恋愛要素ありの死にゲーに転生して鉈を振り回す転生者   作:エヴォルヴ

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切り替え速度が怪魔側のそれ

 身も心も凍り付くほどに美しい姿を持ち、絹のように白い髪を揺らす八束爬戯姫。姿は背から生えている蜘蛛と爬虫類を掛け合わせたような触腕以外人間とそこまで変わらないが、纏う気配が人間とは別物である。ころころと笑う姿は老若男女問わず生唾を飲み込むほど可愛らしいが、その力は可愛らしいと言えるようなものではない。

 

「では改めて自己紹介を。私は八束爬戯。かつて瑞騎家初代当主、瑞騎眞柄禎周(まがらさだちか)に封じられた怪魔です」

 

「ズズ……初代様かぁ。めちゃつよと存じます」

 

「ええ、見事な強者でした。ええ……本当に、見事でしたよ」

 

 知人との日常会話を楽しむかのような二人のうち、巡は内心で「こいついつのDLCだっけなぁ」と前世の記憶を漁って八束爬戯のことを思い出していた。思い出しつつ、激辛カップ麺を雑炊までコンプリートしていつでも殴ることができるように準備している。

 

 巡が八束爬戯が現れたことに驚かなかった理由は、全てのバフを盛って霊薬をたらふく服用し、戦闘中もずっと索敵スキルを全てアクティブにした状態だったことと、刹那無心流の地獄の修行によって身に着けた空間把握能力や危機察知能力の結果である。刹那無心流の修行で三途の川に訪れてカロンと奪衣婆などと茶会をすることになりたくなければ、五感だけではなく第六感まで磨き上げなければいけない。磨き上げたとしても死ぬ時は死ぬので覚悟が必要だ。

 

 しかしどうしてこうも巡が怯えることもなく八束爬戯と話をしているのかだが────どうせここで死んでも死に戻りするだけなので別に、という思いと、死に戻りが怖くて自爆なんてやれるものかという思いが原因である。頭がおかしい。さらに言えば、今の自分が戯れモードの八束爬戯と戦ったらどの程度やれるのか試せるかもしれないと考えている。そろそろ頭の病院に行った方がいいかもしれない。

 

「というかダンジョンから弾き出されないの、あんたが原因?」

 

「ええ。一時的にではありますが、この迷宮の支配権を奪いました。ですので……主代理、と言ったところでしょうか」

 

「なるほど?」

 

 その言葉を聞いたことで、八束爬戯がいつ現れた怪魔だったのかを思い出す巡。

 八束爬戯が登場したのはDLC第3弾『始まりの戦士達』である。ストーリー上で時折名前が登場する五家の初代達。「初代達が凄かったって言うけど、どれだけ凄いの?」という疑問に対して「こいつらと真正面からやり合って単騎で封印できるレベル」という回答と共にお出しされたDLCのボスの一人である。

 

(こいつが出てきたってことは……他のボスもいるんだろうなぁ……地獄か?)

 

「ちなみに見逃してくれたりは?」

 

「それも吝かではありませんが……そうですね。臓物と、髄液を啜らせていただけるのであれば、考えましょう。もちろん、生きたまま」

 

「そか。……じゃ、殺すか」

 

 その一言を皮切りに、巡はフックショットと火縄銃(火縄銃とは思えない大口径バレル)が融合した銃を構え、八束爬戯の眉間にその弾丸を叩き込んだ。

 爆音を響かせて飛来する弾丸を八束爬戯は触腕で弾き飛ばし、続いて迫りくる肉厚の刃を蜘蛛の瞳のような深紅の大太刀を用いて防ぐ。狂気に支配された戦士のような表情を浮かべる巡とは違い、涼しい微笑が浮かんでいる。

 

「案外フィジカルエリートなの────なァッ!!」

 

「ふぃじかるえりーと、というのが何なのかは分かりませんが、光栄です」

 

「蝕め、黒死の呪毒────チッ、詠唱ぐらいさせろ!」

 

「その刻印、疱瘡神のものでしょう。その(よわい)で呪い背負いとは……生き急いでいますね」

 

「生憎呪いは際限なく貯め込めるらしいんでね。大歓迎だよ」

 

「なるほど。かの荒神が気に入るわけです」

 

