ヒット・アンド・アウェイ。それを徹底するのは先生陣営だけではない。ミカも同じことである。互いに、少しでも深く踏み込みすぎれば囲んで叩かれかねない状況。詰将棋の様な緊張感の中で、ミカの手にじんわりと汗が滲む。
一人一人は、ミカ個人にとっては大した脅威ではない。先の一撃の感触から、タンクを務める手前の桃髪も、自身の火力を以てすればそう長くはないだろうと、ミカは推察する。
実際、その考えは正しい。問題なのは、本腰を入れた数撃を盾持ちに加える間、他の六人からの集中射撃を、生身で受けかねないという事にある。
先に居た六人に加え、ミカの連れてきた一個小隊は半壊。ミカからすれば有象無象でも、アリウスの一般兵からすれば、相手方の面子は粒揃いなのかもしれない。
だが、この戦場で最も猛威を振るっていたのは補習授業部やスイーツ部の誰の銃でもない。その中央に立ち、タブレット端末を片手に指揮を執る先生の手腕だった。ミカがアリウスに指示を出せば、その策のことごとくを端から潰す様に的確な指示を出す。盾の裏に隠れているのにも関わらず、その視点はまるで戦場をボードゲームに見立て、上から全てを俯瞰しているかの様だ。
「…厄介だなぁ、ホント」
吐き捨てる様に言葉を漏らし、静かに天を仰ぐミカ。
────『星の呼び声』は、まだ使えない。
神秘の力の発露は、当人の体力や神秘自体に少なからず負担を強いる。尤も、ミカの体力と神秘を以てすれば、一発や二発どころか、十発撃ったとしてもなんら問題は無いのだが────それは、平常時の話。
彼女の力の根幹は「祈り」にある。祈りとは、世界の安寧や、他者への想いを願い込める行い。より簡素に言うとすれば、ミカの神秘はミカ自身が穏やかな心である程に、その力をより高める効力を持つ。
その事をミカが知っているか否かはさておいて。彼女のコンディションは現状、最悪であるといえる。自身の指示がきっかけで友人を殺害した、例の一件から歪んだ心情は、それこそ普段なら勿体ぶる程でもないカードである『星の呼び声』を一発放つので限界を迎える程に、彼女の神秘を弱体化させていた。
「────!?」
爆音。体育館の壁が爆破し、煙の中に人影が見える。一人や二人ではない。今やその面影も無いほど数を減らした、ミカが引き連れてきた一個小隊と同等の人数。揃って黒いヴェールを着用し、歩幅を揃えミカと先生達の間に割って入る、トリニティのシスター集団。
それは浦和ハナコが用意した、もう一つの伏せ札。
「────ティーパーティーの聖園ミカさん。他のティーパーティーメンバーへの傷害教唆及び傷害未遂で、あなたの身柄を確保します」
シスター達の先頭。銀の髪を揺らし、白を基調とした気品あふれる敬虔さの象徴────彼女の愛銃を揺らしながら、高らかにそう告げるのは────。
「シスターフッド、歌住サクラコ……」
その名を、ミカが零す。呆然と、驚きの強い表情。その目線はシスター達ではなく、その隣に並ぶ浦和ハナコに向けられている。
「……どうやって、シスターフッドを動かしたの?」
「……あなたは知らなくても良い事です、ミカさん」
はぁーーー……。
長い、嘆息。
それを経て、もう一度銃を握り直すミカを見たサクラコの表情が、険しくなる。
「…あくまでも戦うつもりですか、ミカさん?この状況での勝算がどのくらいか、分からないことは無いですよね?」
ハナコの問いに、ミカは答えない。
シグレとカズサの戦闘での消耗。体力的には然程ではないが、神秘の方が問題。
その後の先生率いる補習授業部+αに、連れてきたアリウス兵もほぼ壊滅。
その上相手は更に増援。シスターフッドの一団が加わり、本格的に一対多。これに、サブマシンガン一丁で立ち向かうのは、流石のミカにも荷が重いという物だ。
────だから。
「……丁度いいじゃん。ホストになったら、大聖堂も掃除しようと思ってたとこだったんだ」
そういいながら、歩を進めた先の瓦礫を、片足で強く蹴り上げ────。
「…あれ?」
同刻。体育館へ向かうシグレが、声を漏らす。
「どしたの、シグレ」
「────私の、銃は?」
「「サクラコ様っ!!」」
