【完結】デジタルモンスターA&A~紡がれる物語~   作:行方不明

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第百十五話~蜘蛛の糸~

 時は少し遡る。

 その時、レオルモンは未だあの廊下を抜けられずにいた。彼とて、一刻も早くこの場所を抜け出したいとは思っている。思ってはいるのだが、そんな彼の意思に反するように、この場所から出ることはできなかった。

 

「く……!うぉおおおおおお!」

 

 されど、彼に諦める気はない。というか、諦められることではない。だからこそ、彼はもはやなりふり構わずだった。

 

「おぉおおおおおおおお!」

 

 この廊下にいくつもある扉。その一つに狙いを定めた彼は、大声を上げながら、その爪で果敢に扉を攻撃する。この扉には自分の攻撃が通用しないことなど承知の上。だが、もしかしたらどうにかなるかもしれないし、もしかしたら異常を感知した誰かがここにやって来るかもしれない。

 チャンスがなければ、作ればいい。そんな心持ちで、もしかしたらという少ない可能性に彼は賭けていた。

 

「はっ……ふっ……ぅ……ぉおおおおおお!」

 

 レオルモンは、扉を引っかき続ける。

 その度に、まるで黒板を爪で削ったかのような嫌な音が辺りに響き渡った。耳に届くその音に顔を顰めながらも、レオルモンは止まらない。

 この程度、耐えてやる。そんな鬼気迫る迫力だけが、彼にあった。

 だが、なかなか彼の思惑通りにならない。体力と時間だけが無駄に過ぎていく。

 

「う……ぉぉぉおお!」

 

 だんだんと小さくなり始めた声と音。彼の体力の限界だけが近づいてきたのだ。気がつけば、初めにあった勢いはどこかへと消えていた。

 

「う、はっ……ぜっ……はっ……」

 

 荒い呼吸だけが、廊下に響く。どうにかならない。どうにもならない。それでも、ずるずると倒れ込みそうになる身体を意思だけで支えて、レオルモンは扉を睨み続けていた。

 少ない可能性に賭けた結果がコレ。仕方のないことではある。元々、ダメ元だったのだから。それでも、彼は未だ諦めるつもりはなかった。

 

「なかなかに根性がありますね。でも、ちょっと退いていた方がいいですよ。まあ、身体中穴だらけになりたいというのなら別ですけどね」

「……?今の声は?」

 

 そんなレオルモンは、最後に藁を掴むことができた。それがどういう藁かどうかはともかくとして、だが。

 振り返った彼が見たのは、見たことのないデジモンが銃を構えている光景だった。

 

「っ!?」

 

 その銃口がどこを向いているのかをわかった瞬間、レオルモンは血の気が引いて飛びずさった。体力の限界とか、そんなものは関係ない。ありていに言えば、火事場の馬鹿力というものが働いたのだ。

 そして、その場を離れた彼は見た。一瞬前まで自分がいた場所を、いくつもの銃弾が通り過ぎていくのを。

 銃特有の発泡音と硝煙の匂いが辺りに充満する。そんな中で、穴だらけになったその扉は、大きな音を立てて倒れた。その先には、廊下が続いている。

 

「ほう。当たりですか。勘がいいのか、運がいいのか。それとも、無意識的に自分のパートナーの居場所を掴んでいたのですかね?」

「……誰ですかな」

「別に言葉を作らなくても大丈夫ですよ。平常通り振舞ってくだされば」

「……お生憎様ですが!これがこのセバスの話し方ですぞ」

「へぇ。ま、そういうことにしておきましょうか」

 

 一連の会話で、目の前にいるデジモンに対してのレオルモンの中での警戒度は跳ね上がっていた。

 確かに、レオルモンは話し方を作っている。時々素が出てしまうこともあるが、それでも普段からこの話し方であることに変わりはない。だというのに、相手は初対面であるにも関わらず、そのことを知っている。

 その事実はレオルモンを警戒させるに十分だった。

 まあ、突然現れた上に、一瞬前まで自分がいた場所に当たるような発泡をした相手だ。元々警戒していたのは言うまでもないことなのであるが。

 

「レオルモン……確か個体名はセバスでしたか?先ほどの貴方の質問に答えましょうか。私はアスタモンと言う者です」

 

 そう。レオルモンの前に現れたそのデジモンこそ、先ほど大成たちの前にも姿を現したアスタモンだった。大成たちの下を去った彼は、こうしてレオルモンの下へとやって来たのだ。

 

「アスタモン……?」

「はい。まあ、気楽にしてくださって大丈夫ですよ。今のところは貴方に敵対するつもりはありませんから。もっとも、貴方がその気ならその限りではありませんけどね」

「それは……今後は敵対するかもしれぬ、と取ってもいいのですかな?」

「どうぞお好きに取ってください。しかし、だからといって私に向かってくるのは止めたほうがいいでしょうね。今の状況で私に向かってくるのがわからないほど、貴方の頭は腐ってはないでしょう?」

