恋愛要素ありの死にゲーに転生して鉈を振り回す転生者 作:エヴォルヴ
「さて……俺のことは知っているようだが、まずは自己紹介からだ」
いつの間にか霧が晴れて、カカオの木が生い茂るジャングルの中にいた俺は、未だに色が変わり続ける目を向ける神様────テスカトリポカ様に対して口を開く。
「模歩巡です。加護は禍津日様から、呪いは禍津日様と疱瘡神様から貰ってます。あと一応現人神です」
「呪い背負いの現人神か。中々にイロモノだが……悪くない」
「あんた程じゃない。何色なのかは分からんけど」
俺がまだ警戒を解かずにいると、摘み取ってきたカカオを解体してあれこれと手を加えていたテスカトリポカ様がケタケタと笑った。
「俺は気分屋でね。まぁ、どれであろうと俺がテスカトリポカであることには変わりない」
「気分で色が変わるってことで?」
「ああ。
え、なんて? ヤヤウキ? 何だかよく分からないけど、色の話? ……だけど、なんとなく言わんとしていることは分かる。
どの側面になるのか、どの側面を見るかなど、その時にならないと分からない。関わり続けてようやく人は関わった人の顔を見る。三野先輩は翡翠先輩のことを守る対象として見ていたが、俺は隣に立って戦ってくれる人として見ていた。大耀さんのことを皆は特別な存在として見ているが、俺や茶菓子同好会、一部の人達は特別な力を持っているだけの普通の女の子として見ている。虎成さんが凄くまっすぐで強い人だと皆は思っているけど、俺達は英雄譚やぬいぐるみが好きな女の子だと知っている。
少し例を挙げただけで、ここまで誰かが見ている側面が自分が見ている側面と違っている。ゲームのテキストでテスカトリポカ様が人間らしい神と書かれていたのは、色んな顔があるからという面もあるのだろう。人間のように笑い、怒り、悲しみ、楽しむ。確かに人間らしい神様だ。
「さて、自己紹介も────っと、俺はまだだったな。俺はテスカトリポカ。アステカの神であり、アステカの栄枯盛衰を見届けた生き証人だ」
「……トウモロコシ?」
「ホットチョコレートだけじゃあ物足りないだろ?」
そう言いながら渡してきたトウモロコシ────を使ったトルティーヤ。近くには野菜、肉、いくつかの果実が盛りつけられた大皿が現れた。何でもありだな、ここ。
「さて、まずは乾杯だ。久しく見ない戦士との出会いに」
「あ、えっと……突然の訪問に歓迎してくれたことに?」
いつの間にか出来上がっていたホットチョコレートが入っているマグカップと、テスカトリポカ様が持っている……なんだろうか、あれ。酒かな。香りからしてカカオか何かだと思うんだけど……まぁ、とにかく彼が持っているグラスを打ち合わせた。
「……あ、美味しい」
アステカ流のホットチョコレートと言われた時に、油がギトギトで、えぐみとか渋みとか苦みとかアクも何もかもが感じられるとんでもないドリンクが来るかと思っていたが、とんでもない。とても美味しい甘くないホットチョコレートだ。これに砂糖とかを入れると、上流階級の人達が飲んでいたっていうショコラトルってやつになるのか?
