【完結】デジタルモンスターA&A~紡がれる物語~   作:行方不明

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第百二十三話~強き信念に立ち向かう~

 この世界では珍しい――それも機械里や先ほどの天空の街にしか存在しえなかった人口の灯りが、この空間を照らす。大成にとってはある意味で見慣れたその灯りであるが、この世界にとっては異物だ。

 だからだろう。今の大成にも、この場違いな灯りが奇妙なまでの緊迫感を演出しているように感じられていた。

 

「答えろ。何者だ」

 

 零が静かに問う。だが、彼なりに予想はついているのかもしれない。そこには怒りを堪えようとしている様子があった。

 

「ふむ。私は……まぁ、名前などは言わなくてもいいか。どうせ、覚える気はないんだろう?」

「答えろ」

五花(いつか)(わたる)。しがない研究者だよ」

 

 零の圧力に押されてか、渋々といった様子で航は名乗った。

 

「研究者……?」

「ああ。元々は人間の世界でこの世界を監視、研究する機関で働いていたのだが……五年ほど前に独立してね。今では、少数精鋭で細々とやっているよ」

 

 大成の呟きに、航は丁寧に返した。研究者ゆえの内向的な性格が見て取れるようだ。

 とはいえ、その言葉の内容は驚くべきものだ。この世界を研究する専門の機関が人間の世界にあると言っているのだから。

 

「人間の世界に――?」

「所謂、国家機密の機関だがね。私の所属していたところは日本だが、各国にもあるだろう。デジタル機器の発展と共にこの世界は発見され、以降は各国でこぞって研究しているだろうよ」

 

 そんな国家機密を教えられていいのだろうか。驚きに震える中で、大成はそんなことを思う。機密とは、公になってはいけないからこそ機密なのだ。

 一方で、そんな航の言葉に苛立った様子を見せているのが、零だ。

 

「……んなことを聞きたいんじゃない」

「ふむ。だろうね」

「っち」

 

 苛立つ零を前にしても、何もかもがお見通しとばかりに返事をする航だ。

 まるで大人にからかわれているかのようで、ますます零の機嫌は低くなっていく。

 

「零、落チ着イテクダサイ」

「わかってる。黙ってろ」

 

 その低さたるや、再起動したばかりのムゲンドラモンに心配させられるほどだ。

 

「君が知りたいのは、我々の活動だろう?そして、私が君自身の復讐心を満足させられる相手かどうかを確かめたいというわけだ」

「……」

「少し前に比べて、だいぶ周りを見るようになったようだね。喜ばしいことだ」

 

 まるで成長した子供を見る親のような言い方だ。

 見ず知らずであろう航にそんな発言をされれば、零も余計に癪に障る。未だ堪忍袋が切れることだけは耐えているようではあるが、時間の問題だろう。

 一方で、そんな零を知ってか知らずか――まぁ、知っているのだろうが、航は話し始めた。

 

「そうだね。君たちは“巻き込まれた側”だ。少なからず、知る権利はある。我々の罪をね。まぁ、赦しを請うことはしないが――」

「罪……?」

「ああ。現在、我々はプロジェクト“D”と呼ばれる計画を進めている。簡単に言えば、この世界の生き物――つまり、デジモンを滅ぼす(デリートする)計画だ」

 

 大成は息を呑んだ。

 航の目があまりにも真っ直ぐで、航が冗談を言っているわけではないのが、大成にもわかった。そして、だからこそ、信じられなかった。世界を滅ぼすなど、夢物語でしかないことを本気で考える“人間”がいるなんて。

 

「やっぱりテメェが……!」

「ほう、()()()か。まぁ、ここまで来るのは苦労したのだ。五年前からの研究を()()()()、かの機関の監視をやり過ごしながら、ゲーム“デジタルモンスター”を運営し、ここまで事を進めるのは」

「えっ!?予想してなかったわけじゃないけど、まさかの運営の人!?」

 

 怒りに震える零の横で、大成は先ほど以上に驚きに震えた。

 世界滅亡願望よりも、ゲームの運営者としての事実の方に驚きを示すとは。呆れながらも感心する航、そして大成の性格を思って少し恥ずかしそうに身を縮めるディノビーモンだった。

 

「死ね」

 

 だが、そんな時だった。

 端的な言葉。そして、振りまかれる怒り。

 大成がハッとして気づいた時、横にいた零はキメラモンとなっていた。しかも、すでに腕の一本を振り上げている。

 

「ちょ――!?」

「大成さんっ!」

 

 大成たちの前で、キメラモンとなった零は腕を振り抜いた。慌てる大成、動くディノビーモン。

 一方で、航はただの人間だ。腐っても完全体であるその一撃に耐えることはできない――。

 

「やれやれ」

 

 はずだった。

 キメラモンは舌打ちする。それは自分の拳が航に届かなかったからこその、苛立ちの込められたものだった。

 

「人間としてのこの世界の第一人者などと言う気はないがね。それでも、私は人間として人間なりに頑張ったのだ。半ば人外の域に片足を入れているアンノウンほどではないがね……簡単に行くとは思わないで欲しいものだ」

