恋愛要素ありの死にゲーに転生して鉈を振り回す転生者 作:エヴォルヴ
タイムアタック新記録の栄冠を得るために始まった蜘鯰戦。最初に仕掛けたのは蜘鯰であった。
繰り出される巨体を活かした突進攻撃。疑似餌が生み出したぬめりと、自身が体内に溜め込んだアムリタを霊力に変換してジェットエンジンのように放出。ぬめりと加速によって体を滑らせることで速度を確保したその一撃は避けられない速度ではないが、それでも速い。しかも避ける方向やタイミングによってはヒレに激突して引きずり回されることになる。
回避タイミングを見誤ってヒレに捕まり、引きずり回されて紅葉おろしになってダンジョンから弾き出された戦士は数知れず。ここまでのダンジョンで培ってきた自信をここで折られた結果、しばらくダンジョンに行けなくなる戦士は少なくない。数回負けた程度で折れるとは心が弱い。鍛え直してどうぞ。
しかも位置避けしようと離れた場合、水晶を嚙み砕いて吐き出すショットガンの皮を被った迫撃砲が待っている。遠距離攻撃を無効化するための準備をしていない場合、遠距離にいた方が危険なボスであり、突進は予備動作が大きいので地団駄や圧し潰しを考えなければ案外近距離が安地だったりするので、遠距離攻撃の無効化手段が無い場合は見極めて近距離で殴るのが攻略の鍵である。時代はインテリ蛮族。叡智の結晶たる暴力こそが時代を切り開く鍵のようだ。
ゲーム本編では引けばジリ貧臆せば死ぬぞを体現した怪魔であり、死にゲー愛好家達から「バ美肉先生」の愛称で親しまれている初心者卒業証書授与式を行ってくれる怪魔だ。実は公式からぬいぐるみ、抱き枕の他、大きな声では言えないがアダルトなグッズなども販売されている。公式が病気。一定の売り上げを叩き出しているため、購入者は中々ニッチな性癖をお持ちのようだ。だが、様々な性癖に対して寛容である討魔運営が病気なのはいつものことである。ニッチな性癖だって極めれば仕事になる。
「うははははは!! ショットガン吐きながら突進*1とは中々悪辣だな!!」
「笑い事ではないですよ模歩先輩。こんな戦い方、前に戦った時はしてきませんでした!」
「あらそう? 俺が挑んだ時にはもうやってきてたからよく分からん」
世界が気狂いの踊り狂う姿を見たいと言っているのかもしれない。そう思うレベルで蜘鯰はゲームシステムなんてものから解放されて暴れまくっている。ショットガンを乱射しながら突撃してくるトラックを前にして、人間ができることは遮蔽物に隠れること、射線から外れること、回避することぐらいしかないが────ここには例外が存在する。
「知ってるぜ、てめぇはそんな見た目のくせに竜種だってな!!」
(((そうだったんだ……)))
突進を回避した後、巡は喰い裂き丸で腕を切り裂いて出血しつつスキルを起動する。
「血濡れの刃は、竜の爪なれば!! 【竜爪】ッ!!」
赤黒い煌めきが竜の爪を思わせる刃となって放たれる。濁り切った水晶の装甲を持ったチョウチンアンコウっぽい見た目の蜘鯰の体にその刃が直撃した瞬間、決して浅くはない裂傷が蜘鯰の体に刻まれて血が噴き出す。
「竜種には竜の力または神の力を使いましょうってな……! なお、下手な竜特攻は刺さらない模様」
「竜特攻の意味」
「正直それを積むよりも他の特攻積むべき」
ダンジョンに出てくる竜なんて数が限られているし、と喰い裂き丸を振り回す巡。まるで鞭を振り回すような速度で繰り出される変幻自在の攻撃によって、蜘鯰の体が獣に引き裂かれるように傷付いていく。
先制攻撃を仕掛けて逆に少なくないダメージを与えられたことで、蜘鯰のターゲットは完全に巡へと移行した。今の巡はDPSタンクのような動きをしており、大広間全体を使って暴れる蜘鯰を最低限の動きに留めて戦っている。
「本当に見事な手腕だな。……玄武、乗せろ!!」
『おうさ!』
玄武の甲羅────亀甲模様が治水の持つ大剣に現れ、激流を纏う。それだけではなく、ただでさえ凄まじい重量を誇る特注の大剣がさらに重量を増し、学生、プロ、フリーを含めた戦士の中でも屈指の剛力と体幹を持つ治水にしか振り回せない大剣と化した。
