俺は勇者だけど、狂った美人パーティーから逃げたい。…けど、彼女たちは俺を逃がしてくれない   作:銀層

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第3話

ようやく、街にたどり着いた。

 今回は“封印の陣”を使用しないで済んだのは、正直助かった。

 あれは確かに有効な手段だが、精神的な消耗がすさまじい。三人の欲望を同時に制御するのは、魔王を相手にするより骨が折れる。

 

 この街は、他の町とは少し雰囲気が違った。

 まず目につくのは、男性が経営している店の多さだ。飲食店に雑貨屋、さらにはエステや喫茶店までも。

 しかもそのどれもが、男が中心となってサービスをしている。

 

 ――いや、これはもうホスト街だ。

 客引きの声も、どこか甘く、女たちの視線を惹きつけることに全力を注いでいる。

 通りを歩けば、女たちはふわふわした笑顔を浮かべ、店に吸い込まれていく。

 

街の様子をひと通り見て、俺はあらためて思う。

 

 ――ここはやっぱり、貞操逆転の世界なんだ、と。

 

 男が媚び、女が選ぶ。そんな構図が、あらゆる場所で自然に成立している。

 通りを歩くだけで、男たちは柔らかな笑みを浮かべ、女性たちに声をかけ、上目遣いで話しかけている。

 それを受ける女性たちは、飽きることなく彼らを品定めし、気分次第で抱きしめたり、からかったりしている。

 

 俺は一人、酒場の隅で安酒を舐めていた。

 たまには、あいつらから離れて静かに飲みたい……という思いがあった。

 幸いこの街は男の店主が多く、こういう場所では比較的落ち着いて過ごせる。

 

 しかし、その静けさは長く続かなかった。男が話しかけてきた。

 

 

「……あんた、女を連れてる冒険者だろう?」

 

「……そうですが?」

 

「この街から、去った方がいいぜ」

 

 唐突な忠告に眉をひそめた俺は、グラスを置きながら訊ねた。

 

「……すみませんが、理由を教えてもらっていいですか?」

 

 男は周囲を見回してから、声を潜めた。

 

「……この街の片隅に、古いダンジョンがある。ほとんど誰も近寄らねぇ、忘れられた場所だ。

 だが、そこには《束縛の首輪》っていうレアアイテムが眠ってるらしい」

 

「束縛の……首輪?」

 

「ああ。効果はわからねぇが……女どもがそれを手に入れたらどうなるか、想像できるか?」

 

 男の目が真剣そのものだった。

 

「この街はまだ“マシ”な方だ。だが、その首輪は……何か“やばい力”を持ってるらしい。

 誰が持つか、どう使うか、それ次第で男の人生は大きく変わっちまう……下手すりゃ、終わるぜ」

 

 俺は無意識に首元を押さえた。

 

 束縛の首輪――女たちの手に渡ったら?

 ……いや、フランやメルヴィナの顔が、脳裏をよぎった時点で、答えは出ていた。

 

 ――この情報、絶対に知られちゃいけない。

 

「ありがとうございます!!」

 

 思わず立ち上がりそうになった俺に、男は苦笑しながら手を振った。

 

「でも、安心しな。このダンジョンは今まで一度も攻略されたことがねぇ。

 ダンジョンの難易度が高く、そっぽを向くような場所だからな」

「ただな、アンタのルックスが……まあ、正直、目立つ。

 それに連れてる女たちも、ちょっと常識の外にいそうな“優秀”な連中に見えたからな。

 だからこれは――あくまでも“保険”で声を掛けただけさ」

 

束縛の首輪。それは、ただのアイテムじゃない。この世界で、男にとっては命よりも危険な「支配」の象徴かもしれない。

 

明日。朝になった瞬間にこの街を出よう。

できる限り、何もなかったかのように。あのダンジョンの存在すら知らなかったフリで。

奴らがその“束縛の首輪”なんて物に興味を持つ前に、絶対に……!

 

そんな不安を抱えながら、朝になってしまった。

 

「ご主人様? 何か隠してる?」

「焦ってる臭いがすごいよ」

 フランは心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 だがその耳がピクリと動き、尻尾も微妙に膨らんでいるのが見えた。

 

 獣の勘が働いてる……マジでやばいって!?

 焦りすぎて、汗の匂いでも嗅ぎ取られたか?

 とにかく今は、なんとしてでも話題をそらさなければ!

