【完結】デジタルモンスターA&A~紡がれる物語~   作:行方不明

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第百三十一話~輝きは命の奥底に~

「セバス……」

 

 グランクワガーモンとバンチョーレオモンがメタモルモンに向かい合う中、心配そうな優希の声が辺りに溶けて消えた。

 辺りにはメタモルモンに文字通り蹴散らされた者たちが転がっている。

 だが、彼らにそのどれもを気にする余裕はなかった。

 

「……」

「……」

 

 一瞬でも他に気を移してはならない。一瞬でも集中を途切れさせてはならない。それをしたその瞬間に、自分たちが負ける。

 そのことが理解できたのだ。

 

「……」

「……」

 

 唾を飲み込み、その時を待つ。

 メタモルモンの一挙一動すら見逃さないように――。

 

「無駄でスよ」

 

 気がつけば、バンチョーレオモンは宙を舞っていた。

 いつの間にか、メタモルモンが目の前にいた。

 

「え……?」

 

 呆然と、グランクワガーモンが呟く。

 その視界の端でバンチョーレオモンが地に落ちる。限界が来てしまったのか、レオルモンにまで退化してしまう。

 

「セバス!」

 

 優希の悲鳴が響き渡る中、グランクワガーモンはつい視線をレオルモンに向けてしまった。それはつまり、メタモルモンから視線を外してしまうということで。

 

――大成さん!――

「っ!」

 

 内側からの声に意識を戻されれば、目の前にあったのは迫り来るメタモルモンの拳だった。

 その時の光景は、まるで時間が止まってしまったかのようだった。グランクワガーモンは顎を打ち抜かれ、地面に転ぶ。

 彼はすぐにも立とうとしたが、まるで酔っ払ってしまったかのように視界が揺れ、身体が思うように動かなかった。

 

「……ぅ」

 

 ふと、グランクワガーモンは周りのものが大きくなったことに気がつく。

 いや、大きくなったのではないか。小さくなったのだ。他ならぬ、グランクワガーモンが――大成としての、人の姿に戻ってしまったのだ。

 

「……ふン」

 

 そんな大成の眼前で、彼には興味をなくしたようにメタモルモンは歩いていく。

 

「セバス!セバス!」

「ぐ……だ、いじょ……うぶ……」

 

 その熱い視線の先にあるのは、レオルモンに駆け寄っている優希だった。

 戦える者は誰もが倒れたまま。誰もが動けない。

 

「ゆ、き……逃げろ……!」

 

 大成はなけなしの力を振り絞って声を出す。その小さな声は、誰にも届かなかった。

 大成の目の前で、優希はレオルモンを抱え、メタモルモンを睨んでいる。それだけだ。

 誰も、助けられない。

 

「……!くそっ!」

 

 大成は歯噛みする。

 友人の命の危機を黙って見ているだけなど、できるはずがない。

 

――……大成さん――

「……イモ?」

 

 それは静かな声だった。

 自分の名前を呼ばれただけだというのに、まるで奈落の底を覗いたかのような――暗く重い雰囲気がそこにはあった。

 

――僕たちはまだ先に行けます。行きましょう。大丈夫です。きっと――

「……それは、でも……」

――選択の時ですよ。動かなくて失うか、動いて失うかもしれないか。でしょう?――

「……ぐ」

――大成さん――

「あぁっもう!」

 

 内側からの声に、大成は頭をガシガシと掻く。

 内側からの声は覚悟を決めているようで、それでいて大成の意見を尊重しようとしているかのような感じだった。それは信じてくれているからなのだろう。

 その自分の背を押すようで、最終的な結論を任せるその様は、並び立つ親友のようにも、見守る親のようにも思える。

 

「……約束しろ。大丈夫って言ったんだから、絶対に守れよ」

――はい、もちろんです!――

 

 だからこそ、大成も信じる。内側の声のことを。

 そして、大成たちは先に至る。失う“かもしれない”という恐怖を前にして、自らに課していた制限を取っ払う。

 

――はぁっああああああああ!――

 