「至高の一撃にはまだ届かずとも────受けるがいい! 【大瀑斬】!!」
上空へと飛び上がり、ギロチンのように振り下ろされた凄まじい重量と激流の一撃は、まるで巨大な滝から放たれる大瀑布のような衝撃と威力を誇り、巡に翻弄され続けている蜘鯰の隙だらけの横腹へ大きなダメージを与えることに成功する。
そこまでのダメージを叩き出せる人間を放っておくほど、蜘鯰も馬鹿ではない。巡も脅威ではあるが、それ以上のダメージを叩き出してくる治水を先に潰そう。そう思った矢先、疑似餌の視界が真っ赤に染まった後に見えなくなった。
「────!? ッッッ!!?」
突然与えられた暗黒に、疑似餌も蜘鯰も混乱した。地中に潜っている時であれば、ソナーのような器官で物を見るため、暗闇に囚われても問題はないが、現在自分がいるのは地中ではなく地上。ソナーを起動させていないはず。だというのに突然起こった暗闇に、蜘鯰は混乱せざるを得なかった。
だが、腐ってもボス怪魔。混乱しつつもソナー器官を使って疑似餌の視界を確保して何が起こったのかを確認する。感知したのは荒れ狂う暴風を全身に纏った少女の姿と、白と黒の鮫を彷彿とさせる激流を纏った少女の姿。なるほど、この雌達が疑似餌の視界と喉を奪い取ったらしい。首を切り落としてこなかったのはよく分からないが、この雌達も脅威に他ならない。
「前に斬った時よりも斬りづらいですね……前と違ってぬめりが邪魔をしていると見ました」
「白鰐と黒鰐の力で洗い流して、辰巻ちゃんが斬る……でいいかな?」
「そうですね。本体と違い、疑似餌には斬撃がよく通りますし」
この四人がこのダンジョンに来る前、自信を過剰に付けた戦士を悉く叩き潰してアムリタを蓄えることに成功しているため、強化されている蜘鯰をどう料理してやろうかと話しながら攻撃を再開する明日夢と玻璃。
そんな二人の目論見を易々と叶えてやるほど、蜘鯰も、蜘鯰の疑似餌も弱くない。戦闘開始時に治水が展開した結界を塗り潰す勢いで地形に作用する魔法を乱発する疑似餌と、それを邪魔されないように跳ね回り出す蜘鯰。本来であれば蜘鯰が落ち着くまで離れてバフを掛け直したりするハーフタイムのように活用する時間だが────この場にいる気狂いはそんなことをするつもりはなかった。ボス相手にじっくり戦うなど、ソロの時で十分。そもそも現在はTA新記録を狙っている最中。少しでもダメージを稼いでタイムを縮めることが肝要である。ゆえに。
「さぁてと……やりますか」
「どうかしたの模歩く────わぁああああああ!!?」
明日夢、絶叫して顔を手で覆った。戦場で視界を塞ぐとは、中々剛毅な少女である。
「……よく鍛えられているな。見事なものだ」
『『いい体だぁ……』』
「なぜ脱いでるんですか!?」
気狂い、唐突に上半身の装備を全て脱いだ。しかも下半身も防具とは言えない短パンで、武器も霊子化して仕舞っている。ダンジョンで武装解除など、血迷ったとしか思えない行為だが、気狂いは本気である。
「人魔戴冠とはまだいかねぇ。けど! タイマンで勝ったからなぁ!!」
そう言いながら塩をばら撒き、両足を広げて片足を天井に届く勢いで上げた巡は、力強く大地を踏みしめる。何度も、何度も繰り返すそれは四股と呼ばれる所作。腰割りという基本的な構えから踏み鳴らし、踏み締め────その度に、蜘鯰が発生させる地形魔法を塗り潰し、治水の結界すらも飲み込んでいく。
『……なんと。まさか成したのか!』
『ふふっ! 玻璃、いいものが見れるわよ!』
神獣の驚愕と感心の声が聞えたのとほぼ同時に、四股を踏んでいた巡の体から強い霊気が迸り始める。しかし、恐ろしいものではなく、むしろ安心感すら与えてくる強くて優しい霊気が最高潮に達した瞬間、巡が口を開く。
「人魔一戴────【雷電爲右エ門】」
凄まじい霊気の奔流が結界も、地形魔法も、何もかもを吹き飛ばして、巡の背中に雷雲を思わせる刺青のような刻印が刻まれる。そして、半透明ではあるが、はっきりと見える偉丈夫の男が巡の横に現れた。
『雷電爲右エ門、ここに参上ってなぁ! ま、召喚ってわけじゃねぇがな!』
