放課後スイーツ部二年、間宵シグレ   作:Rayu278

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第三章
第一話「燻り爆ぜる調印式」


 木偶人形は、絶望していた。

 

 "観て"しまった。

 "聴いて"しまった。

 "識って"しまった。

 

 彼という一人の大人にとって彼が対面したその事実は、自身の行く末が全て紛い物にしかならないという事実の、これ以上ない裏付けであった。

 

 足掻く事に意味は無い。何故ならば、行き先は決まってしまったからだ。

 何をしようとも、何を目指そうとも、彼の脳裏に"完成系"の景色の断片の粉塵の一粒がこびりついている限り、その行為に意味は無くなる。

 

 だとしても。幻想を捨てられぬ一人の愚かな芸術家は、意味もなく足掻き続ける。

 それが、無意味であると知っていながら、彼の信念から掛け離れた創造を。

 

 いずれ恒久の果てに世界を滅ぼす蝶の羽ばたきが織り成した、ほんの僅かな空気の乱れを消し去るために。

 自身ではない自身が相対した、彼ではない彼に、せめて報いるために。

 

「嗚呼。どうか、嘆かれぬ事を」

 

「この、くだらぬ"共作"が、例え私という虚像が見せる刹那の白昼夢に過ぎぬとしても。願わくば、どうか────」

 

「────喝采の、準備を」

 

 

 


 

 

 

 時はエデン条約調印式当日、放課後スイーツ部の部室にて。

 

「────香りや味わいを楽しむ。嗜好品という点で見れば、紅茶にも似ているよね。ワインって」

 

 胸に片手を。逆は空を撫で、酔いしれる様な仕草を取りながら、扉の前に陣取り高説を繰り広げるシグレ。

 

「生チーズケーキに、日本酒を使ったものなんかもあるみたい。甘さは控えめ、くちどけはさっぱりと。敢えて焼かず、香りを残すための、生。そのすべてが調和した、一種の芸術作品みたいなもの。どう?“ロマン“あるでしょ、ナツ?」

 

 話を振られたナツは、椅子にもたれかかって「そうだねー…」と、心ここにあらずな答えを返す。隣に居るアイリですら、べったりと机に体を投げ出し、げんなりとした表情。なにせ、もう一時間はこの調子だ。

 

「焼酎糖なんてのもあるんだって。焼酎洋酒と砂糖を煮詰めて、アルコールを飛ばしたのを固めた物。色も鮮やかで、リキュール由来の味付けがお酒の風味をしっかり残してくれていて、紅茶に溶かしても良し、だってさ。これならノンアルだし、先生にも怒られないかも。カズサ、ありそうなお店知らない?」

 

「知る訳ないでしょ…っていうか早く座って食べなよ。長いって…」

 

 

 エデン条約締結の阻止を目論んだ聖園ミカ率いるアリウス分校が、トリニティに対して起こした一連の騒動から、しばしの時間が流れる。

 

 ────ミカが連行されていった後、嫌がるカズサをアイリとヨシミの二人がかりで引きずり、救護騎士団の本部へと足を運んだ。

 シグレとカズサの傷は浅く、適切な処置を受け、丸一日ベッドの上で休んだ後、すぐに日常生活に戻る事が出来た。アリウス兵とミカの攻撃を受けきったナツは、戦闘の影響による肉体の疲労が目立ち、二人よりも二日多い入院を経るも、何事も無く退院を果たす。

 

 スイーツ部への事情聴取は、最低限の物だった。補習授業部────ハナコが口利きをしてくれたお陰だろうと、シグレは考える。或いは、情報を小出しにしていたのは、この為でもあったのかもしれない。その分、当事者である補習授業部はかなり大変だったようだが。

 

 代わり、ではないが。事件後、ナギサが謝罪に部室を訪れた。スイーツ部に似つかわしくないくらい高そうな机と椅子を部室のど真ん中に置き、優雅に紅茶を嗜みながら部員が来るのを待っていたのを見た時は、どんな嫌がらせだと顔をしかめたスイーツ部だったが────彼女は補習授業部をはじめ、要らぬ疑念を抱いて迷惑をかけた人たちに謝って回っている、と語った。

 

 こういう所は律儀な人だ、と思うと同時に、少々では済まない同情の念に苛まれるシグレ。

 話を聞けば、ナギサとミカは幼馴染だという。心骨を擦り減らしながらも探し出し、猜疑心に囚われながらも平和の為、手段を問わず探していた“裏切り者”が────やもすれば最も心を開いていたかもしれない、幼馴染だったというのだから。

 

 ────ひと悶着あったものの、エデン条約の締結に関しては着々と準備が進んでいたらしい。あの一件以来連絡を取るようになった先生も、忙しそうにトリニティを駆け回っているのを、シグレも何度か目撃していた。

 

 ……時間なんて向こうにもろくにない癖に、お酒の件はしっかりと時間を作られ、静かにこってり絞られたのは別のお話。

 