 過剰なまでに気合の篭った声が大成の耳に届く。

 これが自分だけにしか聞こえないものだと思えば思うほど、寂しくなる。それでも――。

 

――行きます!――

「行くぞ!」

 

 力を振り絞って、大成は走り出した。代わりに、身体を動かしたのだ。

 力を振り絞って、内側の声は唸り出した。代わりに、自身の命を最大限に引き出す。

 唐突に起こったそれは、究極の先に至る――起こり得ないはずの進化だった。

 

「ぁああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 それは一つの身体に二つが混ざり合っているからこその出来事で、ある意味で奇跡だった。

 遠き日に“X‐進化”と呼ばれたモノのある種の再現にして、それとは似て非なる現象だった。

 

「らぁっ!」

 

 大成の姿から代わって駆け出したのは、グランクワガーモンにどこか似たデジモンだった。

 だが、違う。昆虫型のグランクワガーモンとは違い、人型だった。

 その背に剣のように鋭い四枚の羽を持ち、クワガタムシのような大顎をその顔に持つ、橙色の髪を靡かせた者。その両腕それぞれに“グランキラー”と呼ばれる三本の爪を携える者。

 まさに人と虫が融合したかのような、漆黒の巨人――それこそ、グランディスクワガーモンと呼ばれるそのデジモンだった。

 

「……?」

「らぁっ!」

 

 今まさに優希を狙おうとしていたメタモルモンにとって、唐突な進化からの強襲は驚愕の一言。

 

「っ!」

 

 そして、不意打ち気味の一撃が炸裂する。

 空間ごと引き裂く“グランキラー”が、メタモルモンの腕の一本を切り裂く。その軟体のような腕が宙を舞い、落ちた。

 

「あぁぁぁアあ……おノレ……ふざけ、ふざケ……ふざけルなぁ……!」

「うわ、怖っ!」

 

 怒りに塗れたメタモルモンの顔がグランディスクワガーモンに向けられる。

 正気を失ったかのような、ともすれば先ほどまでと比べて格段に違う雰囲気を前に、彼は一瞬戸惑う。自分でやっておいて難だが、怖かった。

 

「ぁぁァああああああ!」

 

 叫び始めるメタモルモン。それは慟哭のような、歓喜のような、まさに感情任せの咆哮だった。

 そんなメタモルモンの姿に、この場の誰もが哀れみを感じた。なぜ自分たちがアレにそんな感情を抱くのか、それすらわからない。だが、確かに全員がそう感じていた。

 

「死んデ、しんで、シンデ、死んでェぇェェぇぇ!」

「って、まずっ!」

 

 メタモルモンが突進する。

 自分の感情に整理をつけようとしているグランディスクワガーモンは咄嗟の対応が遅れた。

 これはまずい。そう感じた彼の目の前で――。

 

「な、ニっ……!?」

 

 メタモルモンが殴り飛ばされた。

 

「は?」

「お返しだっ!すごい痛かったんだからな~!」

 

 殴り飛ばしたのはドルゴラモン、ではなかった。

 いや、全体的なシルエットはドルゴラモンに似ている。だが、そのものではなかった。全身が拘束具で覆われ、死の気配としか言い様のない不吉な雰囲気を纏わせているデジモンだった。

 

「ま、無事だったんだからいいだろ」

「無事じゃない!さっきのさっきまでころっと死んでたよ!だから進化できたんじゃないか~!」

「わかったわかった。さっさと終わらせようぜ。任せた」

「酷くない~!?」

 

 旅人と仲良さげに話しているところからも、そのデジモンは旅人のパートナーのドルなのだろう。

 何と言うか、彼らの雰囲気に似合わない姿をしていたために、グランディスクワガーモンは目を白黒させるしかない。

 

「お、い、旅人。隣にいるカッコ良さそうで、気持ち悪そうなのは……ドル、なんだよな?」

「酷い!」

「ああ、そうだよ?」

 

 それこそは彼の切り札とも言える形態。特殊な条件下でのみ進化できる――デクスドルゴラモンという進化形態だった。

 

