【完結】デジタルモンスターA&A~紡がれる物語~   作:行方不明

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第三十二話~夢から覚めて夢へと戻る~

 人間の世界の空を二匹の同じ姿の竜が飛ぶ。まるで追いかけっこをするかのように。当の本人たちは必死の行動であるが、傍から見ていると竜二匹がじゃれあっているような、ファンタジーな光景である。

 もちろん、竜というファンタジーな生き物が空を飛ぶ光景が日常になっているほど、人間の世界は世紀末ではない。それを見た大勢の人々が寄って集って騒ぎ出していた。

 

「っく!だめだっ!追いつかれる~!っていうか、今尻尾かじられた!」

「泣き言を言うなっ!」

 

 二匹の竜は全く同じ姿であり、単体同士を見比べたのならば見分けなど付きそうもない。が、一つだけ違うところがある。その背に人を乗せているか、乗せていないか、だ。

 二匹の状況は、狩る者狩られる者、追う者追われる者、そういう言葉がしっくりくる状況だ。そして、追う側の竜の背には人は乗っておらず、追われる側の竜の背には二人の少年が乗っていた。

 追われる側の竜は、背中に二人の少年を乗せていることもあって、うまく逃げられないのだ。

 もっとも、外見が同じとはいえ、追う側の竜の方が能力スペックが高いために、追われる側の竜単体でも逃げられなかっただろうが。

 

「△△~!何か使って~!」

「その手があったか!わかったよっ!set『加速』!」

 

 △△と呼ばれた少年が取り出したカードがまたも消失した瞬間、追われる側の竜のスピードがぐんと上がった。そのスピードは、追う側の竜にも匹敵するほどで、逃げやすくなったと言える。

 だが、それでも現状は好転しなかった。やはり、少年二人を背に乗せているというハンデが大きすぎたのだ。

 片方の少年である△△は、竜と普段からいるために、竜の背に乗って移動することも慣れている。が、もう片方の少年である■■はこれが初めてだ。あまり変な動き方をすれば、■■が耐えられなくなる。現に今だって、■■は乗り物酔いみたいな状態になって、言葉を話すことも難しくなっている。

 まあ、そんな状態でも■■が竜の背に乗り続けられているのは、手を離せば背中から落ちて死ぬぞ、という生存本能から来る無意識での行動であるのだが。

 

「△△~もう無理~!」

「くそっ!どこかでオレたちを下ろせ!迎え討つ!それまで頑張れ!」

「わかった!」

 

 かれこれ一時間近くの間、この追いかけっこは続いていた。そして、追われる側の竜が竜の姿でいられる時間には制限がある(・・・・・)。これ以上逃げても、状況は好転するどころか悪化するだけだろう。

 だからこそ、危険を冒してまで迎撃することにしたのだ。

 

「オレと■■は飛び降りる!任せた!」

「え?あ、ちょっ!待っ――」

「へぁ?うわぁああああああああああああああ!」

 

 飛び降りている最中に自分たちを追う竜に攻撃されないようにするように味方の竜に頼み、△△は■■を掴んで、竜の背から飛び降りた。

 上空数百メートルからの飛び降りだ。気分が悪くてボーッとしていた■■も、これには絶叫するしかなかった。一瞬、走馬灯が見えたほどである。まあ、地面付近で吹いた不思議な風によって、ゆっくりと着地することができたから良かったのだが――少なくともこんな紐なしバンジージャンプはもう二度と経験したくないだろう。

 △△と■■が降り立ったのは、初めにいた河だ。一周回って戻ってきたのである。あいも変わらない強烈な臭いに誘われて、乗り物酔いのような現状に、気持ち悪さがさらにプラスされたのだろう。耐え切れなくなった■■は、胃の中身をぶちまけている。

 

「ギャアォアアオオオオ!」

「っく……なんで初めてのデジモンとの戦いがこんな命懸け……!」

 

 一方、無事に地上へと降りられた△△たち二人とは反対に、竜たちの戦いはまだ続いていた。

 追う側だった竜は、意外なことに落ちている間は隙しかない△△たちは狙わず、目の前の竜ばかり狙って来ていた。

 そのことに戸惑うしかなかった追われる側だった竜だが、ここまで執拗に狙われれば、うっすらとだが理解できていた。あの河にいた時から、ずっと自分を狙ってきているのだということが。それは、△△たちには被害が及ばないかもしれないという希望でもあり、同時に自分はまだ戦い続けなければいけないという絶望でもある。

 

