俺は勇者だけど、狂った美人パーティーから逃げたい。…けど、彼女たちは俺を逃がしてくれない 作:銀層
頭がぐるぐるしている。
時間が巻き戻ったはずなのに、俺のステータスは巻き戻っていない。
でも仲間たちの記憶も、時間も、クリディアンも、全部“元通り”。
ただ一つだけ違うのは――
(俺だけが異物なんだ……)
そんなぐちゃぐちゃな思考のまま、俺はまたあのスキル屋を訪ねた。
「おう、兄ちゃん! また来たのか!」
例の気さくなスキル屋。
前と変わらず、ボロい店のカウンターに肘をついて、にやにやしている。
「……タイムループ系のスキル、置いてないか?」
「おいおい、いきなり物騒な単語だな」
「置いてねぇよ! そんな世界をバグらせるようなスキル、誰が流通させんだ!」
まあ、想定どおりだった。
ただ――情報くらいはあるかもと、淡い期待を抱いてた。
「でも、なんだ? お前……レベル87!?」
「……あぁ」
「え!? あのクソ雑魚だった兄ちゃんが!? なに、山でも吹き飛ばしたか?」
「……まぁ、そんな感じだ」
「……あいかわらずだな」
「なんだ、この“逃亡者の進化スキル”ってのは!? “魔王軍の指名手配”って……!」
「このデータは貴重すぎる……頼む、記録させてくれ」
「それにしてもよ……お前、逃げ素早さUPと逃げ回避UPなんて付けてんだ?」
スキル屋が眉をしかめて、スキルカードの並びを見ながら首をひねる。
「そのへん、オリジナル品のはずなんだけどなあ……」
俺は一瞬、言葉を失った。
「……は?」
「いやだって、それ、うちが独自に調整してるスキルでさ」
「他じゃ手に入らねぇし、まだ誰にも売ってなかったはずなんだよ」
「なるほどな……」
スキル屋の目が、俺のスキルをじっと見つめる。
どこか納得したように、うなずく。
「別の時間軸の“俺”からスキルをもらったのか」
「……そうか。タイムループって本当にできるのかもしれねぇな」
この男、妙に理解が早い。
さすがというべきか、スキルを商材にしてるだけはある。
「ただな――」
その声色が、少しだけ鋭くなった。
「時間軸が違っても、タダで持っていくのは気に食わねぇんだよ」
「その代わりに、情報をひとつやろう。ただ、噂レベルでいいならな」
「マジか!? くれるのか?」
「**“時の砂時計”**ってアイテム、知ってるか?」
「……初耳だ」
「名前の通り、数秒だけ時間を巻き戻すことができる代物らしい。
使用者の体だけじゃなく、場の一部も巻き戻るんだとか」
ごくりと、喉が鳴った。
「で、それが――どこにあるって?」
「この街から西にあるザスタ遺跡ダンジョン
……その最深部に、あるって噂されてる」
「マジかよ……」
「ただし、未攻略。時間を捻じ曲げようとする奴らが、途中でみんな消えてるって話だ」
噂話にしては、やけに妙なリアリティがあった。
でも、それでも――このアイテムが“本物”なら、俺の逃げ性能はさらに跳ね上がる。
「……この情報、助かった」
~~
石造りの回廊が続いていた。
ザスタ遺跡――かつて“時間の研究”をしていた狂った賢者が築いたダンジョンだとされている。
壁には、崩れかけた歯車の装飾。
天井には、時刻を刻まぬ大時計の残骸。
床一面には、どれだけ踏んでも「現在時刻」に固定され続ける奇妙な魔法陣。
……明らかに、気配がおかしい。
「ここって……普通の魔物、いませんね」
セラが周囲を見渡しながら、警戒を口にする。
確かに、敵の気配はない。
その代わりに、“時間が巻き戻っている痕跡”のようなものが、ところどころに存在していた。
例えば――
割れた宝箱が、十秒後に「未開封」に戻る。
落ちた瓦礫が、三度跳ねてから、元の天井に戻る。
血の跡だけが、逆再生のように地面を這い、壁へと消えていく。
(やべぇ……マジで時間がバグってる……)
こんな空間のどこかに、「時の砂時計」があるはず。
手に入れば、“今後の逃げ手”として間違いなく有用。
「ご主人様、私が壁壊して進みます?」
「壊すな! 時間系のトラップがあるって言われてるんだから!」
「はい♡寸止めで抑えます♡♡」
「寸止めって何に対してだよ!!」
