崩れ落ちた壁。
剥がれた天井。
床に溜まった瓦礫を踏みつけ、進み続ける人影が一つ。
「……」
……四葉のクローバーを引きずる女。
その服は普段オフィサーが着るようなスーツ姿だった。
「……」
行く宛もなく、ただ歩き続ける。
……上。この地中深くに埋まった支部から辛うじて生き残れるのなら、ただ上へと這い上がる以外に方法はない。
エレベーターは使えなかった。
階段は崩壊していた。
非常脱走装置は潰れていた。
……水は二日飲めておらず、食事は昨日見つけた、瓦礫に埋もれていたマグロの缶詰を食べたのが最後。
切れかけの非常灯を頼りに、ただ廊下を歩く。
……そんな事を続けて早三日。
……天井の隙間から、光が差し込んでいる。
彼女は一縷の望みに賭け、天井に向かってクローバーを突き刺す。
弱々しくもクローバーは天井を穿ち、天井が崩壊する。
眩しいほどに入ってきた光と同時に降って来た瓦礫は、クローバーの傘が守ってくれた。
「うわっ!」
……上から声がする。
「え?……あーなるほど。ちょっと待っててね。今ロープを持ってくるよ」
……少しの間の後、ロープが垂らされた。
「はい。ちゃんと掴んで。引っ張るよ」
今まで共にした四葉のクローバーを地面に置く。
両手でロープを掴んだ後……
「ふんぬうぅぅぅぅぅぅ!!!」
……びくともしないロープに痺れを切らし、最後の力を振り絞りロープを登る。
「……君すごいね。そんな疲れてるのに」
何とか這い上がり、床へと倒れ込む。
……暖かい光が、空に打ち上がっていた。
「あ!君って……」
「……っ……」
「あ、やっと目が覚めた?」
体が重い。
……が、体調は幾つかマシにはなっているようだ。
「……ぁ……」
「あー、動かないで。今点滴打ってるから」
視界がぼやけたまま、声のする方を向く。
白衣を来た男の様だ。
「……だれ……」
「まあ、こうやって会うのは初めてだもんね」
「こんにちは、オリーブ君。K-04支部の管理人、ケツァルだ」
彼女が地面に寝転んだまま、彼は挨拶を始める。
「……あなたが……」
「そうそう。今まで認知フィルター越しにしか見れなかったけど、こうやって直接会えて嬉しいよ」
「……あの……」
「やっぱり美人さんだよね。どうしても認知フィルター越しだとデフォルメ化されちゃってさ、どちらかと言うと可愛いになっちゃうんだよね」
「……どうして、まだここにいるんですか?」
「勿論君が可愛いが似合わないってわけじゃないよ?ただどうしてもあの画面からだとヒョンとした顔にしかならなくて……え?」
「貴方の様な人は……真っ先に逃げるだろうに……」
オリーブの言葉に固まるケツァル。
「全く……管理人の解像度が低いね。メイベル君やイザベルさんなら当たり前の行動だって言ってくれるよ?」
「答えは簡単、『これ以上生きてたって意味が無いから』だよ」
「……もっとクズだったか……」
オリーブは横たわったまま敵意を露わにする。
「ああ違うよ!あくまで俺はもう生きてたって意味は無いってだけで君達はこれからも生きるべきだよ!」
「……この三日間で、殆どの職員が死んだ」
段々と意識がはっきりとしてくる。
……にも関わらず、未だ部屋は暗いままである。
「……三日?支部が崩壊してからならもう四日目だね」
「……なのにお前はのうのうとここで生きているのが忌々しいんだよ」
「うーん、遅いか早いかの違いだよ。もうじき俺も死ぬ」
「……屁理屈が」
「いやー、こうやってお話出来ると楽しいね!最近は君みたいに噛み付いてくれる人が少ないからさ……」
「あ!でもあの新人のモフって子は元気だったね!自分の身の程がよく分かってはいるけど、信念がそれを許さないって感じの子だったよ!」
「……黙れ」
オリーブが声を唸らせ、鋭い視線を飛ばす。
両脚で立ち上がった後、腕に刺さった点滴の針を外す。
「今はこんなに暗いけど、一応朝の七時なんだよ?」
空を見上げる。
そこの天井はガラス張りとなっており、直接空を光を浴びる事が出来る。
「……夜じゃないの……ですか?」
「違うね。しっかりと朝だ」
「……なら何故」
「ついさっき……と言うか支部が崩壊してから三日間の間。都市は光に包まれていた」
「そして……これから都市は闇に包まれる時間だ」
「……は?」
「そのせいでご覧の通り真っ暗さ」
不可解な現象に口が塞がらない。
「ここはK-04支部の地下一階。君達に指示を出す管理室だ。地上が目と鼻の先……の様に見えて全然そんな事ないよ」
「なぜならここは俺の独房でもある。脱走手段というか外に出る手段があるならこっちの方が知りたいね」
あっけらかんと話すケツァルと眉間にシワが増えるオリーブ。
「お前はここで何をしている……?」
「何も出来てないよ」
「何故何も出来ていない?」
「もう俺の仕事はお終いだからね」
「なぜお前は人を見殺しにして高みの見物をしている!」
「見殺しにされたのは俺もだよ」
「なぜお前は管理人の立場でありながら何も動いていない!!」
「残念ながら管理人はクビになったよ」
「なぜお前は現状を把握している立場にありながら何も行動をしていない!!!」
「もう何をやっても無駄だからさ」
「答えろ!!!L社本部で何が起こった!!!」
「はぁ……」
ケツァルがため息をついた後、巨大なスクリーンへと歩き始める。
スクリーンの電源はついていないが、ケツァルが何やら操作をすると……
『ご機嫌いかがですか、管理人?』
「……は?」
