単行本・大怪獣時代は人間に厳しい時代です   作:アイアイホイホイおさるさん

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#4

 その男は狂っていた。

 いや、世界という広い目で見れば………人の営みよりも大怪獣による無慈悲な破壊と、大自然の大いなる意志が是とされるこの世界においては、ある意味まともと言えただろう。

 でなければ自然破壊を進める資本主義を破壊するための世界規模での反政府活動、文字通りの世界を敵に回してのテロ行為などという酔狂な真似はできない。

 

「ふん、愚かなり鏑木剛(ミスターカミカゼ)。大いなる巨神(taitan)を複製しようなど目論むからだ。あれは人間の制御化に置ける存在ではないというのに………」

 

 もういくつ作ったか解らない秘密の隠れ家にて、男は日本政府のデータベースにハッキングして得た情報を吐き捨てるように鼻で笑った。

 何度も敵対した因縁の相手の、憤怒して八つ当たりする様が想像できたからだ。

 

 ………人造ゴジラ建造計画、通称ジゴラ計画は失敗。

 市民に真実は伏せられたが、多くの人命とトレンディ島の拠点を失い、完成した人造ゴジラ=ジゴラも逃走と、防衛軍に大損害を与える結果となった。

 計画を主導していたかの"Mr.カミカゼ"の防衛軍内での立場はもはや無くなったも同然であるが、男にとって重要なのはそんな事ではない。

 

「それにこのゴジラモドキの巨獣も酷いもんですよ。見てください隊長、この戦い方を」

「ウム………」

 

 部下の男が持ってきたタブレット端末には、既に抹消されたトレンディ島でのゴジラとジェットカノンの戦いの映像が再生されている。

 彼らの知る「王」のスマートな戦い方に比べれば、ジゴラは酷く荒削りで、「王」と比較すればプロの武術家のパンチと喧嘩慣れしていない素人パンチ程の差がある。

 ………そう、細かい動きの一つ一つが、彼の知る喧嘩慣れしていない素人、つまり人間のそれなのだ。特にメーサーの直撃を受けた時の反応は、殴られてのたうち回る人間そのものだ。

 

「………所で、山月記って知ってるか?」

「えっ?あ、ええ、中国の古い民話ですよね?ワナビ拗らせた官僚が虎になったって言う………それが何か?」

「ワナビて………まあ、それだけ認識があればいい」

 

 結論から言うと、彼は会った事もないジゴラを軽蔑していた。その過程で"ジゴラの中に何があるのか"にも気づいたのだろう。

 それは、大規模な自然破壊を引き起こす人類文明を憎み、巨神(taitan)の裁きの元に沈めばいいと考える彼からすれば、ジゴラは文明と人間の両方による巨神(taitan)への侮辱に他ならない。

 

「………ジゴラには人間の意識が宿っているって言ったら、お前信じるか?」

 

 画面越しの巨獣(ジゴラ)、怪獣でありながらジェットカノンを倒したあとに、まるでプロレスラーのように両手を上げて咆哮するという失態を見せた様を睨むアラン・ジョナの瞳は、獲物を見つけた蛇のように冷たく、そして鋭かった。

 

 

 ***

 

 

 2018年末。

 ジゴラ計画失敗よりしばらく。表向きはジゴラ計画は"最初からなかった"という事になったが故に、防衛軍は表立った捜索を行わず、ジゴラの行方も未だ不明という有様であった。

 そんな今日このごろ。年明けが目前に迫る中であるが、日本の保有する二隻の調査捕鯨船「ほえるお」には仕事があった。

 この極寒の南極にて起きている異変。その調査である。

 

「見ろ、ミンククジラだ」

「し、しかし船長………」

 

 ほえるお船上から遊泳する様が見えるミンククジラとは、最大で8mほどになる多くの個体数を持つクジラの一種。

 そう、副官は説明を受けていた。より詳しい動物学者や生き物クラスタに聞いても、おおよそ同じ答えが返ってくるだろう。

 

「ミンククジラって、たしか大きくても10mぐらいですよね………」

「ああ、"これまでは"な」

「でもこいつは三倍近くありますよ!?」

 

 しかしブリッジの窓からでも見えるその大きさは10m所の騒ぎではない。

 捕鯨船のほえるお号が小さく見える程の、クジラ最大種にして、怪獣が現れるまでは地上最大の動物だったシロナガスクジラのそれに相応する大きさだ。

 

 目に見える突然変異。自然界に何かが起きている事は明白であり、それが何かを突き止めろ!というのがほえるお号がこの南極海に向かった理由だ。

 

「ドローンのスキャンによると30mはあるらしい………まあ、おそらくは怪獣が原因だろうな」

「怪獣が………?」

 

 船長がアンニュイな態度を崩さなかったのは、この巨大ミンククジラの存在を最初から知っていた事と、そんな目に見える異変も人類ではどうしようもないという事を、なんとなく察していたからだろう。

 

「2014年にゴジラが目覚めた。その影響で、地球の持つエネルギーみたいなのが………怪獣があの巨体を維持するためのエネルギーが噴出して、他の生き物にも影響を与えている。と、俺は考えてる」