「そうか……まぁ、うん……格好良い、な?」

「疑問形!?格好良いだろ~?ね~?」

「ノーコメント」

「旅人酷い!」

「いや、ああ……雰囲気が……なんか冷たいというか、暗いというか、怖いというか……なんだこれ?いや、格好良いんだぞ?あくまで雰囲気がって話だけで」

「ほらほら、大成だって格好良いって言ってくれてるんだよ!旅人だってそう思うでしょ~が!」

「ノーコメント。というか、都合いいところだけ聞き取るなよ」

「だから酷い!」

「でも、やっぱ、うん。これはさすがに……ない、かな?」

「大成まで!?」

 

 一転して、和やかな雰囲気が辺りを包む。勇や倒れていながらも意識の戻ったデジモンたちは笑い、優希は呆れる。

 とはいえ、そんな雰囲気に騙されない者もいる。メタモルモンだ。

 

「馬鹿、にスるな……ぁぁぁぁぁふざケ、るなぁ……!」

 

 腹の底から生まれ続ける感情に震え、彼女はグランディスクワガーモンたちへと襲いかかった。

 

「うわっ来たっ!」

「デクスも久しぶりだしね。いっちょ、けちょんけちょんだっ!いくよ、旅人!大成!」

「はいはいset『――」

 

 直接戦闘の経験値が低いグランディスクワガーモンを、デクスドルゴラモンや旅人が補助する形で動き出した。

 轟音と激震と共に、戦闘が再開された。

 そして、最後の戦いの場の片隅で――。

 

「っち、何死にそうになっているんだ……!」

 

 キメラモンから人間の姿へと戻ってしまった零は、ムゲンドラモンの下で手を伸ばしていた。

 

「勝手について来て――」

「……」

「勝手に人の隣にいて――」

「……」

「勝手にやられて――」

「……」

「勝手に死ぬのか――」

「……」

「お前は、“また”!」

 

 怒りに震えた声がムゲンドラモンへと投げかけられる。

 複雑な怒りだった。自分に対するモノと、ムゲンドラモンに対するモノと、敵に対するモノと、現状の理不尽に対するモノと、それらすべてが混ざり合わさったモノだった。

 

「ふざけるな……よ……!」

 

 零の脳裏に、いつかの光景が思い起こされる。

 復讐を止めさせられて牢に入れられたあの日、結局は卵として自分の元に戻ってきた目の前のバカの光景を。

 あの時ほどの喪失感を覚えたのは、それこそ両親が死んだ時くらいだったというのに――。

 

「っち」

 

 そこまで考えて、零は認めた。認めたくなかった、それでも認めざるを得ない自分の心境を。

 

「いいか、勝手に死ぬな。勝手に消えるな。お前は俺の……っち。言わせるなっ!」

 

 ゆっくりと零はキメラモンの姿へと戻り、そしてムゲンドラモンに触れる。

 やり方はわかっていない。だが、その時の感覚だけは覚えている。今にも死にそうなムゲンドラモン(かぞく)の命を救うために、自らを分け与える――自らと、融合させることによって。

 それは、ジョグレス進化と呼ばれる進化だった。

 

「ふん」

 

 彼は進化した。先ほどとは違って、完璧なまでに自分の意志で、ミレニアモンへと進化した。そのまま、不機嫌なままに突き進む。

 その先には未だ戦っているグランディスクワガーモンたちとメタモルモンがいた。

 

「……グ?な、ばカなぁァあンだとイウのですカ!次かラ次ヘと!」

「死ね!」

 

 三体と一人の猛攻に、メタモルモンは押されていく。そこにはただ混乱だけがあった。

 

「ボクたちも」

「忘れてやねぇだろうな!」

 

 そして、ダメ押しとばかりにスレイヤードラモンとシャイングレイモンが乱入する。

 傷だらけの鎧を纏うスレイヤードラモンが、折れたジオグレイソードを持つシャイングレイモンが、残った力を振り絞ってメタモルモンを押さえ込む。

 その予想外の力と、さらに現状への戸惑いもあって、メタモルモンは彼らを振り解けなかった。

 

「っっッっ!ァぁァァァあ!」

 

