【完結】デジタルモンスターA&A~紡がれる物語~ 作:行方不明
己に迫るキメラモンとムゲンドラモン、そしてその奥で駆け出したディノビーモンとそれを見守る大成。彼らの姿に、航は目を細めた。
その光景こそ――。
時は遡ること、十年前。
若き頃の五花航は緊張した面持ちで廊下を歩いていた。一昔前のSF映画に出てきそうなほど、清潔感の溢れる機械的な廊下だった。
そんな航を先導して歩くのは、一人の中年男性だ。航の新しい上司である。
「ははっ。その様子、さすがの天才様も緊張しているみたいだね?」
男性は航の固い表情を見て笑う。面白いものを見たかのような笑いだった。いや、面白いものを見たのだろう。
五花航とは、エリート街道を突き進む天才だ。二十五という若さでこの国家機密機関に期待の新人として移動させられたのだから、相当である。
そんな天才にしてエリートが人並みに緊張している。これほどおかしいことはない。
「……はい、何分初めてなもので。移動先を教えられず、人事から急に移動させられたのですから。前の同僚にはからかわれました。島流しだと」
「島流し!くく、そりゃあいい!が、実際はそんなもんじゃないさ。緊張しなくてもいい」
「分かりました。ですが、実際、ここは何をする機関なのですか?」
今日付けでここに移動させられた航だが、国家機密を扱う機関だということで何の情報も与えられていなかった。
「おいおい、せっかちだね。この先で教えるって言ってるだろう?」
「……」
「そんな顔をしなくてもいい。ただ一つ言えることは……そうだな。これを知ってしまえば、君は逃げられない。逃げることは許されない」
先ほどまでの笑いを堪えたような顔から一転して、男性は急に真面目な顔となる。
航も自然と背筋を伸ばし、これからの言葉を一言一句聞き逃さないようにする。
「国家機密だからですね?」
「
「……?」
「いや、ここから先は君自身が答えを出すべきか。どちらにせよ、ここでのことは他言無用だ。もし他言すれば、平穏な生活は望めないだろう。さしあたっては、職を失うことになるだろうね」
「なるほど。しかし、どのみち私に選択肢はないのでしょう?」
当たりだった。国家が承認した国家による強引な方法で、航はこの場にいる。それを断ることは、断らなくても不利益になることをすれば、彼は国家に反逆するも同じ。
「……可愛げのない新人だ。ま、ここに来る奴なんかみんなそうか。その通り」
たどり着いた先にあったのは厳重な扉だ。パスワード認証、指紋認証に声紋認証、果ては筆圧認証――男性はさまざまな解除方法でもって、扉のロックを外していく。
「君もこれに登録し、これからは自分でやること。ああ、忘れるなよ?可愛げのない奴らが集まる“ここ”だ。そんなことをしたら末代までのものになる」
「わかりました」
「さて、じゃあ説明しようか。この機関について」
扉の向こうにあった部屋。
そこはかなりの大きさを誇っており、モニターやコンピュータなどが所狭しと並べられていて、それらを使って何人かの人々が忙しなく働いていた。
「彼らが我々の同僚となる。仕事を止めさせるわけにはいかないから挨拶は省くが、後で挨拶はしておきたまえよ?」
「変わっていますね」
「当然だ。そうでなければ、機密機関などにはならんよ」
会話しながらも、航の視線はモニターに釘付けだった。
目上の人物との会話でそれは失礼に当たるが、男性の方は気にした様子を見せない。それどころか、早速“ここ”の役割について考察している航の行動を促しているようにすら見える。
「考えるのはいいが、私の話も聞いてくれよ?」
「大丈夫です」
「……やれやれ。とにかく、ここの目的はただ一つ。監視と研究だ」
「……?」
「さすがの天才様もわからないか。だろうな。事の起こりは数十年前だ。電子機器やネットワークの開発と共に、ある世界が観測された」
「世界……?」
「そう、世界だ。初めはただの数値として現れたそこは、当然のようにただの冗談だと思われていた。だが、違ったのだ。否定しようとすればするほど、技術が進歩すればするほど、その世界は確固たるものとなって我々人間の前に現れてくる」
その存在には誰もが唖然とした。
誰も作ってすらいないのに、そこにあるその世界には。現行の技術では説明できない観測結果をもたらしてくるその世界には。
「以降、各国はこぞってその世界を観測、研究し始めたのだ。デジタルの世界……それを解析すれば、人類の数々の夢に手が届くようになるかもしれない。いや、それがなくとも――」
