【完結】デジタルモンスターA&A~紡がれる物語~ 作:行方不明
汚物掃除から一日経って。
大成と優希は、家のリビングでぐったりとしていた。
まあ、昨日の疲れが抜けていないのである。今の大成たちに残っている疲れは、肉体的な疲れではなく、精神的な疲れ。肉体的には全快しているが、昨日の糞まみれが思った以上に大きなダメージとして大成たちの中に残っていたのである。
「なんか、まだ臭う気がする……」
「気のせいだろー……」
すんすん、と自分の腕の臭いを嗅ぎながら、顔を顰める優希。どうやら、あれから機嫌自体は治ったようである。
ともあれ。大成も優希も、今日は何もしたくなかった。幸い、今日は何もしなくてもいい、と今朝方直々にやって来たウィザーモンに言われていた。
その時のウィザーモンの大成たちを見る目は、やたらと憐れむような目だったのだが――それはともかくとして。
ゆえに、今日はウィザーモンのその言葉に甘えて、大成たちは家でゆっくりしているのである。
「やっぱり、もう一度シャワー浴びてこようかな……」
「何度目だよ。気のせいだって言ってるだろ。もう忘れろ」
「大成だって昨日は何度も浴びてたじゃない」
「もう忘れさせてくれ……」
ひたすら気になっている優希とひたすら話題に出させまいとする大成。会話と行為を見ると、正反対の行いを二人はしているように見えるが、根っこにある思いは二人とも同じである。すなわち、早急に昨日のことを忘れたい。これに限る。
ともあれ、その思いが実となって結ばれるのはだいぶ先になるということを、この時の二人には知る由もなかったのだが。
そんなこんなで、今日は誰にも会わずに一日を終えたい二人。だが、そうは問屋がおろさなかった。このリビングに、ノックの音が響き渡ったのだ。
それはつまり、誰かがこの家に来たということで――。
「……くそ」
「……はぁ」
誰にも会わずに今日を終えたいという、大成たちの願いは叶わなかったということで。
ノックは依然として鳴り響いている。どちらかが応対に出なければならないだろう。だが、片方の大成は動こうとする気配がない。もう片方の優希も、さすがに今日は人前に出たくなかった。
だというのなら、やることは決まっている。
「じゃんけん――!」
「ジャンケン――!」
つまり、勝負によってこの安寧を確保する。
相手を応対に行かせるために、そして自分がここに残るために。
二人が決めたのは、簡単な勝負の王道。ジャンケンだった。
ぽん、と。一瞬後、二人が出した手は、二人ともグーだった。負けたくないという思いがそうさせるのか。二人だけでのジャンケンだというのに、あいこが何度も続いていた。
まあ、はっきり言って、そうこうしている間に行けよ、という話である。こんなことをしていたら、帰られても仕方がない。
だが、来た客はまだいるようだ。長く無視されているというのに。そのことからしても、この客にはどうやらよほど用があるらしかった。
「あいこでしょ!しょ!しょ!しょ!」
「しょ!しょ!しょ!」
「……よっしゃー!」
「……っく!」
そして、数分に渡る壮絶なジャンケンの結果。勝利と運の女神が微笑んだのは、大成だった。
負けた優希は、恨めしそうな雰囲気を漂わせながらも、文句も言わずそのまま玄関へと向かっていく。
勝った大成はご満悦だ。やったのはジャンケンとはいえ、いつもの運の悪さではありえないほど、今日の大成はツイているようにも見える。
大成自身も、自分の運の良さに何かあるのではないかと疑ってしまったくらいだ。
まあ、大成がそう疑ってしまうのも仕方がない。少し意味合いは違うが、世の中のうまい話には裏がある、という言葉もある。
だが、本当にその通りで――運が良ければ、運が悪いこともある。本当に、世の中は釣り合いが取れているものだ。
「大成、お客さんよ」
「え……俺に?誰?」
「知らない人ね。少なくとも私は見たことがないわ」
玄関からこのリビングに戻ってきた優希は、自分の見知らぬ誰かが大成を訪ねてきたと言う。だが、そもそも優希と大成は行動を共にしているため、優希の知らない人物で大成の知っている人物など、大幅に限られる。
そのことを踏まえたうえでしばらく考えた大成は――全く心当たりが思いつかなかった。何回考えても、どうしても思いつかなかった。
だからこそ、優希の言葉に疑問を覚えるしかなかったのだが。
「全く心当たりがない……で?その人は玄関にいるのか?」
「……いや、もういるわよ」
「え!?」
もうここにいる。そう言った優希は、手招きする。優希は、前もって客人
その優希の言葉を前に固まる大成だが、部屋の向こうにいた人物たちがそんな大成に構うことはない。この部屋の向こう側にいた者たちは、止まることなくこの部屋に入ってきたのだった。
「……」
「……」
「えっと……」
部屋に入ってきたのは、大成たちより少し年下に見える見知らぬ少女と天使のようなデジモンだった。