「砂糖は入れていないが……中々イケる口らしいな」
「コーヒーとも違うけど……なんだろうこれ……油は感じるけど、しつこくないし……」
あ、スパイスだ。香辛料の香りが奥からやってくる。この香りを出している香辛料がしつこさを消して飲みやすくしてるのかもしれない。
「ところで禍津日様とはいつお会いに?」
「あいつか。まぁ、軽いじゃれ合いを少し前にな」
ああ、じゃれ合い(殺し合い)ですね分かります。禍津日様とテスカトリポカ様の本気を知らないからあれこれ言えないが、とんでもないことになったんだろうなということだけは分かる。
「言っておくが、現世にあれこれ影響が出ないようにはしたぞ」
「ああ、それは安心」
「俺達が現世に影響を及ぼすような暴れ方をすれば、俺達に不利益が及ぶ。人を見守る存在として、弁えるさ」
「そういえば今でも祀られてますもんね、テスカトリポカ様」
「ああ。生け贄は無くなったが……代わりに奉納される心臓代わりのザクロ、あれは悪くない」
この世界では案外神様に対する祭りが残っていたりする。例えばテスカトリポカ様の場合、作物を捧げたり、神官が祝詞を読んだりするのだ。心臓の代わりに捧げられているのは、特定の土地で育てたザクロ。色々と基準があるらしく、少し調べただけで分かるのは、『指定の土地で種から育てたものであること』。苗からではだめらしい。……あ、捧げもので思い出したわ。
「遅くなりましたが、お供え物どうぞ」
「へぇ、手作りか。捧げものなら、受け取らん理由はない」
俺が取り出したのは、チョココロネと野沢菜のおやき。甘いものを食べたらしょっぱいものが食べたくなるのが人間というもの。チョココロネで口の中をチョコの暴力的な甘さで支配した後、しょっぱい野沢菜の漬物を刻んでマヨネーズと和えたものを詰め込んだおやきを食べることで無限に食べられるという寸法である。
「ほう……チョコレートとパンの組み合わせか……しかし手触りが小麦粉じゃないな。トウモロコシ粉でもない……米か?」
「なんで手触りで分かるんですかねぇ」
「九つの冥府、その全ての作物を俺が管理している。基本的には各層で暮らしている連中に任せてはいるが」
「各層……? 八大地獄みたいな、そういう?」
興味はあるが、日本人である俺の死後は天国か地獄かの二択だろう。正直地獄の方が気になる。地獄には奈落という場所があり、そこがボスラッシュダンジョンでもあるのだ! 生きている間は色々と条件を満たさないと挑戦できないが、死んだら無条件で挑戦できるとゲームに登場する獄卒が言ってた。是非とも挑戦したい。
「ネタバレになっちまうが、死後の世界ってのは結構融通が利く。日本人がヴァルハラに行った例もあれば、ギリシャ人が日本の地獄に行った例もある」
「行き来は可能ですか」
「日本で言うところの獄卒になればできるんじゃねぇか? ……ま、お前は死後、神共の魂争奪戦に巻き込まれるだろうがな」
「つまり束縛するような神に挑んでぶち殺せるチャンス……てコト!?」
「ハハハッ!! 己の望みが叶うなら神殺しさえ厭わんか! いいね、そういう人間も嫌いじゃない」
神々が俺の魂を狙ってあれこれするつもりなら、俺はその神を全員殺す。世話になっている禍津日様とか、時折依頼を持ってきたりする天照大御神様とかに魂を預かってもらうならまだしも、知らぬ存ぜぬな神々に自分の魂をくれてやるものか。聞いてんのかイシュタル。てめぇのことだぞフレイヤ。アフロディーテは反省してもろて。
しかし獄卒か……就職先の一つとして考えてもいいかもしれない。獄卒になれば奈落にある程度顔パスで通れるだろうし。死後もハクスラできる機会があるなら見逃すわけにはいかない。
「さてと……そろそろ本題に移るとするか」
「あ、はい。俺がここに来た理由なんですけど……」
「ああ、何となく分かる。お前の後ろにいる連中についてだろ?」
「ウェッ!?」
テスカトリポカ様が指差した方向に振り向けば、何人どころではない、何十人────多分50人くらいの人影があった。先代アラハバキ様のところで出くわした黒い靄よりもはっきりと人の姿をしているが、顔は見えない。口元がギリギリ見えるか見えないかというところだ。
「
「あ? 知らねぇのか? お前とそいつらの縁は強く結びついてるが……なんだ? 一方的な縁か?」
「ちょっとよく分かんないっす」
いや本当に分からない。こんな黒い靄が俺に憑いてきているなんて、俺は全く知らなかった。禍津日様が何も言わなかったので、彼女も知らなかったんだと思う。それとも知っていて言っていなかったのか……どちらでもいいが、この人達は誰なんだろうか。……試してみようか。
「聞こえている前提で聞くんだけどさ、俺の関係者なら手を挙げて」
全員が手を挙げた。
「俺が小さい頃から知ってるって人は?」
全員が手を挙げた。
「ははぁ……俺があんたらのことを忘れているということが分かった」
えー……誰だろうか、この人達。確かになんだか懐かしい感じはするけれど、それ以上にこの人達を見ていると心がざわつくというか、ギリギリと首を絞められているように息苦しいというか、心臓を握り潰されているような痛みがあるというか。ハッ、恐ろしい程の動悸!! 鎮まれ俺の呼吸器官と心肺!! ホットチョコレートを飲んで心を落ち着かせるのだ……
