恋愛要素ありの死にゲーに転生して鉈を振り回す転生者 作:エヴォルヴ
ガコン。そんな音が俺の耳に届く。別に自販機で何かを購入したわけではない。何か変形機構を持った武器を使ったわけでもない。そんな中で感じるのは鉄の味と、自分の体のどこかが外れたという自覚。
「っかぁ!? 受け身ミスった! 肩逝ったぁ……」
「死ぬことすら前提に戦う。悪くはないが、やはり受け身は鈍っておるな」
伊勢参りから戻ってきて、ホテルの庭園で俺と師匠は向き合っていた。現在は武器を使っての戦闘訓練というわけではなく、体術の修行中。受け身を失敗して肩が外れてしまったので、カスダメ程度であれば自己回復可能な魔法スキル、『リジェネレイト』を使いながら肩を戻す。
「うーん、そもそもカスダメ食らうの前提でしたしねぇ……」
「弾かんか」
「ごもっとも」
ただ、俺は見切りがスキルやステータスに頼らないとできない。一応、攻撃せずに凌ぐことだけを前提にした不動状態や雑魚相手であれば使い物になるが、初見の相手や強敵などを相手にしながら動き回る場合の見切りは精度が結構落ちて使い物にならないのだ。パリィよりも回避することや、防御よりも攻めて殺す方が性に合っている。
なお、そこに派手さとかは全くないことが多い。派手な演出はな、ブラフや次の一手に繋ぐための時間稼ぎに使うのが最適解なんだぜ。信じられるか? 三野先輩の大剣の一撃より我らが魔法バーサーカー、千茶万莱さん────いや、女性主人公の場合は君だったか? ────の初期魔法の方が強いんだぜ。なお遠距離武器を持たせるとトップランクのDPSを出してくれる三野先輩なんて美しいの。美しくねぇわずっと悲しいままで終わらせないでくれ。
「ところで、三人共ー、そろっそろ復帰してくれなーい?」
「そう言いながら攻撃してくる時点で復帰させるつもりないんじゃないか!?」
「師匠、俺いつ攻撃しました?」
「しておらんな」
「掴んで投げるのは攻撃じゃないのかい!?」
何を言ってるんだ大耀さん。OD(エンチャント)を使ってないシベリアンなんだからまだ攻撃じゃないだろ。ほら、瑞騎先輩とローズ先輩を見習いな。瑞騎先輩はさっきまで俺にぶん投げられまくったせいで体が勝手に動くレベルで反応してるし、ローズ先輩は達人の間合いを見極め始めてるから。今のところ大耀さんにしかシベリアン刺さってないんだよな……大外刈りとかは決まるんだけど。
「というかどうやってゲームの技を再現してるんだい!?」
「死ぬほど研究して鍛えた。波動拳はなー、実用性がなぁ……」
「巡よ、波掌撃を使わんか」
ちなみに、師匠は俺に付き合ってゲームをやったりしているので、結構ゲームやサブカルチャーも詳しい。そこからインスピレーションを手に入れて新しい技を編み出していたりするので、どこまで進化するつもりなのだろうかこの師匠。先日の打ち合い稽古では飛ぶ斬撃を重ねて月牙みたいなのを放ってきた。何だこの人本当に人間かよ。
「多分瑞騎先輩ならやれるんですよ。光属性の攻撃魔法の使い方めっちゃ上手いので」
「無理言わないでくれるかしら────ッ!!」
「いやぁ、瑞騎先輩ならいけると思うんですよねぇ。現に触媒無しで光属性の魔法使ってるし」
「それは、ローズも、じゃないッ!」
「あ、待ってその雷は不味────アバババババババババッババ!!?」
師匠との体術稽古の次に俺から始めた三人との打ち合い稽古だが、普通に油断した。まさか俺に攻撃しながら俺の後方に雷の槍を作って打ち込んでくるとは。ちなみにダメージは全部リジェネレイトとローズ先輩の回復魔法と鳳凰が展開した回復フィールドでどうにでもなっているので、どれだけ怪我をしても傷が残らない素敵仕様。心の傷? そんなものあるわけがないだろう。ここにいるのは師匠、我らが主人公大耀さん、全討魔プレイヤーの推し瑞騎先輩とローズ先輩だぞ。心が強ぇやつしかここにはいない。俺? 仙骨出ないと発狂するので心が弱い側。