少女の方はともかくとして、天使のデジモンの方には、大成も見覚えがあった。エンジェモンと呼ばれる成熟期デジモンだ。ゲーム時代に散々見た記憶がある。いろいろな意味で。
だが、大成はどうしても少女の方に心当たりがなかった。自分を訪ねてきたのだから、知り合いである可能性が高いはずなのに。
そもそも、年下の女の子の知り合いなど大成にはいない。少女の容姿は、人形のような可愛らしい容姿で、さらに金髪。金髪も染めたような不自然なものではない。
天然の髪色と染めた髪色では、違いがはっきりわかるという話を聞いたことがあった大成だが、なるほど。この少女を見るとその話にも頷ける。それほどまでに、見事な金髪だった。
だが、金髪ということは純粋な日本人である可能性は低いだろう。年下以前に、そんな外国人の知り合いは大成にはいない。
「どちらさん?」
「大成、知らないの?」
「いや……うん。知らん」
優希に尋ねられても、はっきりと知らない発言をする大成。大成は本当に目の前の少女に覚えがなかった。人間の世界でも、この世界でも。
そんな失礼な発言をされている少女は、ひたすらに黙っていた。それは、ともすれば怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えて――関係のない優希ではあるが、気まずかった。
こんなことになっているのは、大成のデリカシーの欠片もない発言が原因だ。そんな大成が少し恨めしく思えた優希である。
「……」
「……おい!優希!なんで、家に入れたんだよ!」
「大成の知り合いだって言うから。で?本当に知らないの?」
「知らねぇよ!」
気まずさのあまり、コソコソと話す大成と優希の二人だったが、客人を放っておいて内緒話とは、随分といい身分であると言うしかない。
心なしか、少女もエンジェモンも、その雰囲気が苛立ってきているようにも見える。まあ、自分たちそっちのけで内緒話を見せつけられれば、気分がいいはずもないのだが。
「ごほん!」
「あ……すみません」
「ごめん……」
やがて、失礼な態度全開の大成と、あとついでに優希に耐えられなくなったのだろう。エンジェモンがわざとらしい咳を放った。
その咳によって、自分がどれほど失礼な行いをしていたのか気づいた優希は、即座に謝る。
大成の方も、エンジェモンが何故こんな雰囲気となっているのかわからなかったが、とりあえず謝っておく。
ここでとりあえず謝った大成と本心から謝った優希。育ちというか、性格というか、人間性というか。その辺りの差が露骨に出た一場面と言えるだろう。
「俺と初対面……だよな?何の用なんだ?」
「そうだ。私は初対面だが……我が主は汝のことを知っていると言っている」
「大成、やっぱり知り合いじゃない」
「え?……覚えが……」
「私の名はエンジェモン」
「……」
「そして、我が主の御名は金剛力片成」
「ご丁寧にどうも……私は小路優希」
「俺は布津大成だ」
よくわからないが初対面ということで、自己紹介を交わした大成たち。
名前を覚えておこうと少女の名前を必死に記憶しようとしている大成だったが、名前一つ覚えるというこが事の他キツかった。大成にとって、
ともあれ。さすがに「ゴツイ名前だからもう一度言ってください」などと失礼極まりない言葉を言ってしまうほど、大成も馬鹿ではなかったらしい。だから、必死になって記憶していた。
「それで……なあ、結局何の用なんだ?」
「……」
「我が主は我々のような下賤な者と直接言葉を交わすことなど希だ」
「……じゃ、どうするんだよ?」
「我が主の言葉は私が伝えることになっている」
先ほどのことを怒っているから、エンジェモンは神経を逆撫でてくるような言葉を言うのだ、と大成たちはそう思っていたのだが、エンジェモンの様子を見ている限り、これが素の話し方であるのだろう。
そのことに直感で気づいた大成は、何とか平常の顔を保とうとして――盛大に失敗していた。
「大成、その顔直しなさい」
「え?どんな顔になってるってんだ?」
「……いつもの顔よ」
「じゃあいいじゃんか」
「わからぬ。汝のような下賤かつ下品な顔の者に何の用があって我が主は探していたのだ?」
「……酷い言い草だな!」
下賤はまだいい。いや、良くないが――それに加えて下品な
いっそ、バトルでエンジェモンをコテンパンにし、優位性というものを彼にわからせてやりたくなった大成。だが、残念ながら、スティングモンたちデジモン組は、いつものトレーニングで外出中だ。まだしばらく帰ってこないだろう。
とはいえ――。
「……あれ?探していたのだ
一瞬遅れて、聞き逃せない言葉をエンジェモンが言っていたことに、大成は気づいた。
そう。先ほどのエンジェモン言葉は疑問系である。つまり、エンジェモン自身も片成の用件は知らないということ。
それは言い換えれば、片成のみが大成への用件を知るということで――否応なしに、先ほどから沈黙を貫き、空気となっている片成に全員の視線が注がれた。
