単行本・大怪獣時代は人間に厳しい時代です 作:アイアイホイホイおさるさん
意識が覚醒に向かう中彼女は思った。夢遊病から覚めた感じ、とはこの事を言うのだろうと。
それまでぼんやりとした夢現の中にあったスキュラの意識は急速に覚醒し、眼前にて自身を押し倒す形になり、彼女の長い身体と自身の長い脚が複雑に絡まっている形ティアマトと目が合った。
『ちょ、何触ってんだし!?チョーキモいんだけど!?』
『はあ!?貴女こそ離れなさいな!不潔ですわっ!』
恐らく状況はティアマトも同じだったようで、互いに好戦的かつ特にそういうケのない二体の怪獣は互いを罵倒しながら離れ、双方睨み合う。
そして考える。そもそも何故自分がこんな所にいるのか?と。
『てかここどこよ?ウチ海の中で寝てたんだけど?』
『
この各々眠っていたというアリバイは、言ってしまえば方便である。
スキュラの場合は海中に沈んだ核爆弾を寝たフリをしながら探していたという事であり、ティアマトの場合も北極上空の太陽風による莫大なエネルギーを吸収していた、という説明が其々つく。
双方、目的は「王」の打倒であるが、互いに目的は伏せている。素性も詳しくないお互いが「王」側の
『ようやく目が覚めたようだな、お嬢様方』
『『ッ!?』』
して、そんな二体の疑問に答えるのは、ビルの上にゆっくりと降り立ったうえで、突如女同士の会話に割って入るメガギラス。
先程まで戦っていたというぼんやりとした記憶から、誰よこいつ?!と殺意をむき出しにして身体を発光させるスキュラとティアマトだが、メガギラスは動じない。
先の戦闘の結果得た、この二体程度なら余裕で相手にできるという分析と、自信があるからだ。
『まあ落ち着け。お前達は人間の作ったオルカという機械によって操られていたのだ』
『マジ!?』
『嘘でしょう!?』
スキュラとティアマトは互いに顔を見合わせ、驚くと同時にまるで痴漢に触られた後のように嫌悪感を露わにして震えている。
『本当だ。その証拠に二人とも、ここまでの記憶がぼんやりしているだろう?』
………よく言われる通り、おおよその怪獣というものは人間を虫けら程度にしか見ていない。
その上で聞くが、これを読んでいる読者諸君は、気づかない間に服の袖かズボンの裾からムカデが侵入し、身体を這い回ったりしたらどうだろう?
怪獣達にとって、知らず知らずの内に人間に操られるというのはそれぐらい「生理的に無理」であり「そもそも危険」な事なのだ。
『………で、その
『きゃはははっ!たっぷり"お礼"しないとねぇ………?』
加えて怪獣にとって、そんな虫ケラ同然の人間に操られ道具にされるというのは、プライドを著しく傷つけられる行為である。
ふつふつと怒りを湧き上がらせるスキュラとティアマト。
見事術中にハマった二体の怪獣に道を示すかのように、メガギラスはゆっくりと、ハサミを前に向けて指さす。
『ほれ、あいつら』
逃げようとしているヤクザとホストの集団。
互いのトップを失った彼等は、もはやただの烏合の衆。
それまで渋谷湖の人々を権力と暴力で食い荒らしてきた事への報いは、二大怪獣の怒りと破壊となり、彼らの前に降り注いだ………。
***
………全てが終わった時、辺りは元の静寂に包まれた。
データセンタービルで待っているようにとだけ言われたミズアサリ達に、一着のメールが着信した。
送り主はゴクラク蜻蛉、件名は「メルマガ停止のお知らせ」。
どこで学んだのか、よくあるソシャゲのサービス終了を知らせる定型文で書かれたそれには、ゴクラク蜻蛉としての活動の終了が記されていた。
メールの内容通り、それ以来メガニューラも、メガヌロンも、メガギラスも渋谷湖に現れる事はなかった。
それぞれのボスが死亡し、構成員の多くを失った集英組と学館倶楽部はもはや組織としての形を保つ事すら不可能になり、文字通り「消滅」した。
学館倶楽部のホストに狂っていた女達も、集英組の風俗に沈んだ女達も組織の崩壊を知るや否や自ら命を絶った。
きらびやかな世界に酔い続けた女達は、もはやミズアサリのよき妻よき娘に戻れない事も、改心しようがミズアサリ達が裏切り者の自分を再び受け入れてはくれないと悟っていたのだろう。
もしくは、推しのいるあの世に行くという願いを抱きながら、死ぬまで愚かなまま死んだか。
まあ何はともあれ、ミズアサリ達を取り巻く問題は解決した。
待ち望んだ平和が戻ってきた渋谷湖は、静かな波と青い空、夏の日差しとセミの歌声が広がっていた。
「義理人情、かあ………」
「どうしたの?お兄ちゃん」
「いや、メガギラスの事思い出してね」
水上を走るコンバットフレーム・マーシーヘッド。