「○○……くそっ……どうすれば……」

「△△……さん、このままじゃ……やられちゃ、います……よ……!うっぷ……」

「わかってる!」

 

 未だ吐き気の収まらない■■が半ば無理をしながら焦ったように言った言葉に、△△も焦りを隠せない様子で返す。

 確かに、戦っている竜はどちらも同じ姿で、見分けなどつかない。だが、初めからずっと片方がやられているのだ。一度も、その状況は変わっていない。であれば、そのやられている方がどちらの竜であるのかなど、火を見るより明らかだ。

 

「……!そうだ!確かデジモンは完全体の上に究極体があるとかなんとか……!」

 

 そんな中で、△△は名案を思いついたかのような声を上げた。その手には、先ほど使ったのと同じカードが握られている。消えたはずのカードがあることに驚いた■■だったが、未だ吐き気がおさまっていないこともあって訳は聞けなかった。

 いや、聞かなくてもよかったのかもしれない。この状況が打開さえされれば、■■にはなんでも良かったのだ。

 

「○○ー!set『進化』!」

「おぉおおお!○○○○○○!進化――!」

「……!」

 

 片方の赤白の竜が光に包まれ、一瞬後に現れたのは、白銀の竜だった。先ほどよりもずっと巨大で強大な威圧感を放つ。その竜。その姿に、その場の全員が驚いていた。

 これでなんとかなる。それは、そんな湧き上がる圧倒的な力を前にして、■■も△△も、そして戦っている白銀の竜でさえも、その誰もが抱いた思いだった。

 だが――。

 

「グギャォオオオオオオ!」

「えっ!」

「なっ!」

 

 現実は、どこまでも無情でしかなくて。

 敵である竜も、一瞬後に白銀の竜へと変化した。ここまでくれば、この場の全員がうっすらと気づいていた。あの敵は、敵の姿を能力ごとコピーする能力を持っているのだと。そして、それはつまり、打開策は打開策成り得なかったということで。

 事態は、好転どころか悪化しかしなかったというわけだ。

 

「ギュアォオオオオオア!」

「っ!○○!……ってあ――!」

「うわぁああああああ!」

 

 戦いがリセットされたため、どちらが味方で、どちらが敵なのか、戦っている本人以外はわからなくなった。だが、わかる必要はないと言えるだろう。すべては、これで終わりなのだから。

 どちらかの白銀の竜が破壊の咆哮を上げる。それは、どちらの攻撃だったのか。■■たちには、それを考える暇も隙もなかったし、例え考えられたとしても理解もできなかっただろう。

 ■■も、△△も、街も――そのすべてがそのたった一度の攻撃によって吹き飛ばされていく。それは驚くべきことで、■■の理解を遥かに超えていた。

 

「うわぁああ――あれ?」

 

 死ぬ。掛け値なしにそう思った■■だったが、意外なことにまだ生きていた。いや、誰かに助けられたというのが正しいだろう。

 まるで巨大な何かに掴まれて(・・・・)いるような、そんな感覚。だが、決して苦しくはない。優しく丁寧に包み込まれていた。そして、その数瞬後にその掴まれている感覚は文字通りの事実だったということを■■は知ることになる。

 突如として、光が差し込んだ。急に差し込んだ光に目を細めながらも、■■は辺りを見回した。黒い。ひたすらに黒い地面のような場所に■■は座っていた。いや、■■だけではない。△△も、いつの間にか白銀の竜から犬の姿へと戻った○○も、そこにいた。

 だが、△△は血だらけで今にも死にそうだ。一方で○○はどこか茫然自失としていて、何かを呟いている。

 

「オレが……僕が……これを……違……でも……」

「○○?あの、△△さんが!」

「僕が進化をしたから?でも、だからって……」

 

 よほどショックを受けているのか。〇〇が何にショックを受けているのか、■■にはわからない。だが、これほどまでになることだ。よほどのショックを受けたのだろうということだけはわかった。

 そして、そんな■■の予想は正しい。〇〇にとって今回が初めての大きな実戦であること、△△が死にかけているということ、街が壊されたということ。そして、それらがすべて自分と同じ姿の者によって行われたということ。そのことに○○はショックを受けたのだ。

 ようするに、自分と同じ姿の者が敵であったことと初めての大きな実戦の精神的ストレスが重なって、相手に感情移入しすぎてしまったのだ。それはつまり、自分が事を起こしたと錯覚させられているようなもので、精神的に大変よろしくなかったのである。