「頼みます、雷電さん」
『応よッ! 怪力無双、信州雷電の力、見せてやろうじゃねぇか!!』
太陽のような笑みを浮かべた雷電の力を纏った巡は、腰を深く落とし────
「発気揚々……!!」
『『『『『残ったァ!!』』』』』
異種格闘技とはいえ、巡がやろうとしている相撲は神事。雷電本人ではないとはいえ、雷電の相撲をもう一度見れることに神獣や神は大興奮。爆発するような叫びと共に飛び出した巡のぶちかましが、蜘鯰の土手っ腹に直撃して、蜘鯰の体が文字通り変形する勢いで揺らぐ。ぬめろうが、分厚い装甲があろうが関係なし。雷電爲右エ門の人魔一戴は身体能力の超強化と、素手の状態でのみ、敵の防御力を無視した打撃を繰り出す能力なのだから。
巡の攻勢は続く。雷電の力を纏った張り手が蜘鯰の体に激突。張り手が直撃する度に、蜘鯰の体がドパンッ!! ダバンッ!! まるで波打つように揺らぐ。大型トラック並みのサイズの蜘鯰の全身に衝撃が伝わってもなお威力が消えることなく、巡を中心として水晶の地面が、壁が、天井が、空気が悲鳴を上げる。
「ふぅううううう……!!!!」
「持ち上げたぁ!!?」
ダウンした蜘鯰の疑似餌と本体を繋ぐ触角を掴んだ巡が、細身ではあるが鍛え上げられた筋肉に雷電の力を重ねることで可能とした怪力に物を言わせて持ち上げる。そして。
「おいしょおおおおおおおおおおおおいぃッッ!!」
まわし投げの要領で蜘鯰の体を水晶の地面に叩き付けた。
その一撃によって蜘鯰の体は限界を迎えたのか、大きく痙攣した後、黒い灰となって消滅した。主人公の明日夢や五家の人間にラストアタックを譲らず、ハーフタイムすらショートカットして撃破した巡は人魔一戴を解除して、端っこでカップ麺を管理している禍津日に声をかける。
「タイムは!?」
『7分』
「7分遅れてるのになんて美しいの。美しくねぇわカップ麺伸びるわ」
装備を戻した巡は妙な言葉を吐きながら、禍津日が持ってきたカップ麺を受け取ってチーズと温泉卵を投入。地獄の炎のように真っ赤なスープと、山椒、花椒、黒コショウなどのスパイスが絡まった麺を啜る巡は呟く。
「辛」
「ふむ……確かにとてもじゃないですが、刺激的……ですね」
「これで温泉卵とチーズを入れてるって話する?」
「次は牛の乳を入れるべきかと」
カップ麺を食べて談笑する巡。涼しい鈴の音のような声は心地良く、会話することが不快に感じることはない。
その声の主が、この場には似つかわしくない着物を着ており、禍々しい気配を放っていたとしても。
「ところでどちら様?」
「蜈蚣から話を聞いた通り、怖いもの知らず、ですね」
「あのお姫様の知り合いかぁ……」
美しい女性だ。
息を呑むほどに、底冷えするほどに、美しい女性が巡から割り箸を受け取ってカップ麵を啜っている。
「それに……とても美味しそうな匂いがします。そう……内臓を掻き回して、髄液と共に啜りたくなるような」
「あんたもそっち系の怪魔かぁ……ここの主じゃないだろ。どこの人?」
「自己紹介の前に、そちらの方々も腹ごしらえくらいはするべきかと。美味しいものは、美味しいうちに……ですよ?」
「それはそう────と、言いたいところなんだけど、気配抑えてくれないですかね。死人みたいに青くなってるんで」
「これは失礼しました」
ころころと飴玉を転がすように笑う美しい女性から放たれる気配が薄れるが、明日夢、治水、玻璃の呼吸は落ち着くことがなく、彼女らに加護を与えている神と神獣は見たこともないようなシリアス全開の表情で加護を与えた人間を守るために力を放っている。
「んー……とりあえずカップ麺霊子化させておくか……食べるどころじゃねぇでしょ」
「ふむ……難しいものですね。無作法、失礼いたしました」
『……なぜ、ここにいる。貴様は、初代瑞騎家当主が封じたはずだ────
「ああ、玄武ですか。久しいことです。……おや、青龍に、宇迦之御魂神まで……懐かしいものですね」
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