「む……」

 

 進化もできない今の現状で、アスタモンと戦うことがどれほど無謀なことかは、レオルモンとてわかっている。が、敵地とも言えるこの場所で出会った相手だ。警戒してしまうのも仕方のないことだった。

 

「それに先ほどのあの者たちは多少賢かったですよ」

 

 あの者たち。それが誰を指すのか、レオルモンにはわかった。もしかしたら違うのかもしれないが、問題はそこではない。問題は、アスタモンが大成たちと出会ったかもしれないということだ。

 であれば、アスタモンは現状の大成たちの無事を知っているということになる。

 

「……大成殿たちに会ったのですかな?」

「ええ。会いましたよ。といっても興味本位で少し話しただけですけどね。ああ、心配なさらずとも私は何もしてませんし、そのまま普通に別れましたよ。今がどうなっているのかは知りませんけどね」

 

 嘘をついているようには見えないアスタモンの言葉に、レオルモンは安堵の息を吐く。

 無論、レオルモンが見抜けなかっただけで嘘をついている可能性もある。だが、嘘をついて無いとした場合、大成たちの現状での無事がわかったことになる。

 さまざまな可能性を考えるたびに疑心暗鬼になりそうになるが、レオルモンは自分の直感を信じることにした。つまり、アスタモンは嘘をついていない、と。

 まあ、アスタモンの言葉を信用することと彼を警戒しないことは、また別問題であるのだが。

 

「それで……アスタモン殿は何をしにここにいるのですかな?」

「ああ、それですか。貴方のサポートですよ」

「……それを信じろというのですかな?」

「信じられないのも確かでしょうが、私としては勝手にやるだけですね」

 

 自分をサポートする。そう言ったアスタモンの言葉の真意は、レオルモンにはわからなかった。その言葉を本当の意味で信用していいものかどうかも。

 とはいえ、自分一人でこの状況を打開することが可能かどうか判断できないほど、レオルモンは間抜けではない。彼は一瞬悩み、そして決定した。アスタモンの力を借りることも。

 もちろん、警戒することさえも忘れずに。

 

「むぅ」

「答えは出たようですね。警戒も続けるようですし、いい判断ですよ」

「……なんでもお見通しですかな」

「これでも長く生きているもので。貴方程度の若人の考えることなどわかりますよ」

 

 アスタモンの言った言葉は、まるですべてを読んでいたかのような内容だった。レオルモンとしては、手のひらの上で転がされている感が拭えない。

 とはいえ、いつまでもこうしてこの廊下に留まっている理由もない。嫌な感覚を覚えながらも、レオルモンは扉の先に進んでいく。

 その後を、笑いを堪えたような様子のアスタモンがついて行って――そんな彼の姿に、レオルモンの嫌な予感はますます大きくなる。

 

「フフ……警戒してますね」

「なるほど。すべてはわざとですかな?」

「さて。どうでしょう」

 

 自分の反応で遊ばれている。そのことをレオルモンは理解した。が、彼にはどうにもできなかった。人生経験から何までに差がありすぎるのだ。

 その差は、多少意識したからといって対抗できるレベルではない。

 底が見えない。それが、レオルモンがアスタモンに感じた印象だった。

 

「お嬢様ー!いたら返事をしてくだされー!」

 

 目の前にひたすら広がる広大な廊下といくつもの扉。

 それら一つ一つを見るのは効率が悪い。だからこそ、レオルモンは声を挙げる。上げ続ける。だが、やはりというか、何と言うか、優希からの返事はなかった。

 これだけの部屋数と広大な廊下だ。優希がいる場所を見落としてしまうかもしれない。そんな焦りが、レオルモンを包んでいた。

 

「……アスタモン殿はお嬢様のいる場所を知らないのですかな?」

「ここのどこかにいるということだけしか知りませんね。予想はつきますし、だいたいどの辺にいるのか予測はできますけどね」

「……っ!どういうことですかな?」

「それくらい自分で考えたらどうですか?その頭が飾りでないのなら、わかることでしょう?」

「詭弁を……!教えろっ!」

 

 腹が立つ言い方だった。先ほどサポートすると言ったくせに、ヒントも何も言わない。

 そんなアスタモンに、レオルモンは苛立ちを隠せず――その激情にかられて、彼の口調は荒くなる。

 そんな彼の一方で、アスタモンはやれやれといった様子で首を振っていた。まるで、駄々をこねる子供に呆れるかのように。

 