 

 見れば、航は半透明の膜のようなものでキメラモンの拳を防いでいた。

 完全体の一撃さえ防ぐ防御膜。ならば、それ以上のものを当てればいい。キメラモンは横目でムゲンドラモンを見て――直後、信じられないような気持ちになり、その思考を振り払った。自分は何を考えていた、と。

 

「来ないのかね?」

「っち」

 

 渋々とキメラモンは零としての、人間の姿へと戻る。

 先ほどまでの苛立ちを見ていただけに、ムゲンドラモンと航は信じられない思いだった。

 まあ、零は先ほどのミレニアモンとして操られていた時のダメージがあるからこそ、回復を優先したに過ぎないのだが。

 

「少しは落ち着いたかね?」

「黙れ」

「……厳しいことだ」

 

 相変わらず、険悪な雰囲気を撒き散らす零だった。

 一方で、そんな零の機微を細部まで感じ取ることができなかった大成たちは、巻き込まれなかったことに呆然と安堵するしかなかった。

 

「一つ、聞いていいですか?」

 

 零の様子を警戒しつつ、大成は声を上げた。どうしても聞きたいことがあった。

 

「なんだね?答えられることなら答えよう。先ほども言ったが、君たちには聞く権利がある」

「なんでこの世界を滅ぼそうとするんですか?」

 

 大成にとって、この世界はゲームのような世界だった。世界法則という点ではなく、その世界観が。彼はこの世界に興奮を覚えたし、この世界で知人や友人と呼べる者もできた。彼にはこの世界に滅ぼされる理由など見当たらないのだ。

 大成から見ても、目の前の航は零たちと違って復讐に狂っているようには見えない。だからこそ、疑問だった。

 

「……ふむ、これはまた普通の質問だ。いや、悪いというわけではないがね」

「……」

「失礼。機嫌を悪くしたのなら謝ろう。とはいえ、だ。なぜ、か……」

 

 航はしばらく悩む素振りを見せる。そのわざとらしさに気がついたのは、零とムゲンドラモンだけだった。

 

「決まっている。この世界が我々人類にとって脅威だからだ」

「……!?」

「君も知っているだろう?人類が未だ到達できない地点にこの世界の者たちはいる。気分だけで世界を滅ぼせるバケモノもいる。もし、この世界の者たちと人類との戦争にでもなれば、まず間違いなく人類は負けてしまうだろうな。この世界そのものが脅威なのだ」

 

 大成は否定したくても、否定できなかった。

 大成とて、この世界のデジモンという種族の力を知っている。それが人間とは比べ物にならないことも。

 まあ、だからといって航の計画を肯定する訳ではないのだが。

 

「……でも、平和に生きているデジモンたちもいる。それだけで世界を滅ぼすなんて間違ってるんじゃないですか?」

「かもしれないな。だが、止まる訳にはいかないのだ」

「っ」

 

 言葉に詰まった。いや、詰まらされた。

 もちろん、世界を滅ぼすなどしてはならないことだ。だが、わかっていても、大成はそれ以上何も言えなかった。航のその言葉に、その目に、その雰囲気に、彼は梃子でも動かない信念をハッキリと感じとってしまったのだ。

 力強い信念だった。それを前にされて、間違っているとは思うものの、未だ子供に過ぎない大成は黙らされた。

 もしこの期に及んで何かを言えるのは、それがどのようなものであれ、同等以上の何かを持つ者だけだ。大成はそう悟らされた。

 それだけのものが、航の言葉にはあった。

 もしここにいるのが自分たちではなく、優希や勇、旅人だったのならば、どうなったのだろうか。

 大成は自らを呪っていた。力の無さ云々ではなく、己の至らなさを。

 その場その場の流れで奔放に過ごしていた子供、誰かの庇護下で威張っていた未熟者、それが自分であると思い知らされていたのだ。

 

「……君みたいな何も知らない子供に分かれ、というのが酷なのかもしれないな」

 

 フッ、と航は自嘲気味に微笑む。まるで項垂れているかのようだ。

 

「だが、我々は知ってしまったのだ。知ってしまったからには、動かざるを得ない。そのために我々は今日まで生きてきた」

 

 彼が何を知ったのか、それを知って何を思ったのか、大成にはわからない。

 わかることができれば、今この場の何かが変わったのだろうか。

 

「……」

「大成さん?」

 

 現実はゲームではなく、簡単に事は運ばない。プレイヤーのための世界であるゲームとは違い、現実はみんなのための世界で、それゆえに個人に厳しい。

 一人の芯無き戯言如きで動くような、甘い夢の世界は現実にはない。

 

「……ふぅ。君はもう帰りたまえ」

 

 黙り込んだ大成を、どう思ったのか。大成の姿を静かに見つめていた航はそう言った。

 

「……は?」

 

 思わず、大成は聞こえてきた言葉に呆気にとられるしかなかった。

 

「君はイレギュラーだ。この計画最終段階に進む今となっては、いや、元々君はいなくてもいい存在だ。せめて君だけは帰してあげよう」

 