 触腕の指先から出された蜘蛛の糸が操る深紅の大太刀が、巡の首を刈り取らんと迫る。戯れモードなのでそこまでの威力はない────喰らえば致命傷不可避ではあるが────一撃を、大口径バレルから吐き出される弾丸によって弾き飛ばすという荒業であり神業を見せた巡は、銃の反動を利用して回転。靴に仕込まれた劇毒漬けにされた短剣を回し蹴りの要領で叩き込みつつ、喰い裂き丸を変形、生き物のようにしなる刃を振り回すことで蜘蛛の糸を断ち切ることができるか試みた。

 

(かった)

 

 結果は惨敗。無理に斬ろうとすれば、喰い裂き丸の刀身が逆に斬られかねない。一般人でも目を凝らせば見える程度の細さの糸だというのに、凄まじい硬度。そして、それに巻き付けている深紅の大太刀もまた、凄まじい強度を誇っている。

 

 それもそのはず。深紅の大太刀の銘は【妖刀 夜紅蜈蚣姫(やこうむかでひめ)】。蝦夷之蜈蚣姫が「下手な武器では私の膂力と糸に耐えられません」と嘆いていた八束爬戯のために打った、螺鈿細工の施された妖刀である。特殊な能力はなく、ただひたすらに硬く、しなやかな────仮に隕石が直撃しようとも折れず、曲がらぬ大太刀である。

 

(感触が糸というよりも金属とかの部類だわこれ。素材の名前に金剛って付くだけあって俺じゃ斬れんわ。熟練度MAXのバフ系ガン積みしてんのになぁ)

 

 霊薬による強化、パッシブスキル、アクティブスキルによる強化。そして十八番のエンチャント。その全てを使った状態であっても、八束爬戯の蜘蛛の糸を切り裂くことは叶わない。本来の八束爬戯はその細腕に大太刀を握り、蜘蛛の糸を利用した縦横無尽の間合いを操る怪魔の(いくさ)姫である。戯れの、完全なお遊びだからこそ成立している打ち合いだが────巡は全く折れるどころかむしろ「どこまで食らい付けるかな」という感情で体を動かしていた。

 

 もちろん立っているだけで精いっぱいな状態らしいパーティーメンバーが、いつか八束爬戯と戦う時が来た時の予習ができるように攻撃パターンを見せようという気持ちが0.5割くらいは────否、0.15割くらいはある。残り9.85割は「どこまで食らい付けるかな」で締められているため、やはりこいつはどこかおかしい。

 

「俺じゃ斬れない……『ならば、私達ならばどうだ?』」

 

 巡の瞳からハイライトが消え、髑髏の仮面と鎧が体を覆い尽くす。人魔一戴、【呪装:ゲリュオン&クリュサオル】を発動したと同時に体の主導権をゲリュオンに譲ったのだ。

 

「おや……中に何かを飼って────いえ、眷族ですか」

 

「『いかにも。我が名はゲリュオン。愛馬クリュサオルと共に戦場を駆け、モフ・メグルにより打ち倒された者である』」

 

「なるほど。怪魔であり、戦神、騎士神であり怪魔という者が外つ国にいるとは聞いていましたが……」

 

 これほどとは。

 八束爬戯の言葉と共に蜘蛛の糸が全て切り払われ、彼女の触腕に大太刀が収まる。巡の体を動かすゲリュオンの手には、クリュサオルの剣が振り抜かれた状態で握られていた。

 

「『その大太刀も砕くつもりで斬ったが……なるほど、見事な刀剣だ』」

 

「そちらもお見事、と言わざるを得ません。我が金剛の糸を切り落とすとは」

 

「『しかし我が主は欲張りゆえな。貴様の首も所望するとのことだ』」

 

「やれるものなら、と挑発させていただきましょう」

 

 漆黒の鎧に身を包んだ騎士が、触腕に大太刀を握った八束爬戯と激突する。まだ未熟であり、刀剣の才能が皆無である巡の体を使ってはいるが、ゲリュオンの剣技は神と謳われる者と同等。さらに言えば、ゲリュオンはヘラクレスと真正面から殴り合い(パンクラチオン)ができるフィジカルモンスターでもある。八束爬戯も戯れモードから戦闘モードへと移行し始めており、剣と大太刀が激突する音が激しいものになっていく。

 

 八束爬戯が大太刀を振るう。

 ゲリュオンが大太刀の腹を殴り飛ばして逸らし、剣を振るう。

 束ねた金剛の糸が剣を阻む。視界に漆黒の鎧と戦車の車輪が迫り、体を傾けることで回避。そのまま攻撃へと転じる。

 触腕が仮面で隠れていない頬を掠め、赤い血が流れる。それを意に介すことなく鎖を利用した斬撃により、八束爬戯の触腕の一つを切り飛ばす。すぐに再生するが、それでも間違いなく大きな一撃。

