
壊れかけのスピーカーから声がする。
「あら……管理人さんね」
「……あのサボり魔が今になって顔を出しやがったか」
「アカシアさーん!大丈夫ですかー!」
……一人だけその声には気づいていないようだ。
「オリーブ。アカシアさんを医務室まで」
「……っ、はい!」
オリーブは彼を担いだ後、情報チームの廊下の奥へと入っていった。
「……で、管理人さんはどんな一手が打ちたいんですか?」
[教育チームのメインルームにて黒鳥の夢と戦闘中だ。イザベルさんにはそこに加勢しに行って欲しい]
「……おいカス。イザベルさんは風雲僧と衝撃ムカデの二連戦でクタクタだ。お年寄りを労る気持ちってもんが無いんじゃないか?」
「大丈夫よジョシュアさん。あの鳥なら、相性が良いからね」
イザベルが歩き出す。向かう先は勿論、教育チームのメインルーム。
「……なら、俺も行こう」
「ジョシュアさんは他の職員に指示を出してエネルギーを回収して。あの鳥の鎮圧が終わったら直ぐに業務を終了出来るように」
「……死ぬなよ」
「ええ」
[ありがとう。恩に着るよ]
イザベルが教育チームへと走り始めた。