単行本・大怪獣時代は人間に厳しい時代です   作:アイアイホイホイおさるさん

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#7

 振動と爆音が止んだ。二大怪獣が開けた穴からは静寂と陽の光が差し込み、地底湖の湖面をキラキラと照らしている。

 戦いが終わった。ロジャーは拘束されたまま、なんとなくどちらが勝ったかは想像できていた。

 

「あだだだ、久々の怪獣化で腰ひねったかね………」

 

 ………ザク、ザク、ザク。

 ロジャーの背後から足音と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 ベラは肩を鳴らしながら丸太に近づくと、指先から電撃を流してロジャーを縛る縄を焼き切る。

 そして解放されたロジャーに、白いシャツとズボンを手渡す。

 

「ほれ、着替え取ってきたよ。いつまでもそのスースーしたの着とくわけにもいかないだろ?」

「………ありがとうございます」

 

 自身が、あの時踊っていた少年達と同じ格好をさせられていた事を思い出し、ロジャーは酷く赤面した。 

 

 そして着替えた後、瓦礫を避けながら二人は地下街から出た。

 外では女達が、遠くで燃え上がるアムルックの木の身体を見て呆然としていた。

 単に大騒動から脱して脱力しているというのもあるが、アムルックが死んだという事が何を意味するかが解っている者もいたらしく、一部は頭を抱えて蹲っていた。

 

「里は、これからどうしたら………」

 

 特に里長は、この世の終わりのような表情を浮かべていた。

 アムルックの死は、野菜の安定供給の終了を意味していた。

 これから里は、アムルックの後ろ盾無しの農業を、これまで自然と向き合った事がないのに大自然との付き合いをしなくてはならない。

 動物性タンパク質も肉から摂取できず、大変な畑仕事や狩りをしてもらうために、あの醜く腹の立つ男達に媚びへつらわなくてはならない。

 だが、そんな事できるハズがない。でも、やらなければ餓えて死ぬ。

 

 ………そもそもやった所で男達が、今まで自分達がしてきた迫害の数々を飲み込んで言うことを聞いてくれるとはとても思わない。というのが浮かばない当たり、彼女達はリーアの里の女達なのだ。

 

 里長は、自分達がどうなるのかわからなかった。

 空は、黒炎に負けないぐらい青く澄み渡っていた。

 

 

 ***

 

 

「おおーっ!無事だったかアタシのガルガル号!」

「が、ガルガルゴーゴ?」

「このマシンの名前だよ。ああ、壊されてないならこれで旅ができる!」

 

 で、そのアムルックを殺害した張本人であるが故に、見つからないようコッソリとキャンプに戻ってきたベラとロジャー。

 テントはぐちゃぐちゃになっていたが破れてはなかったし、何よりサイドカー………「ガルガル号」も無事だった。

 立ち往生にならずに済んだと飛び上がるベラは、まるで少女のよう。

 

「………あの、旅ってどこに行くんですか?」

「あん?」

 

 ロジャーの質問に、ベラは先程と打って変わっての真面目な表情で答える。

 

「中国………東の大陸の街に、防衛軍が残存戦力を集めている。ゴジラとの再戦に備える為に。アタシはそこで、奴等と一緒に戦うために旅をしている」

「怪獣が、人間に力を貸すんですか?」

「ヤツが生きている以上はね。アタシとしてもヤツの圧政者ぶりは気に入らないし、共通の敵がいなくなるならせめて今は手を貸そうって話さね」

 

 旅の理由を説明しながら荷物をまとめるベラ。その表情はどこか神妙だ。

 無理もない、「王」と敵対する事がこの地球で何を意味するか解らないベラではない。

 そして「王」と戦うという事はすなわち今現在の「女王」………自身の妹とも敵対する事になるのだから。

 けれども。

 

「………行くかい?」

「えっ?」

「一度はヤった仲だからね、アタシだって無責任に青春の幻影になったりはしないさ」

 

 ロジャーに手を差し伸べたその表情には、憂いは無かった。

 むしろ、これからの人生を楽しみに、心待ちにしているような太陽のような笑顔が浮かんでいた。

 

「………いいんですか?」

「ああ、旅は道連れ世は情け。人間だってそうだろう?」

 

 ロジャーの答えはもう決まっていた。

 問題は、それを踏み出す勇気だ。

 

「なら………」

 「この人攫いめェ!!」

 

 ロジャーが最後の勇気を出そうとしたその時、ヒステリックな女の叫びがそれを遮った。

 ベラが睨んだ先には、ひどく錯乱した様子の中年西洋人女性が、こちらを睨見つけ歯を剥いて唸っていた。

 

「あ……あ、お母さん………」

「………なるほどねぇ」

 

 ロジャーがそれを「お母さん」と呼んだ事でベラは彼女が何者かを知り、ロジャーの怯えた様子を見て色々と察した。

 あの様子を見れば、息子が精通したぐらいで家から叩き出すのも頷けるものだ。

 

「人の息子を誑し込んで!あげくの果てに誘拐して連れ出すつもり!?ふざけんな!!人攫いの怪獣め!!」

「はん、精通にビビって家から追い出すようなヒトデナシに言われたくないねぇ」

「うるさい!!人の気も知らないで!!」

 