「ふむ。一度休憩を挟むか。巡よ、飯を食ったら昼寝だ」
「うす」
「待って? 昼寝も修行に含まれるの?」
「え? はい。経験ありません? 死ぬほど疲れてるのに目が冴えて眠れないってやつ」
俺が例を挙げると三人は何度か経験しているのか納得しつつ苦い顔を浮かべて頷いた。うーん、多分初めての死に戻りとかの経験か? 俺は初の死に戻りよりも、初めてゲリュオンとクリュサオルと戦ったことを今でも夢に見て飛び起きることがあるが。
「そんな状態でも寝て、時間になったらちゃんと起きて次の修行に行くんです。で、終わったらまた休憩。師匠の流派はそういうとこきっちりしてますし」
「常在戦場、という言葉があるがな。常に気を張り続けてみろ、気付かんうちに死ぬぞ」
過労死とかそういうやつですね分かります。前世でバイトの配分ミスってぶっ倒れて病院のお世話になったことがある。まぁとにかく、それくらい休息というのは大事なものなのだ。
「というわけで、風呂に入った後ご飯食べて昼寝です。今日のお昼はうどんと海鮮だそうで。海産物、生も好きですけど火が通ってるのも好きなんですよねえ、俺」
「私達よりも動いてたのに、どうしてそこまで元気なのかしら……」
「今日明日で三人もそうなれるように師匠に修行メニュー組んでもらってます」
「明日の修行が終わったら旅行を楽しめ。旅行は頭を空っぽにして楽しむのが吉よ」
この一週間の代休が終わったら次は天照大御神様に命じられたという建前を使って、禍津日様のいるダンジョンにカチコミしないといけないからな。禍津日様がいるダンジョンではデスマーチが確定しているので、今のうちに全力で楽しまなくては。いやぁ、楽しみだなぁ。どれだけ死ぬことになるかなぁ……どんだけ周回重ねて慣れても安定しなかったもんなあ……マルチだと役割分担できて楽だったんだけどな。全員誉れ高いビルド組んで突撃かましてたし。
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「…………んぅ?」
深夜2時、疲労が蓄積され過ぎて目が覚めてしまった翡翠。薄暗いダンジョンの探索をしているために夜目が利く戦士の視界の端に、ぐっすりと泥のように眠る可愛い後輩を捉えつつ、ぼんやりとした思考の中で、夜風呂に入ろうと考えて着替えやタオルなどをヒノキの桶に詰め込んで部屋を出る。
部屋を出て比較的すぐ近くにある温泉の脱衣所で服を脱ぎ、湯船に浸かる前に体を洗ったり髪を洗ったりした後湯船に浸かった翡翠は、麒麟に声をかける。
「麒麟」
『どうかした?』
「私、よく吐かなかったって思うわ」
『そうね。私もそう思う』
幼い頃から共にいる神獣麒麟が真面目な声音で返す。翡翠の言う通り、禅明の修行の後の食事でよく吐かなかったというレベルで全員凄まじい量の料理を食べた。というか食べざるを得なかった。溺れそうになった温泉から上がった後、なぜか旅館の従業員に混ざっていた巡が持ってきた料理の量はいくらよく食べる戦士であっても食べられないだろう、というレベルのガッツリ系料理が多く並んでいた。柔らかく炊き上げた米、消化に優しい伊勢うどん、口直し用の漬物、山盛りの野菜と水揚げされたばかりの海鮮と鶏、豚、牛、鹿、猪、熊などの肉。昼飯はうどんと海鮮発言は何だったのかと思うほどの量であった。
だがしかし、明日夢も、ローズも、翡翠も食べた。完食した。持ってきた巡と、師事してくれていた禅明の目が『最低でもこれくらい食べないと死ぬから食べろ』と言っていたので、死ぬ気で食べた。普段のダンジョン攻略や百鬼夜行より苦労して食べた。疲れに染み渡る料理の数々に舌鼓を打ちながら、茶碗が空になったらわんこそばが如く盛りつけられる米やうどんに目が虚ろになったりしつつ────どうにか食べきった。苦労している三人の目の前では師匠や旅館の大将や女将と談笑しつつ、凄まじい勢いで食べる巡がいた。