シスターフッド一団の中心で、爆発が起きる。爆風を直に受けたサクラコの身体が宙を舞い、隣に居たヒナタが咄嗟に回り込んでその身体を受け止めた。
二度。三度。統率が乱れ、ざわめく一団に、更に爆弾が撃ち込まれる。
“あれは────”
「────シグレちゃんの、グレネードランチャー…!!」
「さあ────」
高らかに。最後の一発を撃ちきり、片手に持った白と水色の擲弾発射機を放り投げるミカが、続けて叫ぶ。
「────やってみよっかあ!!」
シグレのグレネードランチャーを、ミカはアリウス兵の一人に預けていた。
残弾数は六分の四。うち一発を、シグレが看板落としに。もう一発はそれより前、カズサがシグレの救出に使った所を、どちらもミカは目撃している。
倒れた生徒の手から転がり落ちたそれに、ノドカやナツ達が気付かなかったのは幸運であったと言えるだろう。おかげで、戦闘に上手く組み込む事が出来た。
グレネードの急襲により、シスターフッドの構成員の数人は無力化、負傷者もちらほらと目立つ。だが、一番の戦果が大頭の戦線離脱である事は揺らがない。一発目で歌住サクラコを仕留められたのは、ミカにとってこの上ない僥倖だった。
もう何度目か、握り直した銃を構えながら駆けだすミカ。唐突な爆裂に見舞われ、混乱の抜けないシスターフッドの連中に片っ端から鉛球をぶち込んでいく。シスター達を遮蔽にすれば、先生も先程より指揮を執りづらい筈だ。
……やはり、威力が低い。シグレ達の時よりも、格段に。込めた神秘の力が発揮できていない証拠。
迷い。ミカの中に巣食ったそれは、彼女の目にも見えるほど大きく膨らみ、心と共に彼女の神秘を蝕んでいる。
「……言われなくたって、分かってるんだよ」
だからこそ。普段は数発当てれば最低でも戦線離脱を免れない銃撃を、一人一人に十数発乱射する。念入りに、一人ずつ削っていく。敵の攻撃を躱して同士討ちを誘い、銃床や手足を振り回す乱闘。
がむしゃらな戦いは、彼女自身気付き始めている事実から目を背ける行為であるようで。
────道を誤った事に気付いたからこそ、正しい物へ合流するまで進み続ける事を選んだ、彼女自身の自棄から来る物に、見えて。
“っ────!!”
「皆さん、下がってください、お願いですから…!!」
シスターフッドの介入。ハナコの計らいか、あるいは本人が共有できない────したくない事情があったのか。助太刀としては有り難かったはずのそれが、逆に自分たちの首を絞める形となってしまい、先生は奥歯を噛み合わせる。
ハナコが声を上げて必死に指揮を取ろうとするも、その声は届かない。皆、自分たちの事で手一杯なようだ。
「先生、…っぐ…!!」
流れ弾を防ぎ、前線のアズサ達を守るナツも限界が近い。どうすべきか、同じく判断に迷うアロナと共に、人混みがどんどん崩れていくのを見ている事しか出来ない自身の無力を悔いる先生。
シスター達の数が、目に見えて減ってゆく。その集団の中央に、暴れるミカのすぐそばに────体育館の二階、ギャラリー部分に陣取るスナイパーが投げた手榴弾が、落下する。
「────!?」
桃色の光を放つ手榴弾が爆ぜる。その爆風は、人混みの中でただ一人を焼いた
『セイなる手榴弾』。神秘の籠った手榴弾は、その主────コハルが味方と思う者を癒し、敵と認識した者だけを吹き飛ばす。
衝撃を受け、後方へ飛び退くミカ。
半数以上が倒れたシスターフッドは、未だ混乱の渦中にある。一度弾き出したからと言って同じ事。治癒力も、一見した所微々たるもの。飛び込んで、再び鉛玉を叩き込んで────気絶した生徒を盾に突っ込めば、勝機は無くも無いだろう。そう、ミカが頭を回し、足に力を入れた、その時。
「────なーいす!作戦通りっ!!くらえ~っ!!」
ミカの後方、右上。コハルの居るギャラリーの対岸近くから、叫び声。
そんなまさか。過ぎった三文字に背中を押されるまま、振り返ったミカの目に映ったのは────宙を舞う、銀色の水筒。
「っ、…!?」
びしゃり。生暖かい液体が、蓋の開いたボトルからミカの全身に降りかかる。
「なーんちゃって。ナイスタイミングだったね、あの子……あいてて」
「急に叫ぶからだよ……ていうか、逃げないと私ら撃たれるんじゃ…!?」
