単行本・大怪獣時代は人間に厳しい時代です   作:アイアイホイホイおさるさん

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#4

 思い出の詰まった我が家を吹き飛ばされ、泣きながらモーターボートを走らせるあイシド夫妻。

 同じように住み慣れた我が家を捨てて逃げてゆくミズアサリの人々だったが、そこに学館倶楽部の武装船団が立ち塞がる。

 

「おっと、逃げられると思うなよ?カス共が!」

「ひいっ………!」

 

 銃口を向けるホスト達は言うまでもなくイケメンだらけであり、向けられる側であるミズアサリ達は子供や老人や弱者男性だらけ。

 文明崩壊前の日本の縮図は、渋谷湖においては未だ健在である。

 

「何故こんな非道を平然と出来る………!?俺達があんたらに何かしたか!?」

「はあ?キモいヤツが何一丁前に言ってんだ?殺されたくねーならキモい自分をどうにかしろよ」

「はあ………!?」

「はあじゃねーよ!テメーら少しでも清潔感出そうとか努力したのかよ?サボってたんだから殺されて当然なんだよ」

「そんな………!」

 

 それは古くから、例えば西洋人がアボリジニに、白人が黒人にやってきた事と同じだった。主観から見て劣っているから人権はない、殺していい。そもそも同じ人間じゃない。

 旧文明の頃から日本人という人種にもあった「それ」………島国根性と恥の文化からなる国家規模のムラ社会により強化された「それ」が、法の枷を無くした今ついに噴出した。と、怯えるミズアサリを前にニヤニヤと笑うホスト達を見てコースケは分析した。

 

「つーわけで死………!!」

 

 ホストの一人がマシンガンの引き金に指をかけ、ミズアサリ達は迫る殺戮に身を屈めた。

 コースケも咄嗟にフサミを守ろうと覆いかぶさる。

 

「………ねェ………??」

 

 しかし、殺戮の嵐がミズアサリ達を襲う事はなかった。

 見れば、高らかにミズアサリに人権はないと宣言したホストが引き金を引くよりも早く、腹を巨大な針が貫通しているのが見えた。

 

「え………ちょ、待てよ………!」

 

 ヴヴヴヴヴというバイクのエンジン音のような羽音と共に空中に持ち上げられたホストは、今度は右腕を失った。

 続いて右足、左足と、空中を舞う捕食者達はそのホストをまるで幼子が虫を千切って遊ぶがごとくバラバラに分解していった。

 

「メガニューラだ!!」

 

 コースケが、空を舞う巨大なトンボの群れを前に叫んだ。

 それはコースケの見た死体と同じ、剣の腕と針の尻尾を持った古代昆虫メガニューラの群れ。

 唖然とするミズアサリやホスト達を見下ろしていたそれは、一斉に眼下のホストめがけて襲いかかった!

 

「なんだコイツら!?うわ、うわああ!」

「この野郎めえ!」

「虫ケラがああ!!」

 

 肉が切り裂かれる音とホスト達の悲鳴。そして応戦する銃器のドパパパパンという音が響き渡り、一人、また一人とホスト達は食い殺されてゆく。

 何故ホスト達だけ狙われるのだとか、そもそも何が起こっているのか理解できる者はミズアサリの中には居なかったが、これがチャンスだという事は誰の目にも見て明らかであった。

 

「今だ!逃げろお!!」

 

 一人が叫び、ミズアサリ達は一斉にボートを進軍させる。

 ホスト達がメガニューラに気を取られている隙をつき、彼等はこの場からなんとか逃げ切った。

 背後で燃え上がる、愛しき我が家を振り返らずに………

 

 

 ………そして、逃走開始から数時間後。

 

 結論から言うと、ミズアサリ達は全滅を免れた。

 だが、完全に無事とは言い難かった。

 

「俺達の家が………」

「くそっ、財産も何もかもパァだ」

「うう、ごめんよミカ………もっと早く気づいていれば」

「明日からどうやって生活していけばいいのさ………」

「ぐすっ………ぐすっ………」

 

 フサミのようにメールの確認が遅れたり、そもそも悪戯メールの類だとしてまともに受け取らなかった者が多く、ミズアサリ側にも犠牲者は大勢いた。

 

「どうして………どうしてこんな………」

「昔からそうさ、世間の勝ち組って奴等は見下した人間には何をしてもいいと思っている」

 

 しかし、彼等は助かった。

 だから生きねばならなかった。

 そして彼ら生き残ったミズアサリ達は、新しくゴクラク蜻蛉から送られてきたメールに添付されていた地図を頼りに、提示された避難経路を進んでいく。

 

「それにしても、この先には何があるんだ………ますますヤツが何者かわからなくなってきた」

 

 それまで………日々生き抜く事に必死だった事もあり、単なる便利な謎の人物としか見ていなかったゴクラク蜻蛉。

 それが、自分達を避難経路と称して彼らも知らない未知の場所へと導いている事に、コースケは一抹の不安を覚えた。

 

「もしかして俺達は………知らない間に悪魔と取引していたのかも知れない」

 

 それでも、我が家を失った以上は進むしかない自分を含めたミズアサリ達を自嘲するかのように、コースケはつぶやいた。

 日は既に傾き、苔むした渋谷湖のビルをオレンジの光が染めていた。

 文明崩壊の前夜に見たのもこんな夕焼けだったと思いながらも、コースケはボートを進ませるしかなかった。

 

 

 ***

 

 

