プラネタリウム・ドリーム   作:ななしのあ

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深い水は螺旋を描き、剣と成る

 ラクスは舟へと向かって歩き始める。

 

 

「………………えっ?」

 

 

 フルールの方向とは真反対へと進み、岩礁の上に佇む小舟を大湖へと浮かばせる。

 

 

「あ……あのっ……船長、さん?」

 

 

 大湖に漂う小舟に飛び乗る。その衝撃で小舟が小さく揺れる。

 

 錨と革袋のみを舟に乗せ、ゆっくりとオールを漕ぎ始める。

 

 

「……船長さん……はっ、ついてきてくれないん……ですか?」

 

「お主の船に儂の席は無い。儂が乗れる船はこれ一つだけだ」

 

「……」

 

 

 少しの沈黙の後、ラクスが話し始める。

 

 

「お主の夢は何も間違っておらん。ただ、儂には余りにも勿体ない夢であった」

 

「儂はこの事件を解決したものとして協会に伝える。そうすればこれ以上お主を追いかける者はおらん筈だ」

 

 

 ラクスが岩礁の方を向き、勇ましくもどこか弱々しく叫ぶ。

 

 

「お主がまだ儂を船長だと信じているのなら、これが最後の船長命令だ」

 

「そのまま振り返らず、進み続けろ。直ぐにここから離れ、大湖の果てへ向かえ」

 

 

 老人に行く宛は無いが、ここに留まる理由もない。

 

 どこか遠くにある港船へと向けて、ラクスは舟を進ませていく。

 

 

「……船長さんがどこぞの間抜け共のせいでおかしくなったのです」

 

 

 強烈な嫌悪感。

 

 ラクスのオールの漕ぐ手が止まり、それに伴い舟も速度も落ちる。

 

 

「もういいのです。阿呆共のせいで船長さんが変わってしまったのです。誰が船長さんをここまで見窄らしくしたのです? 私達の航海をここまで馬鹿にしたのはどこのどいつなのです? 何度死んでも生き返れるからって調子に乗った単細胞共にどうして大湖に生きる人間の気持ちが分かるのです? あんな失敗しても笑っていられる屑共にどうして船長さんを無下にできる権利があるのです?」

 

 

 ラクスは舟の向きを変える。

 

 あれからは敵意など感じない。本人からすれば、アレは全て善意の元、己の夢を叶えるため、周りに最大限配慮を尽くした姿なのだろうと感じる。

 

 それ故に感じる強烈な嫌悪感。血袋や人魚などから感じる、決して交われない怪物との拒絶反応。

 

 

「船長さん。もうそんなちっぽけな舟に乗る必要なんてないのです。船長さんはもっと偉大になるべきなのです」

 

 

 だからこそ、ラクスはアレをフルールという元船員ではなく。

 

 

「……この航海に、力づくでも連れていくのです」

 

「……ふむ」

 

 

『大湖の精霊』と呼ばれた都市災害と認識し。

 

 

 

 

 

     Proelium Fatale

 LASCIATE OGNI SPERANZA, VOI CH'ENTRATE(この門をくぐるものは一切の希望を捨てよ)

 

 

 

 

 

 押し除けるべき敵だと定義付けた。

 

 

「……あれだけカッコよかった船長さんは何処に行ってしまったのです? 皆を導いていた船長さんは……消えてしまったのです?」

 

 

 大湖の精霊の周りから、何処からともなく泡が現れる。まるでシャボン玉のような泡の数々。

 

 その中の一つに……黄金に光る泡がある。

 

 

「どうして船長さんは他の人間から馬鹿にされても平気なのです? 憎たらしいとは思わないのです? 他人を傷付ける事でしか生きられない馬鹿の為に、船長さんが巻き添えを喰らう必要なんて無いのです」

 

 

 黄金に光る泡が破裂する。

 

 

「……これを持ってて良かったのです。きっと、これが船長さんと私()を繋いでくれたのです」

 

 

 泡から現れたのは……黄金の小枝。

 

 

「……お主が持っておったのか」

 

「もう……お終いなのです。そんな苦痛に塗れた場所に1人でいるべきじゃ無いのです」

 

 

 フルールは黄金の小枝を掴み、空高くへと掲げた後——

 

 

 

「『テセウス』!起きるのです!」

 

 

 

 岩礁に突き刺した。

 

 

「……その船の名を——」

 

 

 ——直後、呼応するかのように岩礁が揺れる。

 

 

「——成程。お主の船なぞ、どこにあるのかと思えば……」

 

 

『オオオオオオオオッッ!!!!!』

 

 

 岩礁が持ち上がり、顔を出す。岩礁が雄叫びをあげると同時、大湖が豪雨と雷鳴に包まれる。

 

 紛れもなく、その姿は鯨であった。

 

 

「……無人島に化ける鯨、か」

 

「船長さん!この暗闇の上に浮かぶ貴方を……絶対に救ってみせるのです!!!」

 

 

 フルールを乗せた鯨が高く跳ね上がり、それと同時に無数の千本筋鯨人魚が水面を突き破り、湧き出て来る。

 

 鯨が動いたから『波』が来たのか、それとも黄金の小枝の影響で『波』が来たのか。いずれにしても、大湖は既に荒波と豪雨で埋め尽くされている。

 

 

「だから……手荒になる事を許して欲しいのです!」

 

 

 ラクスは革袋に入れていた撒き餌を遠くに投げる。

 

 

「『ゆたかな海のいきもの達』!」

 

 