「デジタルが発展していくことが予測される未来において、その方面で他の国々に遅れを取るわけには行かない、と?」
「……そういうことだ」
デジタル空間にのみ存在する擬似電脳空間――そう、結論づけられたその世界を研究することに、軍事研究に匹敵するほどの資金と最先端の施設が与えられるようになったと言えば、お偉い人々がどれだけ重要と考えているかがわかる。
「その世界を研究することが我々の義務だ。わかったな?」
「わかりました」
「よし、では詳しいやり方を――必要ないかもしれないが、一通り説明しておく」
男性の説明を聞きながら、航は思いを馳せる。
別世界などという御伽噺のような存在が、デジタルの中とはいえ存在する。その事実は彼の好奇心をくすぐっていたのだった。
時は過ぎ去って、現在となる時間から五年前。
忙しい日々を機関で働いていた航は、あの男性に呼び出されてとある街の支部に訪れていた。
「……すまないね、忙しいところ」
「そう思うのならば、呼び出さないでください。私も忙しいので」
「ふてぶてしくなった者だ。数年前が懐かしい」
昔を懐かしむようなフリでなかなか本題に入ろうとしない男性に、航は苛立つ。彼とて暇ではない、どころか多忙なのだから、当然だった。
「仕方ない。早速本題に入ろう。君はあの世界のことをどう考える?」
「どう、と言われましても、凄まじい、としか。誰に作られたのでもなく、世界が形作られ、生き物が生まれ、まるで本物そのもの……」
「そう、本物なのだ。本物なのだよ」
航は目を細めてその言葉の意味を考える。いや、考えるまでもないことだった。予想はしていたし、予測もしていた。男性の言葉はそれらを確信付けるようなものだったというだけの話だ。
「その様子だと、やはり気づいていたようだね」
「……まぁ、薄々は」
「ネットワーク上の擬似電脳空間?あれはそんなものではない。そんなもので済むわけがない。あれはもう一つの現実だ。ともすれば、各世界にある神話や伝承などはあの世界が関わっているのかもしれない!」
「……そう言いたくなる気持ちも理解できますが、さすがにそこまでは言い切れないでしょう。神話や伝承にはある種の共通点があり、それは人間の心理的発展の過程そのものという――」
「まぁ、そんなことはいいのだ」
議論を始めようとした矢先に議論を中断させられて、航は少し眉を顰めた。
男性もそんな航の様子に気づいている。気づいている上で、自分の話を続けた。
「これに気づけているのは今は我々だけ。ならば、このチャンスを無駄にするべきではないと思わないか?」
「どういう意味ですか?」
航は問い返す。
それはその言葉の意味をわかっていながらも、その悍ましい予測が外れて欲しいからこそ口から出たものだった。
「わかっているくせに白々しいな、君は。まぁいい。こちらへ来たまえ」
来客用の部屋から連れ出されて、航は支部の中を歩く。さらにはエレベーターに乗せられて、地下深くの階層まで連れて行かれた。
そうしてやって来た地下の階は、機関の本部を遥かに凌ぐような近未来的な施設だった。灯りから、廊下の材質、何から何まで桁違いだ。
「これは……」
「凄まじいだろう。これが“恩恵”だ。さぁ、こちらだよ」
男性と航はとある部屋に入る。そこはモニタールームとなっており、数多のモニターによって研究所のさまざまな部屋の様子を見られるようになっていた。
「っ、これは――」
モニター越しに見えた光景に、思わず航は顔を顰める。
そこには彼の予想通りの光景が広がっていた。
機械に縛られ、ただの研究材料となった生き物たち。それがあの世界の生き物であることなど、一目瞭然だった。
しかも、中には研究材料として連れて来られただろう人間も何人かいた。
もはや動物実験という言い訳も不能なほどに、醜悪な光景だ。
「こんなことをしていいはずがない!」
「ふむ。君はそう言うのか。だが、まぁ気にしなくてもいい。そんなことは些細なことなのだからね」
航は睨むが、男性はどことなく吹く風のように堪えていない。
それどころか、航の反応を予想していたようでさえあった。
「だが、一つ言っておけば……」
「断る権利はない、と?」
「そういうことだ」
航は静かに目を瞑った。
断る権利はないとは言うが、正確には断ることはできるのだろう。ただ、断れば自分の命が尽きるだけで。
「……わかりました」
