恋愛要素ありの死にゲーに転生して鉈を振り回す転生者 作:エヴォルヴ
討魔学園で開催された学園祭は、不幸中の幸いと言うべきなのか……完治の目処が立たない重傷者が何名か出た程度で済んだ。この程度で済んだのは、学園の教員、生徒、プロの尽力があったことと、神威を解放した神々や神獣などの誘導があってこそである。
もちろんこんな事件が発生したということで、政府も学園も世間も大騒ぎである。大騒ぎどころではない? それはそう。怪魔を倒すための戦士を育てる学園にて、怪魔が現れたのだから。
「……それで、本当なのか?」
「間違いない。町が一夜で滅ぼされた」
今後の方針について話し合うために集まったとある政府の上層部が、目を疑うような報告に顔を顰めていた。
それは、学園祭の数日後に町が一つ滅んだという報告。たった一体の強力な怪魔によって、町が滅んだというこの時代ではイレギュラーもイレギュラーな報告だ。自然災害や病魔、寿命などで死亡することはよくあることだ。百鬼夜行の避難に遅れて亡くなる人間も────ごく稀ではあるものの、いる。
だが、町一つが滅ぶなんてことは、世界中で同時に発生した大規模百鬼夜行『第一次百鬼大戦』、『第二次百鬼大戦』が最後。飛行型怪魔による東京大空襲の余波でいくつかの町村が滅んだ悲惨な歴史を最後に、日本のどこかが滅んだ記録は残っていない。百鬼夜行やダンジョン攻略を除けば、長く泰平の世が続いていたのだ。もちろん犠牲になった者がいないわけではないし、心折れて今でも人前に出てこれない人間だっている。それでも、先人達が未来のためにと戦った今は間違いなく平和であった。
「生き残ったのは藤原禅明と、模歩巡のみか……治療は?」
「既に緊急搬送済みだ。しかし、どちらも重傷だと聞いている。特にあの羅刹剣聖と謳われた藤原禅明はいつ死んでもおかしくはない重傷だそうだ」
「大嶽丸……厄介な怪魔だな」
大嶽丸。
それが町一つを滅ぼした怪魔の名前であり、模歩巡の肉体を依り代として復活してしまった存在である。その怪魔について記された最古の記録は平安時代よりもさらに前……飛鳥時代にまで遡る。当時の政府から連綿と受け継がれてきている怪魔の記録に、大嶽丸の記録は残っている。
もちろん記録に記された大嶽丸と、今回復活した大嶽丸が別個体という可能性は無きにしも非ずではあるが、それでも、現在とある場所にて分けて封印されている天眼夜叉と両面宿儺と揃って裏の歴史を知っている者達に語り継がれている伝説の怪魔であることには変わりない。
現在ここに集まっている者達にとっての懸念はそんな強大な怪魔が現れたことだけではなく、今回学園祭で大きな被害を出そうとしていた宗教団体についてだ。プロの戦士と自衛隊、警察などを総動員して醒霊杯教の本部へと乗り込んだが、もぬけの殻。それどころか、おぞましい実験の痕跡が大量に発見されたのである。人と怪魔を融合させる方法から、人を怪魔へと変える方法など……とにかく吐き気を催すような実験の数々。その実験を主導していたのは教祖である何者かなのだが、その何者かがそこにいた痕跡はなく、空回りすることになってしまったのだ。
正直な話、空回りしたことについてはどうでもいい。懸念しているのは、現在緊急避難と称して大結界が展開された区域に避難させている人々の中に、カルト達が混ざっている可能性があるということ。それを公表したとしても混乱を招き、公表しなかったとしても混乱を招く……そんな大きな問題を抱えているのだ。
「世間もメディアも情報に飢えている。記者会見で様々な対策を発表し、それらを現在進行形で講じてはいるが……」
「人狼ゲームなど、ボードゲーム上のみで勘弁だというのにな……それはそうと、総理は?」
「件の病院に慰問へ行っている。そろそろ帰ってくる頃だが────」
細身の男がそう言った直後、会議室の扉が開かれる。
「すまない、待たせたな」
「いえ、時間通り────そちらのお客人は?」
「ああ、我々にスポーツ用品を届けに来てくれてね。是非一緒に汗を流そうと連れてきたんだ」
会議室に入ってきたのは髪を短くカットして眼鏡をかけた、清潔感のある筋骨隆々の男と────全身の骨という骨が砕けて全身から血を流している人間と怪魔が混ざった異形と、うわ言を呟いている人間。怪魔の方は絶命寸前なのか、少しずつ灰に変わっているし、人間の方は顔面が拳の形で陥没していて、何をされたのかを雄弁に物語っていた。
「なるほど。それならば仕方ありませんが、総理。今は非常時……スポーツはまた次回の機会に」
総理と呼ばれた筋骨隆々の男────豪我鵐頼は鋭い目を細めながら、会議室に集まった人間に問う。
「状況は?」
「悪いですな。聞いての通り、町一つが滅びました。一体の怪魔によって」