『ロボトミーコーポレーションK-04支部へようこそ。歓迎いたします』
突如、ホログラムとして空色の髪を揺らす女性が現れる。
「ロボトミーコーポレーションの誇る世界最高のAI、アンジェラ……のホログラムだ」
「……ここまで人型に似たAIは……都市の禁忌に触れてしまうんじゃ……」
「さあね。今までずっと見逃されていただけなのか……それともついに頭の限界が来たのか……」
「君が『L社本部』って言った時はびっくりしたよ。普通都市に何がうんたらかんたら〜って言いそうだもん」
「……」
「L社が折れた」
「……え?」
オリーブの言葉に動揺が走る。
今までずっと張り付いてきたケツァルの笑みが剥がれる。
「……どうして?L社は業績も上々だったし他の翼からの支援も貰っているし……」
「……都市に……何かが起こった?」
疑いの目を向けるオリーブ。
アンジェラと呼ばれたホログラムの横で作業をするケツァル。
「残念ながら都市は平常運転だよ」
「じゃあ……なんで……L社が……」
「このアンジェラの存在が看過できなくなって調律者がやってきたのか……その他に原因があるのか……」
「一緒に、見てみないかい?」
「……は??」
困惑。もはやこの男が何を、どこまで知っているのかが分からなくなってきた。
再び、ケツァルの顔に笑みが生まれる。
「……L社本部で、この支部が崩壊してから何が起きたのか」
「……この支部に、アーカイブ映像が残されている」
もはや言葉すら生まれない。
「出来立てホヤホヤの最重要機密情報だ。是非、俺、アンジェラ、オリーブ君の三人で見てみようじゃないか」
オリーブは黙ったままソファーに座る。
「よし。ポップコーンは無いけど我慢してくれ」
「……いいから始めろ」
スクリーンが砂嵐に包まれてから、何かが映し出される。
『私は笑顔こそが一番人間的な行為だと思うの』
『見てくれる?』
『この日のために、随分と長い間、練習したのよ?』
「……なんだ……これ……」
オリーブが言葉を漏らす。
彼女の隣に彼、ケツァルが座る。
ホログラムの彼女は立ったまま映像を見続けている。
「ロボトミー社本部にいる、本物のアンジェラだ」
「支部に置かれているハリボテではなくてね」
『こんなに心の底から笑えたのは初めてよ』
「……ロボットが、感情を持ったら……」
——一瞬、スクリーンが砂嵐に包まれる。
『これも、あの者が招いた結果だろう』
『私は、あの者が呼び起こした全てを善しとするのみよ』
「……あの者?」
「この会社のお偉いさんだ」
「その人も、君と同じように大きな夢を持っていただろうね」
「……まあ、規模は比較にならないだろうけど」
——また、砂嵐が流れる。
『もう疲れたか?私と私の職員はまだ為せるが』
『……笑わせるな。今度こそはぶっ殺してやるからな』
「……なんで、職員同士が殺し合ってるんですか?」
「互いに自由を求めたからだよ」
「自由と自由がぶつかり合い、より強い自由が勝つんだ」
「……じゃあ……負けた方は……」
「真の自由を手に入れられるのは、一人だけだ」
「……自由を手に入れた所で幸せになれるかは分からないけどね」
——砂嵐。
『おい!蒼星の脱走を確認!直ぐに……』
『管理人!管理人!』
『赤ずきんと狼が殺し合っています!』
『クリフォト抑止力が効かない!?このままじゃ職員が全員死ぬぞ!』
『死んでもあの鳥だけは通すな!終末鳥だけは絶対に出現させるな!』
『ゲブラー様の勝利を信じ続けろ!あの方さえ勝てば、全てが決着する!』
『前とは違うのよ、ゲブラーや。E.G.Oと云う物を知らない時とは違うのさ』
「……何……これ……!」
「自由を求め戦った者の末路さ」
「……じゃあ……」
——暗転。
『もっと生きたいの』
『あなた達がこのまま死ぬかどうかは分からないけど』
『私は生きたいの』
——その声を最後に、スクリーンは沈黙した。
「反乱が起こったから、L社は潰れたのかな?それとも、L社が潰れたのは他の原因があったのかな?」
「……でも、翼の重役についた末路がこれか。哀れだね」
「……私は……自由には……なれないの?」
「どれだけ努力しても……」
「どれだけ偉くなっても……」
「……無駄……なの?」
「この都市に自由なんて本当にあるのかな?」
「……」
長い沈黙。
二人の会話を
「……うーん」
気まずくなった彼が、ポケットから何かを取り出す。
「はい。これ」
「……カードキー?」
彼は頷く。
「もし君が、このまま生きていきたいのなら、君を引き上げた穴から降りて、地上へと目指して」
「もう地表近くだから、頑張れば脱出できるよ」
彼は立ち上がり、管理室の奥へと振り向く。
「……君がこれから生きていく自信が無いなら、あの奥にある非常用エレベーターから、この支部の最下層へ行くといいよ」
「……この支部の一番底には、川が流れている」
「そこの水を飲めば、オリーブ君の未来の姿が見れる、って言われてるよ」
「……」
オリーブはそのカードキーを手に取った後。
「俺は君の選択を尊重するよ」
——非常用エレベーターへと歩き出した。
「さて……」
エレベーターが動き、管理室にはホログラムとケツァルだけとなる。
「……正真正銘、俺のお仕事はおしまい、かな?」
彼がスクリーンを操作した後。
「アンジェラ」
『なんでしょう、管理人?』
「俺は……最後まで君の事を理解出来なかったな」
——管理室が崩壊した。
R.I.P.管理人
最後のスクリーンの文字がブレてないのは仕様です