だが――。
「……我が主。このような者たちに主のお声を聞かせる必要はありません。私に仰ってくだされば、私が主の声となりましょう」
「……」
「だそうだ。汝のような下賤な者に用はないとのことだ」
「……!……!……!」
「すごい勢いで首を横に振ってんぞ……」
結局、片成が話すことはなかった。
喋ることができないのか、喋りたくないだけなのか。どちらなのかはわからないし、どんな理由があるのかはわからないが、とにかく片成が言葉を発することはなかった。
こうなると、逆に声を聞いてみたくなった大成であるが――それよりも前に、大成は気になることがあった。すなわち、エンジェモンは自分に都合の良いように片成の言葉を勘違いしているのではないか、と。
「……あのエンジェモンってデジモン……なんだかね」
「……セバスを過激にしたら、こんな感じじゃね?」
「セバスはこんなのじゃないもん!」
「……もん?」
「あっ……」
「優希ってさ、実は結構……キャラ作ってる?」
「……なんのことかしら?」
そんな、優希に湧いた疑惑はともかくとして。
エンジェモンの言葉が真実であれ、真実でなかれ、片成が話せなければ現状はどうしようもない。
会話とは、コミュニケーションの第一方法だ。本人にそれができないとなれば、どのような人物なのか、さらにどのようなことを考えているのかなど、片成についてを他人が知るのは難しくなる。
まさか、エンジェモンと似たような他人を苛立たせるような性格はしてないだろう。その雰囲気からして、なんとなくそう想像していた大成。だが、やはり本当のところは片成とコミュニケーションをとらなければわからない。
「っていうか、お前らどうやってここまで来たんだよ?」
「我が主は私以外のデジモンに怯えているようなのだ。……私以外の!」
「そこを強調すんのかよ」
「しかし、だからといって野宿をさせ続けるわけにも行かん。ゆえに……この街を訪れた」
「へぇ……まぁ、俺たちも初めはそうだったしな。途中でトラブルがあったけど」
「そして、この街に何人かの人間が滞在しているという噂を聞いたのだ。デジモンに怯える我が主のためにも……下賤とは言え人間と共にあった方がいいだろう、とな」
片成がデジモンに怯えているというのは初耳だったが、エンジェモンが言う辺りそうだったのだろう。きっと。断言することができないのは、言っているのがエンジェモンだからか。
「大成。私が聞いた噂の中にあったその名を聞いた時、我が主が何故か反応した……何故か!」
「……だから、何でそこを強調するんだよ」
「そして、昨日のことだ」
「……?昨日?」
昨日という単語に、大成と優希は嫌な予感を覚えた。というか、この家に住む者たち間では、昨日のことはすでにタブーとなっていたのだ。
「昨日、この街に糞まみれの汚物な人間が出没したと聞いてな」
「どこまで広がってるんだその噂……!」
そして、嫌な予感は現実となる。
どうやら、大成たちの想像以上に昨日のことはこの街に広まっていたらしかった。頭が痛い事実だ。大成も優希も、思わず一瞬よろめいたくらいである。まあ、咄嗟に踏ん張って、醜態を晒すことはなんとか耐えていたが。
ともあれ、気づいているのは一部だけらしく、まだその人間が大成たちと街中に特定されていないだけマシだと言える。そこだけは不幸中の幸運に思えた大成たちだった。
まあ、この街に人間などそうはいないということを、この時の大成たちは忘れていたのだが。
「我が主は聡明な方だ。おそらくその糞まみれという下品なことをする者は汝
「……ん?
「どういう意味だ!」
「ともかく!この街で聞きまわり、我々はついにこの家にたどり着いたのだ」
エンジェモンや優希にいろいろと言いたいことはあったが、それを言うよりも大成は片成を恨めしく睨んだ。
この感じでは、他人を苛立たせない性格をしているのだろう、と推測した自分はきっと間違っていたのだろう。そう思いながら、本気で自分の人を見る目を鍛えたくなった大成である。
そして、そんな大成に睨まれた片成はビクッと怯えたように肩を震わせて――。
「あっ……」
「え?」
「ちょっと……!」
「我が主!?」
逃げ出した。この家から。
そして、エンジェモンと彼女のことがなんとなく気になった優希も彼女を追って家を飛び出していく。
後に残ったのは、突然の事態に呆然とするしかない大成だけだった。
どうも。第五章の後半部分を書いていたら、存外に欝要素が入ってきて……どうしようか、と悩んでいる自分です。
どうしてこうなった……。
まあ、それはともかくとして。という訳で、第五十二話です。
第五章のレギュラーキャラの登場。エンジェモンと片成ですね。
エンジェモンはともかく、片成の方は一度登場していたりします。
さて、次回は片成の本性が遂に……!?という内容です。
それでは次回もよろしくお願いします。