9区の裏路地。『音楽の路地』の異名を持つ、裏路地の中では一際異色を放つ場所。
道を歩けば歌声が耳へと入り、足音を鳴らせばこの裏路地を飾る音楽の仲間入りを果たす。音楽に魅了された多くの人々が数多の思いを乗せ、今日も音を鳴らす。
「いやー!モルテム君!着いちゃったね!I社の裏路地、音楽の路地へと!」
「……はいはい、そうですね」
一人は音楽に呼応するような華やかな色のフィクサー。
もう一人は影に隠れるかのような薄暗いスーツに身を包んだフィクサー。
一見デートの為にこの音楽の聖地までやってきたと思われるが、残念ながら二人の顔は重く——
「まさか、ボクとのデートで緊張してるのかい?全く、頼むよモルテム君!君がボクをエスコートするんだからね!」
「そうだな。じゃあ少しここから離れるぞ。こんな煌びやかな場所にあのピアニストはいない」
どうやら気を病んでいるのは一人だけの様だ。
「……もう、そんな態度だとレディーから嫌われてしまうよ?」
「……勝手にしろ」
どこかの室内。
天井から吊るされた電球は空間を橙色に染め上げる。
窓から入ってくる光も相まって、室内は充分な明るさだと言えるだろう。
ジュウウウゥゥゥ
「……代表さん。こんな事してる暇は無いと思うんですけど……」
「いーじゃん折角皆集まったんだから!最近じゃ全員忙しくてロクに集まれなかったんだし、こういう時こそ息抜きは大切だよ!」
「かと言ってここでパジョンを食べようってのはいくらなんでも、ですよ」
鉄板に押し付けられた生地が音を立てる。
「いーや!これはお好み焼きだ!」
両手にヘラを持ち、焼き加減を見計らう男。
「………………」
虚空を覗きどこか忙しなくする女。
「……いや……まぁ、はい」
白いスーツから簡単な私服へと着替えた男。
「……本当に大荒れですよ。これから先の事務所運営どうするんですか?本当にカスみたいなレスバ大会まで開かれてますよ?」
「『お前みたいな弱虫は一生裏路地の端っこで内臓でも売っとけ』……『ロクに強くない癖に大口叩くなじゃあお前勝てるんやな1級やら特色やらに勝てるんやな』……ですか」
ズレていた焦点を戻し向き合う女と何かを確認する私服の男。
二人の視線の先にいる男は焼き加減を見計らったまま、口を動かす。
「カスみたいなレスバ大会が開かれてるのはいつもの事だからまぁ良いとして……」
「事務所の方針は変えない」
「ここで変えたらそれこそダメやろ。多少の微調整はするが基本『頭を折る』って目標に変わりは無い」
「あくまで用があるのはディアスの方。リンバス社とグルだったなら最高だけど、グルじゃ無かったらまぁしょうがない」
「……ディアスの飼い犬になるんですか?」
「おこぼれをもらいやすいのも飼い犬だぞ。利害の一致って意味でも向こうもある程度譲渡してくれるだろうし」
「むう…………」
「あの本部長様がおっしゃる通りなら、アンジェリカ救助議論は事実上の一択になるだろうからね」
「勝手に全責任をなすりつけないで下さい」
「そこら辺は臨機応変に動いていこう。今悩んでいたってどうしようもないさ。ほい、焼けたよ。お皿出して。乗せるから」
美味しそうな香りが漂う。
「……いただきます」
「……では、お先」
「良いよ良いよ、先食べちゃいな」
「大分外れた場所まで来ちゃったね!いざとなったらちゃんと守ってよ!」
「むしろ俺が守られる側なんだよ」
路地を歩けばどこからともなく音がする。
音楽の路地の中心から離れた場所。華やかな雰囲気とはかけ離れた、掠れたような音しか鳴らない何処かの路地。
「……草食系と呼ばれるヤツかな?全く、これだから都市の男共は全員軟弱なんだよ!そんなんじゃモテないよ!」
「おおそうか、残念ながら今の俺の悩みは彼女がいない事じゃないんだ、ほっておいてくれ」
何度も突っかかるも全部軽くあしらわれ、ルミナスの声のトーンが一つ下がってしまった。
「……そこまで悩まなくてもいいと思うよ。あの代表はいつもなんとなくで動いているからね」
「……分からないな。俺はアイツの考えている事が何一つとして理解できていない」
「どうして莫大なリスクを負ってまで頭を折る事に執着している?どうして現状不透明なリンバスカンパニーとディアスに手を貸す?」
「どうしてそこまでしてあの
「……」
「……代表はおそらく、俺らを人として扱っていない」
「駒だ。代表にとってルナ事務所はこの都市に存在する一つの駒なんだろう。代表の目的を果たす為なら崩れ去ってしまっても構わない道具の一つ」
「アレは紛れもなく、『都市の人間』なんだろうな」
「……うーん」
帽子の下で悩む仕草を見せる女。
「半分は正解、って所じゃないかい?ボクもアレの事は理解していないけどさ」
ルミナスの顔にいつもの笑顔が戻る。
「駒として使うには余りにも丁寧、人として扱うには少し乱雑。って印象だね」
「ならどうして事務所ごと心中するような計画を立てている?」
「さあね。ボクは代表じゃないからそこまではわかんないや」
「でも一つだけ分かってる事がある。なんだと思う?」
「……勿体ぶるな」
「代表がボク達を切り捨てる事は絶対しない」
「……」
音楽の路地にあるまじき静寂が訪れる。一人は妙に明るく、もう一人は完全に黙ってしまった。側から見れば明らかに雰囲気の悪いカップルとなってしまっている。
「ルナ事務所は代表が持つ最強の切り札の一つ。彼はこの事務所とボク達の為に文字通り全身全霊で働いてくれるし、誰かが駄々をこねれば代表は解決案を出してくれるじゃないか」
「よく見るだろ?事務所の誰かが代表と呼べばどこからともなく代表が現れ、どんな事件も大体なんとかしてくれる姿をさ。どれだけ無茶な仕事でも、最初からボク達を見捨てるような事は一切しなかった」
「きっと代表は、ボク達を蔑ろにするような事はしないと思うよ」
「……今はそうでも、この先は?」
「未来の事をうだうだ言ったってどうしようもないさ。現状誰にも分からないんだからね」
「……でも、この事務所を賭けるだけの勝算を持ち合わせている。そう考えていいんじゃないのかい?少なくとも、この先の
「……はぁ。なるようになれ、か」
「モルテム君は代表とは気が全く合わないタイプだろうからね。心中お察ししてあげるよ」
鋭く光り輝いていた赤い視線は鳴りを潜めた。
「まあいい。ひとまず一息つける場所を——」
「……おや?」
その場には女一人だけになってしまった。
「……全く、こんなか弱い乙女を置いて一人で何処かに言ってしまうなんて。流石に薄情な奴と言わざるを得ないじゃないか」
間違いなく緊急事態。しかし彼女の脳内に過ぎるのは焦りよりも興奮。
……何故なら?
一瞬、見えたから。
「……あれだけ血眼になりながら探してたのに見つからなかった貴方が、こうやって出て来てくれるなんて!」
あれだけ探し求めていたあの蛇が、遂に姿を現したから。
その笑顔に狂気が宿る。
「やっぱたまらないねぇ!!このライブ感!!これだからボクはこの都市が大好きなんだよ!!!」
女も又、何処かへと姿を消した。
君達ちょっと小難しい話をしすぎじゃないかい?