 誘拐犯と言われてしまえば返す言葉もないが、ベラから言わせてもらえば家から叩き出して誘拐される原因を作り出したお前にも責任はあるんじゃないのか?とツッコミたかったが、側にいるロジャーの事を考えて加虐心を自制する。

 

「私の家族はもうロジャーしかいないの!!ロジャーがいなくなったらどうしたらいいのよ!?」

 

 ………そんな外道畜生ヒス女にも母親としての一面もあったのか。

 ベラが見直しかけた直後。

 

「ロジャーがいなくなったら誰が家の事するの!?ねえ!?畑仕事は?掃除は?お風呂掃除は?どうすんのよ!?ねえ!?ロジャー!!おい!!」

 

 すぐ訂正する事になった。この女はクソだと。

 この女は親子のプラトニックな繋がりよりも、労働力が無くなる事に対して怒りを露わにしている。

 

「今なら許してあげるから早く来なさい!ほら、早く!!」

 

 怒号をロジャーに向けているのも、こうすればロジャーは黙って言う事を聞くという経験からの行動だと分析した途端、怯えるロジャーを前にしてベラは非常に胸糞が悪くなった。

 

「………わ、わかりま………」

「ロジャー」

 

 わかりました、ごめんなさい。そう言いかけたロジャーの肩をベラは優しく抱いた。

 怖くないよ、アタシが守るからと、ベラは口先ではなく行動で示した。

 

「………掃除も畑仕事も自分でやりな。大の大人だ、そんぐらいできんだろ」

「は、はあ!?誘拐犯が他人の家庭に口を………」

その誘拐犯に正論吐かれるような事してんのはアンタだろうが毒親(クソババア)ぁ!!ええっ?!

「ひっ………!」

 

 そして、そんなロジャーを傷つける「敵」であると認定した母親に対して容赦は不要。

 一喝し、怯んだ相手を尻目にベラはロジャーを連れて行く。

 

「………行くよ、ロジャー」

「………うん。僕、ベラと一種に行く」

 

 まだ恐怖が抜けてないのか、若干甘えるようにベラに寄りかかるロジャー。

 ベラと居て、ロジャーは生まれて初めて愛情を受け取れて安心できた。

 そしてその姿は、母親の心を己を全否定する形で粉々に打ち砕いた。

 

「ま、待って!!行かないで!!私達家族なんだぞ!?家族、わかる?家族!!家族を見捨てるの!?家族なの!!」

 

 今まさに剥奪されようとしている「母親」という称号に縋り付くかのように、家族という言葉を連呼する。

 我が子を奪われる母親という悲劇的なシーンに見えるが、騙されてはいけない。

 ここにいるのは子を飢えさせ、傷つけ、病ませ、挙句の果てにアムルックの生贄にさせようとした女。

 そもそも本当に子供を取り戻したいのなら、どうして向かって行かずその場で叫び散らすだけなのか。ベラは勿論、ロジャーもそう思っていた。

 

「さよなら」

 

 だからロジャーは、そんな「血が繋がっているだけの敵」に簡潔に、そしてあっさりと別れを告げた。

 背後から聞こえてきた金切り声が、ベラという最強の味方を手に入れたロジャーを引き留める役割を果たすことは永遠に無かった。

 

 

 ***

 

 

 結果、リーアの里は混乱に陥る事になるのだが、滅ぶのではなく再生のための破壊と言った方がいいだろう。

 里自体も歴史は市町として見ても浅い方であり、そう考えれば早いうちに膿を出し切り、滅びよりも悪い未来を引き当てずに済んだ考えればそれも安いものと言える。

 それにアムルックの支配下のままでは、ベラが来なくとも近い将来滅びていただろう事を考えれば、多少荒療治にしても「普通に戻った」と考えるべきか。

 

 さて、そんなリーアの里は遠ざかり、頭上には青い空と白い雲、そして苔むした摩天楼とその間を飛び交う鳥が見える。

 今日ベラは初めて、サイドカー・ガルガル号の側車に人を乗せた。荷物以外に乗せた小さなロジャーは、まるで子犬のように座席にちょこんと座る。

 

「もう少し行ったら、厚いコートを手に入れなきゃね。ベーリング海を越えるんだから」

「太平洋は越えられないの?」

「万が一にもゴジラ………あのクソ王に見つかったりしたら流石のアタシも勝てんさね。海上を最短で進むにはアメリカ大陸とアジア大陸を繋ぐアラスカを目指すしかないんだよ」

「なるほど………」

 

 今日ロジャーは初めて、里の外の世界を知った。ガルガル号のシートに跨るベラは、ロジャーからすれば白馬の王子様ならぬ鉄馬のお姉様。狼のように凛々しく、それでいて温かかった。

 

「方位測定完了、最短ルートはっと………」

「そんな事まで解るんですか?」

「へっ、防衛軍の備品だからね。色々とハイテクなのさ」

 

 ベラがハンドルを握り、マシンのアクセルを回す。

 風を切って前へ前へと進む感覚を、一人と一頭は楽しんだ。

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