 

「そ、そんなことないぞ! は、早くモンスターを倒しに行こうぜ? 討伐依頼も来てるしな!」

 

「……この味は……ウソをついてる『味』ですね、ご主人様♡」

 

 いつの間にか、フランが俺の横に立っていた。

 次の瞬間――ぺろり。

 

「!?」

 

 気づけば、俺の頬を舌で舐めとられていた。

 

「うわ!? な、なにしてんだよ!?」

 

「……やっぱり、嘘の味です」

 フランはうっとりとしながら、指先で唇を拭う。

 その目は理性と狂気のちょうど境目を漂っていた。

 

 まずい。この空気――完全に追い詰められてる。

 

「どうせ、束縛の首輪のことでしょう?」

 セラが、口元を隠すようにしながらも明らかににやにやと笑っている。

 その視線には、すでに核心を突いた確信と、楽しげな悪戯心が混ざっていた。

 

「ど、どうしてそれを知ってる……!?」

 

 思わず声が裏返った。

 まさか――まさか、もう情報が漏れてるなんて!

 

「昨日の夜よ」

 セラは肩をすくめて、さらりと言う。

 

俺が隠してるのを、楽しんでたってことかよ!?

 なにそれこわい。いや、マジでサディストすぎるだろこの女……!

 俺が一人で「ああもうどうしよう、どうやってバレずに逃げよう」って頭抱えてる間、

 セラはその横で**「ふふ、ご主人様ったら♡」**みたいな顔して内心でニヤニヤしてたわけ?

 やめてくれよ……! そういうの、精神にくるって!

 焦れば焦るほど美味しいって顔してたとか、完全に悪魔じゃねーか。

 こっちは命がけで隠してたんですけど!? 

 

「ちょっと“お店”に行ったの。情報収集の一環として、ね」

「そう、男がもてなすスタイルの、ああいうお店」

「そこで話してくれたのよ。ベッドの上で、甘く震える声で……あの子、最後まで秘密を守ろうとしてたけど、我慢してる姿って、すごくそそるじゃない?」

 

 その笑みは、まさにサディストのそれだった。

 ゾクッと背中を嫌な汗が伝っていく。

 

 ちょ、待てよ。これ、やばいやつじゃん?

 クソったれ……やっぱり逃げ切れないのか俺……!

 

 ていうか、SMプレイで情報引き出すってなに!?

 それ、ただの趣味かと思ったら情報収集スキルも兼ねてるの!?

 実質チートだろそれ! エロとスパイ活動の融合ってどういうことだよ!?

 

「ふふ、勇者様。私、正直者って好きよ。でも――追い詰められて嘘をつく人の顔は、もっと好き」

 

 ああ、これが地獄の始まりかもしれない。

 このままじゃ、俺の平穏は……またしても、遠ざかっていく。

 

「ちょ、待てよ!」

「ここのダンジョン、誰も攻略できてないって聞いたぜ!? 常識的に考えて無理だろ!」

俺は思わず声を上げた。

 

 

「勇者様、安心してください」

「私・メルヴィナは魔力だけでしたら、魔王クラスですよ?」

セラが耳元でささやいてきた。

 

 やめろ、ASMRか!

 しかもジャンルが「脅威」カテゴリのやつ!癒しゼロ!むしろストレス上昇中!

 

 ていうか、なんだよこの裏でニヤニヤしてたのバレてますけど?みたいなテンションは!?

 俺が驚く顔を見るの、絶対楽しんでるよな!?

 

「いやいやいやいや、お前たちの魔力量は確かに人間の中じゃ最強クラスだけどさ……さすがに魔王レベルは盛りすぎだろ!?」

 

「ふふふ……それは、普段は魔力を抑えて暮らしてるからですよ」

 

 俺の焦り散らかした様子を、セラはまるで猫がネズミでも眺めるように見つめていた。いや、違うな――ハートマークが浮かんだ目で見つめてくる時点で、完全に捕食者の目だこれ。

 

 嬉しそうに見つめるな!

 俺の焦り、そんなに美味しいですか!?

 

 「あなたみたいなお馬鹿さんをだますためですよ。逃げ切れると、希望を持たせるのも……ぞくぞくするのよ……」

 耳元で囁かれるその声は、ねっとりと湿度が高くて、じっとりしてた。ぞわぞわが止まらない。

 

欺かれてたの、俺じゃん!!

いつも平和そうな顔して、裏では魔力タンクだったとか……こっちの精神のライフが先に尽きるわ!