「大嶽丸……実在したとは。いや、天眼夜叉と両面宿儺の封印があるくらいだ。どこかで封印されていたとしてもおかしくはない」
「問題は何を依り代として封印が施されていたのか……いや、そもそも記録には鈴鹿御前によって討伐とあります。それがなぜ復活したのかです。それも、未来ある子供を媒介にして」
「いや、なぜ復活したのかは二の次だ。今考えるべきは、日本の安寧を脅かす大嶽丸の討伐。そうだろう?」
「は……失礼しました。私としたことが、順序を履き違えておりました」
「気にしなくていい。歴史家から俺がスカウトしたんだ。歴史家として『なぜ』が疑問になるのは性分だ」
この会議室に集まっているのは、鵐頼が個人的にスカウトして政権の支えとしている重鎮達。つまりは鵐頼が心から信頼している、裏切ることがないと断言する幹部達だ。鵐頼政権は支持率が歴史上最も高い政権だが、欲に溺れる政治家がいないわけではない。凄まじいカリスマを持つ鵐頼を目の上のたん瘤と感じている人間は少なくないのだ。そういう連中は基本的に甘い汁を啜りたいだけの下種が多いが。
「今回ばかりは俺が出るべきだと考えているが……」
「いえ、あなたは日本国民の最後の砦です。大国主神様の力も、国民が近ければ近い程強くなる。口惜しいでしょうが……」
「本当に、情けない話だ。泣いている子供を守りたいがために政治家となったというのに、泣いている少年一人救えない」
ギリギリ……ッ、と分厚く、堅い手の皮を貫いて血が滴る程に拳を握りしめた鵐頼の脳裏に過ったのは、病院に搬送されて様々な治療を施されて、積み上げてきたスキルも重なった結果、目覚めるとしても一ヶ月はかかると判断した医療チームがギョッとするレベルの回復力で目を覚ました少年────模歩巡の姿だった。
「慰問しに行った時、あの子を────此度の事件、その最も深くで巻き込まれた少年を見た」
禅明が致命傷を負いながらも使ったとある武具────それも、代償ありきの呪物の類だ────によって大嶽丸と分離した巡。目覚めた瞬間に自分のことよりも町の人間や、学園の友人の安否を確認していた少年の姿が、鵐頼の脳裏に焼き付いて離れない。
「なぜ悪意に弄ばれた少年が、自分を責めなければならない?」
鵐頼は見た。安否を確認し終えた後、大嶽丸がやったことを思い出して自分をどこまでも客観視してミスを指摘し続ける少年の姿を。
「なぜ戦士となり、誰かを守ることを選んだ心優しい者が自分を責めねばならない?」
少年が目覚めるまで病室に交代で訪れていた少年少女に向かって、自分のことはあとにしてくれと言って、大嶽丸が何を目的にして少年の生まれ育った町にて殺戮の限りを尽くしたのかや、大嶽丸の復活を目論んだ存在が次にやるであろうことなどを説明していた少年の姿を。
泣きたいだろうに、叫びたいだろうに。どうして自分がと嘆いても誰も責めはしないのに、自分のことを二の次にして、役目を果たそうとする戦士のふりをした小さな子供の姿を見て、鵐頼の中にある炎がさらに燃え上がった。
「千方、再度確認させてくれ」
「うす」
「あの少年は大嶽丸に取り込まれながらも、戦っていた。そうだな?」
「っす、間違いありません。彼は────巡は間違いなく大嶽丸を止めようとしていました」
影から溶けるように現れた千方と呼ばれた男が言う。巡は間違いなく戦っていたと。
「これを……」
千方が取り出したUSBメモリを幹部の一人が受け取り、パソコンに挿入。プロジェクターに映し出されたのは、大嶽丸と禅明が戦っている姿だ。音声は無いが、廃虚と化した町で激しい戦闘を繰り広げている。
「……凄まじいな」
「はい。八咫烏の力がなければ、俺も間違いなく斬られていました」
映像には時折ノイズが走るものの、鮮明に大嶽丸と禅明の戦いが映し出されており、どちらかが動く度に廃虚に斬撃の後が残っていた。
禅明の飛ぶ斬撃に軽々と対応する大嶽丸。
返礼とばかりに大嶽丸が放った獄炎を纏う刺突を左手に持っている禍々しい短刀で受け流す禅明。
様々な絶技と絶技、奥義と奥義のぶつかり合い。まだ本調子ではないらしい大嶽丸は、このまま続けていても埒が明かないと判断したのか、対象のみを切り裂くらしい謎の斬撃を放とうとした。
だが、その時────大嶽丸の動きが止まる。
「動きが止まった?」
その不自然な停止を狙った禅明の一撃が大嶽丸に届く。浅く、小さな傷ではあったが、傷付けられた大嶽丸が距離を取ってもう一度、斬撃を放とうとして────また、停止した。
何度も、何度も、必殺の斬撃を放とうとする。だが、その度に動きが止まる。刀を握る右腕を、左腕が抑えつけて斬撃を放つのを止めていた。
