単行本・大怪獣時代は人間に厳しい時代です 作:アイアイホイホイおさるさん
………リーアの里には生贄文化がある。
罪を犯したもの、つまり今のロジャーのように精通を迎えた事で母親を不愉快にさせた者や、昼間の少年のように告白により相手の心を傷つけた者等の罪人。
その中でも許されないと判断された場合は、地底湖にて里の繁栄を見守っているこのアムルックという
そうする事で罪を浄化し、大地に還り、また真っ白な状態で生まれ直す………というのが里長の主張。
「ひ、ひいいっ!やだっ!やだあああっ!!」
しかしながら、ようはアムルックに食い殺されるという事である。迫る牙を前に、ロジャーはついに恐怖が限界に達して泣き叫ぶ。
喉が潰れるほど叫び、脱水を起こすのではと思うほど涙を流し、ついには失禁までしてしまっている。
「ごべんざばいっ!!おんなのこをくるしめてごめんなさい!!たすけてっ!!しにたくないっ!!もうしないっ!もうしないからゆるしてええ!!しにたくないい!!」
死にたくたい、まだ死にたくないと必死に叫ぶロジャーであるが、リーアの里の女達は誰もロジャーを可哀想に思わない。
「あはははっ!見なよあの顔をよ!」
「女の子を泣かせるからそうなるんだよ!ざまーみろ!」
「せめて来世はいいヤツに生まれるよう祈るんだな(暗黒微笑)」
………忘れている読者諸君のために言っておくが、ロジャーはただ精通を迎えただけである。
ホモ・サピエンスのオスとして子孫を残す準備が整った。それ以上の事は何もしていない。
しかし、リーアの里において精通を迎える事は、強姦に等しい罪なのだ。
今生き残っている男性は事前にそれを誰かから聞かされた為に母親に相談しなかったか、母親が奇跡的に寛容だった為に助かった。
ロジャーは運が悪かったのだ。不寛容かつ情緒不安定な母親の元に生まれ、精通を相談する事で母親の心を深く傷つけてしまった。
「殺せええ!!性犯罪者を殺せええ!!」
「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」
「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」
「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」
「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」
故にもはや、そこに容赦など一欠片もない。
悪い方向に働いた共感性と悪人を裁くというセックス以上の快楽に支配されたリーアの里の女たち全員が、ロジャーの死を望み叫ぶ。
その中には、あろう事かロジャーの母親の姿まであった。
もうおしまいだ、食われるだけだ。
ロジャーはこれから欲しかった全てを諦めて、アムルックの牙が自身の肉を貫くのを待った。
………その時。
ギャゴオオォーーーッ!!
「黙れ!!」と一喝するかのような咆哮が響いた。
ビリビリと大気を震わせて響いた咆哮は、アムルックの物ではなかった。
しん、と静まり返った。女達も、アムルックも、間近でそれを聞いたロジャーも。
「………ベラさん?」
まさか?そんなハズは?ロジャーの表情がそう語る。
無理もない。聞き違いでなければ、その咆哮はベラから聞こえたのだから。
「………なるほどねぇ、アンタの存在のお陰で全ての謎が解けたよ」
バチンッ!と、ベラを拘束していたロープに火花が走ったかと思うと、ロープは焼け落ちた。
リーアの里の女達は、拘束を解いて得意げに降り立つその様を見てぎょっとし、言葉を失う。
西洋人である彼女達には、ベラの姿はヨーロッパ圏に伝わる邪悪な魔女に見えていたのだろう。実際、風貌と合わせて魔女のような芸当だ。
「第一に、アンタの能力で食用野菜だけが都合よくグングン育つから、女は趣味のガーデニングレベルの農業で食い扶持を立てられ、本来働き手である男を立てずにいじめているにも関わらず社会が維持される」
だがロジャーは違った。
母親を含めた女性達に魔女として見られたベラは、ロジャーにはまるで救世主に………少々気持ち悪い言い方になるが「自分を助けに来てくれた白馬の王子様」のようにも見えていた。
即ち戦うお姉さん。古きよきライトノベルやラブコメ漫画に度々登場し、オタク達の「女の影でバトルの解説をするような男は死んでいいだろ」という美学によって消えていったヒロイン達。
