放課後スイーツ部二年、間宵シグレ   作:Rayu278

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スイーツ。それは甘味の宝石。

スイーツ。それはほろ苦い思い出。

スイーツ。それは色とりどりの個性。

スイーツ。それは底なしの浪漫。

────スイーツ。それは、あるいは有り得なかったかもしれない出会い。





プロローグ
【プロローグ①】間宵シグレ


 トリニティ自治区の一角。ロンドン風の外装に溶け込んだ、チョークアートの立て看板を店先に置くスイーツ店。

 その少女は店内の端、ガラス張りの店先から見えやすい位置。壁際のソファに沿って並んでいた丸机を寄せて並べ、対岸を三つの椅子で囲むようにセッティング。斜め前方の一席には鞄を置き、席取りはばっちりだ。

 空いている席は椅子が三つと、彼女の隣、ソファに一人分のスペース。

 

 ご機嫌に足をぱたぱたと揺する少女は、手に持ったスマホを指先で幾度か叩く。

 縦長の画面。3×4の枠に区切られた、五十音の頭と記号。そのひとつ上の横長の枠には、今しがた彼女の打ち込んだメッセージが綴られている。

 一瞬の静止の間に、左から右へ滑る目線が誤字の有無を確認。隣に表示された紙飛行機に人差し指が触れ、文章はそのまま、吹き出しに囲まれて真上へスライドした。

 

 

『例のお店。五人分の席、無事確保』

『授業終わったらなるはやでおいで〜』

 

 

 モモトーク。グループ名の横には、参加している人数を示す(5)の文字。

 気紛れにその画面のまま少し待ってみても、既読はひとつもつかない。送信主の彼女は別だが、他の四人は一年生。時間割の異なる彼女らは、今の時間は授業中だろうから、当然の事だが。

 

 

「────〜♪」

 

 

 この曲、何処かで聞いたような。彼女の人生とは、精々その程度の付き合いの歌。店の中の優雅な雰囲気を助長するそれに、口を閉じきったまま鼻歌を重ね、響かせながら、丸い獣耳を揺らす少女────間宵シグレは、その志と所属を同じくする一個下の友人たちを待ちながら、トリニティの街並みを眺めていた。

 

 ────トリニティ総合学園。その歴史は深く、現存する広大な自治区は、そのまま歴史のスケールの大きさを物語っている。

 かつてこの場所は、無数の学園の密集地だった。その中で、特に力のあった三つの学園────今では三大分派の名称として、その名を残し続けている学園を代表とし、連合を結成。徐々に、トリニティという一つの学園に統合されて行った…。

 

「────みたいな話、だったかな」

 

 数日前の授業内容を、頭の中で諳んじる。が、ノートを取っていない事もあってその内容はうろ覚えであり、現にいくつか抜けがある。が……。

 正直、割とどうでもいい、というのがシグレの考えだ。そこから、どうやって本学が今の姿へと成長するに至ったのか。ゲヘナとの埋めがたい確執が、いつどうして生まれたのか。毎週の授業で語られるそれらは特に、彼女の琴線を揺さぶる事が無かった。

 

 興味が無い。だから、勉強をしない。というのが、彼女の頭の中で、二年の初め頃に組み上げられた「勉強をしない理由」だ。

 

 

 

 

 間宵シグレは、器用な生徒である。

 

 目の前の物事を果たすのに、今の自分に必要な努力の量と内容。自らの力の及ぶ限界と即席で目標へ届きうる近道の発見。彼女の、それらを見定める目は、かなり正確だ。

 要領が良い、というのだろう。その為、傍目にみればのらりくらりとした印象を受けるシグレだが、一年の頃はクラスのそこかしこで定期的に話題の中心になる程度には「できる」子であった。

 テストを受ければ、クラス最高点から三個下までを、ほぼ確実に死守している。所作は上品で粗を探そうにも、彼女を注視する程むしろ褒める点しか見つからない。他人を惹き込む話術は、軽快で穏やかな語り口調と、彼女自身の経験が裏付ける実感を伴っている。

 

 だが、彼女は自身の立ち位置に拘らない。その胸中を他人に語ることはそうそう無いだろうが、彼女の心はある一人の少女────所謂、幼馴染という存在に比重の大部分を置いていた。

 

 ノドカ。

 

 口の中で、その名を咀嚼する。喉を震わせず、歯と舌だけで発声を形作って。

彼女が一年生の頃、泣く泣く離別せざるを得なかった。追うことの、出来なかった。そして今尚、追い続けている、大切な幼馴染の顔を────。

 

「…あ」

 

 たった今、窓越しに発見した。

 