 

「ほら…もっともっと。焦りなさい……私は、ただのヒーラーじゃないから……」

やばい、いつもの寸止めヒールじゃない。これ、“ガチの追い込み”モードだ……!

 

「ご主人様、安心してください。フランも強いですから♪」

 

 ……それは知ってる。

 一晩で森を更地にした、脳筋パワー系女子だぞ?

もはや筋肉が物理法則を裏切ってる。

 安心どころか、むしろお前が“ラスボス側”に回ったときが一番怖いんだが!? 

 

「情けないですね……こんな弱い生き物に攻められるって、最高じゃないですか!?♡」

 

 メルヴィナの目は完全にトロントロンだった。

 もはや理性のブレーキがぶっ壊れて、アクセルしか踏んでない。

 

 しかも今、何かを妄想して顔が赤くなってるんですけど!?

 おい、俺が何かしたか? してないよな!? してないよな!?

 

 ……ああ、こいつの脳内ではもう俺が主導権握って攻めてることになってるわ……。

 攻守逆転どころか、妄想の中で勝手に物語が完結しつつある。

 

 この女、妄想力がチート級すぎるんだよ。

 魔力じゃなくて、こっちの才能を封印してくれマジで。

 

~~~

 

ダンジョンへと向かった。

しかし、思ったのと違う。

 

 けれど、目の前にあるのは――

 「ようこそ♡束縛LOVE迷宮(アビス・ラウンジ)へ」

 ピンク色のネオンサインが、バチバチと不穏に瞬いていた。

 

 なにこれ!? 遊園地!? ホストクラブ!? 

 しかも入口、ハート型のゲートなんだけど!?!?!?!?

 

 巨大な回転式ドアの脇には、**「本日の推しホストランキング♡」と書かれた立て看板。

 

 

「勇者様。ご安心ください。外装は低級の錯覚魔法です。これは恐らく――精神系の誘導トラップですね」

 

 セラが、何食わぬ顔で解説を始めた。

 けれどその目は明らかに「少しだけワクワクしてる」。

 なんでテンション上がってるの!? 落ち着いてよ!?!?

 

「もし精神攻撃が強ければ、こちらの“寸止めヒール”で正気を保たせてあげますから♡」

「……もしかして、楽しんでる?」

「ええ、まあ……地獄の入口って感じ、嫌いじゃないです」

 

 いやいやいや、ヒーラーってもっとこう、“慈愛の存在”じゃないの!?

 なんでホラーダンジョン前でテンション上がってんの!? 誰が一番狂ってるのか分からん!

 

「セラ、私の素振りだったらこの建物を破壊できるけど、どうする?」

 

 ……唐突にフランがとんでもないことを言い出した。

 でかい剣を軽々と肩に担いで、首をかしげている。

 いや、それ軽い振りで大地割るレベルの筋力だから!

 

「さすがにダメよ。町を破壊したら、弁償金とか発生するし、お目当ての《束縛の首輪》が壊れてしまうわ」

 

 ――なんでそこは冷静なんだよ!?

 「ぶっ壊すかどうか」の二択になってるのがまずおかしいんだよ!?

 “入る”か“壊す”かで迷うって何!?!? 選択肢が【突入】か【消滅】なの!??

 

こいつらがダンジョンよりダンジョンしてる!!!!!!

 

頼むから、入る前から全員“魔王側の顔”すんな!!

俺はただ、宝を取って、静かに帰りたいだけなのに……!

 

 ピンクのゲートは、まるで口を開けた怪物のように、俺たちを飲み込もうとしていた。

 

 そして、そのゲートの上には――

 

 《ようこそ、癒され、愛され、壊される場所へ♡》

 

 ……そんな地獄のようなキャッチコピーが、控えめに明滅していた。

 

(……帰りたい)

 

ただ、帰ったら、束縛の首輪を取られてしまう。

誰よりも早く見つけ出して、誰にも使わせないように回収するしかない。

 

~~~

 

俺たちがダンジョンに入った瞬間。

 

「やばっ……! これは――幻術――」

 

 俺がそう気づくより早く、隣から**ドサッ……ドサッ……ズドンッ(フランは重い)**と音がした。

 

 振り返ると――

フラン、セラ、メルヴィナ。全員、気絶して倒れていた。

 

「うわぁぁぁあ!?!?」

 

俺、完全孤立。しかも戦闘不能状態で三人全滅。

パーティーの主戦力・ヒーラー・火力が、一瞬で落ちた。

ちょっ、ちょっと待って!? こいつらが寝たら俺マジで詰みなんだけど!?