探索のテンションは、完全に一致していない。
でも、こっちはマジだ。
過去の失敗を繰り返さないために。
何度も逃げる勇者になるために。
あの砂時計だけは、絶対に回収する必要がある。
(“時間”が道具で買えるなら……俺は、いくらでも金出すぞ)
ダンジョンの奥に進むにつれ、空間の歪みが明確に強くなってきた。
歩いているはずなのに、気づけば同じ分岐に戻っていたり、
セラが一度口にした言葉が、二度、三度と繰り返して耳に響いたり。
「……ご主人様、さっきから同じこと言ってません?」
「俺も思ってた。たぶん、時間が一部ループしてる」
「やっぱりですか。どうしましょう、脳がバグりそうです」
そう呟くフランの目がすでに若干うつろだ。
このままじゃ、誰かが“記憶ごと過去に引きずられそう”な気配がする。
そこに――視界が一気に開けた。
巨大なホール。
高い天井の中央には、逆さまに吊るされた砂時計が静かに輝いていた。
「……あれか」
間違いない。
時の砂時計――“時間を数秒だけ巻き戻す”ことができる伝説級アイテム。
ただ、その前に――
「……来たわね」
セラが呟いた瞬間、空間が歪む。
視界の端に、“ノイズのような存在”が出現した。
歪んだ人影。
まるでビデオテープを何度も巻き戻したような動きで、にじんでは戻り、にじんでは戻る。
名前も表示されない、ステータスも鑑定できない――
「時間を……喰ってる?」
俺は直感で察した。
――あれは、“時間そのものを吸って存在してるモンスター”だ。
即座に俺は叫ぶ。
「あれを倒せ!」
「はぁい♡お任せを♡♡」
メルヴィナが詠唱を短縮し、魔力を跳ね上げる。
「悦情増幅」が発動し、あの狂気的な魔力光が部屋を焼き尽くす。
――ドォン!!
一瞬の閃光と共に、ノイズは消えた。
そして。
俺は、静かにその砂時計に手を伸ばす。
指先が触れた瞬間――“音”が、止まった。
心臓の鼓動だけが残され、世界のすべてが凍りついたような感覚。
砂時計の中の砂が、一粒だけ、逆に流れる。
「時の砂時計──確保した」
でも、直感が告げていた。
(この砂時計……使いすぎたら、“取り返しのつかない何か”が起こる)
それでも――必要だ。
逃げ切るために。生き残るために。
俺はこの世界の理さえも利用してやる。
「これが、“もうひとつの逃げ道”だ……!」
“時の砂時計”を――俺は、手に入れた。
それは、唯一の“やり直しの鍵”だった。
砂が逆流するわずかな時間。たった十秒でも、人生を変えられる一手が打てる。
だから、手に入れた瞬間、思った。
(これで、やり直せる)
(魔王軍に狙われる前の時間に)
(セラたちに埋められる外堀からも)
(環境破壊Zoy!の罪からも)
――全部、なかったことにできるんだ。
そして、俺は振り返った。
「……よし、これで逃げ――」
バキィンッ!!!
音が、遅れて届いた。
次に見た光景は、**粉々に砕けた“時の砂時計”**と、
その前で、大剣を構えたままの――フランだった。
「……え?」
喉から漏れた声が、あまりに情けない。
「ご主人様、ごめんなさい」
フランは、申し訳なさそうに微笑んだ。
「でも、これは“逃げる道具”ですよね?」
「そんなものに、ご主人様が頼ってほしくないんです」
「いや……おまえ、今、何を――」
「私が、ずっと守りますから。一秒だって、過去に戻らせません」
崩れ落ちた砂時計の破片が、時の流れからこぼれ落ちた音を立てていた。
俺の、唯一の逃げ道。
唯一の保険。
唯一、誰にも知られずにいられた選択肢。
全部、全部、砕けた。
仲間たちは、何も知らない顔で笑っていた。
セラは「勇者様が逃げ道を持ってたなんて♡」と、悪い笑みを浮かべている。
メルヴィナは、すでに触手を準備していた。
俺の逃亡計画は――ここで、潰えた。
だけど世界は、何も知らずに動き続ける。
魔王軍は、こちらの居場所を掴みつつある。
幹部たちも、次々に動き始めている。
そして俺は。
今日も――“逃げることなく”、一歩を踏み出す。
(……いや、逃げたかったんだけどなぁ……)
誰にも届かない本音が、心の奥で、風に消えた。
──完。