その後の昼寝はなぜかぐっすり眠ることができたが、時間通りに起きることができなかった翡翠はローズと明日夢と禅明と麒麟と宇迦と鳳凰に唆された巡にモーニングコールをされて顔を真っ赤にした。何をされたのかは翡翠の記憶の中にのみ留めておく。
「あんな修行を、6年間もやってたのよね、巡君は」
『正気の沙汰じゃないわね』
昼寝の後の修行は手加減した禅明が投げるゴムボールと、時折翡翠や明日夢が放つ魔法を全て弾くという馬鹿みたいな修行から始まった。ローズの回復魔法や鳳凰の回復フィールドで回復できるとはいえ、手加減を知らないのではないかという勢いで飛んでくる物理属性のゴムボールに対応しながら、魔法にはエンチャントした二振りの鉈や鉄板などが仕込まれた靴などで弾き続ける巡の目はギラギラと輝いていたし、口元も普段見せる年相応な笑みではなく、狂気に呑まれた狂人のような────百鬼夜行やダンジョン攻略中に見せる笑みだった。
うははは、と笑いながら10分弾いたと思ったら、次は瞑想。瞑想は普通だ、と思って三人も参加したが、禅明が取り出した呪符に込められた呪いが発動。瞑想中に疲労が一気に襲い掛かってきて眠りそうになるという事態に陥ることになる。精神を集中させて状態異常へのレジスト試みながら襲い来る睡魔をどうにか躱して数時間の瞑想を経て、修行が終了。ただの瞑想だというのに疲弊した三人を尻目に巡はまだまだ元気そうであった。8時間以上のマラソンを行うこともある気狂いの集中力やスタミナを舐めてはいけない。そして夕食も昼食と同じくらいの量を食べさせられた。
「でも、巡君があれだけ強い理由が何となく分かったかも」
『そうね。あんな修行を6年間も続けてればそりゃあ強くもなるわ』
戦士となると、ステータス────人間の秘められた力をアムリタで引き出すことができるようになる。スキルもまた、人間に秘められた可能性のようなものだ。それらをアムリタで引き出すことで、戦士は一般人とは隔絶した身体能力を持つ。力をどれだけ引き出したのか、という指標になるのがレベルである。例えば、筋力を1増やせば、レベルが1上がる。
さて、そんな便利な力がある中で、狂気の沙汰とも思えるレベルの修行や、アムリタを用いない鍛錬を重ねるとどうなるか。禅明のようなバグが生まれる。レベルやステータスには記載されない隠しレベルが表示されるレベルとステータスにこっそり加算されているようなものだ。なお、6年間の下地があるとはいえ、巡はまだバグ100歩手前である。そしてまだ初日とはいえ修行を一日耐えきった三人もバグへの道に踏み出したと言っていいだろう。
「名家の連中、一部を除いて巡君のことをただの気狂いとしてしか見てないみたいだけど、師匠の名前を知ったらどう思うかしらね」
『きっと面白い顔見せてくれるわ。笑うの耐えられないかも』
「ふふ、私も。………………ねぇ、麒麟」
『なぁに?』
体が温まったので湯船から上がり、体の水気を拭きとって浴衣に袖を通しながら翡翠は問う。
「もし、もしだけど……私が瑞騎の家を出たいって言ったら……あなたは怒るかしら」
『全く? だってあなたの人生はあなただけのものだもの。神だろうが神獣だろうが、それを阻む権利はないわ』
「…………ごめんなさい、変な事聞いたわね」
『たまにナイーブになるわよね、あなた。巡にメンタルケアしてもらう?』
「ふふ、それもいいかもしれないわね」
先のことは分からないのだから切り替えよう。時折こうしてナイーブになったりマイナス思考になったりするのも彼女の人間らしい所なので、そういった点も併せて麒麟は翡翠を気に入っている。ただ好いている男や女に全力でアタックできないのは瑞騎家の人間の宿命なのかとも呆れてはいる。なお、何だかんだで好いている人と結ばれて、現代に至るまで家が続いているのだから凄いものだ。
『水分を取ってから寝なさいね。ウォーターサーバーもあるし』
「分かってるわ。丁度喉乾いて────?」
