【完結】デジタルモンスターA&A~紡がれる物語~   作:行方不明

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第八十八話~保護者の思い、子知らず~

「なるほど、ね。前に言ってた世界に行っていたのね……」

 

 優希はあの世界でのことを余さず話し、杏はそんな優希の話を聞き逃さないとばかりに聞き入って。優希が一通りの話を終えた時には、結構な時間が経過していた。

 すべての話が終わって、長い話を聞き終えた杏も、長い話を話し終えた優希も、お茶を飲んで一息つく。そうやって、一息つきながらも――杏は、優希を真っ直ぐ見つめたままだった。まるで、まだ何か聞きたいことがあるかのように。

 

「それで?」

「え?それでって……」

「まだ言ってないことあるでしょう?」

 

 杏の言っていいたいことは、優希にはわからなかった。

 言っていないことなどない。冗談抜きで、優希はあの世界でのすべてを話した。大成を巻き込んでしまったことも、命懸けの戦いもしたことも、いろいろな者たちの助けのおかげで生活してこられたことも。

 だというのに、杏は優希にまだ話せと言う。真面目な目で自分を見つめてきていることがわかったから、杏がそれを冗談や意地悪で言っている訳ではないことは、優希にもわかる。

 

「……え、と。えと……」

「ふぅ」

 

 杏の質問の意図がわからないからこそ、優希は黙ったままだった。

 旅人やレオルモンもそんな優希に助け舟を出そうとするが、杏に視線で黙らされる。どうやら、杏は優希本人の口で、優希本人の思ったことを聞きたいようだった。

 何を言えばいいのか。何を話すことを杏は望んでいるのか。混乱したままの優希にはそれがわからない。だが。

 

「あるでしょう?」

 

 そんな優希を諭すかのように、杏は優希に優しく話しかける。

 そうは言っても、と。そう思いながら、混乱し、時間だけが過ぎ行く現状に優希は焦って――。

 

「……?」

 

 だが、そうやって自分を見つめてくる杏の表情を見た瞬間、優希はその表情と似た表情をどこかで見たことがあった気がした。必死に記憶を掘り起こして、杏がそんな表情をしていた時のことを思い出す。

 あれは、時には冗談で済まないようなことをした孤児院の子供たちを叱る時の表情だった。

 あれは、旅人の話をすると決まってしていた表情だった。

 あれは、連絡もなく門限を遅れた子供たちの帰りを待つ時の表情だった。

 それらの時と同じような表情を、今の杏はしていて――。

 

「……あ」

 

 優希は、そこにあるものが心配という名の感情であることに気がついた。そこに気づいてしまえば、後のことは芋づる式にわかっていく。

 そう。杏は心配しているのだ。どうして心配しているのか、何について心配しているのかなど、言うまでもない。

 優希は、世間一般で言うならば、集団誘拐事件に巻き込まれたのだ。そして、杏は、優希がその集団誘拐事件に未だ関わろうとしていることに気づいた。だからこそ、心配なのだ。

 だからこそ――。

 

「何か言うことは?」

「……ごめん。杏さん。私、まだ心配かけると思う」

 

 だからこそ、杏は優希の口からそれを聞きたかった。

 杏のいるここは孤児院だ。いろいろな事情を持つ者がいて、中には杏でさえ気づかないような心の傷を抱える者もいる。杏も努力しているが、それでも杏を最後まで信用できずに、重要な部分の相談をせず、最後の手続きだけして去っていく者もいる。まあ、孤児院という場所の都合上、ある意味それは仕方のないことだ。

 それでも、杏は嫌だった。いつかの誰かのように、ここで育った者が別れも何もなく、いつの間にかいなくなるのは。だからこそ、杏は優希の気持ちと覚悟を優希自身の口で聞きたかったのである。

 まあ、そのいつかの誰かとは、今杏の目の前で、どうやってこの場を抜け出そうか四苦八苦している者なのだが。

 

