拳と拳がぶつかり合う度に火花が散る。
片方は黒いスーツの男、ガルコ。飛び散る火花によって皮膚が少し焦げている。
もう片方は赤いコートを羽織った男、ポース。はめた手袋に仕込まれた発火装置によって火花を散らす。
「セブン組、下がりな。ここはリウ組が引き受ける。…ノーティティア。アレ、頼んだぞ」
「…ありがとうございます」
「——ッ!ありがとうございます!」
他の剛岳事務所のフィクサーとの戦闘でボロボロになったセブン協会のフィクサー達が下がる。
ノーティティアも事務所の奥へと走っていく。
ポースが事務所に空けた穴から彼と同じ赤いコートを羽織った者が続々と入ってくる。
「リウ協会の者まで来ましたか。…本気で殺す気ですね」
「まあ、アイツから色々聞いたと思うが、事務所倒産の危機なんだ。我慢してくれ」
「…どうやら、気を使っている場合では無さそうですね」
ビリッ!!
男がそう話せば、黒いコートを投げ捨て、白いシャツを破り捨てる。
その肥大化した筋肉に、ビッシリと刻まれたタトゥーが姿を現す。
「…シャツまで破いちゃ熱いだろ」
「あんな布切れで防げる火花なんてたかが知れてます」
「…お前ら。他の雑魚共は任せたぞ」
「ハッ!」
リウ協会のフィクサー達が応える。
「お前ら…こんな事をして生きて帰れると思うなよ…」
「剛岳事務所を敵に回した事、後悔させてやる」
剛岳事務所のフィクサー達も先程の戦闘で傷ついてはいるものの、より強く戦意を燃え上がらせる。
「…来い!ポース!剛岳事務所代表、ガルコがお前の首を潰してやる!!」
「お前ら!血ぃ滾らせろよ!」
事務所は戦場へと姿を変えた。
「はあ…はあ…」
男は何処かの道を走る。その姿は交渉をしていた男、ガルコより幼くも何処か似ている姿だった。
違う所と言えば、強靭な肉体を持っていた彼とはかけ離れ、弱々しい体つきをしたまま、焦燥に駆られ少しでも遠くへと逃げ出している所だろうか。
彼は乱雑に何かを入れ急いで出たが故にしっかりとしまっていない鞄を持ち、何処かあてがある様には見えず走る。
——ッ!
突如、男が転ぶ。
余りの焦燥に足がもつれたか。それならばどれだけ良かったであろうか、残念ながら彼の背中から強い衝撃が走っていた。
「はあ…はあ…やっと見つけた…」
「ひっ…」
先程までガルコと話していた女。服には至る所に血が滲み、つけていた眼鏡は外れていた。
「…剛岳事務所の、ジュナさんですね」
彼の背中を踏みつけ、首元に剣を突きつける。
彼…ジュナは少なからず人の死に触れてきた。この仕事につく以上、自身の死への覚悟は出来ていた。だか、その覚悟は死が彼に牙を向けた瞬間に己の本能が打ち砕く。
「…こ!殺さないでくれ!」
「殺しませんよ…でも、暴れたら足一本切り落としますからね」
「ひいっ…」
彼が先程まで持っていた鞄を漁る。その中からある書類を見つける。
「やっぱり、貴方が持っていたんですね。
「!!その紙は…」
土地の権利書。及び譲渡に関する書類等。
「おそらく、見積もりを出してもらう際に奥へと行ったフィクサーから何か言われたのでは?」
「…ああ、あの時にコレを渡されて…」
『え?これ持って逃げろって?』
『ああ、代表からの命令だ』
『親父から?…どうして?』
『代表のカンだそうだ。これから殺し合うだろうって』
『でも、何処に?』
『どこでもいい。そこら辺に隠れておけ。ただの杞憂だったら後で探しに行ってやる。その時はみんなで代表の事笑ってやろうぜ』
「…ガルコさんが死んだ時は貴方が次の代表になるでしょう。そうなれば剛岳事務所の持つ全ての財産は貴方が所有する事になりますし、それを他のフィクサーも認めていたでしょうね」
「…」
「ガルコさんの息子、というのもありますが、理由はそれだけじゃ無いと思いますね」
ノーティティアは己の考察を話す。
おそらく、ジュナという男は、実力が無いなりに努力をして来たようだ。それをガルコも、剛岳事務所のフィクサー達も見ていたのだろう。
信頼。今はまだ心許なくとも、彼の元で命を賭けれる程に認められていたのだ。
「…だからこそ、余計に貴方を放っておく訳にはいかない」
「…これから、俺をどうするんだ?」
「一度事務所へと戻りますよ。ほら、立って。逃げようとしたら足二本切り落として引きずっていきますからね」
「うぅ…」
互いに肉薄し、傷を増やしていく。
薙ぎ払われた腕が壁を破壊し、飛び散る火花が家に火を付ける。
もはやこの建物が崩壊するのは時間の問題だった。
「だ…代表…」
ガルコ率いる剛岳事務所は、そのほぼ全員が満身創痍となり、倒れていた。
ただ一人、ガルコを除いて。
互いの拳が衝突する。一度拳が打ち合う度に何重もの火花が散る。
顎を狙った打撃は肘によってそらされ、内腿を狙った蹴りは衝撃を与える事はあれど、相手の姿勢を崩すまではいかない。
左手のフックを腕で流した瞬間、ポースが顔面へ右腕を突き出す。
その一撃はガルコの両腕によってしっかりと防がれた。
一見は互角。しかしガルコは一つ違和感を抱いていた。
(動きが…読まれている?)