 

どうする!? 今すぐ脱出!? でもこいつらは!? 

いや、無理だろ、こんなモンスターだらけのダンジョン内で――

 

 混乱する思考の中、どこからか――

 まるで耳元で語りかけるような、優しげな声が響いてきた。

 

「――勇者様、逃げてください」

 

 ふと、視線を感じて振り返ると、そこにいたのは――

 朧げに透けた“男の幽霊”だった。

 

 上質なスーツ姿に、ホスト然とした微笑み。

 けれどその目は、どこか諦めに染まっていた。

 

「……誰だ、お前は」

 

「我々は、このダンジョンで“束縛され、愛され、壊された”男たちの成れの果てです」

「もはや魂すら自由ではありません。ここで、女たちの“理想のホスト”を演じるためだけに存在している――哀れな亡霊です」

 

 ……うわ、めっちゃ怖い話してる。でも、このダンジョンが攻略されなかった理由もこの街に男性が多い理由も何となくわかる。

 

「弱気男性として当然の権利です。逃げてください」

「戦う義務も、守る義務もありません。あなたは、選ばれただけの犠牲者なんです」

 

「……待ってくれ」

 俺は咄嗟に言葉を挟んだ。

 

「こいつら――色々とヤバいし、変態だし、しょっちゅう俺を押し倒すし、寸止めするし、妄想で暴走するけど」

「でも……仲間だ」

俺は胸に手を当てて、力強く話す。まさか、こんなことを発言してしまうとは思わなかった。

 

「仲間たちは、どうなる?」

思わず、声がかすれた。自然と息を潜め、俺は――固唾を呑んでしまっていた。

 

「幻術に囚われた者は、時間と共に魂を吸われていきます」

「眠るように、苦しみなく――けれど確実に、命を失っていく」

「このダンジョンの“維持費”は、魂でできているんですから」

淡々とした口調で、幽霊は続けた。

 

「なら……ダメだな」

 俺は、そっと目を閉じる。

 

「ただ気絶してるだけなら、正直逃げるつもりだった」

本音だった。

 

巻き込まれるのは御免だし、こいつらの暴走に毎日振り回されて、正直いっぱいいっぱいだった。

でも――

 

「命を吸われて死ぬなら、話は別だ」

「だったら……こいつらと一緒に、出てやる」

 

 

 誰もいない静かなダンジョンの中で、俺は宣言した。

 誰に向けたわけでもない、ただの意地だった。

 

「勇者様、死んでください」

 

ゾクリと背筋をなぞるような声。

 

次の瞬間、脳が焼けるような衝撃。死に強制的に意識が引きずり込まれる。重力が三倍になったかのように、全身が重く、目の奥が割れるように痛む。

そのまま、意識が――落ちていく。

 

(やばい……これは……幻術と現実の中間だ……)

 

 視界が滲む。思考が遅くなる。心音が遠くなる。

 俺は――気を失おうとしていた。

 

 ――しかし、その時。

 

 ぴりり、と神経の先端をくすぐられるような感覚。

 意識を半分だけ目覚めされており、意識を冷ますことを寸止めされている。

 

(寸止めか……?)

 

 そうだ。知っている。何度も繰り返された、いじめられた感覚。

 もう嫌というほど、毎晩のように味わわされて――

 

 でも、今だけは、なぜか、安らいでいた。

 

闇の中、誰かの声が微かに響いた。

 

「勇者様……♡」

「いじめていいのは……私だけです♡」

 

 甘くとろけるような囁き。

 けれど、その声の奥には、他人に触れさせたくないという、濃密な独占欲が滲んでいた。

 セラだ。

 

 あの冷静で静かなヒーラーが、寸止めの快感を誰かに奪われる可能性だけで――

 声を震わせている。

 言葉の端に、嫉妬と興奮が混じっていた。

 

 ――こんな時でも、寸止めかよ……。

 

 そして、別の声が被さってくる。

 

「気絶プレイ……ほんとは、私が先に味わいたかったのに……」

「勇者様が死んでしまったら――いじめられなくなるじゃないですか……」

 

低く、熱に浮かされたような声だった。ゆっくりと、耳の奥をくすぐるように響いてくる。

 