 メタモルモン――いや、彼女は震えていた。何かはわからないが、意識はしていなかったが、震えていた。

 寒くて、寂しくて、怖くて、恐ろしくて、おぞましくて、虚しくて。だからこそ、ただただ震えた。

 その震えを振り払うように、彼女は力を振り絞る。この場の誰よりも強い力が、解き放たれる。

 

「あレ?」

 

 その直前で、彼女は光を見た。

 

「行くよ」

「任せてくだされ。いや、任せろ」

 

 その光の中心にいたのは、優希とレオルモンだ。まるで何もしていない自分たちに喝を入れるように、力強い目で彼女たちは頷き合っていた。

 そして、一瞬後だ。力を解き放とうとしたメタモルモンに突撃してきたのは、再び進化したバンチョーレオモンだった。

 

「一人だけここで寝ていては、な。優希にも誰にも合わせる顔がない!」

 

 その力強い目に、眩しい光に、メタモルモンは一瞬だけ動きを止めてしまう。

 なぜ止めてしまったのか、彼女にはわからない。だが、その瞬間のことだ。それまでの震えに変わって、彼女の腹の底からはふつふつと湧き上がる感情があった。

 身を焦がすような熱い感情だった。何度でも希望の下に立ち上がる彼ら、絆の下に共に生きる彼ら、そんな光景を見せられてしまったからこそ、生まれた感情だった。

 それが“嫉妬”という名の感情だとは理解できずに――。

 

「ァァァァア!」

 

 彼女は溜め込んだ力を解放する。解放された力が腕に伝わり、振るわれる。

 だが。

 

「俺をな、めんなぁ!」

「ボクは負けられないし負けたくない……勇にまた無茶させるわけにはいかないからね!」

 

 それを止めたのは、スレイヤードラモンとシャイングレイモン――意地っ張りな二体だった。

 そう、これは意地だった。彼らは自分のことを強者だと思っているが故に、その意地(プライド)だけでここに立っている。

 だからこそ、どれほどの力の差があろうと彼らには関係ない。

 だからこそ、彼らは強者だった。

 

「ナイス、ですぞ!」

 

 そんな彼らのいつも通りを見せられ、バンチョーレオモンもいつも通りに振舞う。それこそ、自分のあるべき姿であるとばかりに。

 とはいえ、固く握られた拳による一撃はいつも以上のものだった。

 

「ッグ、ガ……ぁあ!」

 

 まだ終わりではない。

 バンチョーレオモンたちは頷いて、場を明け渡す。

 メタモルモンがその唐突な自由に目を見張れば、目の前にいたのはデクスドルゴラモンとグランディスクワガーモンだった。

 

「おりゃ~!」

「おらぁっ!」

 

 デクスドルゴラモンの拳による一撃は、天地を砕き崩すかの如き一撃だった。

 グランディスクワガーモンのグランキラーによる一撃は、世界を引き裂きかねない一撃だった。

 身体を砕かれ、裂かれ、満身創痍の体でメタモルモンは前を見る。

 

「これで終わりだ」

 

 そんなメタモルモンに砲身を向けるのは、複雑な表情をしたミレニアモンで。直後、彼の背中の砲が火を噴く。

 時代を焼き尽くさんとばかりな炎弾に、メタモルモンは焼かれ――。

 

「っく」

 

 ()だけが地面に倒れ込む。同時、メタモルモンだけが光となって消滅していった。

 女は現状を理解するしかなかった。自分は負けたのだ、と。見上げた空の星々が憎たらしいほど輝いていたからこそ。

 一方で、混乱してもいた。メタモルモンが自分を()()()()()()

 

「……なんで」

 

 訳がわからなかった。女にとって、メタモルモンはこの世で最も憎んでいたモノだ。

 一方で、消え行く“彼”は、最後に笑っていた。消えるのは自分だけでいいと笑っていた。

 いつまでも憎むほどに傍にいた彼は、最後の最後で自分を突き放した。

 その意味を彼女は理解したくなくて――静かに目を閉じた彼女の瞼の裏では、彼が今も優しく笑っていたのだった。

 

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