 そして、話は現在へ。スイーツ部の部室で、シグレ主催の戦勝会────もとい、打ち上げが行われている。

 

「そういえば、シグレ。なんで、補習授業部の集まりの誘い断ったのよ。そのくせに同日に集めるし…せっかくなら、皆で一緒に楽しめばよかったんじゃない?」

 

 お酒漫談があまりにも不評だったので、渋々席に着いたシグレに、話を戻させまいとする様に話題を振るヨシミ。

 

 補習授業部の五人が、別の場所で同様に打ち上げをしているのは、誘いを受けたスイーツ部の全員が知る事だ。そして、わざわざそれを断ってまでシグレは、補習授業部とは別にスイーツ部の五人での打ち上げを開いた。

 「んー…」と唇に指先を押し当てて、少し考えてからシグレが言う。

 

「……補習授業部が解散されたら、途切れるとまでは言わないけど、あの子達の関係はちょっぴり希薄になるでしょ?────私が居ると、“邪魔”かな~、って」

 

 肘をついた片手を額に、前傾姿勢。もう片手を上腕に添え、にんまりと笑みを浮かべるシグレは、悪戯っぽく笑みを浮かべる。

 

「…浮足立つ気持ちは分からないでもないけど、あんた…ノドカが絡むと面倒臭いね……」

 

 言葉の意図を理解したカズサが、呆れたようにため息を漏らす。いわば、彼女は────せっかく同じ集団でいられる最後の機会なんだから、部員水入らずで過ごさせてやろう────と。そう、言っている訳だ。

 

 後方からヨシミの声で発せられた「アイリ絡みの時のカズサも大概でしょ」という言葉に、対象に据えられた猫耳が振り返り、空気が張り詰める。

 知らんぷりを貫くナツの後ろに隠れたシグレが、おずおずと口を開いた。

 

「…ま、まぁ、それが半分。────この会は、私からみんなへのお礼、だからさ。結構なことに付き合わせちゃったし、それ以前に勉強会の借りも返せてない。だから……」

 

 少しだけ、照れくさそうに。頬をぽり、と人差し指で搔くシグレは、続く言葉を探す様にもごもごと、口の中で咀嚼する。

 

「…恩返し、じゃないけどさ。スイーツ部の一員として、私が、みんなとも過ごしたいな、っていうのが、もう半ぶ────」

 

 

 ────ず………ん。

 

 

「「「「「…────?」」」」」

 

 小さな、地震。ほんのわずかな、揺れ。

 シグレの言葉が詰まる。カズサの身体が揺れる。ナツが机の側面を掴み、アイリが肩を弾ませる。

 

 初めに、それを見たのはヨシミだった。

 

「っ────何、あれ……!?」

 

 部室の窓からその方角が見える事は、果たしてどんな運命の悪戯か。

 建物群に覆い隠された、遠い遠い古聖堂に。ほうき星の残す軌跡の様な、天からの煙の一閃と────真っ黒い、雲。青い空に、粉塵と炎熱を巻き上げる、雲が。

 

 

 

 


 

 

 

「……ごめん、見失っちゃった…」

 

 申し訳無さそうに望遠鏡から目を離すノドカ。アズサが店を飛び出していった直後、補習授業部の四人を襲った巨大な地響き。そして、街頭の巨大スクリーンで映し出されていた古聖堂の様子。四人は否が応でも直感的に、アズサを取り巻く何かが────まだ、終わっていなかったことを知る。

 

「……何が起きているのか、情報収集をしましょう」

 

 神妙な表情のハナコの提案に、首を横に振る者は居なかった。強い困惑に怯えが少々混じったコハルの手を、アズサの駆けて行った人混みの方を心配そうに見つめながらヒフミが取る。

 正面を向く他の三人と異なり、ノドカは胸が締め付けられる様な思いを抱き、服を握りしめていた。

 

「……あの、表情」

 

 望遠鏡越しに見えた、悲痛の色が瞳に焼き付いて離れない。

 アズサが、まるで────何か、大切な物を捨てる覚悟を決めたように。隠れ得ぬ悲しみを零しながら、その表情がゆっくりと凍り付いてゆくところを、ノドカは見た。

 

「────シグレ、ちゃ……」

 

 はっ、と我に返る。今、何を言おうとした────…?