「そうか!いやぁ、良い選択をしてくれてありがとう。君の頭脳が欲しかったんだ」
男性は笑ってこの施設の研究について航に説明していく。
航は静かに黙ってそれらを聞いていた。
さらに時は過ぎ去って、それから数ヵ月後。
航は本部での仕事とこの支部での研究、その二足の草鞋状態で、過労死一歩手前の生活を営んでいた。だが、彼は休まない。
自分よりも凄惨な状況に置かれている者たちがいることを考えれば、自分など軽いものだったのである。
「これで、よし……これで……!」
とはいえ、そんな生活もこれで終わりだ。吐き気がするような凄惨な研究に今日まで耐えてきた甲斐があったというものである。
今、航は支部の研究室にいた。パチパチとキーボードを叩きながら、慎重に事を進めていく。あの男性や男性の思想に共感した研究者たちも同じ部屋にいるが、問題はない。今の航は真面目に研究内容を確かめているように見えているだろう。航が数ヵ月かかって作り上げたカモフラージュは完璧だった。
「これで償いになるといいが……」
最後、作戦を決行するべく、パソコンのエンターキーを押す。
瞬間、この建物から灯りが消えた。
「停電だと!?」
「そんな馬鹿な!っく、システムの復旧を急げ!予備電源に切り替えろ!」
「ダメです!システムに異常が出ていて……ろくに動きません。何者かのウィルス攻撃かと思われます」
「そんな馬鹿な話があるか!」
案の定、暗闇の中で誰もがパニックになっていた。
まあ、それもそうだろう。最新鋭の設備が整えられているこの研究所は、その研究内容のことからも、例え巨大地震や核戦争が起きようとも、内部の設備が止まることはないはずだったのだから。
そして、混乱収まらぬ中、聞こえてきたのは轟音。
「今度は何だ!?」
誰かがそう叫んだ。
だが、混乱状態にある中で、叫んだ当人も含めて誰もが気づいていた。それの意味するところに。
「脱走だ!研究材料が逃げたぞ!」
「ひぃいいいっ!だ、誰かぁ!」
現場にいたであろう研究者の叫びと悲鳴が、響き渡った。
それを聞いたこの部屋にいた者たちは肩を震わせる。次は、次こそは、自分の番にならないか、と。自分たちがしてきたことが、良いことではないとわかっているが故に。
そして、地獄に落とされる恐怖に同居された数分が過ぎた。
「グギャァアアアアアアアアアアアアア!」
過ぎて、この部屋にもついに来た。
やって来たのは、青い恐竜。人間よりも遥かに巨大なその恐竜は、この研究施設で研究され、実験されていた生き物。
己の自由を奪い、己を傷つけ続けた者たちに対する憎しみ、それだけで動くバケモノの如き姿がそこにはあった。
「グルァァァ……」
この暗闇の中、その口から見える青い炎だけがこの部屋を照らす灯りとなっていた。その僅かな灯りが、暗闇の中にあって青い恐竜の姿をハッキリと浮かび上がらせる。
ここにいる者たち全員、それがなおのこと恐ろしく感じられた。
「ひぃっ」
誰かが、耐えられずに悲鳴を上げた。
ジロリと、青い恐竜がそちらを向く。
「グギャアアアアアアアアアアアアアア!」
咆哮、そして行動。
大きく口を開けた青い恐竜は悲鳴を上げた誰かを食い千切った。口内の炎に焼かれ、牙が突き刺さり、身体を引きちぎられたというのに、その誰かは痛みなど感じなかった。痛みも感じず、物言わぬ肉塊となった。
「グァアアアアアア!」
それを皮切りに青い恐竜は暴虐の限りを尽くし始める。
この研究所のトップだったあの男性も、他の研究者たちも、誰一人残らず殺し尽くす。だが、その行動をすることこそ、すべてを奪われた青い恐竜の当然の権利だった。
「っく、退避!」
「グルギャァッ!」
「総員、退避――あ」
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
最後の命を復讐に燃やさんと、咆哮が研究所に響き渡る。
恐怖の時間は未だ終わらず――その混乱に乗じて、実験材料兼研究材料だった一人の少年と一体の機械竜がこの研究所を抜け出したのだが、それはほんの余談だ。
というわけで、第百二十四話。
いよいよ黒幕との戦闘――というところで、黒幕の過去回想です。しかも、前編です。断片的ですが、若き頃の航の姿が語られています。
ごめんなさい、ここしか入れるところがなかったんです。
ともあれ、次回。
今回の続きから航が行動に移すまで、そして現在の戦闘開始の話です。
それでは次回もよろしくお願いします。