「それでも、絶対帰ってくる。迷惑かもしれないけど、ここが私の家だから……」

「ふふっ。迷惑なんて思いませんよ。よく言えました」

「もう。子供扱いしないでよ……」

「私にとってはまだまだ子供ですよ。優希も、セバスも……往生際の悪い家出少年もね?」

「……ぬぅ。敵いませぬな」

「はは。何のことやら」

 

 さまざまな事情がある多くの子供たちの集まる孤児院で働いているだけある。優しい中にも、どこか大きな何かがある気がして、さすがの貫禄を優希たちは感じたのだった。

 

「さっ。他の子たちも優希たちのことが気になっているでしょうし、話は今度にしましょうか。今すぐいなくなるようなことがあるわけじゃないんでしょう?」

「まあ、ね」

「ならよし!でも、ちゃんと言ってね?どこぞの家出少年くんのように、急にいなくなることだけはしないって約束して」

「うん。約束する」

「心配されるな杏殿!このセバスがついてますのでな!」

「ふふっ。頼んだわよ?」

 

 何でもお見通しのような感じで、自分たちを見守っているという感じ。そんな杏の雰囲気を前にして、優希は大人というものを感じていた。

 一応、この中では旅人も大人と言える歳ではある。が、この杏を見てしまえば、旅人で大人と言えるのはあくまで歳だけにしか思えない。杏と旅人が同じ空間にいて、二人を見比べた優希。そんな優希は思うのだった。年齢を重ねれば大人になれるわけではないのだな、と。他ならぬ旅人を見て。

 

「じゃ、優希とセバスは子供たちをよろしくね?」

「え?杏さんは……?」

「私はほら。お説教」

 

 そう言った杏の含みのある笑顔を見て、優希とレオルモンは事情を察した。ついでに、この場で約一名、大人のような子供がびくりと肩を震わせてもいた。

 

「わかった。旅人自業自得だから」

「ですな。搾られるべきですぞ」

 

 ある意味で残酷な真実を旅人に告げて、優希とレオルモンの二人はこの部屋を出ていく。

 そうして、この部屋に残ったのは、旅人の持つアナザーの中にいる二人を除けば、旅人と杏の二人だけとなった。

 

「で、家出少年くん。私が何が言いたいかわかる?」

「……怒ってるんだろ?勝手にいなくなったからな」

「それは当然。でも、それは私の言ったことの答えじゃないよね?」

「……?」

「はぁ。これじゃ、優希の方がよっぽど大人ね」

「一応、オレの方が年上なんだけど?」

「そういうことじゃないわね」

 

 杏は静かに旅人を見つめて、旅人の言葉を待っている。

 だが、そんな杏の願いに反して、旅人は杏と会話したがっていないようだった。杏から目を逸らして、明後日の方向を向いている。それは、怒られると思っているからか、それとも黙って家出したという罪悪感ゆえか。どちらにせよ、そんな旅人はまるで怒れる母親の前で怯える幼子のよう。

 

「……はぁ」

 

 そんな旅人の姿に、杏は溜息を吐くしかなかった。これでは何も変わっていないではないか、と。

 杏としても、十数年前にこの孤児院を飛び出していった旅人と再会できたことは嬉しい。いなくなった時の旅人の年齢を考え、優希から聞いた旅人の今の生活を考えれば、最悪この世で再会できない可能性もあったのだから。

 再会した旅人が昔とほぼ変わらないというのも、杏はかつてを思い出せて懐かしく思える、が。

 

「本当に旅人なのね……」

「……?今更だな?」

 

 だが、何も変わっていないというのは、それはそれで見ていて辛いものがある。何も変わっていないということは、成長していないということ。いや、家出当時よりは少しくらい成長しているのだろうが、杏には未だ旅人が子供の様に見えて仕方がなかった。

 杏は、孤児院の者たちを自分の子供のように思っていて、そこにはもちろん旅人も含まれている。杏には、子供たちの成長は我がことのように嬉しく思える。

 

「変わらないって思って。昔ここにいた時と」

「そりゃ、そう簡単に人は変わらないだろ」

「そういうことを言ってるんじゃないんだけれど」

 

 そして、だからこそ、杏は旅人との再会を嬉しく思えても、変わらないように見える今の旅人の姿には複雑な思いを抱いてしまったのである。

 

