単行本・大怪獣時代は人間に厳しい時代です   作:アイアイホイホイおさるさん

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#7

 ………冷静に考えれば、いくら聞いていて落ち着くからと言って奇妙な音の先に向かうというのは選択肢としては愚かの極みだ。

 しかし、歴戦の怪獣ならまだしもジゴラは元人間。それも、本来なら大人に守られて育っている少年だ。

 そんなジゴラに戦士の心得を持てと言うのは少々残酷だろうし、空腹に追われ、出会った相手のほとんどが自分の命を狙うという孤独な環境で居続ければ、このような選択肢を選んでしまうのも仕方がなかった。

 

 して、この暗く冷たい海の名はベーリング海。そのアメリカとロシアを繋ぐ極寒の海に、その寂しい島は浮かんでいる。

 名を「アドノア島」。冷戦以前は米露の共有領土だったが、冷戦を経て権利関係が複雑になり、今では周辺の海域が両国の使用済み核燃料の廃棄場所にされている、放射能に満ちた無人島。

 

 その、誰も立ち寄らぬ死の島の海がうねり、ジゴラの80mの巨体が顔を出す。

 アドノア島の浅瀬を、ズシン、ズシンと進み、ジゴラは上陸した。

 

 グル………

『音が聞こえたのは………ここ、だよな』

 

 ジゴラが耳をすますと、まだあの音は響いている。

 

 …………………フォオン………………

 

 発信元に近づいたのか、音は先程よりもはっきりと聞こえていた。

 ジゴラの記憶、人間だった頃の物も含めると、それは電子楽器の音色のようなものであり、またはクジラの鳴き声のようでもあった。

 具体的に何か、とまではハッキリ分からなかったが、ただ一つ確かな事は聞いていると安心する事。

 

 ………グルルッ

 

 吸い寄せられるように、ジゴラは一歩を踏み出した。

 一歩、また一歩。80mのジゴラですら途方なく感じる程、アドノア島は広かった。

 厳しい寒さに加えて近海が不法投棄された核廃棄物捨て場になっている事もあり、アドノア島に生物らしい生物はおらず、行けども行けども殺風景な岩肌と曇天が続くばかりだった事も大きい。

 

 …………………フォオン………………

 

 しかし、謎の音は確実に近くなってきている。

 それを頼りに歩いてゆくと、ジゴラは岩山の中を抜けて開けた場所に出た。

 

『なんだ?ここ………』

 

 ジゴラは、その整地された何もない場所を見て、記憶の中から「滑走路」もしくは「実験場」という単語を思い出した。

 自然ではなく、人間の手でこの場所が作られた事は見るに明らかであった。

 

 …………………フォオン………………

 

 音は、よりはっきりと聞こえた。

 この場所から音が聞こえている。

 ここに何かあるのだろうか、とジゴラは周囲を見渡しながら歩く。

 そして、見つけた。

 

 …………………フォオン………………

『……………はい?』

 

 ジゴラのその感想は当然である。

 そこにあったのは電信柱に括り付けられたスピーカー。よく地方や田舎で町内放送を流す時に使われるような、簡素なスピーカーである。

 

 …………………フォオン………………

 

 ジゴラは、わけがわからなくなった。

 何故、こんな場所にあるスピーカーからこんな音が流れているのか?

 誰かが仕掛けたとすると、一体どういう目的で?

 考えた後、内面が子供が故に愚かだったジゴラは、ようやく事の裏側に気付いた。

 

『まさか………俺を誘導するため?』

 

 その直後、ジゴラの開いた口目掛けてどしゅうと何かが飛んだ。

 ぼごん!と口の中で何かが爆発したかと思うと、苦い味が下に広がると同時に、ジゴラを強烈な吐き気と倦怠感が襲い、その80mの巨体は気絶するように地面に突っ伏した。

 

 

 ***

 

 

 ………ORCA(オルカ)

 それはモナークが、怪獣達がクジラやイルカと同じ超音波を使った意思疎通(エコロケーション)を使っている事に着目し開発を進めていた、怪獣の誘導並びに意思疎通を可能とする特殊装置。