 その言葉が本当であるかどうか、大成にはわからない。だが、どちらにせよ頷けなかった。この状況で、自分一人だけが帰るなどできるはずもなかった。

 大成はそこまで情けなくはない。

 

「……そうか」

 

 やや残念そうに、航は告げる。

 罪悪感の欠片も抱いていない彼の仲間とは違って、彼は彼なりに今の状況に僅かな罪の意識を抱いていた。

 犯した罪のすべてを帳消しにできるはずもなければ、する気もないが、だからといって開き直る気もないということだろう。

 とはいえ、彼自身も重々承知していることだが、それは身勝手だ。今回の件で巻き込まれた多くの者たちの中には、人生を狂わされた者が大勢いて、さらには死人すら出ているのだから。

 

「では、死ぬだけだ」

 

 その言葉は驚くほど冷たかった。同じ人間から言われたというのに、大成が一瞬だけ聞き間違いを考えてしまうほどだ。

 

「おかしいことではないだろう?どのような理由があれ、君は残るという選択をした。いや、君は選択などしていないのかもしれない」

「それは……――」

「どちらにせよ、結果として“ここ”に残った。その意味がわからないわけではないだろう?」

 

 もちろん、わかる。

 航には引けない思いがあって、そのために突き進んでいる。例え、邪魔者を殺すことになったとしても、どれほどの罪を犯そうとも、だ。

 

「……俺は」

 

 大成は未だに踏ん切りがつかなかった。

 それは航が命を狙ってくるデジモンではなく、零のような復讐者でもなく、ネツのような狂人でもない、ある意味で純粋なまでの信念を持った“人間”だったからこそだった。

 正直な話、大成は航に気圧されてしまっていたのだ。ただの人間である航に、その言葉に込められた信念だけで押さえつけられてしまった。

 ついでに、なまじ相手が人間だからこそ、どうすればいいのかわからないという部分もある。同じ純粋で純粋な人間だからこそ、ぶん殴って終わりになどできるはずがないからこそ。

 

「やれやれ。仕方がない。悩める少年に一つだけ助言だ。悩ませている身で申し訳ないがね」

 

 悩み悩む大成の姿に、航は静かに笑った。

 その様はまるで学校の先生のようで、一転した様子に大成は混乱するしかない。

 

「……?何を……」

「“その時”というのは確実にやって来る。誰にとっても平等にね。動く動かないは個人の勝手だが、動かなければ何も起こらないというのは間違いだ」

「それは当たり前のこと――」

「その当たり前を君はわかっていない。いや……誰もが、か。動こうと動くまいと、等しく時は流れ、結果が訪れる。繰り返すが、動く動かないは個人の自由だ。そして、訪れる責任は個人だけのものだ。覚えておくといい。社会の中でその自由を獲得し、その訪れるものを背負うことができるようになった時、人は大人になる」

「……結局、何が言いたいんですか?」

「何。今までの君は子供だという話だ。そして、今の君は大人と子供の岐路にいる。それを導くのは大人の役目だからね」

 

 正直に言えば、大成は航の話を半分以上理解できなかった。ただ、彼が何かを伝えようとしていることくらいは理解できた。

 その何かを正確には理解できないものの、静かに大成は考える。

 

「っち。何もしねぇなら退いてろ!」

「……!」

 

 そんな中で、いつまでも動こうとしない大成に苛立ったのか、それともいい加減に待つのにも飽きたのか、零が再びキメラモンの姿となって、航に襲いかかる。

 「今度ハ、私モ行キマス!」と叫んだムゲンドラモンも彼に続いた。

 

「さすがに究極体ともなれば、私も危ういな。仕方ない」

 

 彼らの行動を前に、航は肩を竦めた。その様は、全く危機感を抱いていないようであった。

 そんな航とキメラモンたちの姿を視界に収めて、大成は。

 

「大成さん。いいんですか?」

「イモ……?」

「ここで立ち止まったまま動かなくて、それでいいんですか?」

 

 どれほどの罪を犯してでもこの世界を滅ぼそうとする航の信念に匹敵するような何かなど、大成は持っていない。その言葉で動けなくされてしまったほど、今の大成は弱々しい。

 だが、それでも問いかけてくるディノビーモンの真剣な表情を前にして、大成は航の言う“その時”が今だと思った。

 

「……大成さん!」

「わかってるよ……!」

 

 選択を強いるディノビーモンに、いや、()()()()()()ディノビーモンに僅かながらに大成は感謝した。

 このままでは、いつものように流れに流されることになっただろう。それはそれで一つの選択だ。

 だが、ディノビーモンのおかげで、大成は少なくとも自分の意思で選ぶことができる。

 

「ちょっと身が竦んだけど、……間違ってるとは、思うからな。止めるぞ……!」

「はい!」

 

 未だ誰かの助けがなければ選ぼうとできなかった子供であるが、それでも確かに大成は選択した。

 そんな彼らの姿を、航は微笑みながら見ていた。

 

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