 食べかけのシュークリームを手に、恐らく友人であろう見知らぬ生徒と、足並みを揃えている。クリームが口と鼻の間について、白い付け髭の様だ。中々愉快な姿を友人に指摘され、慌てふためきながらそれを拭き取るノドカを見て、シグレは頬を綻ばせる。

 

 良かった、楽しそうだ。純粋に、そんな事を思いながら、頬杖を着いてその姿を遠巻きに目で追う。

 

 クラスが変わり、互いの部活の予定が中々合わない事に加え、最近のシグレは放課後に補習や再試の予定が詰まっている事が多い。それらの事情が相まって、二人はここ暫くまともに顔を合わせられてもいない。

 

 

 

 天見ノドカ。シグレの幼馴染で、彼女と同じくトリニティ総合学園の二年生。彼女を一言で表すなら────"問題児"だろうか。

 

 入学したて、一年の春。天体観測を趣味とするノドカだが、トリニティにはそれらしい部活は無い。それならば、と、入学したての一ヶ月目から部活を設立しようと言い出すノドカの行動力には、流石のシグレも目を丸くした。

 

「...ま、ノドカがやりたいことなら、私は付き合うけど」

 

 そうして作られたのが、ノドカを部長とする「天文部」。シグレも、設立当初から同一の部活にて副部長を担当していた。

 天文部という響きの物珍しさからか、あるいは入学したての同学年の子が建てた部活、という一点が強く響いたのか、はたまたその両方か。一年生を中心に、部員はスムーズに集まり、そこそこの規模感の部活へと成長した。

 

 歯車が狂ったのは、それから半年が過ぎた頃。ノドカが「望遠鏡などを使ったストーキング行為の疑い」を受け、ティーパーティーの茶会に呼ばれた日。その席には、副部長であるシグレも同席していた。

 ノドカが"問題児"なら、当時のシグレは"優等生"としての位置づけを確固たる物にしている頃だ。代替わり前のティーパーティー・ホストの、強烈な圧迫感を肌で感じながらも、ノドカの弁明とシグレの補助により、なんとかノドカの即時停学処分は避ける事が出来た。

 

 しかし、問題なのはここからである。温情を加味しても、トリニティの生徒として相応しからぬ行為の報告があった以上、お咎めなしとは行かない。一年の"優等生"であり、ホスト自身も目をかけている"間宵シグレ"が隣に居るとしても、だ。

 

 結果、ノドカに下された懲罰は「一ヶ月の部活動謹慎の後、通常通りの活動を許可する」というもの。

 即停学、通報の数から悪質であるとして、退学をもちらつかせる腹積もりだったであろう当時のホストにとって、その判断へ導いた最大の功労者であるシグレが、どれほど大きな存在だったかが窺い知れるだろう。

 やもすれば、二年後には自身の後釜として、分派の舵取りを任せる為の第一歩────俗な言葉になるが、シグレに恩を売る目的もあったのかもしれない。その真偽は、今となっては分からないが。

 

 ────その約束を堂々と破り、更に学寮の規則も同時に破って望遠鏡を室内に持ち込んだノドカと共に、一週間もしない内に同じ呼び出し────前よりも少し、言葉のキツくなった招待状を受け取ったシグレも、流石にしばらく頭を抱えた。

 

「流石に反省したと思って油断してたけど、甘かったなぁ…」

 

 幼馴染であり、同学園でだれよりもノドカに詳しい事を密かに自負しているシグレは────実際、殆ど事実だが────そう言って、深く自省した。

 勿論、迷惑をかけたティーパーティーや、集まった部員達に向けた申し訳なさもある。後者に関しては、その頃になるとシグレの人脈を介して入部してくる子も多く居た為、という部分もあり、余計に。

 

 だが、一番はやはりノドカに対しての思い。

 シグレの行動原理は、ノドカのしたい事を自身に可能な限りサポートする事。それは、彼女にとって何よりも優先される事項である。

 それ故に────「天文部の解散」という、彼女にとって考えうる限り最悪の結末に導いてしまった現実。

 彼女自身の為に出来る事を怠った、自罰的思考。

 

 

 そして、それ故に────。

 

 

『────こんな横暴が、ゆるされますか!?』

 

「「「わぁあぁあァアア─────ッッッ!!!!」」」

 

『私達は、決して権威に屈しません!!!』

 

「「「うおおぉおぉおお────ッッ!!!」」」

 

『私達は、ティーパーティーの決定に、断固として反対します!!!!』

 

「「「おぉおおオオオオ─────ッッ!!」」」

 

 

 

 時折彼女が見せる、根底に眠った熱量。ノドカを衝動的に突き動かす反骨精神が、次に彼女に何をさせるのか。

 強いショックに苛まれた事を言い訳に、それを予期出来なかった自分を、シグレは。トリニティ・スクエアを覆い尽くす程のデモ集団が飛ばす野次の、どれよりも激しく非難した。

