「遭難しました」
[……ごめん、なんて?]
[なんか言ってるなこれ]
「遭難しました」
[本当に何言ってんのか分からんのだけど]
「申し訳無い」
[いやなんか言ってんのは分かるけどほんと何言ってんのか分からんのよ」
「すまない」
空高くから世界を照らし続ける太陽。見渡す限り水しかないこの湖。そこから顔を出して佇む1つの巨大な島。
……島。間違ってはいないが、緑が生い茂る島ではない。
どちらかといえば岩礁。辺り一面岩しかない、その割には余りにも巨大な大地。
[多分これ向こうからはちゃんと聞こえてますね。ラクスさん、この会話が聞こえてるなら少し黙ってみて下さい]
…………。
[確定ですね。これ向こうはちゃんと聞こえてますよ]
[それマ?じゃあ俺エイトニキをガン詰めしてた怖い人になってた?]
[すまねぇエイトニキ。お前から来る文字とか声とかが全部文字化けしてて分かんねぇんだわ]
「……そうか」
そんな岩礁に乗り上げた1隻の舟。舟に結び付けられた錨やオール。岩の上に佇む1人の老人。
波が岩に打ちつけ、引いてを繰り返し続ける。小さな貝が岩に張り付いている。
[いいかエイトニキ。「はい」なら何でもいいから喋る。「いいえ」なら黙る。OK?]
「うむ」
[よし。じゃあ今は舟の上か?]
……。
[いいえ、じゃあ今は陸地にいるのか?]
「うむ」
[はい、では自力で帰れそうか?]
……。
[いいえ、3日は持ちそうか?]
「ああ」
[概ね了解。よく聞けエイトニキ。あんたのゲゼルシャフトの様子がどうもおかしい。通信も不安定だし現在地特定も困難を極めている、らしい]
[普段はこんな事起こらない筈なんですけどね……]
「……そうか」
[あんたが行った場所も大湖有数の危険地帯な以上、気軽に救助しにも行けない。今代表がエイト協会とゴネてる所だから救助にはもう少々時間がかかる]
[とりあえず頑張って生き延びてくれ。OK?]
「うむ」
[了解。何かあったら何でもいいからゲゼルシャフトに書き込め]
[此方も出来る限り早く現在地特定をし、救助に向かいます。それまで辛抱して下さい]
「うむ」
……。
普段なら何の問題もない素敵な航海日和。
……問題なのはここが何処なのか。
この区域の規則がどんな物なのか。
ここの『波』が何をもたらすのか。
何もかもが分からない。ただそれだけが問題であった。
[……ところでエイトニキ。どうして遭難しちまったんだ?あんたがヘマをするなんて珍しいと思ってな]
「規則を破った船の波に巻き込まれてしまった」
[ああ駄目だなんて言ってるか全く分からねぇ]
ラクスの乗る舟が大湖の規則を破らなくとも、規則を破った他の船と絡めばどんな波かによっては巻き込まれ被害を受ける可能性がある。
自分の船を守るという意味でも、他の船を守るという意味でも、大湖の規則を守るという事は極めて大切な事である。
「突然の波に対処が出来ず流されてしまった。申し訳無い」
[なあ特異点ネキ、やっぱゲゼルシャフトぶっ壊しちまったんじゃねぇの?支部ニキの時だってこうはなってなかったじゃねぇか。レスアンカーとかが悪影響与えてんじゃ——]
[そんな筈無いですって。そもそもアレは元々あった機能を直して改良したものであって——]
…………。
波の打ちつける音に耳を貸しながら、今老人が立っている岩礁を眺める。
無人島。ヤシの木一本どころか、雑草すら生えていない。渡り鳥でさえここにはやって来ていないようだ。
ひとまず、生き延びねばならない。ラクスは座礁した舟を近くに行き、舟の上にあった皮袋を確認する。
波に襲われた時に粗方流されてしまったが、それでも幾つかは残っている。びしょ濡れになってしまった木刀に、ルナ事務所の者が作ったお手製の撒き餌。おそらく壊れてしまった今日の運勢を占えるおみくじキーホルダー。
……。
他にも残っている物を確認する。舟1隻。状態は問題なく、いつでも大湖へと出発出来るようだ……が、場所も規則も分からない現状では大湖に乗り出すのは少々無謀だろう。
オール。少し前に事務所の者達がくれたオール。これのお陰で大湖を泳ぐことが出来る。特殊な加工がされており、振り回すとオールの軌跡が空間に残存を残し、相手の攻撃を受け流す事が出来る。
錨。舟にくくりつけている。以前の戦闘にて破損してしまった物を修復して使用している。本来は舟を定位置に止める為のおもりだが、鯨狩りの際に武器として使う事もある。
……。
以上である。本来なら食料や水分を蓄える鞄も持っていたのだが、波に持っていかれてしまったようだ。