 もちろん、確固たる自己を持つものであれば、その程度のことなど何でもない。いくら敵が自分と同じ姿であったとしても、そこに自分と同じ心がなければ、自己同一性は失われないからだ。

 だが、今回は精神的ストレスが溜まりすぎたが故に、このようなことが起きて、○○のショックは大きかったのである。

 

「○○!△△!ねぇ!」

「そいつたちなら心配ない」

「えっ!?」

 

 心配の声を上げる■■。

 だが、そんな■■に答えるように新たな参入者がこの場に現れる。現れたのは、仮面の男。妙な仮面といい、その登場の仕方といい、胡散臭いことこの上ない。

 そんな仮面の男がいきなり現れたことに、■■は驚いたものの、そんなことはすぐにどうでも良くなった。■■にとって重要なのは、仮面の男そのものではなく仮面の男が語った言葉の内容なのだ。

 

「死にぞこないは死なせないし、犬の方は心に多少の傷は残るかもしれないが……まあ、保険もあるという話だ。なんとかなるだろう」

「保険?」

「いや、そもそもそれがなくても妙な闘争心が強いやつだからな。大丈夫な気も……。それに今回のは人間世界で育ちすぎた故の弊害というか……もう少しサバイバル経験を積ませとけばよかったかな」

「……?」

 

 仮面の男が語った言葉の内容。■■にはそれが本当かどうか確かめる術はなかったが、その声が妙な確信を持った響きであったもあって、すぐに信じることができた。

 まあ、それでも仮面の男の初めと最後の方の雰囲気の違いには、何度目になるかもわからない驚きを感じることに■■はなったのだが。

 

「あの……?」

「ああ、すまない。あのイレギュラーはコイツ(・・・)が始末する。こいつらも……何とかする。君はさっさと逃げるといい」

「逃げる?でも……」

「できるだけ遠くにな」

 

 仮面の男が言ったコイツ。一体何のことかわからなかった■■だったが、その疑問はすぐに解消された。いたのだ。この場にもう一人。いや、もう一体と言うべきか。とにかく、あまりに巨大すぎて気付けなかったその者の存在に、■■はようやく気付いたのだ。

 ■■が先ほどまで黒い地面だと思っていたのは、その者の手。つまり、巨大な誰かの手ということで、当然その手の持ち主がいるということで。

 

「でも!アイツはたぶん相手をコピーす……」

「大丈夫だろう。コイツも、伊達にロイヤルナイツに名を連ねてはいない」

「おい、一言余分だ。まぁ、安心しておけ。コピーさせなければどうってことない」

「なら、アイツは任せるぞ。set『転移』!」

「え?ちょ――!」

 

 空間が歪む。■■が最後に見たのは、未だ街を壊し続けている白銀の竜を倒すため、空を駆けていく漆黒の騎士の姿だった――。

 

 

 

 

 

 薄暗い牢獄。罪人を閉じ込めておく為だけに作られたであろうそこは、冷たかった。それは、室温だけの話ではない。ここは何もかもが無機的だった。ここに訪れたものは、誰もが思うだろう。冷たい場所だ、と。

 罪人は裁かれるもの。一切の情を排除して、そういう意識の下に作られたからこそ、この牢獄はひたすらに冷たいのだ。

 見た目だけは石造りのこの牢獄だが、実際は魔術に機械、さまざまな技術を結集して作られた場所であり、それゆえにかなり堅牢だ。完全体程度のデジモンでは、ここから出ることは不可能に近いだろう。

 そして、そんな場所で零は目を覚ました。大成たちに負けてから、零はここへと連れてこられたのである。

 

「……懐かしい夢だな」

 

 そう、零は夢を見た。自分がまだ零ではなく、失敗作でもなく、ただ■■だった頃の夢を。

 結局、あの少年が、犬のような生物が、仮面の男が、漆黒の騎士が――彼らが何者だったのか。零にはわからなかった。何年も前のことのため、記憶が薄れているのだ。例えもう一度会うことができても気づけないだろう。

 

「父さん……母さん……」

 

 あの後、気がつくと零は見知らぬ場所にいた。いや、見知らぬというと語弊がある。正確に言えば、場所自体は見慣れた場所だった。ただ、見慣れた場所が見知らぬ場所になるほど、滅茶苦茶に破壊され尽くされていただけで。瓦礫の山になっていただけで。

 あれが、あの白銀の竜の姿をコピーした何者かによって引き起こされたものであることには間違いない。だが、当時の零はそんなことはどうでもよく、ただ瓦礫の山の中を走った。

