俺は勇者だけど、狂った美人パーティーから逃げたい。…けど、彼女たちは俺を逃がしてくれない   作:銀層

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第7話

頭がぐるぐるしている。

 時間が巻き戻ったはずなのに、俺のステータスは巻き戻っていない。

 

 でも仲間たちの記憶も、時間も、クリディアンも、全部“元通り”。

 ただ一つだけ違うのは――

 

(俺だけが異物なんだ……)

 

 そんなぐちゃぐちゃな思考のまま、俺はまたあのスキル屋を訪ねた。

 

「おう、兄ちゃん! また来たのか!」

 

 例の気さくなスキル屋。

 前と変わらず、ボロい店のカウンターに肘をついて、にやにやしている。

 

「……タイムループ系のスキル、置いてないか?」

 

「おいおい、いきなり物騒な単語だな」

「置いてねぇよ! そんな世界をバグらせるようなスキル、誰が流通させんだ!」

 

 まあ、想定どおりだった。

 ただ――情報くらいはあるかもと、淡い期待を抱いてた。

 

「でも、なんだ? お前……レベル87!?」

「……あぁ」

「え!? あのクソ雑魚だった兄ちゃんが!? なに、山でも吹き飛ばしたか?」

「……まぁ、そんな感じだ」

 

 

「……あいかわらずだな」

「なんだ、この“逃亡者の進化スキル”ってのは!? “魔王軍の指名手配”って……!」

 

「このデータは貴重すぎる……頼む、記録させてくれ」

 

「それにしてもよ……お前、逃げ素早さUPと逃げ回避UPなんて付けてんだ?」

 

 スキル屋が眉をしかめて、スキルカードの並びを見ながら首をひねる。

 

「そのへん、オリジナル品のはずなんだけどなあ……」

 

 俺は一瞬、言葉を失った。

 

「……は?」

 

「いやだって、それ、うちが独自に調整してるスキルでさ」

「他じゃ手に入らねぇし、まだ誰にも売ってなかったはずなんだよ」

 

「なるほどな……」

 

 スキル屋の目が、俺のスキルをじっと見つめる。

 どこか納得したように、うなずく。

 

「別の時間軸の“俺”からスキルをもらったのか」

「……そうか。タイムループって本当にできるのかもしれねぇな」

 

この男、妙に理解が早い。

さすがというべきか、スキルを商材にしてるだけはある。

 

「ただな――」

 その声色が、少しだけ鋭くなった。

 

「時間軸が違っても、タダで持っていくのは気に食わねぇんだよ」

 

「その代わりに、情報をひとつやろう。ただ、噂レベルでいいならな」

 

「マジか!? くれるのか?」

 

「**“時の砂時計”**ってアイテム、知ってるか?」

 

「……初耳だ」

 

「名前の通り、数秒だけ時間を巻き戻すことができる代物らしい。

 使用者の体だけじゃなく、場の一部も巻き戻るんだとか」

 

 

 

 ごくりと、喉が鳴った。

 

「で、それが――どこにあるって?」

 

「この街から西にあるザスタ遺跡ダンジョン

 ……その最深部に、あるって噂されてる」

 

「マジかよ……」

 

「ただし、未攻略。時間を捻じ曲げようとする奴らが、途中でみんな消えてるって話だ」

 

 噂話にしては、やけに妙なリアリティがあった。

 でも、それでも――このアイテムが“本物”なら、俺の逃げ性能はさらに跳ね上がる。

 

 

「……この情報、助かった」

 

~~

 

石造りの回廊が続いていた。

 ザスタ遺跡――かつて“時間の研究”をしていた狂った賢者が築いたダンジョンだとされている。

 

 壁には、崩れかけた歯車の装飾。

 天井には、時刻を刻まぬ大時計の残骸。

 床一面には、どれだけ踏んでも「現在時刻」に固定され続ける奇妙な魔法陣。

 

 ……明らかに、気配がおかしい。

 

「ここって……普通の魔物、いませんね」

 

 セラが周囲を見渡しながら、警戒を口にする。

 確かに、敵の気配はない。

 その代わりに、“時間が巻き戻っている痕跡”のようなものが、ところどころに存在していた。

 

 

 

 例えば――

 割れた宝箱が、十秒後に「未開封」に戻る。

 落ちた瓦礫が、三度跳ねてから、元の天井に戻る。

 血の跡だけが、逆再生のように地面を這い、壁へと消えていく。

 

 

 

(やべぇ……マジで時間がバグってる……)

 

 

 

 こんな空間のどこかに、「時の砂時計」があるはず。

 手に入れば、“今後の逃げ手”として間違いなく有用。

 

 

 

「ご主人様、私が壁壊して進みます?」

 

「壊すな! 時間系のトラップがあるって言われてるんだから!」

 

「はい♡寸止めで抑えます♡♡」

 

「寸止めって何に対してだよ!!」

 

 

 

 探索のテンションは、完全に一致していない。

 でも、こっちはマジだ。

 