「焦るのもわかりますけどね……焦って功を逃すようなら、所詮貴方はその程度」

「何を……!」

「言ったでしょう?自分で考えろ、と」

「……!」

 

 アスタモンのその言葉も、優希を見つけられないこの現状も、何もかもがレオルモンを苛立たせる。

 感情のままにアスタモンに襲いかかり、知っていることすべてを吐かせたい。そう考えたレオルモンだったが、それをすることはなかった。いや、それはできなかったというべきか。

 アスタモンというこの場の絶対強者に対して、感情のままに動くことは愚策だと彼の本能が悟ってしまっていたのだ。

 とはいえ、だからといって納得できるかというと、そんな訳はないのだが。

 

「……」

「はぁ」

 

 納得できない、いいから教えろ。せめてもの反抗か、そんな意思を込めてレオルモンはアスタモンを睨む。

 

「他人にすぐ答えを尋ねるなど……ま、いいでしょう。成長期の分際で私を前にしてそれだけ意思を見せられる者はそうはいませんからね」

 

 呆れたような声色でそう呟いたアスタモン。彼は、その手に持った銃を構えた。

 その一連の行為は、あまりに気軽で普通過ぎた。彼自身を常時警戒していたレオルモンでさえ、そこに警戒する余地を持てなかった。レオルモンがハッとして気がついた時には、彼はもう銃を構えていたのだ。

 パァンッ。そんな銃声が廊下に響く。放たれた弾丸は、その先にあった一つの扉を打ち抜いていた。

 

「あの先にいるでしょうね」

「なぜそれがわかるのですかな」

「貴方のわがままで道を示させたのですから、それくらいは自分で考えなさい。少し考えれば、素晴らしい頭の貴方ならわかりますよ」

「……」

 

 それは刺のある言い方だったが、苛立ちながらもレオルモンは納得した。

 示された道が罠でないのならば、レオルモンは先ほども含めて二回も助けてもらったことになる。自分の力で成し遂げることにこそ意味はあるということを、彼は知っている。

 アスタモンの言葉選びは皮肉交じりの悪意あるものであれど、その言葉自体が間違ってはいないことに彼は気づき始めていた。

 

「行きますぞ!」

「ええ。どうぞ」

 

 アスタモンが大穴を開けた扉を押し倒して、レオルモンはその先へと進む。その先にあったのは、地下へと続く階段だった。

 

「……これは!」

「気づいたようですね。まあ、ここまで露骨に漏れていればどのような阿呆でも気づくでしょうけどね」

 

 その階段を降り始めた時、レオルモンは悟る。この先に優希がいる、と。

 レオルモンがそれに気づいたのは、決して勘などではなかった。確信をもたらすだけのソレが、階段の下から漂ってきていたのだ。

 レオルモンにとって慣れたソレ。幾度も感じてきたソレ。優希が自身の力を発揮する時の()()が。

 そこからの行動は早かった。レオルモンはその階段を駆け降りた。

 

「お嬢様ー!」

 

 ほとんど落ちていくも同然のスピードで、レオルモンは階段を下っていく。

 とはいえ、だ。幾つもの扉に扉が続くこの建物の中、階段の先に扉がないなどということはありえるはずもなく――駆け下りるレオルモンの行く先には、その先に頑丈そうな扉があった。

 限界以上の速さで駆け下りているレオルモンに、それを躱す術はなく。

 

「ぶべらっ!」

 

 一瞬後。レオルモンは壁のシミとなった。

 次いで辺りに響いたのは、再びの銃声。壁のシミとなったレオルモンのすぐ上に、大穴が開いていた。というか、自身に銃弾が掠ったのを、レオルモンは察知していた。

 

「むぐぅ……!今、このセバスごと狙いませんでしたかな?」

「まさか。本気で狙っていたなら、外しませんよ」

 

 詫び入れもしないアスタモンに苛立ちながらも、レオルモンはすぐに気を取り直した。

 壁のシミになっている暇も、アスタモンに構っている暇もないのだ。この先に待ち望んだ優希がいるのだから。

 三度、アスタモンが扉を撃ち抜く。ボロボロになっていく扉。見るも無惨な様子で扉は破壊され、道が開く。その瞬間に、レオルモンは部屋の中へと駆け込んだ。

 そこは広大な部屋だった。

 レオルモンが入った入口のちょうど反対側。彼が望んだ優希はそこにいた――のだが、そこにあった光景は、彼の望んだものではなくて。

 

「お嬢様!……お嬢……っ!優希!」

 

 半ば発狂しながら、レオルモンはそこに向かって駆け寄った。

 




というわけで、新年第一回目の第百十五話。

次回に続く話なので、少し中途半端ですね。
次回、いよいよ――という話です。

それでは次回もよろしくお願いします。
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