単行本・大怪獣時代は人間に厳しい時代です 作:アイアイホイホイおさるさん
かつての少年がジゴラという新たな人生、否"怪獣生"をスタートさせてしばらくの時間が過ぎた。
まずジゴラの前に立ち塞がったのはエネルギーの消費問題………あんまりな言い方をすると「空腹」である。
当然であるが怪獣というものは巨大だ。そんな巨大な怪獣が生命活動を維持する為には膨大なエネルギーが必要になる。
他の怪獣がやっているように核エネルギーを吸収しようにも、原発を襲えば防衛軍と戦う事になるし、地球深部に向かえばより強力な怪獣と………それこそゴジラと鉢合わせになる可能性がある。
怪獣生0歳数ヶ月のジゴラにしてもそれは望む事ではなく、選択できたのはエネルギーの経口接触。つまり「食事」であった。
『今日はクジラが捕れた、運が良いぞ』
南極大陸は猛吹雪が吹き荒れていたが、怪獣であるジゴラには関係がない。視界は悪いがそれ以外はちょっとした微風である。
南極の大地にどっかりと腰を落ち着けぶおんと背鰭が僅かに発光したかと思うと、ぶおおと低い出力のガンマブレスを巨大ミンククジラに浴びせる。
鯨肉を炙っている。つまり料理をしているのだ。
………ばり、ぐちゃ、ぐちゃ………
焼いた肉を骨ごと噛み砕く音が南極に響く。
元のゴジラが核エネルギーを経口摂取できるだけあり、骨ごと溶かすなど造作もない胃を持っていたジゴラは幸運だった。
そして………幸運はもう一つ。
この巨大ミンククジラ等の突然変異生物は一体ではなく、先の船長の予想通り怪獣の活性化による環境の変化により何種類も、何匹も生まれていた。
そしてその骨、肉、血には怪獣達の命の源ともいえる地球のエネルギーが染み込んでおり、それはジゴラのような下級怪獣………共存派や怪獣信奉者から"巨獣"と呼ばれるような怪獣達の貴重な命の糧になった。
これらをモリモリ食べる事でジゴラは急成長。当初たったの50mだったのが、今は30m伸びて80mにまで巨大化していた。
………ばり、ぐちゃ、ぐちゃ………
焼けた鯨肉は香ばしく、噛みしめる度に舌に肉汁が口の中に広がってゆく。
なんとなく、生前………というか人間だった頃、自分は焼肉のような肉料理が好きだったのではないだろうか。最近思い出す記憶もあやふやになってきた中、ジゴラは鯨焼き肉ガンマ線入りを楽しみながらそう思った。
………グルッ
尻尾の先まで美味しく平らげて、ジゴラは一息つく。
そして。
………ギャアッ!!
バシッ!と足元に転がっていた大きな岩塊………といってもジゴラからしたら砲丸サイズのそれを、おもむろに海に向かってブン投げた。
宙を飛んだ岩塊はビシッ!と何かに弾かれ、遠洋にドボンと落ちた。
『おや、既に気づいていましたか』
キィィィッ………
吹雪吹き荒れる海面から、赤いハサミが上がってくるのが見えた。
全身を赤い甲殻に覆われ、左腕の大きなハサミを持つ様はまるで古代ローマにいたという斧を持った剣闘士のよう。
甲殻の隙間から伸びた長い触角とヒレのついた尻尾は、まだ人間だった頃に見たザリガニを思わせる。もっともこちらは100mサイズというザリガニの比ではない巨大怪獣であるが。
『私は"エビラ"。人間からはそう呼ばれている』
『俺はジゴラ。俺を作った人間はそう呼んでいた』
まるで、どこぞのニンジャの
この………怪獣達が自認する「名前」であるが、怪獣にとって名前とは人間から授かるものという独特の文化がある。
例えば、怪獣の頂点に立つゴジラ、モスラ、ラドンといった
『それで、そのエビラが俺になんの用だ?』
『あなたの存在は我々怪獣の王にとってプラスにはならない。王の姿を騙る不届き者には、この場で消えてもらいたく存じ上げます』
『………へー、そうかい』
またか、とジゴラはため息の意を込めてグルルと唸った。
………この所、ジゴラは何度か他の怪獣と戦っている。
理由は、ジゴラという存在そのものが怪獣達の王であるゴジラに対する冒涜であり、許してはいけないからとの事。
だが、これはゴジラから命令されてやっている事と言うよりは、怪獣達が自主的に、怪獣王であるゴジラに媚びを売る目的で勝手にしている事らしい。
そもそも、そんな時ゴジラは自分で始末しに向かうものだという事は、自身の身体を構成する無数の死体がどうやって作られたかを知っているジゴラには周知の事実。
『生憎だが俺はお前の忠臣ごっこに付き合うつもりは………』
海面のエビラを睨んだまま、ジゴラは背鰭を光らせて即座にエネルギーを溜める。そして。
『………ない!!』
ギャアアン!!
ガンマブレスを放射!
