単行本・大怪獣時代は人間に厳しい時代です 作:アイアイホイホイおさるさん
昔、あるロボットアニメで「手元にある機械がどう動くか分かれば、ある日全人類が記憶喪失になったとしても人間はやっていける」のような台詞があったらしい。
こうして文明の基盤が崩壊した今においても武装した船団で殺し合う勢力や、その戦場跡に浮かぶ兵器や機械の破片をサルベージして日銭を稼ぐ彼自身が、その台詞が単なる気取ったモノローグでなかった事を証明していた。
「メンツだか何だか知らねーが、どいつもこいつも人の住む場所でドンパチしやがって………」
そのお零れで食ってる自分も自分だがと自嘲しながら、昔のオタクっぽい外見の青年が、自分の乗っているボートに武装船から回収した機械を引き上げ、回収する。
そのほとんどが水に沈んで壊れて入るが、分解して修理すれば使えるものも大量にあるというのが、かつての文明のレベルの高さを物語る。
「こんぐらいでいいか………」
積載量から見て満杯と判断した青年は、ボートのモーターを回して戦場跡から去ってゆく。
インドアのオタクが文明崩壊後に生きていけるわけがないというのは老齢のクリエイターやSNSのメンズコーチのみならず当事者である彼も思っていた事だが、意外となんとかなるもんだ。
それを彼は、この繰り返した日常で身に沁みて解った。
………
………重ね重ね言うが、渋谷湖には今でも人がいる。それは種類が変わっただけでこの街には利便性がある事には変わらないからだ。
地球規模での生態系の激変は、この渋谷湖にも怪獣を主体とする生態系を誕生させた。
それらは家畜による食肉をスーパーマーケットに買いに行く日常が既に過去になったこの時代において、人々の新たなるタンパク源となった。食卓に怪獣のジビエ料理が並ぶ時代がやってきたのだ。
まあここら編は、昔からナマコやフグを筆頭にあらゆるものを食べようとしてきた日本人の国民性もあるかも知れないが。
そんな渋谷湖で生活する人々は水面にスクラップを組み立てて作った廃材アートのような
………具体的な絵面は、元の映画よりもそれを題材としたユニバーサルのアトラクションの方が有名だと思われる某ウォーターのワールドに登場する海上都市だとかを想像して貰えば早いだろうか。
過去の廃品を漁る彼等は自嘲を込めて自らを「ミズアサリ」と名乗り、今は集英組と学館倶楽部の勢力争いから隠れるように、渋谷の片隅に隠すように浮遊島と家を移動させて暮らしている。
この渋谷湖においては、彼等が先に住んでいたのに、である。
***
「ま、力なき者はいくら正当性があろうが暴力には勝てないってのは歴史が証明してるんだけどな」
男は名を「コースケ・イシド」。かつての科学文明を生きた人間の生き残りの、30代の見ての通りの日本人男性。
自分ような文明にどっぷり浸かった世代の人間は科学文明に甘やかされただけのカスであり、文明が無くなれば死ぬしかないゴミであるというのは某アニメ監督が言っていた事であり本人もその自覚もあった。
が、苦労はあったが環境に適応し、なんとかこうして日々を生きていっている。
「機械基盤と、マシンガン、砲身その他諸々………ざっとこんなもんかね」
「もっと高くならない?」
「馬鹿言うでねーよ、こっちも商売厳しいんだ。どうしても無理なら諦めるこったね、うへへ」
「ちぇー………」
そんなコースケはジャンク屋に戦場跡から回収してきた機械のパーツを売りつけ、その見返りとして金銭を得ている。
文明こそ崩壊したが、紙幣がトイレットペーパー以下になる事はなく未だ取引の手段として使われている。ただ、買える物の価値が変化しただけだ。
「まあ生活費にはなるからいいか………」
「へへ、まいど!」
絶対安く査定したな、とジャンク屋のニヤケ面を見て思ったがコースケは何も言わなかった。
この水上の町で生きていくにはさざ波を立てない事が一番の攻略法なのだ。物理的にも、精神的にも、これまでの人生でも。