「平気平気。撃てないから」
気の抜けた声が、二つ。ギャラリーのフェンスにもたれかかる様にして、青い顔で笑うのは────、
「シグレちゃん…!!カズサちゃんも!」
「シグレちゃん、無事だったんだ…!良かった…!」
後方に居たアイリが、声を上げる。ノドカも、はぁあ…と吐息を漏らしながら、それに続く様に安堵の言葉を漏らした。
遠目にそれを捉えた二人も揃って、手を振って返しながら、シグレはミカに視線を合わせる。
「……何、これ?変な匂いだけど……嫌がらせしに、わざわざ戻って来たって事?」
彼女の表情は凍り付いている。空気が一段と張り詰めた感触。銃口がシグレを向き、慌てるカズサを他所に、シグレは動こうとしない。
「言わずもがな飲んでよし。怪我をすれば消毒によし、────火を付ければ、燃料としても使える、万能の液体だよ」
どこか恍惚とした表情を浮かべ、ミカを見下ろすシグレ。その言葉の意図にミカが気付いたのは、引き金に指をかけた瞬間だった。
「……お酒!?」
「ごめいとーう。それも、スピリタスって奴。流石に飲むのは怖くて保留にしてたけど……たまたま持ってて、助かったよ」
にんまりと笑みを浮かべながら、先程投げた物と同じボトルをぷらぷらと揺らしながら、シグレが言う。
「────これでもう、銃は撃てない。火だるまになりたいなら、話は別だけどね」
“どこからそんなものを…!?”
シグレの言葉に、思わず声を上げた先生。それを聞いたシグレの表情が凍り付く。
「…あ~。先生、居るんだった。…えーっと、企業秘密って事で…?」
“……後でお話ししようね、シグレ”
「………」
がしゃん、と音を立てて、アルコールでびしょ濡れになった銃を投げ落とすミカ。
反射で突き出しかけた銃と腕、肩を通って頭にまでお酒をかけられている。この状態で発砲なんてしようものなら、引火は必至。火傷で済めば御の字か。
銃を失い、神秘も不調。近接格闘だけで補習授業部とスイーツ部、そして────若葉ヒナタの居るシスターフッドをねじ伏せるのは、あまりにも現実味が無い。
「……何を見誤ったのかな」
ゆっくりと、目線を動かす。左右に散ったシスター達の向こうに立つ、補習授業部とスイーツ部のメンバーへ。左から。ハナコ、アズサ、ヨシミ…ふらふらのナツの後ろにヒフミと、一足先に二階から降りてきたコハル。その隣に先生。右手側の階段から、ノドカとアイリに連れられたカズサ、シグレが姿を見せる。
「……考えるまでも無いね」
はぁ、と項垂れるミカ。深く息を吸い、その目線をシグレに合わせて止める。
「いや。元はと言えば、先生を連れてきた所で、一番の負け筋を引いてたのかも」
自嘲的に、乾いた笑いを漏らすミカの近くへ、ハナコが歩を進める。
「……ミカさん。セイアちゃんは……」
「……本当に、殺すつもりじゃなかったの。今の私が何を言っても言い訳になるけど……多分、事故だった。セイアちゃん、もともと身体が弱かったし……」
それに、とミカが続けようとした所で、被せる様にハナコが言う。
「……セイアちゃんは無事です」
「……!?」
百合園セイアの死が、偽装された物であった事。襲撃の犯人が特定できていない為に、トリニティ外に身を潜めて療養中である事。未だ目は覚めていないが、救護騎士団団長、蒼森ミネの庇護下にある事。
ハナコの口からその真実を聞いたミカ。強張っていた表情が、崩れる様に安堵の色が顔を覗かせる。
「……良かったぁ」
そう言うと、ミカは両手を挙げる。
「降参。私の負けだよ」
その笑顔には、何か重圧から解放されたかの様な爽やかさがあって。
「補習授業部と、シグレちゃんたち。……あなた達の勝ちって事に、しておいてあげる」
“ミカ……”
「今はちょっと、先生からは何も聞きたくないなぁ…」
ゆっくりと空が白み始める、朝焼けの下。正義実現委員会の生徒に連れられるミカの前に足を運んだのは先生と、それに支えられる形でふらふらと歩くシグレの二人だけ。
「やっぱりシャーレを巻き込んだのが、私の一番のミスだった」
冗談交じりにそう語るミカは、次いでその隣のシグレに目を向けて言う。