『あら……?』
女湯の暖簾をくぐってウォーターサーバーが設置してある場所に向かうと、マッサージチェアに嵌まって寝息を立てている人間がいた。もしも災害が起きた時のために明るくなっているのか、照明が付きっぱなしのその場所に設置してあるマッサージチェア、それを利用しているのは────
「ぐぅ……ぐぅ……」
玉ねぎのような寝息を立てる我らが気狂い、巡であった。
「……寝てるのかしら、あれ」
『どうかしら……というかどうしてここで寝てるのかしらね』
近付いても、起きる様子はない。本当に寝ているらしい。
「こうして見てると、可愛い顔してるわよね、巡君って」
『いつもがアレだから気付きにくいかもだけど、ね』
寝息を立てる巡をまじまじと眺める翡翠と麒麟。
翡翠の言う通り、巡はどちらかと言えば女顔である。艶やかな黒髪や、比較的長いまつ毛に線の細い体つきなどが相まって、男性の特徴を服や化粧で隠せば確実に女性となる。本人は絶対にやらないが、化粧をして女性用の服を着れば、親しい人以外が見た場合、全員女の子だと勘違いするくらいの女顔であった。巡はその顔について全く気にしていないしやる必要があるなら女装もやるだろう。やる必要がないなら本人は全力で拒否するが。
「ぐぅ……ぐぅ……」
「どんな夢見てるのかしら」
『案外穏やかな夢見てたりしてね』
「うーん…………とりあえず俺は毒と出血で……」
穏やかな夢を見ているとは全く思えない言葉が飛び出した。
『寝ても覚めても戦いのことしか考えてなかったりするのかしら、この子』
麒麟が呆れたように呟いたその時。
「…………麗良ぁ……敵のHP全然減ってねぇぞ……」
「れいら?」
「遥斗のゴールが見えないのなんて美しいの……俺のことはいいんだよぶっ飛ばすぞ」
「はると?」
はて、そんな名前の人間は学園内にいただろうか? 学園の人間の名前は大体覚えたはずだが、そんな名前の人間は学園内にいなかった。だとすれば学園に入る前の、地元の友人だろうか。しかし、巡本人が「地元に友人いないんですよね。修行と家の手伝いばっかしてたから」と苦笑いしていたのは記憶に新しい。
「超新星は俺が編み出した……そのためのビルドも……誉れ様って誰だよ……俺かよ……」
では、今ぶつぶつと呟いている巡の口から出てくる意味の分からない言葉の数々は、何なのだろう。疑問符を浮かべる翡翠と麒麟が何かアクションを起こすわけでもなく、首をかしげた直後。パチ、と光を飲み込んでしまいそうな、オニキスのような巡の目が開かれた。
「………………ん? 瑞騎先輩?」
「────────巡君、よね?」
「そうですけど……どうしました? 悪い夢でも見ました? メンタルケア行っときます?」
寝起きでもしゃっきりしているらしい巡は、親しい知人に向けるような笑みを浮かべてマッサージチェアから降りて翡翠の目を真っ直ぐ見ている。いつもの巡だ。
「もしかして深夜風呂ってやつです? ここの露天風呂、深夜は星空が凄いらしいっすよ」
「そう、なのね。もう入ってしまったからちょっと残念」
「? あ、もしかして俺、寝言で変なこと言ってたりしました?」
ビク、と反応しなかった翡翠は自分を褒めたかった。図星を刺されたような気分になりながらも、翡翠と麒麟は踏み込まない。問いかけても話してはくれそうだが────踏み込めなかった。なぜかは分からないが、はぐらかされるような、そんな予感がしたから。そんなことを、巡は翡翠に対してしたことが無いというのに。
「いえ、気持ちよさそうに寝てたわよ?」
「あ、そうですか? でもあれっすね。座って寝るのは良くねぇっすわ。マッサージチェアとはいえ体がちょっとパキパキ言うっていうか……」
『それ、マッサージチェアの意味ある?』
「ははは、一時間以上も座ってたらそうなりますって」
麗良&遥斗
巡の素敵なご友人。ただそれだけ。
実は瑞騎先輩のお願いなら大抵聞く。それが巡。