 過去の失敗を繰り返さないために。

 何度も逃げる勇者になるために。

 あの砂時計だけは、絶対に回収する必要がある。

 

(“時間”が道具で買えるなら……俺は、いくらでも金出すぞ)

 

ダンジョンの奥に進むにつれ、空間の歪みが明確に強くなってきた。

 

 歩いているはずなのに、気づけば同じ分岐に戻っていたり、

 セラが一度口にした言葉が、二度、三度と繰り返して耳に響いたり。

 

 

 

「……ご主人様、さっきから同じこと言ってません?」

 

「俺も思ってた。たぶん、時間が一部ループしてる」

 

「やっぱりですか。どうしましょう、脳がバグりそうです」

 

 そう呟くフランの目がすでに若干うつろだ。

 このままじゃ、誰かが“記憶ごと過去に引きずられそう”な気配がする。

 

 

 

 そこに――視界が一気に開けた。

 

 巨大なホール。

 高い天井の中央には、逆さまに吊るされた砂時計が静かに輝いていた。

 

「……あれか」

 

 間違いない。

 時の砂時計――“時間を数秒だけ巻き戻す”ことができる伝説級アイテム。

 

 

 ただ、その前に――

 

「……来たわね」

 セラが呟いた瞬間、空間が歪む。

 

 視界の端に、“ノイズのような存在”が出現した。

 

 歪んだ人影。

 まるでビデオテープを何度も巻き戻したような動きで、にじんでは戻り、にじんでは戻る。

 名前も表示されない、ステータスも鑑定できない――

 

「時間を……喰ってる?」

 俺は直感で察した。

 

 ――あれは、“時間そのものを吸って存在してるモンスター”だ。

 即座に俺は叫ぶ。

 

「あれを倒せ!」

 

「はぁい♡お任せを♡♡」

 メルヴィナが詠唱を短縮し、魔力を跳ね上げる。

 「悦情増幅」が発動し、あの狂気的な魔力光が部屋を焼き尽くす。

 

 

 

 ――ドォン!!

 

 一瞬の閃光と共に、ノイズは消えた。

 

 

 そして。

 俺は、静かにその砂時計に手を伸ばす。

 

 指先が触れた瞬間――“音”が、止まった。

 

 心臓の鼓動だけが残され、世界のすべてが凍りついたような感覚。

 砂時計の中の砂が、一粒だけ、逆に流れる。

 

「時の砂時計──確保した」

 

 でも、直感が告げていた。

 

(この砂時計……使いすぎたら、“取り返しのつかない何か”が起こる)

 

 それでも――必要だ。

 逃げ切るために。生き残るために。

 俺はこの世界の理さえも利用してやる。

 

「これが、“もうひとつの逃げ道”だ……!」

 

 “時の砂時計”を――俺は、手に入れた。

 

 それは、唯一の“やり直しの鍵”だった。

 砂が逆流するわずかな時間。たった十秒でも、人生を変えられる一手が打てる。

 

 だから、手に入れた瞬間、思った。

 

(これで、やり直せる)

(魔王軍に狙われる前の時間に)

(セラたちに埋められる外堀からも)

(環境破壊Zoy!の罪からも)

 

 ――全部、なかったことにできるんだ。

 

 そして、俺は振り返った。

 

「……よし、これで逃げ――」

 

 

 

 バキィンッ!!!

 

 

 

 音が、遅れて届いた。

 

 次に見た光景は、**粉々に砕けた“時の砂時計”**と、

 その前で、大剣を構えたままの――フランだった。

 

 

 

「……え?」

 

 喉から漏れた声が、あまりに情けない。

 

「ご主人様、ごめんなさい」

 

 フランは、申し訳なさそうに微笑んだ。

 

「でも、これは“逃げる道具”ですよね?」

「そんなものに、ご主人様が頼ってほしくないんです」

 

「いや……おまえ、今、何を――」

 

「私が、ずっと守りますから。一秒だって、過去に戻らせません」

 

 

 

 崩れ落ちた砂時計の破片が、時の流れからこぼれ落ちた音を立てていた。

 

 俺の、唯一の逃げ道。

 唯一の保険。

 唯一、誰にも知られずにいられた選択肢。

 

 全部、全部、砕けた。

 

 仲間たちは、何も知らない顔で笑っていた。

 セラは「勇者様が逃げ道を持ってたなんて♡」と、悪い笑みを浮かべている。

 メルヴィナは、すでに触手を準備していた。

 

 俺の逃亡計画は――ここで、潰えた。

 だけど世界は、何も知らずに動き続ける。

 

 魔王軍は、こちらの居場所を掴みつつある。

 幹部たちも、次々に動き始めている。

 

 そして俺は。

 今日も――“逃げることなく”、一歩を踏み出す。

 

(……いや、逃げたかったんだけどなぁ……)

 

 誰にも届かない本音が、心の奥で、風に消えた。

 

──完。

 

 

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