 その目的は怪獣を都市部から遠ざける事だが、防衛軍はそれを新兵器たる人造ゴジラの制御に利用しようとし、当然のごとくモナークはこれを拒否。

 しかし、皮肉にもその人造ゴジラ………ジゴラの進行を操るという点では確かに有効であるという事は、この男によって証明された。

 

「抗核バクテリア着弾しました。これでヤツは動けません」

「ご苦労、現地の部隊を撤収させろ」

 

 今のモナークを占めるの多くの人員と同じく、怪獣に地球の覇権を明け渡すこと(かいじゅうとのきょうぞん)を是とするが故に、裏取引でモナークからこのORCAを手に入れる事に成功した環境テロリスト、アラン・ジョナの手によって。

 

「マイクを回してくれ、あの巨獣と話がしたい」

 

 と言っても一方的に話すだけになるだろうがと付け加え、アドノア島近海に停泊した船から状況をドローン越しに監視していたジョナは、スピーカーの無線接続を手元のORCAからマイクへと変える。

 

『聞こえるかそこの巨獣。私はアラン・ジョナ、反政府主義者だ。お前の事はお前を作った奴等に従い、ジゴラと呼ぶ事にする』

 

 ジゴラは強烈な倦怠感と頭痛の中でも意識を失う事はなく、スピーカーから聞こえるジョナの声をただ聞いていた。

 

『単刀直入に言おう………お前、人間だな?』

 グル………ッ

 

 ジゴラは少し唸っただけであったが、ジョナにはジゴラが「何故解った?」と驚いている事は手に取るように解った。

 

『外科手術か降霊術か、手段は解らんがお前はそのゴジラ族の死体で作られた身体に乗り移り、人間でありながらゴジラの力を手にした。フン、実に傲慢なものだ。自分達の環境破壊でゴジラを産んでおきながら、その力を手にするなどな』

 

 その環境破壊は俺一人の責任じゃねえよとジゴラは反論しようとしたが、身体に打ち込まれた何か………ゴジラの体内の核分裂を抑制する目的で防衛軍が作った「抗核バクテリア」により、ジゴラは言い返す体力すら失っていた。

 

『そこで、だ。貴様にはぴったりの罰を与える事にした。これから貴様を地球外へと追放する』

 

 何を言っているんだ?とジゴラが思ったのもつかの間。

 ジゴラを覆うように、地面から何か巨大なドームのような物がせり上がってきた。

 

『過去、アメリカとロシアが「プランZ」の名で合同宇宙開発計画を進めていた。冷戦によって頓挫してしまったが、これはその置き土産だ』

 

 ドームがジゴラを覆うと、それはついに全貌を現す。

 ジゴラが滑走路だと思っていた平面が展開し、ドームを先端とした複数の燃料タンクとブースターからなる巨大な柱が………80mの怪獣を収納できる途方もなく巨大な宇宙ロケットが姿を現した。

 そのボディには「Panna torte(パンナトルテ)」と英語で記されている。おそらく名前なのだろう。

 

『驚いたか?私も驚いている。なんでも、それは宇宙に物資を運ぶために作られた物らしい。お前のような巨獣を地球外に追放するにはもってこいの代物だ………では、せいぜい宇宙旅行を楽しむがいい』

 

 皮肉を込めてほくそ笑むジョナの姿が、スピーカーの前のジゴラの脳裏にも浮かんだ。

 だからだろうか。地球外追放の直前、ジゴラは残った力の全てを使い、自身のエコロケーションを飛ばした。

 

『………おい、アラン・ジョナ。俺の言っている事はわかるか』

『ああ、便利なものが手元にあるんでな』

『………一つだけ、質問していいか』

『ああ、許可する』

 

 最後の力を振り絞り、ジゴラは問うた。

 

 

『………………"おれたち"が、何をした?………………』

 

 

 それは、ジゴラ本人から見た理不尽な理由で宇宙への流刑を突きつけたジョナへの抗議も確かにあった。

 だがそれは、ジョナ一人へ向けたものではない。

 それは、少年の魂からの、虫ケラ同然の存在として自分や他の人々の命を平然と奪ってくる怪獣達への。

 それは、殺されたゴジラの肉体からの、自身の正義のために同族を平然と殺せる「王」への。

 そんな理不尽を許容し、是とする怪獣映画(このせかい)に対する、精一杯の抗議であった。

 