 

 一進一退の攻防が続く状況を前に、神獣の力で守られていても、立っているだけでやっとの状態だった三人は、未だ動けずにいる自分の弱さを恥じていた。

 

 治水、玻璃、明日夢。全員が全員、方向性は違えど強くなるために努力を重ねている。五家の人間として、己に加護を与えてくれた神獣に恥じない実力を持つために鍛え続けている治水や玻璃。己に手を差し伸べてくれた友人であり、恋をした人の隣に立つために強くなろうと努力を重ねる明日夢。全員、間違いなく強者であり、プロの戦士と比べても遜色ない実力を持っているはずだ。

 

 だが足りない。全く足りないとは言わないが、今の三人が束になってかかったとしても、八束爬戯の戯れモードを解除するくらいの実力には至らない。当然だ。そもそも八束爬戯と戦う実力というのは、ラスボスを余裕を持ってぶちのめせるくらいの実力。五家の初代、その全盛期と同等かそれ以上の実力がなければ八束爬戯と戦うことはできないし、その圧に打ち勝てもしない。では巡は五家の初代、その全盛期と同等の実力を持っているかと言えばそれは否。ただひたすらに脳と心が撤退とか屈服とか、格上に屈する行為をシャットアウトしているだけである。

 

 

 ハクスラ民の鬨の声、殴れば大体敵は死ぬ。

 落ちた素材の数と色、物欲探知の理をあらはす。

 集めた素材も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。

 ボスより雑魚の方が強いと道中で死に、そこまでの道のりにまた嘆く。

 

 

 大体こんな感じの思考で動いている気狂いのため、敵がどれだけ格上とか、どれだけ化け物じみているのかとかどうでもよいのである。殴って攻撃が当たって、HPが1でも削れるのであれば、殺せる。これにはヘラクレスも偉大なるチェスナットブック神もニッコリである。

 

 そんな気狂いの体を操るゲリュオンと、八束爬戯の打ち合いを奥歯を噛み砕いてしまうのではないかというほど食い縛って見ている三人は不意に、巡の体を包む漆黒の鎧────その隙間から赤黒い液体が零れていることに気付く。

 

 それが何なのかなど、考えなくても分かるものだ。

 

「ってぇなぁクソが!!」

 

 人魔一戴の制限時間ギリギリだったのか、人魔一戴を解除した巡。彼の体を包んでいた漆黒の鎧が消え、現れたのは砕けて使い物にならない鎧と、体中いたるところからダラダラと血を流す姿であった。

 

「……なるほど。怪魔の肉体を得ていたとしても、結局は人間……無理な動きに耐えられませんか」

 

「回復は内臓と筋肉と骨と神経優先……皮膚はまぁ……あとでいいとして。エンチャに使えるし」

 

 ブツブツと呟きながら、喰い裂き丸を構えて八束爬戯を見据える巡。喰い裂き丸の刃が呪いと加護、神と人の血を啜り、巡が持つ全ての精神力(MP)を奪い取り、強靭な刃を為す。ギラギラと光る目は未だに「お前を殺す」と言っており、八束爬戯の口角が自然と上がる。

 

「久しく見ない、夢のような時間でした。返礼をせねばなりませんね」

 

「殺す」

 

 失血死ギリギリの、なんで死んでいないのか分からないレベルの出血量のせいで語彙力が死んだ巡。刹那無心流の教えにより、未だ消えぬ────むしろさらに増している殺意が彼の全身から放たれ、彼に加護を与えている禍津日はそれはもう三日月のような悪辣で邪悪な笑みを浮かべている。この戦いを観戦している神々の中には、久しく見ない理外の怪物染みた戦士に絶頂して気絶している神もいる。神の姿か? これが……?