 フルールの周囲に浮かぶ泡が破裂し、泡を遥かに超えるサイズの異形達が溢れ出す。

 

 手と足が計16本生えた兵隊人魚、車輪のついた穴掌鯨人魚、リボンのように薄く長い青色人魚、目が13個に増えた青い人魚。巨大な棘に絡まった白色人魚。巨大な泡を吐き続ける蒼白人魚。大湖の生物と思われる者達が鯨の上を占領する。

 

 それに加え、岩礁の鯨と大湖の精霊。

 

 

「……ねじれ、か」

 

「船長さんが周りの有象無象に左右される必要は無いのです。害をなす者達は全員見なければいいのです。私達の見る夢は私達だけが見れば良いのです。私達の、船長さんの夢を、何処の馬の骨かもわからない人達に都合の良いように塗り潰される必要は無いのです」

 

「……ふむ」

 

 

 幸い、一部の人魚は先程投げ捨てた撒き餌に飛びついている。鯨も寝ぼけているかのように、大きく動き回る事は無い。

 

 ラクスは舟に乗せていた錨、そしてそれを繋ぐ鎖を握る。銛もあれば良かったが、おそらく今頃は大湖の底に沈んでいるだろう。

 

 

「…………儂の夢は、いつの間にかお主と似通った物へと変わっていたのかもな」

 

 

 なら、これでやるしかない。

 

 

「ただ、お主が望む夢とは違う」

 

 

 車輪の人魚が水の砲撃を放ち、巨大な蒼白人魚が口から鋭い水の光線を作り出す。水の砲弾は空気を裂き、水圧のかかった光線は一直線に収束する。

 

 ラクスは錨を投げ飛ばして砲撃を撃ち落とし、すぐさまオールへと持ち替え水の光線を受け流す。水飛沫と空気が引き裂く音がラクスへと降りかかる。

 

 

「……っ」

 

 

 錨を舟上まで引き寄せ、体勢を整える。その隙を突いて青い人魚が飛び掛かるが、ラクスはオールを使い横に薙ぎ払い、吹き飛ばす。

 

 その後に来るは白色の人魚。己に突き刺さった棘に一切の反応を示さず、小舟ごと噛み砕かんと口を開き、鋭く尖った歯を見せつける。……が、ラクスは口にオールの棒部分を差し込み、棒へと噛みつかせる。

 

 

「・ーーー・ ・ー・ー・ ・・ー・ ・・ー 」

 

「……」

 

 

 ラクスが両手でオールを掴み、人魚は舟上に上がろうと押し込み続ける。

 

 少しの膠着状態が終われば、ラクスが人魚を突き飛ばし流れるように錨を掴み投げ飛ばせば、人魚の胴体に突き刺さり大半が消し飛ぶ。

 

 すぐさま錨を引き寄せ人魚ごと舟に乗せた後に、車輪の人魚からの砲撃を白色の人魚を肉壁として使い防ぐ。その衝撃で舟が揺れる中、蒼白人魚から舟を断たんと光線が空間を横切る。

 

 

「……キリがない」

 

 

 また白色の人魚を肉壁とするが、水の光線によって二つに切り裂かれる。幸い、舟へのダメージは抑えられたが、人魚の口からオールが離れ、大湖の底へと消えていく。

 

 

 ——雷鳴。

 

 

 海底から無数の赤い触手が現れ、海上を占領する。数多の触手の一つに、ラクスのオールを掴んである触手もある。

 

 

『オオオオオオッッッッ!!!!!』

 

「わっ!」

 

 

 岩礁の鯨が雄叫びを上げ、急に動き出す。それに呼応するかのように数多の触手が暴れ始める。『波』が本調子を取り戻し、ありとあらゆる物を呑み込もうとしている。

 

 ……が、ラクスが動揺したのはそこではなかった。

 

 

 雷鳴が同時に()()鳴った。

 

 

「やはり、こういう時の感はよく当たるものじゃな」

 

 

 岩礁の鯨を見る。

 

 その胴体に、深くめり込んだ銛が突き刺さっている。

 

 

「……そこまでして、この都市の人々は私達の邪魔をするのですか」

 

「……何故、ここに特色殿がおる」

 

 

 果てしなく嵐の向こうから、小さな舟が一つ近づいてくる。

 

 レインコートの様な服に身を包み、青い炎のタバコを咥えた老人。その手にはクロスボウ型の銛を構えている。

 

 

「そこの小娘。あんさんがその鯨を我が子のように可愛がる気持ちは分からんでも無いが、そいつは儂の取り分じゃ」

 

「突然割り込んできて、なんなのですか……貴方は……」

 

「身を焦がす程の執念が鯨を射抜く銛となっちょる姿は儂もよく見てきた。じゃが……」

 

 

「あんさんが真に欲するべき物を、あんさんがはまだ理解すらしとらんのではないのかえ?」

 

「藍色の……老人さん!」

 

 

 大湖のフィクサー。この都市においてありふれた名前ではあるが、大湖に住む者達にとってはたった1人の事のみを指す。

 

 

「……あの鯨を捕まえるにゃ、まずあの小娘からどうかせねばならんな」

 

 

 藍色の老人。年老いて尚、その実力を衰えさせる事無く進み続けるフィクサーの頂点が、鯨捕りに参加した。




深い水→憂鬱
螺旋→色欲
剣→傲慢

私はあの子達に手を差し出すべき、なのかな?

  • そうだ。彼ら彼女らを、貴方が導くべきだ。
  • うーん。貴方の後輩に任せるべきでは?
  • 貴方達はあの者達に関わるべきではない。
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