「ま、家出少年くんの近況は時々優希から聞いてたけどね」

「やっぱり優希が……!」

「優希は何も悪くないでしょ。悪いのは家出少年くんただ一人」

「ぐっ……!」

「ま、いいわ。一つだけ聞かせてくれるかな?」

 

 あれ、と。旅人は内心で首をかしげた。

 旅人は、もっといろいろとあると思ったのだ。小姑のようにぐちぐちと怒られることも内心では覚悟していたのである。だが、ふたを開けてみれば、杏は先ほどのよくわからないことを言ったことだけ。どのような形にせよ、怒られることを覚悟していた旅人にとっては、こんな杏は拍子抜けだった。

 

「で、何を聞きたいんだ?」

 

 優希の時のように、ここを出てからの日々でも聞いてくるのだろうか、と。旅人は杏の聞いてくる質問に当たりをつける。が、直後、杏が旅人に聞いてきたのは、そんな旅人の当てから大きく外れたものだった。

 

「今、生きていて楽しい?」

「……!」

 

 自分の当てから大きく外れたその質問に、旅人は驚いた――が、その答えは即答できるものだった。

 いろいろと面倒なことはある。それでも、好きなことをして生きている。そうやって生きてきて出会った者たちがいて、共に生きていく者たちもいる。ここまで揃っていて、これ以外の答えを出すことの方が、旅人には難しかった。

 だからこそ、旅人は杏に言う。胸を張って自信を持ち、そして杏の()()()()()()()()()

 

「もちろん」

「そっ。じゃ、最後に一つだけ。いつでも帰ってきてもいいからね。もちろん、その時は相応に働いてもらうけど」

「……じゃ、たぶんないな。働くの好きじゃないし」

「ニートの言いぐさね。まったく旅人を面倒見る子たちがかわいそう」

「どういう意味だよ!?」

「そういう意味よ。いろいろと困った子だけど、よろしくね」

 

 アナザーの中にいるドルモンたちに気づいているのか、杏は旅人ではない誰かにそう言いながら、頭を下げて――そんな杏の姿を、旅人は黙って見ていた。

 

「さっ……それじゃ、私はまだいろいろとすることがあるから。優希たちのところにいなさい。もう逃げようとも思わないでしょう?」

「……ああ」

「それじゃ、また後でね」

 

 そう言った杏はこの部屋を出て行く。

 そして、その時の杏の表情を見てしまったからこそ、最後に部屋に残った旅人は、この場で立ち尽くすことしかできなかった。

 

――おい――

「なんだよ?」

――良い人だよね~杏さん――

「そうだな」

――目。潤んでたぞ。あんまり心配かけさせんなよ――

「……そうだな」

 

 一連のすべてをアナザーの中から見ていたドルモンたちが、旅人に好き勝手言う。旅人としても、そんな彼らの言いたいことは痛いほどわかっていた。

 旅人はわかったのだ。今まで自分が見ていた杏は、杏という人物のほんの一面でしかなかったことに。いや、一面さえ見れていたかも怪しいか。旅人は、自分という眼鏡でしか杏を見ていなかったのだから。

 

「本当に子供だな。オレ……はぁ」

 

 落ち込み始めた旅人を気遣ったのか、それとも相手するのを面倒だと思ったのか、はたまたかける言葉を探しているのか。

 唐突に黙ったドルモンたちに気づいた旅人。そんな旅人は落ち込みながらも、最近めっきり聞こえなくなったあのごちゃごちゃした声のことを思い出したのだった。

 そして、そんな旅人たちの一方で――。

 

「セバスー!プロレスごっこしよーぜー!」

「ごっこー!」

「ぬっ!ま、プロレスは一対一でやるものですぞ……!」

「わーい!」

 

 優希たちは、孤児院の子供たちと遊んでいた。まあ、主に遊んでいるのはレオルモンとこの孤児院の男の子たちであるが。

 今、レオルモンが体感しているのは、プロレスごっこという名の子供たち特有の遊び。レオルモンがこれを体験するのは初めてではないが、レオルモン自身はこの遊びが嫌いだった。