「第二に、あんたの能力で植物に動物性タンパク質を入れる。だから里の連中はヴィーガン食生活にも関わらず、世代を重ねられる程には生命活動を維持できている」
そしてアムルックもまた目を見開いた。
眼前のちっぽけな虫ケラに過ぎない人間が、ベラが今も自身に向けて人語に混ぜる形で放っているのは、まさにエコロケーション。
怪獣だけが使える秘密の暗号が、あろう事か人間の口から放たれている。
アムルックの………怪獣の目線からすれば、それは言うなれば蝿が人語を話して怒鳴りつけてきたかのような不気味さである。
「つまり、このリーアの里はアンタの巨大な箱庭ってワケさね。ありがとう、よーやく謎は解けた。と、ゆーわけで………」
探偵ドラマの一幕のように全てを解説してみせたベラは、今度は殺意を孕んだ眼光でアムルックを睨みつけ、耳に下げたピアスを………ソウルライザーを、指で弾いて鳴らしてみせた。
「………死ね」
ベラの目、眼球が人間のそれから、まるで蜥蜴が瞬きするかのように真っ赤な複眼へと変わる。
それが、怪獣擬態装置・ソウルライザー起動のシグナルであり、ベラの中の"本性"が漏れ出した証。
「きゃあああ!!」
「ひいい!!」
「な、何!?何よあれええ!!」
バリバリッ!バチバチッ!バチィッ!
瞬間、ベラを起点に巻き起こる黒い嵐と、目の前をぶち抜く紫のプラズマ。
おののくアムルックと逃げ出す女達。一人拘束されたまま残されたロジャーは見た。黒い嵐の中から現れる巨大な影を。
………全体的なシルエットは、鎌首を擡げた蛇ような体勢で立ち上がったイモムシと言えば解るだろうか。
しかし、その身体は芋虫のパブリックイメージであるカイコガやアゲハチョウの幼虫とは異なり、刺々しい黒と黄色の外骨格に覆われ、脚の部分には鋭い爪が生えている。
その破壊衝動と怒りを物語るように、横開きの口は熊手を組み合わせたように鋭く、目は血のように赤い複眼で、槍を思わせる角が頭に長く伸び、尾の先端は二本に分かれていた。
ギャアゴォオオーーーン!!
言うなれば、その外見は「毒虫」。黒、赤、黄の派手な警戒色の体色にトゲまみれの甲殻。
イモムシとムカデとハサミムシを合体させたような禍々しい昆虫怪獣となったベラが、アムルックを威嚇するように吠えた。
「う、ウソ!?あれモスラ!?」
「違う!あれはモスラなんかじゃない!!」
リーアの女達は巨神信仰者でもある。故に、ベラの正体についてもすぐ気付いた。
ベラは、巨神を崇める者の間ではちょっとした、否かなりの有名怪獣である。
………まず、
「王」の側近、もしくは伴侶という立ち位置にいる、その極彩色の翼を持った怪獣は「王」が自然に仇なす文明と怪獣の粛清を始めるまでは、人類に対しても慈悲深い幽玄なる怪獣だった。
ある日、そんな「女王」が生んだ卵から、自らの後継者となる双子の幼虫が産まれた。
妹の方は母親にそっくりで、穏やかな性質も同じだった。
だが問題は姉だった。
禍々しい外見に高い攻撃力と攻撃性。どこをどう見ても「女王」の娘とは、同族だとは思えなかった。
守護ではなく、破壊。慈悲ではなく、戦い。
「女王」のあり方を全否定するかのようなその怪獣は、その元から追放される形で姿を消した。
そして何時しか、その破壊の魔獣はこう呼ばれるようになった。
「あれはバトルモスラ………バトラ!悪しき巨神、破壊の化身、バトラ!!」
その名を聞いた瞬間、ベラの心にラー油を垂らしたかのような僅かな苛立ちが走った。
ベラはその名前が、母親や妹に与えられた女王の称号を捩ったその渾名が心底嫌いだったから。呼ばれる度に、母親や妹と比べて馬鹿にされてるように感じた。
『こいつプリズム光線でも浴びせたろか………』
彼女達巨神信奉者が「人間など偉大な怪獣に踏み潰される虫ケラに過ぎない」と日々宣っている事もあり、お望み通り虫ケラみたいに潰してやろうかと思う程、ベラはその名前が嫌いだった。
………この時までは。
「………かっこいい」
『(えっ?マジ?)』
ベラの足元で目をキラキラさせてこちらを見るロジャーが、一言漏らした。カッコいいと。
生まれて初めて自身の真の姿を褒めてもらえたベラの心に何か温かいものが溢れ、むず痒かさを感じる中でベラは気分が高揚するのを感じた。
キィルケケケェーッ!!