 周りにあるのは瓦礫の山だけではない。先ほどまで当たり前に暮らしていただろう、人々の死体も同時にあった。それを見てあの頃の零は不安に襲われたのだ。

 母や父はどうなったのか、と。母も父もきっと無事であるはずだ、と。さまざまな不安や期待が入り混じって、家だった場所を目指して走った。

 そして――。

 

「……くそ」

 

 そこで見つけたのは、血を流して庇い合うような格好で倒れ伏していた両親の姿。幸か不幸か、ギリギリまだ生きていた。だが、無力な子供だった零には助けることなどできなくて。

 結局、最後の言葉を聞くことができただけだった。

 

――よかった……無事で……――

――はは……■、■はおれたちの……じまんの……むすこ……だな……――

――……一人にしちゃって……ごねん……でも――

――ああ、■■。生きろ――

 

 口を開くのも辛いだろうに、代わる代わるそんな短い最期の言葉を告げていく両親の姿を見続けることは辛くて、目を逸らしたかった。だが、これが最後だともわかっていた。だからこそ、零は目を逸らせなかった。しっかりとその姿と言葉を脳に焼き付けた。

 だからこそ、零はわからなかった。今にも死にそうだというのに、微笑もうとする母が。激痛で苦しいだろうに、いつも通りにニヤリと笑おうとする父が。なぜ、そんな顔をしようとするのか。零はわからなかった。

 そしてその後、事切れた両親の傍で泣き続けた零は、気づけば見知らぬ施設にいた。いや、零の他にも、生き残ったとみられるたくさんの人々がそこの施設にいた。

 

――なんで、僕はここにいるんですか?――

 

 その時、そんなことを零は施設の人に聞いた覚えがある。まあ、施設の人は何も答えてはくれなかったのだが。

 今思えばアホなことを聞いたものだ、と自嘲の笑みを零は浮かべた。実験用の動物に、何故を教える研究者などいるはずもないというのに。

 そこで与えられたのは、苦しみ。そこで奪われたのは、人の尊厳。そこで出会ったのは、不可解な生き物。

 地獄の責め苦を受けているかのような実験の数々。当然だが、何をされているのか、零たちには知らされなかった。そして、最後まで施設にいたのは零だけだった。きっと他の人々は処分されたか、実験に耐え切れずに死んだのだろう。

 まるで自分の体が自分のものでないような、他者の体を無理やり自分のものにしたかのような、気持ち悪い実験の感覚が思い起こされる。あの実験で零は、人間でなくなった。人間でなくなることを代償に、強大な体を手に入れた。

 だが、零はそんなものはどうでもよかったのだ。

 自分の両親は自分のことを自慢の息子だと言ってくれた。だというのに、そんな自慢の息子は人間ですらなくなった。それはつまり、大好きな両親の自慢でいられなくなったということで。

 だからこそ、零はこんな今の自分の体が大嫌いで、そしてこの身体の元となったデジモンという種が憎いのだ。

 回想を終えた零は、現在に目を向ける。

 

「……ずるいな。お前は」

 

 そう言った零の視線の先にあるのは、卵。スレイヤードラモンに倒された、ムゲンドラモンのものだった。

 ムゲンドラモンと零は、ムゲンドラモンが成長期だった頃から付き合いがあった。零と同じように、ムゲンドラモンもまた実験体として、何かの実験を受けていたのだ。

 一度だけその実験光景を零は見たことがある。容器に入れられ、何らかの機械の腕や足といったパーツと繋がれていた。あれはおそらく、確実にムゲンドラモンへと進化させるための調整と実験だったのだろう。

 成長期だったムゲンドラモンとあの頃の零は交流があった。とはいっても、少しだけだが。だからこそ、零は知っていた。失敗作と呼ばれるのは自分だけであり、ムゲンドラモンは成功作と呼べると。

 

「なぜだ?」

 

 そんなムゲンドラモンが、なぜ施設から逃走する零について来たのかはわからない。

 五年前、何かがあって混乱の最中にあった施設から逃げ出すことを零が決心した時、ムゲンドラモンも自然と付いてきたのだ。

 ムゲンドラモンは成長期の頃から人間ほどの自意識というものが存在しない、正しく機械のような者だった。だからこそ、零には理由がわかなかったし、零自身も復讐を考えるようになったことでそのことを気にしなくなった。

 だが、こうして己が敗北し、前よりも何かを考えている時間が多くなった時、零はそのことが自然と気になったのだ。しかし、ムゲンドラモンはすでに死に。真実は闇の中に葬られている。