 彼らミズアサリは見知らぬ水域を怯えながら進んだ。

 そしてたどり着いたのは、一棟の高層ビルの前。

 何の用途に建てられたかは分からなかったが、周囲のビルが倒壊する中それだけが不自然なまでに直立していた。

 

「なんだ?このビル………」

「あっ、あれ………!」

 

 最初に気づいたのはフサミだった。

 ビルのバルコニー………といっても上階に突き出た形状のため水面に浮かんだ入り口のんうになっているそこに、一人の人影が立っているのを見つけた。

 コースケも目を凝らし、こんな誰もいないハズの場所に立つ謎の人物を誰だ?と凝視する。

 

「………メイド?」

 

 金髪のおかっぱ頭のメイドであった。

 メガネをかけたメイドであった。

 笑顔を浮かべている………と言うよりは笑顔以外の表情がないというか、何かの受付嬢のようなメイドがそこにいた。

 一人で、ぽつんと。

 

「お待ちしておりました、ミズアサリの皆様!」

 

 呆然とする一同に対して、張り付いたような笑みを浮かべたままの不気味なメイドが、ハキハキとしすぎて感情が感じ取れないような声で一礼する。

 旧時代を知るコースケには、そんな様子に思わず「ニーサン」という無意味な単語が浮かんでしまう。

 

「………ん?」

「どうしたの?」

「この音………」

 

 と同時に、彼らの頭上よりヴヴヴという羽音が聞こえてきて、ミズアサリの一人が恐る恐る見上げると、そこには。

 

「………あっ、メガニューラ!」

「何ッ!?」

 

 メガニューラの群れだ。数百匹の群れが、ミズアサリ達を取り囲むかのように空中にホバリングしていた。

 それだけでなく、周囲のビルにはメガヌロンの抜け殻がびっしりと並び、同じ数だけの別のメガニューラの大群が、ビルの向こうからミズアサリ達の様子を伺うかのように覗いていた。

 それが肉食性であり、凶暴性を持つ生物である事を、ホスト達を食い荒らす様を見て知っていたミズアサリ達は、手持ちの少ない武器を構えて警戒する。

 だが、そんな彼等に対して眼前の怪しいメイドが一言。

 

「ご安心ください、"我々"に貴方方を傷つける意思はございません!」

「こんな状況で何を言っているんだてめえは!?」

 

 相変わらずのハキハキした声量に至極真っ当なツッコミを入れた直後、ミズアサリの一人は彼女の一言に入った不可解な要素に気づく。

 

「………我々?」

「はい!"我々"は貴方方の味方です!」

 

 その証拠を見せてやると言わんばかりに、二匹のメガニューラが怪しいメイドの隣に降り立つ。

 するとどうだろう。二匹のメガニューラはまるで大昔のSFX演出がごとく、ぐにゃりと人型のシルエットに歪んで縮んだかと思うと、モーフィングするかのように怪しいメイドと瓜二つの姿になったではないか。

 

「なん………こ、これはッ!?」

「驚きましたか?ソウルライザーという物です!私達怪獣に人間の姿を与えてくれる素敵なアイテムなんです!」

 

 つまり、この首のチョーカーを自慢気に指差す最初の怪しいメイドもメガニューラ。

 まるで素人が書いた小説モドキがごとき急展開の連続であるが、ミズアサリ達にはこれらにツッコミを入れる勇気も疑問を浮かべる気力も既に無かった。

 

「………一応、今の所は君等は味方だと信じていいんだな?」

「はい!私達の主もそのつもりです!」

「主?」

 

 メイドの格好をしているからにはマスターはいるものだと想像はついたが、彼女の口から出たその「主」の名は、彼らミズアサリに驚愕を与えた。

 

「私達の主、貴方方が「ゴクラク蜻蛉」と呼んでいる方です!」

「なんだって!?」

 

 

 ***

 

 

 所変わって、ここはかつての新宿歌舞伎町。

 文明崩壊により行き場を無くした現地のヤクザを取り込んだ組織という側面も持つ集英組の拠点は、案の定というかここにある。

 ここの、沈みかかったビルを中心に増改築を繰り返した、どこぞの九龍城がごとき巨大な建造物が、彼等の「事務所」である。

 

「なんじゃと?データセンター跡にミズアサリが集まっちょる?」

「へい、組長(アニキ)!恐らく学館倶楽部の人間狩りから逃れてきたモンかと!」

 

 集英組のボスであるサヌキは、この時代にどうやって材料を揃えたか解らない葉巻を吸いながら部下の報告を聞いていた。

 

「どうしましょうか………」

「決まっちょるじゃろ、殺せ」

 

 サヌキは寸分の迷いも葛藤もなく、すぐに決断を出した。

 

「しかし、あの場所は我々のシマでは………」

「ふふ、ええか?学館倶楽部のガキ共の性格を考えぃ、連中が逃げた獲物を、それにミズアサリなんて連中を逃がすと思うか?奴等は侮辱(ナメ)られたと思って必ず追撃を出す!そこにワシらが攻撃を仕掛ければ………」

「なるほど!流石は組長(アニキ)ですぜぃ!」

 

 よく言われるヤクザの義理人情というやつは所詮は身内に向けた話。

 いくら非道な学館倶楽部と敵対しているからと言って、彼ら集英組が善玉である保証などどこにもないのだ。

 

「それにミズアサリなんて連中、生かしておく理由も無いじゃろう?」

 

 無辜の民であるミズアサリ達への認識も、これなのだから。

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