「……魔力耐性のある私たちは、無事みたいね」

 ふらふらと揺れる身体で、セラが呟いた。

 

「私はこのイケメンの幽霊さんに……もっと強い幻術魔法かけられたいな♡♡」

「こんなに“幻術しかかけきれない”幽霊に……ボロボロにされるって……ふふっ、最高……♡」

メルヴィナは目がトロ~ンとしながら、頬が紅潮している。

 

 ダメだ、これ完全にキてる。

 そもそも“かけきれない”って何なんだ。幻術しかできない幽霊にボロボロにされるのが最高ってどういう意味だよ。

 なんでそんなに嬉しそうなんだよ。

 

 でも――なんだろうな、この感じ。

 

 発言は完全に狂ってる。

 正気のセリフとは思えないし、内容をよく考えると本気で心配になる。

 

 けど、それでも。”いつものメルヴィナ”だった。

 

 それが、なぜだか――ほっととしてしまうほど安心する。

 

「ご主人様、すみません。倒れてしまって……戦士として、失格ですね」

「このような幻術も、筋肉で解決できてしまうんですよ」

低く、かすれた声だった。

 

振り向くと、フランが四つん這いのまま、ようやく体を起こしかけていた。顔は汗だらけ、耳もへし折れたままぴくぴく動いている。

 

普段ならしっぽをブンブン振っているところだが、今はぴくりとも動かない。

 

「本当は……私が脳筋ってこと、隠していたんですが……」

「ばらしてしまっていました……秘密を漏らしてしまうなんて……筋トレ不足ですね……」

 

 目はうるうるしていて、どこかしょんぼりしてるのに、言ってることは完全にズレてる。

 

知ってた!! そんなの、出会って1秒で分かってた。

 

体は限界なのに、口は全力で“忠犬モード”全開になっており虚勢を張っている。

このような忠犬モードは、拒んでいた。

これも、なぜか安心してしまっている。

 

 

「私たちの秘術は……長年、女に苦しめられてきた想いの積み重ね」

 

 幽霊の一人が、にじむような輪郭でこちらを睨みつけていた。

 かつては生きていた、血の通った“男”だったのだろう。

 けれど今は、恨みと執着だけを繰り返す、ただの“呪縛”だ。

 

「そんな強い呪いが……たったこれしきで解けるなんて……ありえない……!」

声には、確かな焦りがあった。

 

 セラが、静かに手を掲げた。

 

 指先に灯る、白く輝く魔法陣。

 

 

 「光よ、全ての呪縛を洗い流して」

 

  淡々とした詠唱とともに、セラが光の浄化魔法を発動した。

 

 白銀の光が、幽霊たちの輪郭を焼き尽くすように駆け抜ける。

 悲鳴もなく、抗う暇もなく――

 幽霊たちは、その場で一瞬にして塵と化した。

 

 

「……これだけのイケメンを、一発で倒してしまうなんて。もったいないわね」

 

 セラがため息交じりに、名残惜しそうに呟いた。 その表情はいつも通り、どこか飄々としている。

 でも――その目の奥に、微かに怒りの火が見えた気がした。

 

 寸止めの達人とも言えるあのセラが、“一撃で”処理した。

 ――いつもなら、“壊す寸前”で止めていたはずなのに。

 

 今日は、それがなかった。それだけ、余裕がなかったのだろう。

 

魔王レベルとまで言われる、常軌を逸した魔力量を持つセラ。

そんな彼女をここまで追い詰めたという事実が――何より男たちの執念、この異常さを物語っている。

 

(……やっぱり、みんな……たまってるんだな)

 

 思わず、そんな言葉が浮かんだ。

 

 この世界において、男であるということが、どれほど脆く、搾取されやすい立場なのか。

 “英雄”でさえ、いとも簡単に崩されてきたという現実。

 

 

(……ようやく、終わったか……)

 

幽霊たちは消滅し、ヒロインたちも目を覚まし、

狂った会話も交わし終えたところで――俺はようやく、肩の力を抜いた。

 

魔力切れ寸前。精神限界。

頼むから、少しくらい……せめて一分くらい、平穏でいてくれ。

これは消してフラグじゃないからね。

 

 そう思った、その瞬間だった。

 

 

 

 ――っ!? わっ!?

 

 視界がぐるりと反転した。

 

 腰をぐいっと掴まれ、次の瞬間には地面から浮かび上がっていた。

 あれ? 俺、今、フワッとした? 落ち着くどころか飛んでない?