 何せ、子供たちは手加減というものを知らない。足を引っ張られ、尻尾を引っ張られ、髭を引っ張られる。なまじレオルモンからは手を出せないからこそ、手加減知らずの子供たちの攻撃は、痛いだけだった。

 

「ぬぉおおおおお!」

 

 そして、今日もレオルモンは自分の体が引き裂かれそうになっている。

 そんなレオルモンの一方で、優希はというと――。

 

――レオルモンの悲鳴が聞こえたが、大丈夫かね?――

「あんまり大丈夫じゃないかも」

――やれやれ。あまり明日に響かないようにしてくれたまえよ?――

 

 優希はアナザーを使ってウィザーモンと話していた。先ほど、明日からの調査に関することで、ウィザーモンの方から優希に連絡を取ってきたのである。

 

――とりあえず、実動部隊は君と大成だ――

「実動って……何をするの?」

――何。あのげーむの中で、思いっきり暴れてくればいいだけの話だ――

「暴れてって……」

――なるべく派手にな。一応、僕の方でも君たちを捕捉し、何かあったらすぐに連絡をとれるようにしておく。君たちは、ただとにかく目立ってくれればいい――

「それって、陽動って言わない?」

――ふむ。そうとも言うな。しかし、君たちの方でも何かつかめるかも知れない。自分たちの領域で好き勝手している者がいれば、誰だって動くだろう?――

 

 ウィザーモンの話を聞きながら、優希は自分たちのやるべきことを整理していく。ただ、優希にはあのゲームの中で、どうすれば目立つことことになるのかがわからなかったのだが。

 ともすれば、今日中に目立つ方法を考えておく必要があるだろう。そして、あのゲームに詳しいのは大成だ。だからこそ、優希は後で大成に連絡を取ることを決めた。

 

「旅人たちは?」

――旅人たちは僕の護衛だ。少し危ないところに入る――

「大丈夫なの?」

――大丈夫だろう。手段さえ選ばなければどうとでもなるはずだ――

「その一言、すごく心配なんだけど」

――心配する必要はない。あと、これらのことは大成の方にはもう伝えた。あとは旅人だけだ――

「じゃあ、旅人に伝えとく?」

――ふむ。頼んだ。最後に聞きたいことはあるかね?――

 

 ともあれ、これで概要は終わりらしい。最後に、質問があるかどうかを聞いてきたウィザーモン。そんな彼に、優希は細かい部分の気になったいろいろなことを聞くのだが――。

 

「もし私たちの方に何かあったら?」

――その辺りは臨機応変だ――

「作戦開始時刻は?」

――その辺りも臨機応変だ――

「……どのくらい目立てばいいの?」

――とにかく目立て――

 

 それらに対してのウィザーモンの返答は、どれも投げやりだった。というか、優希にはアナザー越しに聞こえてくるウィザーモンの声が、どこか面倒くさそうにさえ感じられる。

 機嫌が悪いのだろうか、と。そんなことを優希は内心で考えて、彼と別れた時のことを思い出した優希は、その一瞬後に答えにたどり着いた。

 あの時、ウィザーモンはウキウキとした様子で去って行った。まるで、クリスマスのプレゼントを開け様としている子供のように。きっと、その状態は今も収まっていないだろう。

 となれば、今のウィザーモンはその気持ちを我慢してまで優希たちに連絡をしてきていたということになる。つまり――。

 

「引き留めて悪かったわね」

――もういいかね?切るぞ?いいな?――

「え、って切れた」

 

 つまり、さっさと自分の好奇心を満たす作業に戻りたかったのだ。ウィザーモンは。

 肯定する前に通信が切れたアナザーを前にして、ウィザーモンの姿を思い浮かべた優希は、苦笑する。そして、そのまま明日のことを告げるために、旅人のところへと向かったのだった。

 




というわけで、第八十八話。
これでようやく第七章の前座が終わりましたね。
次回からは、いよいよ調査が始まります。
まずは大成たちですね。

それでは次回もよろしくお願いします。
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