単行本・大怪獣時代は人間に厳しい時代です 作:アイアイホイホイおさるさん
そこはかつてテキサスと呼ばれた、アメリカ大陸を象徴する場所。
荒野の広がる開拓時代、都市開発、そして
女が進んでいるのは、そんな大自然の広がる世界。
怪獣に踏み荒らされた後に残る、再生する自然の中。
「………さすがに丸一日座りっぱはキツイねぇ」
しかし長くサイドカーを走らせ続けた代償は尻の痛みとなって現れた。
ここらで休憩でもしようと、女はサイドカーを駐車する。
空には青空が広がり、苔むしたビルの間を風が吹き抜ける。
………ふと、風の中に何か唸り声が聞こえた気がして、女は振り返った。
狼か小型の肉食怪獣かと思ったが、視線の先にいたのは小さな人影だった。
「(………子役?)」
フワフワしたブロンドの髪に、白い肌に、青い目。
女が「子役」という感想を抱くのも無理もない、西洋人形をそのまま人間にしたかのような愛らしい美少年がそこにいた。
真っ白なスモックのような服に身を包む様は、まるで妖精のよう。
「………だれ、ですか。お姉さん」
「誰って………」
そりゃこっちのセリフだというツッコミは置いておいて、尋ねられた女は困ってしまった。
何せ、彼女には名前こそあったが"人間として使える名前ではない"から。
「そうだねぇ、あーしは………」
少し考えた後出た答えは。
「………ベラ。あーしの事はベラとでも呼びな」
即興で名前を考えた。
かつて"母"に仕えた"巫女"に似た名前の者がいて、そこから名前を拝借した。
「………ボクはカルキン、ロジャー・カルキンです」
「ご丁寧にどうも」
「7歳です」
「で、そのロジャー君はこんな美人のお姉さんを捕まえてどうするつもりなんだぁい?んん〜?」
ニヤリと笑うベラ。誘惑のつもりであったが、ロジャーは少し驚いた様子をした後、警戒するような顔になった。
ベラの知る"童貞坊や特有のウブな反応"とはまた違っていた。ロジャーの表情は警戒を浮かべていたからだ。
「………余所者には気をつけろと言われているんです、森を荒らすから」
「荒らすぅ?あーしが?」
「その鉄の馬を使って!」
サイドカーを鉄の馬と言う。ベラはそれまでの旅で得た過去の経験から色々と察する所はあった。
このような大いなる大自然の化身たる巨神に地鳴らしされた世界では、反科学など珍しい話ではない。
「………所でさあ」
「な、なんですかっ」
「お姉さん実はお腹空いててさぁ〜?」
だから興味が湧いた。
知的好奇心、悪戯心、様々な興味が。
「このままじゃ行き倒れちゃうな〜チラッ、誰かアタシを助けてくれないかな〜チラチラッ」
わざとらしい態度。空腹も行き倒れるというのもウソである事は誰の目にも見て明らかである。
「………嫌です、あなたのような軽い人」
「えー?じゃあロジャー君はこの可哀想なお姉さんを見捨てるんだー、ひどーい」
「………何がお腹空いてるですか、こんな健康な外見で」
「それがアタシが空腹じゃない証明にはなりませーん、なんかそういうデータあるんですかー?」
「………お腹のすいてる人が鉄の馬で走ったりしません」
「アタシ無計画なオンナなんですーだからこうなっちゃったんですー」
ロジャーは、もう言い返すのも面倒臭くなっていた。
無視して走り去ろうとしても、彼女の体格的に平気でついてくるだろうという予想は立った。
「………わかりましたよ、ボク達のコロニーに案内します」
「うっし!!」
パチン、と指を鳴らして喜びを表現するベラを見ていると、ロジャーは頭が痛くなった。
彼の今までの環境、人生、価値観の全てと真反対に位置する存在は、話をするだけでもかなり疲れてしまうから。
………そしてロジャーは言い聞かせた。コロニーの掟を守るためにも、こいつから目を離してはいけないと。
こいつこそ、科学の遺産を使い遊ぶ、愚かな旧人類そのものだから、と。
きっと、彼女の腹筋がやけに気になるのも気の所為だと。
***
………人間と怪獣達との最終決戦によりほとんどの文明基盤と資本主義が崩壊した世界では、生き残った中の一部の人々による小規模な
過去、怪獣達との争いの原因となった科学文明への反省から、彼らは自然に寄り添った質素かつ原始的な生活を営み、人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいく。
大いなる自然の化身・
今やコンクリートジャングルを踏み潰して本物の森に覆われた地に、隠れるように建てられた「リーアの里」もまた、そうした集落の一つである。
「よくいらっしゃいました旅の方」
「………ご丁寧にどうも」
ロジャーの"ご厚意"により里に招かれたベラは、まず里長である中年女性の前に通された。
ブロンドヘアーの典型的白人女性であり、真っ白なシャツとズボンを着た、これと言って特徴のない中年女性。
「この里には何もありません。しかし、それがいいのです。ゆっくりしていってくださいね」
にこやかに笑う里長であるが、ベラにはそれがひどく不気味に見えていた。
例えるなら、表向きは子どもたちを想う良き指導者の顔をしながら裏で汚職を働いている校長と言うべきか。文字通りの能面のような上っ面のような笑顔に、ベラは見えていた。