 

 シグレたちの一年も後半にさしかかった、秋頃。トリニティ・スクエアで起きた大規模なデモ活動。それは天文部の廃部が決まってから、二月後の事件。

 

 天文部は、ノドカが知るよりもずっと大規模な部活となっていた。一年の間で噂が噂を呼び、広く顔の知れたシグレを目当てで。あるいは、発足から半年間の、急速な規模の膨らみ方に興味を持った他学年の生徒が、兼部を選んで。

 各々の理由は兎も角────結果として。天文部の廃部に反対意見を抱く生徒は、ティーパーティーのテラスからでも全容を一望出来ない程に、多かった。

 

 事情も知らない、誰かが、言った。

 

 

「ノドカ部長は、納得されているんですか…!?」

 

 

 先程も示した通り、天文部はもはやノドカ個人で把握出来る域を超えて、大きく成長していた。

 それは、実質的に部を取り纏めていたシグレが、廃部の理由を丁寧に説明したとしても、邪推と歪曲に塗れた噂が飛び交う程に。

 幼馴染のした事が、大衆に愛されている。シグレにとってこれ程嬉しいことも無いが、それは最悪の形で現実に顕れてしまう。

 

 正義実現委員会所属の全生徒のうち、4割近くを動員した大騒ぎ。怪我人多数、校舎や備品の破壊活動。

 頭を取って先導したノドカですら、小さな戦争とすら言える光景を目の当たりに徐々に活気を失い、遂には青い顔で皆に「一旦、止まってください!!」と呼びかけていた。

 しかし、それで止まる線は、とっくの昔から遥か後方に。

 

 数ヶ月に渡って続いた事後処理は、シグレの一年の中で最も忙しかった期間だ。数百、千をも越えるかと思われる部員たちを取り纏めていた副部長時代もかなりのものだったが、そんな物とは比較にならない。

 各方面への謝罪。ティーパーティーを介した連邦生徒会への協力要請。予算の管理。停学中の部長に代わり、その責任の全てを請け負ったシグレは、各所を走り回り、ノドカの退学処分の延期と白紙化の為に尽力し────そして、二年に入って暫くした頃、遂にその望みは叶う。

 

 新たにティーパーティー・ホスト代理に着任した桐藤ナギサの命。「天見ノドカの『補習授業部』への強制転部」と引き換えに。

 

 補習授業部という集合は、他の部活動とは毛色が大きく異なる。「落第に匹敵する程の成績不振者」を集め、顧問兼講師として、今年度から新たに着任したシャーレの「先生」を据え、部活に所属する生徒達の成績向上を図る。つまりは落ちこぼれに対する救済であり、最終防衛ラインである、という訳だ。

 そして、補習授業部は自らの意思で入退部することが出来ない。赤点常習で進級も危ういような生徒が編入される場所なのだから、当たり前と言えば当たり前。尤も、明確な基準が定められている訳では無いのだが。

 

 つまり何が言いたいか?

 端的に言うなら。シグレは、ノドカと同じ部活に入れない、ということだ。

 

 百歩譲って学籍を残せていれば如何様にもやり直せるだろうと高を括って、血の滲む思いでそこら中を駆け回っていたシグレ。その努力がティーパーティーに認められ、ノドカの懲罰は緩和される事となった。

 

 故に。"優等生"間宵シグレの件は、丁寧に今期のティーパーティーにも引き継ぎをされていた。同学年に、"一年の時点で三年までのテスト、全科目オール満点"などという漫画みたいな噂が飛び交う生徒も居たのだが────そちらには、丁重に辞退されたから、と。ナギサから、第二候補として名を挙げられたシグレは、そんな事は置いておいて、と前置きをした上で尋ねる。

 

「私も、補習授業部入れたりしない、よね…?」

 

 繰り返すようだが、間宵シグレの行動原理は「ノドカのしたい事を可能な限りサポートする事」である。その為には、出来る限り手の届く、近くに着いて回る必要がある。

 が、ここに来て出現した新たな壁を、シグレは超えることができなかった。

 成績不振者用の部活に"優等生"を加入させる必要は無い。ナギサからの返答はその一点張りだった。ちょっと、強情すぎるくらいに。

 

 それをノドカに頼まれた訳では無い。ただ、シグレが自分の意思でしたいと考えるのが、ノドカの後を追い、背中に手を添える事である、と言うだけで。

 それ故に誕生したのが、補習授業部への入部を果たす為。ノドカの背中を追いかける為。

 やる気がなかろうと、少しやれば等しく取れる点数を────「やる気が無いから」と懇切丁寧な言い訳を挟んで自ら放り投げる。"優等生"の見る影もない、新二年生。

 

 今に至る、もう少し前の、間宵シグレである。

 

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