さて、コースケはジャンクパーツを売ったお金で買った缶詰と、あらかじめ仕掛けておいた罠にかかっていたドラウンヴァイパー………地下世界が由来らしいウナギのような怪獣、の小型種を回収し、意気揚々と自宅である水上住宅に帰る。
船を組み合わせた土台に仮設住宅を居住スペースとして載せ、そこに発電用のソーラーパネル等々を付け足して人が生活できる環境にした場所だ。
他の家屋の例に漏れず、増設された部屋や壁によってポストアポカリプス味のあるジャンクな外見に仕上がっている。
「ただいま、フサミ」
「おかえりなさーい♪」
帰宅したコースケにおかえりという返事が帰ってきた。実はこのコースケ、結婚しているのだ。
と言っても元々既婚者だったわけではなく、文明崩壊後の世界で出会い結婚したからだ。だからこんなザ・オタクなコースケにも嫁さんがいる。
それだけなら説明のつく、特筆する事のない話ではあるが………問題はその相手である。
「ちょっと出遅れちゃったから大漁とは行かなかったけど、ほら!」
「わぁードラウンヴァイパーだぁ♪」
そこに居たのは、年齢の割に発育はよくムチムチした身体をした、美………ではなく、オブラートに包んだ言葉を選ぶとちょいブスな少女。
そう、少女なのである。女ではなく、少女。
彼女は「フサミ・イシド」、旧名「フサミ・ラー」。
ユーイチの妻であり、愛する旦那様に尽くす可愛い奥様。
問題は彼女が中年男性コースケの妻でありながら12歳の少女である事だ。
「ここ置いておくから晩御飯は任せるね、じゃ俺はガレージ行ってくる」
「まかせて!美味しいの作ってあげる♪」
しかし、その事について誰も倫理観から来る正義の怒りをぶつける事なく二人は幸せな夫婦生活を謳歌し、今に至る。
そも、このようなカップルや夫婦は今の時代の日本では珍しくない。この、文明も社会も叩き潰された日本では。
………そも、コースケとフサミの出会いは数年前に遡る。
フサミの母親が学館倶楽部のホストに貢ぐ為に集英組の性風俗に沈んだ末に失踪。
残されたフサミは一人家である水上住宅で待ち続けていたのだが、そこに「家主を失った
彼女の境遇を聞いたコースケは悩みに悩んだ末、彼女を引き取る事に決めた。
それが理由となりフサミのコースケへの好感度はうなぎ上りの有頂天となり、それからなんやかんやあり二人は結婚し、今に至る。
異常中年男性と未成年少女の結婚に道徳的怒りを感じる読者の方のためにもう一度言うが、今の時代こんなカップルは珍しくない。
「「ごちそうさま〜!」」
ちゃぶ台を囲んだ二人は、フサミ作のドラウンヴァイパーの蒲焼と自家製サラダに玄米定食という晩御飯メニューを食べ終えた。
絵面だけ見れば歳の違い父娘か歳の離れた兄妹かだが、二人は夫婦である。大事な事なのでもう一度言った。
「それにしても、最近何かと幸先いいよね♪」
「ああ、それもこれも"ゴクラク蜻蛉"って人のお陰だよな」
そう言ってチラリと自身の
「にしても誰なんだろ?このゴクラク蜻蛉って人」
「さあなあ。ちょっと前から現れて、俺達にあいつらの情報をくれるけど………」
このゴクラク蜻蛉なる人物は、ある日突然ミズアサリの人々に、今や数少ない人工衛星によってなんとか保たれている電子ネットワークを通じて接触してきた。
ゴクラク蜻蛉はミズアサリの人々に、集英組と学館倶楽部の縄張りや戦闘、流れる物資と言った情報を流し、彼らの渋谷湖での生活を助けていた。
二大暴力団の脅威に晒されながらも彼らが今まで全滅せずに生活できているのは、このゴクラク蜻蛉の天気予報ならぬ暴力予報によるものが大きいだろう。
そしてコースケのように、戦場の情報から廃品回収を行うミズアサリにとっても、商売時を知らせてくれる頼もしい存在だ。
………まあいくら手助けになろうが結局、正体不明の人物であるが。
「怪しいヤツである事には変わりないよなぁ………」
「でもそのお陰でお兄ちゃんも儲かってるんでしょ♪」
「お、おい………」