無人島に食料は無い。岩礁から離れ、人魚を捕まえ喰らう事は出来るだろうが、今の状態で狩りをするのは危険だろう。更に深刻なのは水分の確保である。大湖の水は塩辛い……だけで済めば良いのだが、区域によっては人体を破壊する猛毒を含む可能性もある。
ラクスは強化施術を施している為、どれだけ軽く見積もっても1週間は飲まず食わずの生活でも生き延びる事が出来るだろう。しかし弱り続けていくのは変わらず、その中で大湖を生き延びれるかと聞かれたらその答えは誰にも出せないだろう。
陸地にいるとはいえ、『波』が来れば無傷では済まない。オールと錨があるとはいえ、体力の消耗は避けられない。『波』にて現れた人魚を食おうとも考えたが、区域が分からない以上襲い掛かるのは人魚よりももっとやかましいナニカかもしれないし、そもそもここの規則が分からない以上いつ『波』が来るのかも分からない。
……。
ここにいた方が逆に不味いのでは。
そんな風に思い、一度座礁した舟を水の上へと浮かばせようと——
「!!!」
「ひゃ!」
悲鳴。突如大湖から何かが姿を現す。
「ごめんなさいなのです!先客がいるとは思ってなかったのです!」
……人。怪物でも、鯨でも、人魚でもない、れっきとした人間が生身で大湖から姿を現した。
女性。白いクラゲに侵食されたかのような頭部から、腰ほどまである白い髪が垂れ下がっている。
「どうしてこんな所にいるのですか?ここには何もないのですよ?」
胴体はぱっと見はドレスのようなフリフリがついており、フワッとした印象を受けるが、その布は身体にしっかりと纏わりつき、まるでウェットスーツのようにしっかりと張り付いている。
ねじれと呼ぶには余りにも人の形を保ち過ぎている。E.G.Oと呼ぶにはどうにも締め付けられているような、閉鎖的な不安定さを覚える。
怪物と呼ぼうにもソレは余りにも人間であり、人魚とも鯨とも取れない姿をしている。
[どうしたエイトニキ!なんかあったか!?]
[ああもう!なんで映像も繋げられないんだよ!?もうバグだろバグ300狂気ばら撒けよ!]
ただ……1番に目に入ったのはそこではない。
「簡単になら道案内が出来るのです。良さげな所まで——」
淡い青の瞳が老人の顔をじっと見つめる。
「……船長さん?」
……とあるフィクサー達が大湖を夢見て、一つの船を浮かべた事がある。
『テセウス号』と名付けられた巨大な船。その船に乗り込んだフィクサー達は大湖を横断し、荒れ狂う波を乗り越えていった。
結果だけを言えば、その船は沈没し、たった1人を除く全ての船員が死亡した。
奇しくも生き残ってしまった1人。『テセウス』の船長にして、現エイト組部長、ラクスただ1人のみ。
……
「……あの、船長さん?」
それなのに、目の前にいるのは——
「船長さん……なのです?人違いだったりします?」
「やっぱり船長さんなのです。良かったのです、船長さん。また会いたかったので——」
その事実を認識すると同時に、曖昧な嫌悪感がラクスを襲う。
「——ッ!」
ラクスは舟の上にある革袋から木刀を取り出し——
「すぅ!?」
目の前にいるクラゲへとぶん投げた。
「あ!あの!?船長さん!?私なのです!フルールなのです!」
そのままオールを手に取り、フルールと名乗った女へと振り下ろす。
「ひゃ!」
…………。
オールはクラゲの傘に当たる直前で止まった。
「……せ、船長さん……」
「儂は奇跡を信じん。あの日、『テセウス』が沈んで船員は全員海の藻屑となった筈だ」
「で、でも!私は生きているのです!」
「……儂はあの船の残骸の上で、最後の瞬間まで残り続けた。誰も助けられぬまま、息の泡が消える時までだ」
「……何故生きている」
ラクスのオールを握る手が僅かに震えていた。
「船長さんが生き残ったように、私も生き残れたのです!波に呑まれながらも私は今もこうやって生きているのです!胸に手を当てたらちゃんと鼓動がするですし、それに……」
「……もう良い」
ラクスが踵を返し、岩礁の奥へと歩いていく。
「……立ち話を続けるのも微妙だ。一度座れ、話を聞こう」
◎
岩礁に座り、大湖を背景にしながら佇む2人。
大湖の遥か向こうを見たまま動かない老人と、先程海から這い出てきたせいでびしょ濡れなままの少女。
「えへへ、船長さん。会えて嬉しいのです。生きてて良かったのです」
「……ふむ。」
笑顔のままこちらをずっと覗き込んでくる少女。その表情からは笑みが溢れており、嬉しいという気持ちを隠しきれていなかった。