 

 

 再び蜘蛛の糸が展開される。展開された糸の一本一本が、まるで八束爬戯本人のような気配を放ち、先程まで使っていた糸とは全く違うことが手に取るように理解できる。

 その糸にひょい、と乗った八束爬戯は、両手で握った大太刀を構え────巡の首を刈り取らんと恐るべき速度で迫る。

 

「斬れ……」

 

「!」

 

 チェーンソーのように高速回転する血の刃が、八束爬戯の斬撃を逸らす。

 

「叫び、轟け────【雷哮砲】」

 

「……!」

 

 血の刃を纏う喰い裂き丸に気を取られていると、いつの間にか向けられていた銃口から獣の咆哮のような爆音と共に雷の弾丸が放たれた。攻撃用の魔法スキルがあまり育っていないこともあって、豆鉄砲程度のダメージしか与えられていないが、巡がこの魔法を選択した理由はダメージソースではなく、その効果。

 

 この魔法スキルは、直撃した敵に一時的なスタン状態を付与する効果があるのだ。時間にすれば1秒にも満たない時間。しかし、その時間が八束爬戯には永遠にも感じる。そして、動きを止めた敵に容赦するほど、巡の殺意は生ぬるくない。

 

 喰い裂き丸を両手で掴み、八束爬戯の脳天をかち割らんと全身全霊の力で振り下ろす────が、しかし。

 

「……ああ、なんて」

 

 八束爬戯の別れを惜しむような声が、破砕音と破裂音に飲み込まれて消える。

 

 砕けた。ゲリュオンとクリュサオルと戦い、英雄達の攻撃を受け止めても砕けることなく彼に忠義した喰い裂き丸が。

 弾け飛んだ。霊薬と自己強化に耐えることができなくなった両腕が弾け飛び、血が噴き出して八束爬戯の着物と肌を赤く染める。

 

 精神力も枯渇し、失血死して死に戻りをすることしかできなくなった巡。呆気ない、なんともまぁ呆気ない幕引き。夢のような時間を与えてくれた戦士に訪れた限界に、八束爬戯は思わず嘆くような呟きを零した。

 

「本当に、夢のような時間でした。若き戦士よ、あなたに敬意────ッッッ!!?」

 

「……ケヒッ

 

 嗤った。もはや死に体、灰となり、死に戻りが始まっている戦士が、悍ましい笑みを浮かべて八束爬戯を見ていた。

 

 弾け飛んだはずの腕はおどろおどろしい呪いが塞ぐことで失血死を防ぎ、少年の額には────人間にはあり得ぬ、禍々しい気配を放つ紫紺の角が生えている。

 

 不味い、と。八束爬戯が大太刀を構えて振り抜く。今、ゆらゆら立ち上がり、迫ってくる戦士は、己の命を喰らい尽くす何かがある!!

 

「………………」

 

(抜けないッ!?)

 

 巡の心臓に深々と突き立てられた大太刀が抜けず、大太刀を手放そうとした瞬間。がぱ、と巡の口が開き。

 

「……ッ!!」

 

 グチュリ、ブチッ、と音を立てて八束爬戯の口に噛み付き、唇と、頬の一部を噛み千切った。

 その一撃が限界だったのか、紫紺の角が砕け、悍ましい気配を放つ呪いも体に引っ込めば、すぐに死に戻りを開始する巡の体。灰となり、この場から消え去った巡は、気絶した状態でダンジョンの外に弾き出されているだろう。

 

「…………ふふ、ああ。なんて。なんて、夢のような」

 

 噛み千切られた唇と頬を再生させた八束爬戯は、宝物を見つけた子供のように笑い、同時に溜め息を吐いた。

 

「あの外道はまだ生きているようですね。逃げ足と、足跡を消す腕だけは見上げたものです」

 

 丁度ダンジョンの支配権が八束爬戯から切り替わったことで、ダンジョンから弾き出されるところの治水、玻璃、明日夢の方を見て、八束爬戯は言う。

 

「────果心居士という外道を探しなさい」

 

「かしん……?」

 

「かの御仁と共に進むのであれば、探しなさい」

 

 八束爬戯がそれ以上何かを言うことはなく、そして明日夢達も問いかける前に、ダンジョンからの送還が行われる。

 本来であれば瑞騎翡翠とダンジョン探索を行っている際に起動するフラグがなぜかここで発生した結果のボス戦であったが、気狂いは気絶しながらも満足したので、他の三人が何を思おうが気狂いは「とりあえず飯食おうぜ」と声をかけるつもりである。こいつやっぱり人間の姿をしているだけの何かなのではなかろうか。




八束爬戯
「そういえば、かの御仁の名を聞くのを忘れていました」

巡(数分の気絶後復帰の姿)
「喰い裂き丸がァアアアアアアああっ!!喰い裂き丸が折れているぅううううううう!!年号は変わってないが喰い裂き丸が折れているぅううううう!!…土下座だな」
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