緑色の炎が海面に着弾し、大爆発と共に水柱が上がる。
そう、海面が爆発した。それだけだ。
そこにはエビラの残骸は転がっておらず、急速沸騰した海面から少しの間湯気が上がっただけだった。
『………逃げたか?』
そう、希望的観測を浮かべたジゴラは忘れていた。
エビラがエビの怪獣であり、海中での活動など造作もないという事を。
………ギャアン!?
ジゴラが海辺にいた事も仇となった。突如海中から伸びた巨大なハサミが、ジゴラの足をガッシイッ!!と掴み、ジゴラの80mの巨体を、まるでそういう怪異がごとく海の底へと引きずり込む!
『いくら王の系譜とはいえ水中戦ではこちらが上!付き合ってもらいますよ、私の"忠臣ごっこ"に!』
キュルキィィィッ!!
ブクブクブクと気泡を吐きながら引きずり込まれたジゴラは、海底に叩きつけられる。
ジゴラが立ち上がろうとすると、エビラが右から泳いできて、一撃!
キキィ!
ギャアアン!!
倒れ込むジゴラ。
猛スピードで海中を泳ぐエビラは、今度は左から高速で接近してくる。そしてジゴラが体勢を正そうとした所に、もう一撃!
キキィ!
ギャアアン!!
吹っ飛ばされたジゴラはその先にあった海底の岩山に激突。
どごぉん!と轟音を立てて、崩れた岩が倒れたジゴラに向けて降り注ぎ、煙幕のように土煙が舞う。
『まだまだ行きますよ!』
キキィ!!
突っ伏したジゴラに向けてまたエビラが迫ってきていた。おそらく、この連続攻撃の繰り返しでじわじわと追い詰めるつもりなのだろう。
………そんな事は、ジゴラにもお見通しだった。
がし………っ
眼前の状況にエビラは面食らった。ハサミの一撃に確かに手応えはあった。しかしジゴラは吹っ飛ぶ事なくハサミを受け止め、その手に掴んでいた。
『なんですと!?』
『思った通り………どうやら、パワーでは俺が上みたいだな!』
スピードと勢いにより重い一撃を繰り出してはいたが、エビラ自身のパワーはそこまででは無かった。
ジゴラはそのまま、エビラを掴んで急上昇。一気に海面へと飛び出した。
吹雪は既に止んでおり、海面にてもがき取っ組み合う二大怪獣は遠くからでも見えた。
そして数回のつかみ合いを経て、決着の時は訪れた。
ギャアアアアン!!
ジゴラがエビラを空高く放り投げた。エビラの100mの巨体は、ハンマー投げのハンマーが如く空を舞い、自由落下の中でジゴラの背びれの発光を見た。
そして、落下の最中では回避行動も取れないエビラに、もはやどう対処する手段も残されてはいなかった。
『これはしまりました………空中戦では私が圧倒的に、不利!』
キキィアアアアッ!!
やがてジゴラの口から放たれる翠色に輝くガンマ線の焔。
吹雪を切り裂いて飛んだガンマブレスは、エビラの深紅の鎧を焼き尽くし、吹っ飛ばす。
炎に包まれたエビラは、ガンマブレスの直撃の勢いでより遠くに飛んでゆき………やがて遠方に巨大な水柱がずばしゃあと立った。
死んだかどうかは分からない。
が、無事ではないのは確かだ。
『おととい来やがれッ!!』
遠くに消えたエビラに向かって、ジゴラはビッと中指を立ててから、南極海へと消えていった。食後を台無しにされた恨みである。
だがジゴラは………自身の姿を監視する海中ドローンの存在に気づかなかった。
***
ジゴラにとって運が悪かったのは、よりにもよって吹雪が晴れてその姿が鮮明に見える状態で、相手に中指を立てるという仕草をしてしまった事だ。
「訓練もされていない野生の巨獣が倒した相手に中指なんて立てると思うか?」
「………いえ」
当初部下は、いくら敬愛する上官のアラン・ジョナと言えども「怪獣に人間の意識が宿っている」などと言い出した時には、にわかには信じられなかった。
が、ドローンが記録したジゴラのファッキンな構えを見れば、そうとしか思えなかった。
どうやったかは解らないが、あのジゴラという巨獣は紛れもなく元人間である。
「で、例のものは」
「こちらに………」
渡された資料をフムフムと見つめるジョナ。
その数枚の紙の資料はロシア語で書かれており、一枚目の表紙に当たる部分には「план зет」と書かれていた。
「しかし隊長、本当にやるんですか?」
「巨獣相手に大掛かりな事を、と貴様は思っているのか?」
「………実を言うと、少し」
「簡単な事だ。ジゴラは元人間、ならば今後説得されるなり何なりして、再び防衛軍側につく可能性が無いとは言い切れない。我々としても、いくら巨獣とは言え人間との完全なコミュニケーションが可能な者を野放しにはしておけん」
そう言ってジョナはもう一つの資料を手に取る。
今度は英語で記されていたその資料には「PLAN-Z」と記されていた。
「ゴジラの力を使って調子に乗っている
忌まわしき環境破壊の産物、そして冷戦に消えた宇宙開発計画の遺産が目覚めようとしていた。
「王」の名を汚す身の程知らずの