「……よし、落ち着いた。で、テスカトリポカ様。俺がここに来た理由、この人達じゃないんですよ」
「そいつらじゃない、か。なら何をしに来た?」
「えっとですね……あんまり人に相談するようなことでもない気がするんですけど……」
そう言ってから、俺はテスカトリポカ様にここに来た理由を語った。そのために翡翠先輩のこととか、正直精神を削るような話も色々話したが、背に腹背に腹。真剣に話を聞いてくれているテスカトリポカ様に対して俺が恥ずかしがってどうするんだって話である。
「それで……人からの好意を受け取るとか、誰かのことを好きになるとか、誰かが自分のことを好きになってくれる、とかそういうのを真剣に考えると、吐き気とか、動悸とかがして」
「ふむ……なるほどな。いわゆる拒絶反応か」
「はい。テスカトリポカ様ならこういうことにも精通してるってことで、禍津日様がここに俺を送りました」
正直、期待している。なんで俺が、人に好意を向けられていることに対して考えたり、誰かと恋人になるということに対して真剣に考えると吐き気とか眩暈とか動悸とか寒気がするのか知りたい。俺の中で何がそれについて引っ掛かっているのか。全能神であるテスカトリポカ様なら、何か教えてくれるんじゃないかと、少しだけ期待している。
俺の期待を知ってか知らずか、テスカトリポカ様はしばらく考えるように黙りこくっていたが、一つの結論を得たのか、口を開く。
「模歩巡」
「はい」
「お前はあれだ。一種のPTSDだ」
「記憶にございません……」
「だろうな。人間ってのは辛かったことを忘れよう、封じ込めようとする。脳が正常に働いてる証拠だ」
褒められてる? 褒められてるんだろうか、これ。
「原因はその封じ込めてる記憶にあるだろうと推測されるが……模歩巡、お前の頭の中を少し見せてもらうが問題は?」
「特に」
「よし。なら、封じ込めてるか忘れてる記憶だけを見ると、ここに誓おう」
隠してるものは転生したことくらいだが、それ以外は別に見せても問題ないんだけど……線引きがしっかりしてあるんだなこの神様は。
「さて……」
テスカトリポカ様が俺の頭に手を当てつつ、何か呪文を呟いている。多分記憶を覗くための呪文なのだろう。全く理解できない言語だから何を言ってるのか全く分からないが。
そんなことを考えていると、呪文が完成したのか集中するテスカトリポカ様。だが────バチンッ、と強い静電気が奔ったかのような音と共に彼の手が俺の頭から離れた。
「………………………………ああ?」
「?」
「相当に強く封じ込めてやがる。俺の権能も弾くか」
「ええ……」
弾くなよ俺の心よ……あとなんでテスカトリポカ様はどうして弾かれたのに楽しそうにしてるんですかねぇ。
「こうなってくると記憶を見て何かする、というのは無理だな」
「そうですか……」
「そもそも心の傷ってのは神だろうが簡単にゃ触れていいもんじゃねぇ。お前がどうにかしたいって願うなら、お前自身でどうにかしないとな」
その手助けくらいはしてやるが、直接的に何かしてやるというのはよろしくない。
テスカトリポカ様はそう言いながら俺の頭をガシャガシャとかき混ぜるように撫で、グラスに入った酒を飲み干す。
「とはいえ、ここまで来て土産の一つもないってのは忍びない。これを持って帰れ」
手渡されたのは、黒曜石で作られている小さなナイフのような首飾り。ただ、何か特別な力を感じるような、そうでもないような……
「これは?」
「俺の力を軽く込めてる首飾りだ。それがお前の問題解決の助けになる────かもしれないが、そうじゃないかもしれない」
適当過ぎる発言が気になるところだが、貰えるものは貰っておけが俺のスタイル。これがもしかしたら俺の問題解決の鍵になってくれるかもしれない。ワンチャンの保険があるというのは心に余裕を産むのだ。貰わない手はない。
「ああそれと、飯は食っていけ。安心しろ、帰れなくなるなんてことはないからよ」
「あ、それじゃあ遠慮なく」
めちゃくちゃ美味いし残すのはもったいない。突然の訪問に対してここまでもてなしてくれたのに、そのもてなしの一つである料理を残すなんて許されないだろう。できれば皆にも喰わせてやりたいくらいには美味しいし。
「ついでにこれは助言だが……そこの連中と、お前自身が抱えている違和感を探れ。そこに何かあるはずだ」
「ありがとうございます。……うま」
やはり食事……! 食事が嫌なことを忘れさせてくれる……!
テスカトリポカ
記憶が読めても読めなくても、お供え物の対価としてアイテムしか渡すつもりがなかった。加護を与えているわけでもない人間に対して直接的なサポートはしないつもり。ただ、巡が本気でどうにかしたいと考えていたのはしっかり伝わったので、助言もアイテムもくれたし、飯も用意してくれた。
人影
50くらいの人の影。巡の根っこに憑いている。禍津日は気付いていなかった。
巡
飯が美味ぇ。