まあ、隠す気も無いだろうが。
「船長さんはちゃんとご飯は食べているのですか?腹を満たせるだけって理由で人魚ジャーキーばっか食べてないです?美味しくて健康に良いものを食べないといけないのですよ!クラップ蟹のクラップチャウダーなんかで我慢してないですか?勿論生焼きなんて論外中の論外なのですからね!?」
「……うむ」
話し始めてから執拗に身の回りの事について詰められ続ける。ちゃんと寝ているか、ご飯は食べているか、無茶はしてないか、変に我慢してないか。
母親気取りと言うよりは、ボケた老人の介護の方が正しいのだろう。
「……フルール。これをやろう」
ラクスの話したい話題すら触れる事を許されず、自身の質問攻めを喰らい続ける中で、どうにか話題を転換しようと革袋から道具を取り出す。
「これ……おみくじのキーホルダーなのです?よく鞄に付けて、暇な時にカチャカチャしていたのです」
ルナ事務所所属のフルールという人物は思い切りの良い人物だった。
言動上はどこか抜けたかのような発言をする事が多いが、要所での判断能力が非常に優れた人物。どのような状況下においても、最適解、もしくはそれに近い一手を迷いなく出せる判断力と思い切りの良さ。その能力はラクスも高く評価していた。
「出てきたのです!大吉なのです!」
マイペース……と言うよりも、己の意志がとても強い人物。波の中でも、己の自我を突き通す事が出来る。
「また大吉なのです!運が良いです!」
「……フルール」
それ故に、謎の違和感があった。
彼女の中に心配症の性質は確かに存在したが、ここまで酷くは無かった。まるで真っ直ぐとした棒が歪み、絡まってしまったかのような固執が存在している。
そして、その原因は間違いなく『テセウス』の一件が絡んでいるのは言うまでも無いだろう。
「ん?どうしたのです?」
「……お主は——」
| 自我の選択 |
| 憂鬱有利判定 成功値:20(??)以上 |
| ラクス:判定不能 ???:+0
|
| 合計値:0<成功値:20 判定失敗 |
『テセウス』には目的地があった。
大湖の深くに眠るあの鯨を討ち取れると信じていた者。
大湖の上で偉大なフィクサーになれると信じていた者。
大湖の果てへとたどり着けると信じていた者。
異なる夢を見る者達が集い、その船へと乗り合わせていた。その終着点は常にある一点へと収束する。
……ただ、その根幹について切り出すには、どうも何かが足りなかった。
真に恐れるべきなのは星降る時じゃない。更にその先の、夢の続きの世界なんだ。
……じゃあ、私の夢は誰が見てくれるの?都市で光り輝く星々を……誰が眺めてあげられるの?
なら、知人としてではなく、フィクサーとして誓おう。
「……船長さん?」
「…………?」
突如目の前が霞み、誰でもない者の声が聞こえた。それと同時に、体に多少の倦怠感を覚える。
「……どうしたのです?何か言いかけたみたいなのですけど……」
幸い、フルールに敵意は感じない。
……視界を閉じる。
「……儂は少しだけ寝る」
「分かりましたのです!なら、私が見張っておくのです!」
本来ならこのような状況下で睡眠を取るべきでは無いのだろう。この程度の倦怠感は障害にすらならないだろう。
それでも何故か、この数刻だけは。これから先に来るであろう波に備える為に。
「船長さんがちゃんと休んでくれるようになったのです!良かったのです!」
……過去を一度、見つめ直す必要があった。
Ramus Aureus Resonatus Est
黄金の枝 共鳴
うわぁ!急に共鳴すんな!
*フルール
???:???????
女性。元エイト組所属、つまり唯我独尊な奴ら。大湖での事故により二階級特進……したけどなんか生きていた。白いクラゲに侵食されたかのような姿をしている。
作者イメージとしては某艦これのヲ級みたいなのを想像してます。
私はあの子達に手を差し出すべき、なのかな?
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そうだ。彼ら彼女らを、貴方が導くべきだ。
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うーん。貴方の後輩に任せるべきでは?
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貴方達はあの者達に関わるべきではない。