「………何か根拠あるんですか?」

「いや、単なる個人の想像………でも俺は、まるで地球自体が怪獣のために作り変えられてる気がしてならないよ」

 

 どっち道"常識的な大きさのミンククジラ"の捕鯨を前提としたほえるお号ではあれは捕鯨のやりようがない。と、船長はため息をつく。

 ドローンで何枚か写真を撮り、周囲の海水のサンプルを持ち帰って御上様には納得してもらおう。そう考えクルーにもそう伝えようとした船長だったが、ここでもう一つの面倒がやってきた。

 

「船長………例の奴らです」

「ハァ………」

 

 ほえるお号の後ろから、黒い高速クルーザーが迫ってきた。

 いかにもな日本の漁業船であるほえるお号とは相対するようないかにも「COOL」なデザインの流線型のボディのクルーザーは、ほえるお号の前に………衝突するような距離まで来ると、クルーザーの乗組員が出てきて拡声器を使い怒鳴り散らした。

 

『野蛮な日本人め!罪もないクジラを殺すのをやめろ!』

『クジラはこの星に私達と共に生きる命なのよ!それを無闇に殺すなんて、絶対に許さない!』

 

 この世界線において環境保護団体というのは我々の知るそれよりも、かなり勢いを得ている。

 世界各地での怪獣の活性化により国家間の連携が不安定になる一方、共存派の「巨神(taitan)が目覚めたのは地球規模の自然破壊を行う文明人共に制裁を加えるためだ」という主張に代表されるように、怪獣の存在は彼等の思想を正当化させる燃料になっているからだ。

 

「あいつら………ッ、目標に対して放水を許可する、調査の邪魔だ!」

「………いや待て、放水の必要はない」

 

 仕事の妨害をする環境保護団体に苛立ちを感じながら、副官はクルーザーの排除を命令しようとした。が、それに待ったをかけたのは船長。

 

「何故です船長!」

「………ソナーを見ろ」

 

 副官はソナーを覗き込んだ。そして、船長が何故放水の必要はないと言ったのかを理解した。

 南極の深い深い海の底までを感知できる特注ソナーは、ほえるお号のほぼ真下に潜む"何か"を捉えていた。

 他のクジラかとも思ったが、その大きさは80m以上と、どう見てもクジラの比ではない。なら………。

 

「………総員に通達する!作業中止、全速力でこの海域を離脱する!!」

 

 その時、船長は初めて声を荒げた。その様を見たクルーの行動は早かった。ただ事ではない事はすぐ解ったからだ。

 やがてほえるお号は急速旋回し、逃げるように………というか、ほぼ逃げるために海域から離れていった。

 その場に残されたのは、何も知らない環境保護団体の高速クルーザーと、自身に迫る危機に気付いていない巨大ミンククジラ。

 

『見ろ野蛮人共め!クジラを傷つけるなど俺達が許さねえ!!配信を観てるみんな!これからも支援よろし………』

 

 クルーザー内でいい気になった保護団体の男が、今回の妨害行為(かつどう)を配信していたカメラに向かいヒーローを気取ってキメ顔を見せた。

 瞬間、クルーザー内にぼうっと緑色の炎が満ちたかと思うと、配信は打ち切られた。クルーザー自体が破壊されたのだ。

 

 キュウウ!

 

 巨大ミンククジラは、明らかに自身を狙って放たれた炎の柱が海面を照らす様にようやく、自身が捕食者に狙われている事に気付いた。

 そして急いで海中に潜り、その場から急いで逃げ出そうとする………

 

 ………そして、誰もいなくなった。ハズだった。

 南極海に元の不気味なまでの静けさが戻ったかに思われた、その時。

 どざばああっ!!

 海がうねり、その巨大な怪物はその姿を現した。

 巨大な顎、並んだ牙、ワニを思わせる緑色の鱗に、太古の肉食恐竜を思わせる体型。

 

 ………もしこの場にほえるお号が残っていたが、全員焼け死んだ環境保護団体の生き残りがいたならこう言ったハズだ「ゴジラだ!」と。

 だが残念ながらこの怪獣はゴジラではない。

 その証拠に、こいつには立派な背びれがなく、その内に宿るは人間の魂。

 

 ギャエアアアァーーーアァーーオォン!!

『獲ったどおおおーーーーーっ!!!』

 

 人造巨獣・ジゴラだ。

 行方不明になったジゴラは南極海にいたのだ。

 そして目覚めた時より大きく成長した80mの巨体で水面から飛び出し、その鋭い爪を持つ腕には皮膚の上から背骨を砕かれて息絶えた巨大ミンククジラが自慢気に握られていた。

 

 ………ざっぱああん

 やがてジゴラは重力に従い、南極の海原に倒れ込んだ。

 津波が起き、届く範囲にいたペンギンや白熊が波に襲われた。

 そして獲物を獲たジゴラがそのまま南極大陸本土に向けて悠々と泳いでゆく。そこでようやく、海は元の静けさを取り戻…………

 

 

 ………………していなかった。

 ジゴラは気づかなかったのだ。自身の背後を捉え、遠くから確実に自分を追跡していた、深海の巨影に。

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