熱い炎を纏った両手が火花を散らす。
その火が目にかかり、ガルコは咄嗟に眼を閉じる。
「相手の真ん前で目ぇ閉じるとは…余裕だなぁ!!」
ポースはガルコの胸元に向けて両腕を突き出す。
その身体が少し吹き飛ばされるが、すぐさま姿勢を整えた後、足元に大きな穴を開ける。
急速に近づいた刹那、ポースの腰程まで背を屈める。
その右手は、今までとは比べ物にならない程の殺意がこもった拳。
全てを破壊せんとする一撃は、ポースの腹部に向けて振り抜かれ——
拳が、大気へと振り抜かれる。
もっと下。最早床に張り付いたかのような低姿勢を取るポース。そこからお返しと言わんばかりに紅蓮の炎を纏わせた右手から放たれるのは——
「『一点——突破』ァァァァ!!!!」
赫灼とした拳はガルコの腹を抉り、天高くへと吹き飛ばす。
「ガァ…アアァッッ!!!」
彼がうめき声と共に天井を突き抜けた瞬間、建物が崩壊する。
塵煙がそこら辺に舞う中、ガルコが吐血する。
「アイツらは…どうなった…?」
瓦礫を押し除け、立ち上がる。
「…くっ…!!代表!」
「無事か…なら良い…それよりも…」
「口調が崩れてんな。そっちの方が似合ってんぞ」
ガルコへと近づく男。その身体にはいくつもの傷がついている。
少なからず怪我を多く負ってはいるが、まだまだ戦えるようだ。
「…元々これが素だ。ああでもしないと取引先に見限られちまうからな」
「…で、聞きたいんだろ?なんでそんなに動きが読めてんのかって」
ポースが少し笑みを浮かべる。
「お前、ノーティティアとやり合っただろ?あん時にお前の動きや癖を全部探ってもらったさ」
「…そうか。セブン協会だからか…」
「弱点看破って奴だな。アイツはまだまだ未熟だが、間違いなく一級フィクサーの素質がある。ウチの事務所自慢の一人だ」
ポースはどこか嬉しそうにする。
「…でだ。どうする。まだ殺るか?」
「勿論」
その一言を聞いた瞬間、再び構えを取る。
「全て技術で抑えられるのなら、それを超える力でねじ伏せれば良いだけだ」
「…また熱くなって来たな!」
男達は最後の殴り合いを始める。
広くなった戦場で四方八方に飛び回り、あちこちで火花が散る。何度も拳と拳が打ち合い、重厚な音が響き渡る。
しかし、ガルコに刻まれた傷はあまりに深く、一撃、また一撃と攻撃を許す。
「オラァ!!」
ガルコの首元に手を振りかざす。すかさず右腕で守る。
「——ッッツ!!」
手が皮膚を裂き、首筋へと食い込む。その右手からは、全てを燃やそうとするほどの炎が立ち上がる。
「——ッ、手刀か」
炎の一閃が、確かに振り抜かれた。
「…剛岳事務所代表、ガルコが死亡した。これからは…俺、ジュナがこの事務所を継ぐ。それで…いいか?」
「…この事務所に反対する奴はいねぇ。まあ、大体死んでしまったがな」
新しく事務所の代表へとなったジュナはそう言った後、ノーティティアへと向き合う。
「…ルナ事務所の土地は引き渡します。それでどうか、これ以上は見逃してほしい」
かなりの数がいた剛岳事務所のフィクサー達はもう数える程しか居なくなっていた。
「…分かりました。では、ここにサインをお願いします」
「もうマトモな机も残ってないか。床でいいか」
施工されてない地面の上に寝そべりながら書く字はお世辞にも綺麗とは言い難い。しかし、どこか落ち着いているようにも思える。
「これでどうだ?」
「ありがとうございます。…では、全員、帰還します」
「ほーい」
互いに満身創痍になりながらも、ノーティティアは土地の権利を手に入れる事ができた。
つまり、このルナ事務所の命運がかかった事務所破りは無事成功に終わった事を意味する。
明日から、雑草を食べずに済みそうだ。
「はぁ…これからどうするんだ?」
「フィクサーやってる以上…どうしてもこういう事もあるさ。ツテもあるし、他の財産もあるし。また一緒に頑張ろうじゃないか」
「…そう…だな」
一区切り。また次回から掲示板に入ります。
ガルコ
元剛岳事務所代表。
名前の由来は頑固から取った。
昔はかなりヤンチャしてた。
強さ的にはギョンミぐらいを想像してもらえれば。
ジュナ
剛岳事務所代表。
父であるガルコが若い頃にずっと強硬姿勢を取っていたがために苦労した経験から、息子にはそんな経験はさせたくないとの思いを込め、柔軟から文字を取りジュナと名付けた…という裏設定を一つ。