 

 気がつけば、フランの腕の中だった。

 そのまま、猛スピードで後方に跳躍。

 

 石畳を弾みながら、フランが俺を抱えたまま戦闘体勢を取っていた。

 

(ちょ、ちょっと待て!?)

(え? 今、落ち着こうとしてたんだけど!?)

(急展開やめようって思ってたばっかりなんだけど!?!?)

(っていうかお前らも全員ぼろぼろだろ!?!?!?)

(これはフラグじゃないって明確に言ったはずなんだけど!?!?!?)

 

 混乱する脳内をよそに、前方――

 ダンジョンの出入り口に立っていたのは、一人の女だった。

 

 

「……どうやら、“こいつ”を奴隷にできなかったようね」

 

 声は甘く、けれど冷たかった。

 艶やかで、妙に息の混じったトーン。

 それでいて、明確な“支配”の意志を含んでいた。

 

 露出高めの軽装。黒革のハーネスに、ぴったり張りつくレザーのホットパンツ。

 腰のラインが異常なまでに攻撃的で、豊かな胸元が意図的に強調されていた。

 

 その顔に浮かぶのは、勝ち気な笑み。

 けれど、目の奥にあるのは――ただの悪戯じゃない。

 「さすがね……魔王軍幹部、ヴェル=サリエルってところかしら」

 

 セラが苦笑いを浮かべながらも、警戒の色を緩めずに言った。

 その額には薄く汗が浮かび、声もやや息が混じっている。

 

「気配の消し方がすごかったです」

「恐ろしく早い束縛……私でなきゃ見逃しちゃいますね……」

 

 それ、某暗殺者のセリフみたいに言うなよ。ていうか――

 

「……ちょっと待って!? 束縛ってなんだよ!!?」

 

 俺の声が裏返る。

 束縛って、あの――地獄の寸止め系アイテムのことだよな?

 その名前を聞くだけで、いろんなトラウマがよみがえるんだけど。

 

「たぶん……サリエルは、私たちがドタバタしてる間に――《束縛の首輪》を入手していたみたいです」

 

「くっそぉ!! 俺たちが幻術と怨霊と脳筋の妄言と寸止めと戦ってる間に!!」

 

 叫びながらも、冷静に脳内で整理してみる。

 

(でもまあ……こいつらに渡ってないだけマシか……)

 

(いや、違うな。魔王軍幹部に渡ったって、結局ろくでもないじゃねぇか!!)

 

「汚い! さすが魔王軍幹部、汚い!!ってところか!!」

 

 叫んだ瞬間、背後から突如として声が割り込む。

 

「そのフレーズいい♡♡ 私にもお願い♡♡ “汚い”ってもっと強く言って♡♡♡」

 メルヴィナが、恍惚とした顔でこちらにダイブしてきた。

 

 何がどうなってるのか分からない状況に、さらなる混沌を注ぎ込んできやがった。

 

 

 

「お前は黙ってろ!! 訳が分からない状況に!! カオスさを混ぜるな!!!」

 

 こっちは今、束縛の首輪が敵の手に渡ったっていう緊急事態なんだよ!?

 状況を“やばくてカオスな方向”に持っていくんじゃない!!

 

「……な、何、この変態!?!」

 明らかに震え混じりの声で、サリエルが叫んだ。その目は笑っているのに、頬が引きつり、全身に緊張が走っているのが分かる。

 

「魔力が……高まってきている……」

「これは……魔王クラス……!?」

 

サリエルは、目の前の存在――

 メルヴィナを見て、あからさまに恐怖していた。

 おそらく、魔力的な意味でも、性癖的な意味でも。

 

「しょうがないわね……」

 サリエルは小さくため息をつくと、腰のポーチから何かを取り出す素振りを見せ――

 

「今日はここで……おさらばよ」

 その一言を最後に、風のように、ふっと姿を消した。

 一瞬だった。残ったのは、薔薇のような香りと、胸をざわつかせる不安だけ。

 

 ――魔王軍幹部、ヴェル=サリエル。

 何者なのか、正体はまだ分からない。

 けれど、ただ一つ、はっきりしている。

 あの女の手に、束縛の首輪が渡ってしまった。

 

(……油断せずにいこう)

 

 俺は小さく息を吐き、疲れた体を支え直す。

 

 地獄は終わってない。

 むしろ、ここからが――本当の地獄の始まりかもしれなかった。

 

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