「……さて、そこの
「ふむ」
瞬きする間に、藍色の老人のボートがラクスの舟のすぐ横まで移動してきた。
かなりの距離があった筈だが、オールで一度水を撫でただけですぐ横まで移動する事が出来たようだ。
「あんさんの狙いはあの『無人鯨』か?」
「……いや、あの上の……」
「そうじゃろうな。あんさんの眼にゃ、鯨よりあの小娘の方が価値がある、との眼差しをしちょる。儂としても、そっちの方が好都合じゃ」
何故この場に特色が来たのか分からないまま、藍色の老人が何かを投げつける。
ラクスのオールだった。
ふと見てみると、オールを掴んでいた赤い触手が途中で千切れている。おそらく、藍色の老人がここに来る一瞬で取り返したのだろう。
「……有難い」
「儂の獲物はあの『無人鯨』じゃ。じゃが、あの小娘のせいで少々手こずりそうじゃな」
「……あれは…………」
「……ふむ、まだ迷うか。では、これから大湖を股にかけるであろう期待の新人に対する同調でもしておこうかの」
「儂は都市が引いた線を乗り越え、その先にある理解すら出来ん星へと立ち向かおうとする漁師じゃ」
「…………」
都市が引いた先にある星。
それは、フルールが夢見ていた、水と空が交わる場所でもあるのだろうか?
「なら、藍色殿はどうして鯨へと立ち向かうのか?」
「儂は『鯨』こそが理解の果てへと向かう手段の一つであり、壁でもあると考えちょる」
鯨という存在こそが、藍色の老人を理解のその先へと進ませる触媒へとなっているのだろう。
「儂ゃ、若人と小娘に何があったのかは知らん。ただ……」
「決して、手段と目的を混ぜてはならんぞ」
藍色が鯨を獲るのは理解の果てへと向かう為。
なら、ラクスはフルールという獲物を通じて、何を求めている?
この『大湖』という都市の魔境を通じ、何を望んで『波』と対峙し、どんな景色を望むべきなのか?
「理由も無く大湖を彷徨うのなら、あんさんはとうの昔に死んでおるじゃろう。それでも今、この場所にお主がおるのなら、相応の理由があると考えるべきじゃな?」
「…………」
「お主の心に沈む執念の先を、今一度見つめ直すんじゃ。そうすれば、力づくでもあんさんはあの『人魚』を捕まえたい筈じゃろう?」
ラクスは錨を持ち上げた。
「……さて、鯨。儂にも面倒な『約束』があるものでな。お前を超え、その先のマカジキまで行かねばならん」
「……藍色さんも、私達の邪魔をするのですか」
「小娘。あんさんの相手はあの若人だ。儂はただ……魚捕りをする老人に過ぎないからの」
ラクスはオールを手に、大湖を掻き分け進み続ける。
狙いは勿論あの向こうの人魚、『大湖の精霊』。
「……なら、もういいのです。『テセウス』!あの藍色の老人を沈めるのです!」
フルールが鯨……『テセウス』の背中を強く掴んだ後、無人鯨が大湖の底へと姿を隠す。
全てを呑み込まんとする波が大湖の上をさらい、その波に便乗した赤い触手、無尽蔵の千本筋鯨人魚、大湖の精霊が生み出した人魚達が襲い掛かる。
ラクスはオールを振り回し、触手を潰しながら千本筋鯨人魚を押し除け、無人鯨へと進み続ける。ソレを阻むのはリボンのように薄く長い青色人魚。
下から舟を転覆させようと波を作り出し、ラクスの行く末を阻む。
「ーーー・ー ーーー・ー ・ー・ー・ ・ー・ーー ・・ 」
「……やはり、か」
ラクスは青色人魚に錨を突き刺せば、そのまま力尽き海底へと沈む。舟の後ろから無数の手がついた兵隊人魚が迫ってくる。
「ーー・・ ーー・ ・ー・・ ー・ーーー ー・ーー・ ・ー・ 」
「……あいつは、船員達の亡骸を弄ったようだな」
錨を繋ぐ鎖を兵隊人魚へと目掛けぶん投げる。鎖は人魚へと絡まり動きを封じた後、ラクスのオールによって肉片へと姿を変える。
水が膨れ上がる。あそこから無人鯨が姿を現すのだろう。
その付近へと進もうと、オールを漕ぐラクス。だが、その行く手を巨大な棘に絡まった白色人魚が阻む。先程胴体の半分程を消し飛ばし、満身創痍になったにも関わらず、何事も無かったかのように動くその姿には揺るぎない生命力を感じる。
「ーー ・・・ー ー・・・ ・・ ーーー 」
「……お主、ウォニルか。久しいな」
「・ーー・ ・ー・・ ・・ー・ー ・・ー・・ ーーー 」
「……ああ。欲しい物は多少強引にでも掴み取った方が良いのだろうな」
ラクスはオールを振り下ろし、白色人魚を叩き落とせば、舟の下敷きになる。
舟が人魚の肉片へと乗り上げ、水面から少しばかり間が出来る。ラクスは錨を強く掴む。
「だからこそ——儂はお主らを糧に、この一投を投げるとしよう」
水面からフルールと無人鯨が現れる。フルールはうつ伏せになりながら鯨を強く掴んでおり、鯨は一人の餌目掛けて飛びつこうとしている。藍色の老人は銛を構えてはいるが、その光景を眺めたまま動こうとしない。
チャンスはほんの一瞬。フルールも鯨も藍色に気を取られており、ラクスへの警戒は薄れている。