 それが――。

 

「お。よー……元気かー?」

「……死ね」

「ご挨拶だな」

 

 だが、そこまで考えて、零の思考は否応なしに中断されることになった。夢中で考えていたからだろう。零は自分の目の前に人物に気づけなかった。まあ、目の前にいると言っても、牢獄の格子が間にあるのだが。

 この様子からして、その人物は零に会うためにやって来たのだろうか。まあ、そんな人物相手に零の対応は随分とアレだが、それも仕方ないと言える。

 なぜなら、その人物は――。

 

「人をこんなところに追いやった原因の一人が何を言う」

「はは……それはまぁ?ああ、そういや自己紹介がまだだったな。オレは旅人だ」

「知っている。有名だからな」

「え?マジで?」

 

 そう、旅人だ。

 まあ、零に限らずどんな人物でも、自分が牢獄に入る直接の原因の一人に良い態度など取れないだろう。

 一方で、旅人の方は、そんなイラついているような零とは反対に苦笑いしているだけだった。そして、そんな旅人の反応が余計に癪に障る零である。

 

「何の用だ?」

「いや、特に何も」

「なんだと?」

「いや、本当に用はないんだって。ドルは優希がどっかに連れて行ったし、リュウはワームモンとレオルモンに付きっきり。アイツは話しかけてこないし……で、暇だから彷徨いていたらお前を見つけたんだよ」

 

 暇だから街を彷徨いていたら牢獄に来てしまった、という信じられないことを旅人は言う。

 嘘を付くのならもっとマシな嘘をつけと思った零だったが、残念ながら嘘ではないのである。旅人は本当に偶然にこの牢獄の建物を発見し、偶々入って見たら零が捕まっていた牢獄を発見したのだ。

 あんまりな行動にバカらしくなった零は、とりえず旅人の評価を下方修正することにしたのだった。

 

「なんかジメジメしていていいところじゃないな」

「当たり前だ。牢獄に何を期待している」

「いや、何かあるかなって。あった……というか、いたのは何かブツブツ言ってた暗い奴だけだったけど」

「……さっさと失せろ」

「まぁ、面白いものはなさそうだしな……んじゃな」

 

 興味もなくなったのか、軽い返事をして旅人は去っていく。

 そんな旅人の軽い感じが、逆に自分が貶められているようで余計に気に障った零。だが――。

 

「待て」

 

 不意に浮かんだ疑問を聞きたくなったために、旅人を呼び止めた。

 今にもこの場から去ろうとしていた旅人は、今度は何だよ?と言いたいかのような顔で振り返る。いや、言いたいのだろう。去れと言われたり、待てと言われたり。一言くらいは言いたいことがあるはずだ。

 

「少し聞きたいことがある。五年前の事件のことだ。五年前のあの時……お前もこの世界に、デジモンによって自分の運命を狂わされたはずだ。なぜデジモンを恨まない?」

「五年前のこと、なんで知ってるんだよ」

「いいから質問に答えろ」

「偉そうだな。まぁ、いいや。確かにさ。この世界に関わって、イラっとしたことや理不尽なこととかいろいろあった。けど、恨むほどじゃないな」

「なぜだ!」

「……何でそんなに必死なんだか。ああ、話の続きだけど……そりゃ、旅だからな。これまでも、これからも」

「……?」

「あー……えっと……つまりだな。やっぱり気楽に楽しく行かないと人生損だなって話だよ。難しく考えてると楽しくないだろ?」

 

 零にはそんな旅人の言葉が理解できなかった。

 だけど、ニヤリと笑って言う旅人のその顔が、記憶の中の誰かと重なって――次に零が気がついた時には旅人はいなかった。どうやら、だいぶ長い間ボーッとしていたらしい。

 だが、何か大切なことを思い浮かべていたような、零はそんな気がしていた。

 

――生きろ――

「……」

 

 脳裏に不意に浮かんだ声。

 その声の意味を考える前に、溜め息を吐いた零は再びの眠りについたのだった。

 




というわけで第三十二話。前回と引き続いて零の過去回想の夢でした。
はい、だいぶ長くなりましたね。
あと、この話は作中時間では、A&Aの時間から八年ほど前のことです。つまり、前作の三年ほど前の話ですね。

あと夢の最後で登場した仮面の男と漆黒の騎士“だけ”は前作の登場人物です。
今作には登場しません。

さて、第三章も中盤を終えたところで、次回から第三章終盤が始まります。
ようやく主人公が戻ってきます。

それでは、次回もよろしくお願いします
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