アムルックが吠えた。無視するな!と言うかのように、ベラに向けてビルの破片を投げる。
今のベラからすれば豆鉄砲ほどの威力すらない投石攻撃であるが、問題はベラの側にロジャーがいる事。
「ひっ………!」
ギュガアア!
ベラに命中し砕けたビルの破片が降り注ぐ。
それは身動きの取れないロジャーに襲いかかったが、寸前でロジャーをコンクリートの破片から守ったのは、覆いかぶさるように伸びたベラの尻尾。
………ギュガァ
やったな?ベラは唸り声と赤い眼光で、大事な相手を危機に晒された怒りをアムルックに向ける。
『バトルモスラ、略してバトラ………いいねェ、その名前もらったよ!!』
ギュガァゴォォーーーン!!
キィルケケェッ!?
そして生まれて初めて名前を肯定された喜びを乗せ、ベラ改め、バトルモスラことバトラが突撃する。
筋肉の詰まった強靭な甲殻による体当たりが、アムルックの木で構成された身体に炸裂した。
『ここじゃ狭いからね!ステージを変えさせてもらうよ!』
そしてパワーもバトラの方が上だった。アムルックに角を食い込ませたまま、地底湖の壁へと激突。
轟音と共に岩盤を粉砕し、アムルックと共にモスラは地上を目指す。
そして………。
***
里の女達は、生贄の儀式という名のフェスの為に地下街に集まっている。
その間里の男達は家を掃除し、畑を耕し、家を完璧な状態にして母親、もしくは妻を待たなくてはならない。もし少しでも女達の気を損ねれば、次は自分が生贄にされるかも知れないから。
この里で死なないために一番手っ取り早いのはモテ男になる事。だが山の天気よりも気分が変わりすぐ、一秒前とは既に意見が違うリーアの里の女達の心を掴むなど、並大抵の事ではない。
「ぜえ………ぜえ………」
だから、今必死に畑を耕しているこの男のように、死に物狂いで働くしかないのだ。
もう十分畑仕事はやったが、少しでも彼が休んでいると怒り出す専業主婦の妻の機嫌を損ねぬためには、たとえ妻の目がなくとも畑にクワを突き立てるしかない。
「ぜえ………ぜえ………」
たとえ指の血豆が潰れようと、足が折れようと、直射日光と栄養失調によって意識が朦朧とする中、男はクワを突き立てた。
そして何度目か分からないが、またクワを大きく振り上げた。
その時である。
ど ぐ ぉ お お ん
遠くで爆発が起きた。
大きく上がる土煙に遅れて爆音と地響きが男を襲い、男はクワを落として地面に転げてしまった。
「あぐう………ん?え?」
過労で朦朧としていた意識が、大地を突き破って飛び出してきた二つの巨体を前に、生存のために高速回転を始める。
地下から現れた二体の怪獣が、苔むしたビルの立ち並ぶ街に叩きつけられるように降り立った様を見て、男はたまらず走り出した。
「おい………冗談じゃ………!」
仕事をしなければ妻に殺されるが、今こうしているよりは生存の可能性は高いと考えたから。
そして、似たような理由で他の家にいた他の家庭の男達も逃げ出す中、自然に飲み込まれようとしている古き都市にてついに対峙したバトラとアムルックが激突しようとしていた。