何はともあれしばらくの滞在許可を得たベラであるが、改めて里を見て回ると改めての不気味さを感じた。
「………ほんとだ、何もないねえ」
山ではなく苔むしたビルに囲まれているという違いはあるものの、真っ白な服を着た人々と牧歌的な村の様子、そしてどことなく感じる不気味な雰囲気は、ベラが昔に暮らしていた"故郷"にどことなく似ていた。
皆にこやかだ、皆笑っている。しかし、しばらく歩く内にベラは違和感の状態に気づく。
「………男の子がいない?」
そう、男の子。ひいては男性がひどく少ないのだ。
目に入るものはほとんどが少女、女性、老婆。まばらにいる男性もどこか酷く怯えた様子であり、そんな男性を女性が睨みつけ、それに気づいた男性は隠れるように逃げてしまう。
そして男の子………少年に至っては一人も見当たらない。
「それに………皆、同じ服。化粧もしていない………?」
それだけでなく村にいる女性ですら、皆一様に白いシャツとズボンで、化粧はおろか髪飾りすらつけていない。
入院病棟の患者ならともかく、これではまるでカルト教団の集会のよう。
「女だけの町って事はないだろうに………ん?」
その時、ベラはふと家々の家の一つ、その納屋の戸が僅かに開いているのを見つけた。
鍵をかけるのを忘れていたのか、そして明かりの類すらないのか、僅かに開いた戸の奥には真っ暗な闇が口を開けていた。
「う………う………」
闇の奥から、微かであるがうめき声のようなものが聞こえた。
何もせず立ち去るのがベストであるという事はベラも自覚はしていたが、彼女の持つ好奇心と勇気、そしてそれを上回る「あそこで誰かが苦しんでいるかも知れない」という状況に対する正義感が、彼女の手を納屋のドアノブに伸ばさせた。
「な………ッ!?」
ばん、と勢いよく扉を開けたベラは、その赤い瞳が捉えたものを見て言葉を失った。
まずそこに居たのは母親らしき女性と、その子供らしき少年。農業の作業をしていた?そんなわけがない。
少年は上半身裸で蹲って泣いており、背中には無数のミミズ腫れの傷。
女性は驚いてこちらを見つつも、ムチを振り上げて今まさに少年に振り下ろそうとしていた。
役満も役満。誰が見てもわかる児童虐待の真っ最中である。
「あんた………何やってんだァ!!」
子供を傷つけるという蛮行を前に、ベラの驚愕は途端に義憤へと変わった。激昂し、女性に掴みかかる。
がたんっ!どたどたっ!と納谷の中にあった農具が倒れてきたが、ベラは意に介さない。
「な、何ですか貴女!?いきなりっ!!」
「黙りなッ!!何があったかは知らないがここまでしていいワケがないだろ!?こんな!!」
とりあえず、この女を殴らなければ気がすまなかったベラが拳を振り上げようとした、その時。
「ここまでしていいんですよ、ベラさん」
「はあ………!?」
待ったをかけたのは、いつの間にか納屋の前に立っていた里長だった。
周囲には、騒ぎを聞きつけたらしい他の住人達も集まってきている。
そして里長は、目の前に鞭打たれている子供がいるというのに笑顔を崩していなかった。ベラは余計にそれが腹立たしかった。
「その子は罪を犯しました、故に罰を受けています」
「罪ぃ?ここまでされる程って何だい」
「彼は彼女に性欲を向けました。故に罰を受けるのです」
里長は目線で集団の中の少女を指して言った。
「………何?まさかレイプでもしたのかい?」
「いいえ?告白したんです。彼女に好きだと伝えました」
「それが罰を受ける事!?」
「ええ、好意を向けられた事で彼女は深く傷つきました」
ベラは里長の言っている事がさっぱり理解できなかった。
話を鵜呑みにするなら少年は少女に交際を申し込んだ事で鞭打ちの罰を受けているのだという。
罪と罰の因果関係がまるで滅茶苦茶であるが、その答えは少女自身の口から聞かされる事になった。
「………そいつに好きって言われるのキモい」
「………はあ?」
「キモい!キモい!無理無理無理!わああああん!!」
少女は途端にヒステリーを起こし、狂ったように泣き出してしまった。周囲の女性は同情するように彼女をヨシヨシと宥めたが、ベラはそうは行かなかった。
幼稚という言葉で言い表すのも慎ましい少女の情緒もそうだが、自分のせいで痛めつけられている少年を前にしても被害者面できる性根に心底腹が立った。
「あんた、なんだいその態度………自分が何を言ってるのかわかってんのか?!ええ?!」
「これが、里のルールなんですよ」
ベラを里長が制止した。
「一つ、男は女の子を傷つけてはならない。一つ、男は女の子に心理的負担を加えてはならない。一つ、男は女の子にケアを求めるべからず」
にこやかに笑う里長、その背後で再び
バシンバシンという鞭打つ音と少年の苦しむ声が聞こえる中、里長と共にニコニコと笑うリーアの里の住人達。
狂っている。ベラにはそうとしか思えなかった。それ以上の説明がつかなかった。
「それがこのリーアの里。虐げられてきた私達女性が作り上げた、理想の社会なのです」
ここにきてベラはようやく、自分がいわゆる「因習村」に足を踏み入れてしまったと理解した。
そして後悔した。興味本位でこんな胸糞悪い所来るんじゃなかったと。