『自然を破壊し、それによって生まれる文明を享受してきた。殺されるそれだけで理由は十分だろう、愚か人間(ヒトカス)が』

 

 ジョナの答えはナチュナリストとしての彼の思想もあった。

 だが同時に、怪獣映画(このせかい)に疑問を持ったジゴラという一介のモブキャラクターに対する、世界からの冷酷な返答にも思えた。

 故にジゴラはそんな世界と、そんな世界に愛された正義の環境テロリストに対して、モブの意地を込めて最後に一言かましてやるのだ。

 

『………カスは主人公(おまえら)だ、クソッタレ………』

 

 ジゴラが意識を手放した直後、超巨大宇宙ロケット・パンナトルテ号のエンジンが点火した。

 噴出する推進剤とそれにより巻き起こる猛烈な煙がアドノア島を覆い尽くし、ジゴラを乗せたパンナトルテ号の巨大な機体は、まるで急成長する大木がごとく空の彼方へと打ち上げられてゆく。

 

「………マジで飛ぶんですね、隊長」

「ああ、実を言うと私も飛ぶかどうか不安だった」

 

 空へと消えてゆくパンナトルテ号を見送り、ジョナとその部下は軽口を叩き合う。

 彼らからすれば不快で邪悪なジゴラが、生きたまま宇宙空間に放り出されて永遠に彷徨い続けるという、これ以上ない正義の執行を行ったのだ。嬉しくない訳がない。

 

「しかしブラックホールの原理を利用したエンジンを冷戦以前に組み上げていたとは………ロシアの方に少し探りを入れる必要があるかも知れんな」

 

 ジョナは部下達と共に、ボートに乗ってどこかへと去ってゆく。

 こうして、アドノア島での一件は終わった。

 

 だがこの後………2019年。

 

 人類文明の終演と、空から黄金の恐怖の大魔王がやってくる。

 文明崩壊。人類史上における最も凄惨な"怪獣大戦争"が幕を開けるのだが、この時はまだ誰も、その破滅の足音に気づいていなかった。

 

 何より、たった今地球から追い出されたジゴラにとっては、もはや蚊帳の外の出来事である。

 

 

 ***

 

 

 ジゴラは夢を見ていた。

 まだ自分が人間の少年だった頃の夢だ。

 

 目覚ましを聞いて目を覚まし、リビングで両親と朝食を囲む。

 そして幼馴染と一緒に登校し、見知った友人と学び、遊ぶ。

 部活、勉強、遊び………そんな、在り来りな毎日。

 

 しかし、ジゴラにはこれがただの夢である事が解っていた。

 両親も、友も、幼馴染も、毎日繰り返し何度も会ってきた人々の顔がどれもぼやけ、声すらはっきりと聞き取れないからだ。

 ただ、そうであったという認識があるだけで、記憶はもうほとんど残っていなかった。

 

 そして何より、この日々は二度と戻ってこない。

 このかけがえの無い日常はあの日「王」によって海の藻屑と消え、怪獣映画(このせかい)はそれに対する嘆きも怒りも許さない。

 

 その現実を突きつけられたジゴラの瞳からは、一筋の涙が流れ、それは無重力空間のカプセル内で表面張力により頬に張り付き、宝石のように輝いていた………

 

 

 ………………

 

 ………………………

 

 ………………………………

 

 

『………あの流れ星、たしかこっちに落ちたんだよな?』

 

『ああ、それにあの光は精錬された金属が燃える光だ。前に聞いたことがある』

 

『つまり何だ?宇宙船って事か?』

 

『多分な。クソッ、また知的生命体と戦うなんてゴメンだぜ俺は』

 

『………ん?こいつは』

 

『こりゃあ………怪獣だ!俺達と同じ怪獣だ!』

 

『あの宇宙船に乗ってきたのか?意識はないが………』

 

『………まだ生きてるぞ、こいつ!?』

 

 

 

 

 

INCOMPLETE STRUGGLE.

 

 

 

 これは、人間の魂を宿した人造巨獣が、恐るべき戦闘生命へと至るまでを描いた物語である。

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