ガンヘッドをベースに水陸両用機として改修されたそれは、武装クルーザーと共に集英組が戦力として保管していたもので、組織が消滅した今はコースケが引き取って自家用重機として使っている。
あの後、住む場所を失ったミズアサリ達ではあったが、データセンターを中心にして新しく水上住宅のコロニーを設立した。
たしかに彼らは弱者男性の集まりではあるが、同時に全てを失いゼロになった渋谷湖を新たに復興させた開拓者でもある。
壊れたなら作り直す、無いなら作るは彼らの基本。彼らは逞しいのだ。
「ジャンク屋も儲からないし、そろそろ安定した仕事見つけなきゃな」
「えー?結構儲かってない?」
「将来的に儲からなくなるって話だよ。メガギラス………ゴクラク蜻蛉もどっか行っちゃったし」
あれ以来、ゴクラク蜻蛉からメールは来ていなかった。
たまに名を騙ったイタズラはあるものの、本人………というか本怪獣はずっと音信不通。
ので、一部ジャンク発掘を生業にしていたミズアサリは、有効な情報を得られないならと足を洗って、水草の栽培や漁師等に転職し始めている。
コースケもまた、このマーシーヘッドを使って小型怪獣を相手にした漁師でもやろうかと計画していた。
「………もうすぐだろ?お腹の子」
「えへへ、そうだねお兄ちゃん♪」
助手席ではにかむフサミのお腹は、ボールでも入れているのかという程に大きくなっていた。
理由は言うまでもなく、その子宮にコースケとの間の子供を妊娠したからだ。
「にしても、俺が父親かあ………昔のオタク仲間が聞いたらびっくりするだろうな。それに、俺に親父が務まるかな」
「お兄ちゃんならできるよ」
「そうか?」
「ずっと一緒に暮らしてるわたしが言うんだもん、間違いないって!」
「へへ、ありがとよ」
「それに………わたしもこの子のいいお母さんになれるか心配だもん。あたし、お母さんから可愛がってもらってなかったから」
「なーに、フサミならできるさ。一緒に暮らしてる俺だからわかる。フサミはきっと、いいお母さんになるよ」
「えへへ………ありがと、お兄ちゃん♪」
………文面だけ見れば普通の夫婦会話であるが、忘れてはならない。
孕んだ方は発育がかなりいいだけの本来ならランドセルを背負っているような年齢の女児であり、孕ませた方は脂ギッシュ三十路キモ・オタクである。
何より恐ろしいのが、弱者男性と子供だけ取り残された結果渋谷湖のミズアサリはこのような夫婦・カップルがザラにいるという事。
なんとも冒涜的な様であるが、歴史を遡ればその位での婚姻・妊娠など普通であったし、ある科学者が言っていた「生命とは自分で道を示しだす」という言葉に当てはめれば、種の存続を考えるに何らおかしい話ではない。
「………あ、そうだ。名前考えないと」
「それならもう決めてあるよ♪」
「えっ?どんな?」
「えっとね、女の子だったら………」
そんな、今の狂った時代だから成り立つ二人の話を聞きながら、マーシーヘッドはコトコトと渋谷湖を進んでいく。
この倫理観の欠片もない愛の形を糾弾する正義は、残念ながらここにはない。
ここは渋谷湖。
人間がゆっくりと元来の姿を取り戻してゆく、科学文明の沈んだ水の都。
***
『………へえ、これがソウルライザー』
『人間の姿に化ける事であのクソ王の目を欺く………悪くない発想ですわね?まあ人間に化けなければならないというのがシャクですが』
『まあそう言うな。これから我々は人間と共同戦線を結ぶ。その時に怪獣の姿のままでは色々と不便があるからな』
『へ?人間とキョードー戦線?』
『………正気で言っていますの?あなたほどの
『ワタシは正気だ。相手は「王」に味方する全ての怪獣に加えて、あの金ピカもついている。我々も今まで通りの個人主義では各個撃破されておしまいだ。それに目的が目的である以上、我々も力を合わせる必要がある』
『うーん………まあウチはいいよ!あのクソ王ぶちのめした後は好きにするし、キャハハッ!』
『
『決まりだな、ではソウルライザーを起動する』
………
『わァ………マジで人間になった』
『その姿………ああ、スキュラですわね?あなたらしい下品な姿だことで』
『あ?!そのムカつく態度はティアマト………うわっ!背高ッ!?おっぱいデカっ!?』
『おだまりっ!!そんな下品な物言いおやめなさいな!!』
『はぁー?そんなデカチチぶら下げといてそれ言うー?てゆーかウチのはせめてギャルって言ってくんない?お、ば、さ、んw』
『このメスガキッ!!上等ですわ!ここで渋谷湖の続きと洒落込みませんこと!?』
『………よさんか貴様ら』
『『うっっわイケメン!!!』』
『………うるさい』