「どうかお主が新しい羅針盤の元、新しい明日へと進んでくれる事を願って——」
「———抜錨」
宙に浮いた舟から爆音と衝撃波が放たれる。水は大きく裂け、豪雨すら吹き飛ばす勢いを放ちながら、錨は真っ直ぐと投擲される。
「——っ!」
錨はそのまま、フルールへと突き刺さ——
——る事なく、頭上を通り過ぎ、鯨の上に着地する。
錨が鯨の上を撫でるように移動し、錨の爪が鯨の中央に刺さる黄金の小枝へと引っかかる。深く刺さっていた黄金の小枝はまるで意志を持っているかのように引き抜かれ、宙へと舞う。
「オオオオオオッッ!!!」
「!?、黄金の枝が……『テセウス』!」
その落下地点へとラクスは吸い寄せられるように向かう。黄金の小枝もまた、ラクスへと惹きつけられるように落下する。
岩礁の鯨が方向を変え、黄金の小枝……否、ラクスの元へと突っ込んでくる。まるで餌に釣られた魚のように、一目散に飛びついてくる。
「船長……さん!」
あと十数秒もしない内に鯨はラクスの元へと辿り着くのだろう。
ラクスは惹きつけられた黄金の小枝を掴む。
「しかし鯨。少しばかり小娘に同情し過ぎなのではないか?」
微動だにすらしなかった藍色が動き出す。無防備となった鯨に向け、その巨大な銛を構える。まるで罠に掛かった獲物を捕らえるように、息の根を止める為に。
「っ!ああもう!うるさいですちょっと黙ってて下さいです!」
その行動を良しとしなかったフルールが、手のひらに小さな泡を作り出す。
その泡はどうも深く暗い青色だった。
「『アクアリウム・エコー』!!!」
突如、辺りが深海へと姿を変えた。
突然の状況変化。空間を水が満たし、空気を吸う事を許されなくなった中、それでもラクスはあの鯨を見つめ続け、黄金の小枝を手放そうとしない。
藍色の老人もまた、己を締め付ける水がなんのそのと動揺を見せる事は無い。……が、辺りに満ちた水によって自由を得た無尽蔵の人魚達によって執拗な妨害を喰らい続けている。
(……成程。これがお主の心象か)
心象ダンジョン。誰かの心を具現化した世界。心の中を覗き込み、逆に呑まれるような危うさすら感じる。
『人魚』のねじれが生み出した心象風景は、どこまでも続く、暗く、深い、先の見えない水中だった。
「フルール。この水がどれだけお主を縛り付け、蝕み、凍えさせてきたのかは分からん」
口を開けば空気が漏れ、水が入り込んで来る。それでも老人は言葉を発し続ける。
鯨はもう目の前まで迫ってくる。黄金の小枝ごと呑み込む気なのだろう。
「だが、錨は上がった。お主を縛る物はもうここには無い」
どれだけ言葉を話そうとも、息苦しさを一切感じさせる事は無い。不思議と、声もよく響いていた。
まるで、ラクスの周りに水なんて無いように。
「それでもお主がまだ過去に固執するのなら、儂はお主の背中をもう一押ししてやろう」
瞬間、鯨の胴体を一本の線が突き抜ける。
「……えっ?」
一瞬の後、水越しに伝わる雷鳴と鯨の咆哮が響き渡る。
「『テセウス』が……貫かれた?」
「流石、特色殿……と、言った所か」
水圧、浮力、抵抗。これらは全て藍色の老人の動きを阻害する。それに加え人魚による妨害、息を吸う事も許されない。まず『テセウス』への攻撃は不可能な筈。
それでも今、鯨が大きく体勢を崩し、横に空いた穴から大量を血を流しているのなら。
特色の放った銛が鯨を貫いた、と考える他無い。
「どうして、どうしてそこまで……?」
「なら儂も、獲るものを獲らねばならんな」
ラクスの手に残った最後の投擲武器。錨は既に海底まで沈んでしまい、引き上げるのは困難を極める。オールもまた、投げる事は出来るが届かないだろう。
それでも今、ラクスの手には光り輝く
黄金の小枝を投げ飛ばす。
「休め、フルール」
「……っ!!!」
フルールの心臓へと突き刺さった。
「すまない。儂の我儘に付き合って貰う」
……心象ダンジョンが崩壊し、元の大湖へと姿を戻した。
これ対紫涙戦や対黒沈戦でも思ったが特色って強すぎて戦闘が長続きしない
モールス信号一覧
*錨と鎖
黒沈アタックで壊れた錨と鎖がなんとビックリG社の特異点を引き下げて再登場!ある程度なら重さの調節が可能になったぞ!
そのせいでルナ事務所のお財布は死にました。
私はあの子達に手を差し出すべき、なのかな?
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そうだ。彼ら彼女らを、貴方が導くべきだ。
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うーん。貴方の後輩に任せるべきでは?
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貴方達はあの者達に関わるべきではない。