 

「ノドカちゃん?」

 

 立ち上がったヒフミが、此方に振り向く。望遠鏡を仕舞わず物思いに耽っていた所を心配されたらしい。

 

「……なっ、なんでもない。ごめん、すぐ行く…!」

 

 慌てて望遠鏡の脚を畳み、背負ったケースに仕舞いながら────ノドカは、反省する。

 

「……シグレちゃんに、頼りっきりじゃだめだ」

 

 トリニティに来てから、もう、数え切れないくらいに迷惑をかけた。これ以上は────それも、自分の友達の事で、助けを乞う訳には行かない。ポケットへ伸ばしかけた手を引っ込め、肩紐を掴んで立ち上がる。そのまま四人は、連れ立って喧噪の中へ。

 

 人々の声に搔き消され────ノドカの制服のポケットの中で震える携帯電話は、誰にも気付かれる事なく、コールを止める。

 

 

 


 

 

 

 駆ける。駆ける。疾く駆ける。その場に居た、誰よりも速く。その場に、全てを置いて。

 人混みでごった返す交差点。小柄な体を滑り込ませるように、人の合間を掻き分ける様に。

 抜けた先の路地裏。水を打ったように静かな、人気のない暗い道。陽の当たる賑やかな場所を抜け、影のかかった暗く寂しい場所へ。

 構わず、駆ける。今やその名残すらも残さず瓦礫の山と化した、古聖堂へ。曲がり。進み。飛び越え。破り。進んだ先に、見えた光景。

 

 発砲。地に伏せる、白い髪の────ゲヘナ生。救急車から手を伸ばす、もう一人のゲヘナ生。

 そして、手を引かれるまま、救急車に転がり込むのは、腹部から血を流した────。

 

 ────仮面に隠れて、その表情は伺えない。

 

「……ここでお前が出て来るのか」

 

 耳によく馴染んだ、低い声。

 

「まさか姿を現すとはね……そのまま逃げだしても良かったのに」

 

 ひどく冷たい、視線。

 

「えへへ、お久しぶりですね……」

 

 虚無の諦観を植え込まれた、四人の“家族”が────そこに、立っている。

 

「────どうして、先生を……!」

「……全ては無駄だ。それなのに、どうして足掻くんだ」

 

「……白洲アズサ」

「サオリいぃぃぃぃっ!!!!」

 

 向き合う、銃口。撃ち初めは、僅かにズレて────。

 

 

 


 

 

 

「……ダメだ、繋がんない。ちょっと行って来る」

 

「いやいや、行かない行かない。ちょっと待ちなさいよ」

 

 シグレの明らかな動揺に、スイーツ部の四人の間にも重い空気が立ち込める。

 

 空から降って来た何かに、正体不明の大爆発。その着弾点と見られる古聖堂は、ノドカ達補習授業部の打ち上げ会場であるカフェからもそう遠くない場所に位置している。

 遠目では当然、爆発の規模感や被害状況は掴めない。遅れて点けたクロノスのニュースを見ても、たかだか事件発生から数分では、有益な情報は見込めない。

 

 安否の確認を、と掛けた電話にノドカは出ず、焦りから部屋を飛び出そうとするシグレのコートの裾を、咄嗟に立ち上がったヨシミが握り締めて制止した。

 

「自分の力をどんだけ高く見積もってるか知らないけど、あんたが行っても何にもならないでしょ。闇雲に突っ込んでも危ないだけじゃない!」

 

「でも、ノドカが…!」

 

 止めるヨシミ。進むシグレ。

 その後方で、カズサが声を上げる。

 

「……なにこれ。ちょっと見て」

 

 横持ちにしたスマホを机に置き、他の四人がカズサの後ろから覗き込む形。クロノスのニュース。その画面には、瓦礫の山と煙の中に佇む、青白い光を纏った人影。

 どこかで見たような黒いヴェールに、ガスマスク。手に持つ銃はARだろうか。

 

 一人や、二人ではない。

 

「…………これ、……あの時より……」

 

 絶句する。逃げ惑うカメラマン。ブレる画面が、あらん方向を映し出し────その画面のどの瞬間を切り出しても、青白い人影が複数人映っている。

 このカメラマンが、やけに囲まれている────という線は、カメラが拾う音に否定される。

 銃声が。アリウスの侵攻の、あの時のそれより、格段に多い。遠近問わず、瓦礫と硝煙に紛れて飛び交う、命無き銃弾。

 

「っ、……やっぱり、行かないと…!」

 

「落ち着きなよ、シグレ。……正実が動くし、きっとゲヘナの治安維持組織も居る。君が行っても意味が無いどころか、火に油かもしれない」

 

 いつになく真剣な様子のナツに、言葉を飲み込みかける。だが────正実だけなら、連絡は取れる。その為に恩を売った、と。今のシグレなら、言い切れるだろう。

 

「だったら、ナギサにでも掛け合って────!」

 

 忙しかろうが何だろうが関係無い。お咎めなしで済ませたのだから、このくらいは聞いてもらう。ただ、私の顔と名前を正義実現委員会に共有して、それで。一度事件も起こした身だから、簡単なハズ。

 

 その淡い望みを打ち砕く、アイリの善意が。震える言葉で、紡がれる。

 

「……ナギサ様って、今……古聖堂に、居たんじゃない……かな……」

 

 言い終わると、同時。

 

「「「「「!!!」」」」」

 

 爆発音、再び。五人の耳をつんざくような轟音。

 ────でかでかと、「万魔殿」の三文字の刻まれた巨大な飛行船が、炎と煙の尾を引きながら墜落してゆく様が、スマートフォンに映し出された。

 

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