「……あとは、そうだね。補習授業部側に、あなたが居たのも大きいかな。私をまんまと誘い出して、他の子達がこっちの戦力を削る時間を作って。王手を指したのもシグレちゃんだし」
「先生とは違うよ。私は、そんなに凄い事はしてない」
ミカからの賛辞に、シグレは首を振って言葉を返す。目を丸くするミカを余所に、言葉は続く。
「カズサが助けてくれなきゃ、ミカから逃げるなんて私だけじゃ無理だった。ヨシミやナツが別働隊として動ける戦力だったから、ハナコの作戦に加えて貰えた。アイリが、ノドカの傍に居てくれたから────安心して、私の仕事に専念できた」
「……そっか」
目を閉じ、胸元に手を当てたシグレを見て、ミカが。一呼吸置いて、言うのを躊躇いながらも。困ったような笑顔を浮かべて、ミカが言う。
「……なんだか、羨ましいなぁ」
シグレと同様に閉じられた、ミカの瞼。その裏に彼女が誰の顔を浮かべているのか、片目を開けたシグレには想像が付かない。
シグレは、ミカの事情を知らない。都合も動機も知らない。
だが、ハナコの言葉を聞いて、心の底から安心した、毒気の抜けた笑顔を浮かべていた彼女の横顔を見てしまっては────彼女の行く先が、どうか少しでも幸せな物になってほしいと。
連行されていくミカの背を見送りながら、シグレはそう願わずにはいられなかった。
ノドカを含む補習授業部はぼろぼろの身体に鞭打って、先生と共に試験会場へと向かっていった。ベンチに腰を下ろし、死闘を繰り広げた後とは思えない爽やかさを纏った五人の姿が見えなくなるまで、遠巻きにその姿を追ってから────シグレは、体育館へと戻る。
「や……っめて、ヨシミ、マジで痛いから。力強いって、離し…わかった、行く。自分で行くから、離……せっ!」
「暴れるなって言ってるでしょ!注射をイヤがるこどもか!一人じゃ真っ直ぐ歩けない癖に……肩貸してあげるって言ってんだから、素直に聞き入れなさいよ!」
…シグレが重い体を引きずって覗いた体育館の中は、なんとも愉快な事になっていた。
大勢のシスター達が作る円の中央で、自身を引きずって連れて行こうとするヨシミに対し、出来る限りの抵抗を見せるカズサが取っ組み合っている。
「そうだよ、カズサ~…。このままだと私達、するめみたいに干からびちゃ、うげふっ」
「あっ、ご、ごめんナツちゃん!痛かった!?大丈夫…!?」
そして、それを横目にぐったりと地面に寝そべるナツの身体を、今しがたアイリが米俵スタイルで肩の上に抱え上げる。腹部に肩がめり込み、ナツの口から悲鳴が漏れた。
シスターたちは中央でキャットファイトを繰り広げる二人をどうすべきか、手をこまねいている所らしい。黒いヴェールの上に猫耳の様なシルエットが浮かぶ、橙色の髪のシスターが仲裁に入ろうとしているが、それも難航している。
「何よ、救護騎士団って聞くなり暴れて…なんかしたの?」
「違、…救護騎士団はちょっと、今は顔出すの気まずいっていうか…っ、良いからとりあえず離せ!足を持つな足をぉ!」
露骨に救護騎士団行きをイヤがるカズサ。はてと首を傾げ、心当たりを遡り……助け出された時の布団の山の事を思い出して、ぽんと合点が行った。
あれは救護騎士団の部室から持ち出した物だった様だ。それも、恐らく無許可で。思えば、ハナコの口から救護騎士団の団長、と言葉が出た時に、借りていたカズサの肩がびくりと跳ね上がった様な気もする。
「…みんな」
シグレが呼びかける。声が届いたのは手前に居たアイリと、それに抱えられているナツの二人。表情を明るくする二人に掌を向けて返しながら、足を進めてぎゃあぎゃあと騒ぐ二人の下へ。
「みんな!」
……無理をして声を張ったら、少し噎せた。でも、声はしっかりと届いたようだ。ぽかん、とした顔。困惑と、少しの心配が混じった表情で、ヨシミとカズサがシグレを見ている。
少し、身体を引く。取っ組み合ったままの姿勢の、ヨシミとカズサ。アイリの肩に引っかかっているナツ。四人を視界に収め、すぅ…と深く息を吸い、言った。
「────ほんと、ありがとっ!」
────第三次特別学力試験
ハナコ─100点(合格)
アズサ─97点(合格)
コハル─91点(合格)
ヒフミ─94点(合格)
ノドカ─92点(合格)
補習授業部─全員合格