そんなコースケに覆いかぶさるように、フサミが後ろから抱きついてくる。
作業着を脱いだコースケの背中にぷにゅ♡としたフサミの膨らみかけた乳房の感触が直に伝わる。
「えへへ、お兄ちゃん………♡」
「リ、フサミ………っ」
………ドラウンヴァイパー。その性質は確かにウナギに近い。
が、それでも
無論「そういう効能」も。
「………布団行こう、布団」
「いいよぉお兄ちゃん♡」
二人は火照った身体をよろめかせながら、食事の片付けを後回しにして、支え合いつつ互いを弄りながら寝室へと向かう。
寝室………二人が日常生活を送る居間のすぐ隣に襖で区切られた部屋に入り、ぴしゃりと襖が閉まる。
「んひぃいいい♡♡♡いつもより深いぃいいっ♡♡♡」
「はあっ、はあっ、フサミちゃん!フサミちゃん!!」
「ああぁ〜ん♡♡お兄ちゃん好きぃいい♡♡もっと突いてえぇ〜ん♡♡♡」
襖の向こうから、あらゆる道徳を破壊する音がしばらく響いていた。
だが、この邪悪な空間を撃ち払う者も、彼らを咎める者も、糾弾する者もいない。
今の渋谷において、彼等のようなカップルや夫婦は珍しくないのだ。
***
………そう、このようなカップルは珍しくない。
文明崩壊後も科学の遺産を貪る渋谷湖の住人達を見れば解るように、人々の欲望は
ましてやこれまで通りのキラキラした生活が送れなくなった事で、渋谷湖の女性達が抱える事になった精神的負担はかなりのものになった。
そこで彼女達は心機一転して渋谷湖で形成される社会の一部………になろうとせず、相変わらず既に入手できなくなったキラキラを求め続けた。
そして2025年現在も問題になっているように、そんな彼女達が飽くなきキラキラを求めて走ったのが、学館倶楽部のホストである。
学館倶楽部に行けばキラキラしたお姫様扱いをして貰える。そう学習していた渋谷湖の女達は、ホスト通いに奔走した。
その中には夫も子供もいる者もいたが、キラキラの前で家族への責任を考えられるわけがない。キラキラとは麻薬なのだから。
やがて、集落の資産や家族の貯金を盗んで彼女達はホストに貢ぎ、それでも足りなくなれば集英組傘下の風俗で働き出し、そして………
………渋谷湖から
先も言ったがキラキラは麻薬。渋谷湖の女達は一人残らずその麻薬を選んだ。
渋谷湖に残ったのはそんな彼女達から弱者男性と罵られたキラキラしてない男達と、そんな彼女達からキラキラより無価値と判断され捨てられた子供達だった。
しかし、それでも生きていかなくてはならなかった。
キラキラしてない男達と残った子供たちで力を合わせ、彼らの妻や母親を奪った学館倶楽部や集英組、そして渋谷湖に潜む怪獣達から身を守りながら。
「………ねぇ、お兄ちゃん?」
薄暗い寝室の布団の中。求め合い、疲れ果てて眠ってしまったコースケに、フサミはそっとくっつく。
コースケの薄い胸板にフサミの年齢不相応の厚い乳房が押し付けられ、スライムのように形を変える。
「わたし………幸せよ?」
コースケのニオイに包まれるフサミの脳裏には安心と共に、それまでの12年の人生が浮かんでいた。
………決して美人ではない、失礼ながらブスと言ってもいい一方で発育のいい、下世話な言葉を使うと「巨乳小学生」と表現できた彼女が、同性からどのような攻撃性を向けられ、どのような人生を歩んできたかなど想像に難くない。
しかし、そんな因習村のような女性社会ももう関係ない。彼女は今やコースケの幼妻であり、関係のない話。
「………大好きよ?コースケお兄ちゃん………」
深く、深くお互いに愛し合えるコースケと一緒なら、フサミは何もいらないと思えた。
自分をめんどくさがり母親をやろうとせず捨てた実母も、体型を理由に自分を尻軽だと罵った他の女子も、コースケと一緒にいれば忘れられた。
「愛してる………ずっと、ずっと」
脂ぎったコースケの頬に厚ぼったい唇でキスを交わし、フサミも眠りに落ちた。
この倫理観の欠片もない愛の形を糾弾する正義は、残念ながらここにはない。