「大嶽丸は藤原氏を確実に斬り捨てるつもりで攻撃を放っていました。ですが、あの斬撃だけは放てずにいた」
「左腕が止めていた。あれが、模歩巡の意志であるということか」
「うす。住民に斬撃を放つ際にも、その動きに強張りがありました。彼が内側からどうにか止めようとしていたと考えるのが自然かと」
激しい戦闘の映像がしばらく続いた後、禅明が致命傷を負いながらも大嶽丸に禍々しい短剣を突き立てた瞬間、大嶽丸の像が揺らぎ、その中からどういうわけか全身傷だらけの巡が現れた。
大量の血を流して倒れる禅明と、気絶している巡を一瞥した大嶽丸は何を思ったのか二人を放置して歩き去った。
「何を思って大嶽丸はあの二人を放置したのかは分かりません。ですが、あの怪魔はあの怪魔なりの何か……義理のようなもので動いている」
「それが虐殺に繋がったと? 義理と虐殺に繋がりはないだろう」
「ええ。そうなんですけどね……どうにも、違和感がある。あれだけの力がありながら、学園祭でやつが斬ったのは二人だけ」
今も集中治療室にて処置が行われているが、いつ死んでもおかしくない一般人。その二人以外で、大嶽丸に斬られた者は学園祭にはいなかった。言われてみれば、と会議室の幹部達が首をかしげる。
「斬られたのは……模歩巡の両親だったか」
「ええ。そして、今回の虐殺の場は彼の地元です。そして────あの声明です」
戦闘の映像の次にプロジェクターに投影されたのは、少し前に魔法か何かを使った日本への宣戦布告の声明。その声明を出したのは、この泰平が続いた世に復活した最悪の怪魔からのもの。
『日ノ本に住む者全てに問おう』
『お前達に価値はあるのだろうか』
『お前達という未来のために鈴鹿は走った』
『だが、俺は思う。鈴鹿が守り抜いたお前達という未来に、価値はあるのだろうか』
『子を虐げる者が、子に呪われてようやく大人としての役目を成すような者がいる、この未来に』
『鈴鹿が腹を痛め、産んだ命の子孫が戦い続けているこの未来に、価値はあるのだろうか』
『価値があると言うのならば、示せ』
『我が主にして妻、鈴鹿が戦い抜いた意味があったと言うのならば、示せ』
『我が字名は忌。名を黄龍!!』
『悪鬼羅刹を統べる百鬼の王、大嶽丸!!』
『価値があると言うのならば、俺を殺してみせろ!!』
『我が領域、逢魔百鬼城にて、貴様ら人間の未来を問おう!!』
この声明があったからこそ、疑問に思う。声明を出さず、どこまでも無慈悲に、悪逆を成せば簡単に多くの人間の命を奪えるというのに、この怪魔は宣戦布告を行った。大嶽丸を復活させた何者かも、これは予想外だったに違いない。
「逢魔百鬼城についての情報は?」
「虐殺の場を触媒として作り上げられた城のようです。今はまだ大嶽丸が生み出した常世という状態ではあるようですが……時間が経てば、ダンジョンとなる可能性は高いかと」
「城が現れたことで各地のダンジョンの怪魔が活性化しています。大規模百鬼夜行の発生もいつ起きてもおかしくはないでしょう」
「すぐに全国のプロに声をかけろ。────討魔決戦だ」
真面な大人達代表達が事件の収束のために動き出す中、病院にぶち込まれている我らが気狂いはどうしているのだろうか。
大嶽丸を復活させてしまい、大嶽丸がしでかしたことによって心が折れてまた何かしでかそうとしているのではないかと思う者もいるだろうから軽くではあるが触れておこう。
緊急搬送された先で目覚めた巡はというと────
「どうしよう、なんか戻らねぇ」
右目が大嶽丸と同じような龍の目になっていることや、左腕の一部に金属のような、木材のような……はたまた蛇の鱗のようなものが生えていることについて頭を抱えていた。他に悩むことがあるはずなのだが、こいつやはり様子がおかしい人なのではなかろうか。少し前までシリアスやっていたくせに、やはりこいつどこかおかしいのではないのだろうか。
雑賀千方
とあるジャンクフードショップの店主。その姿は仮の姿。鵐頼直属の諜報員であり、雑賀の頭目。
大嶽丸
本来の名前は
鈴鹿御前曰く、「女子供を襲わず、悪を成す者を殺したあなたは崇高で綺麗な意志がある龍だから。鬼じゃない」という意味。忌む、という言葉には不浄のものを恐れて避けるという意味の他に、崇高なもの、畏怖すべきものを神秘的なものとして恐れて避けるという意味がある。
「果心居士、義理は果たした。あとは好きにやらせてもらう」
「もとより俺は、鈴鹿のいない時代に、興味はない。貴様にも、興味はない」
「それと貴様は人間の意志を舐め過ぎだ。お前は踏み抜いたぞ、虎の尾を。荒ぶる神の逆鱗を」
次回は目覚めた巡のお話。もちろん師匠が何をしたのかも語りますし、大嶽丸が何をしたのかも語ります。まぁ、語ると言っても予想はついてますでしょうが。