放課後スイーツ部二年、間宵シグレ   作:Rayu278

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第二話「天見ノドカ」

 ────事態は、混乱を極めてゆく。

 

 先生。爆発と、古聖堂の崩落から永らえたのは奇跡以外の何でもない。だが、幸運はそこまで。憎悪に満ちた凶弾は腹部を射抜き、命は赤く滴り落ちてゆく。

 懸命に処置を行う、ゲヘナの救急医療部部長の生徒。その腕は確かなようだが、果たして、どうなるか。

 

 白洲アズサ。どれだけ逃げても、自身の過去が追い縋る。……時間の前後という差異はあれど、その姿に僅かな親近感を感じざるを得ない。それを断ち切ろうと懸命に足掻き、自身に根付いた教えに背き、守りたい物の為に自らを犠牲とする。私には出来ないことなのは確かだが。

 

 浦和ハナコ。賢明な彼女の事だ、盤面に散りばめられて錯綜する情報を適切に繋ぎ合わせ、物語の真相への道筋が頭の中に出来上がっている事だろう。だが────「理解る」だけでは、どうにもならないのだ。私も、君も。

 

 下江コハル。混乱の渦中に放り込まれ、何の力も持たない彼女。意地を張る場面でない事だけは理解しているのか────ほんの少しの勇気と、混じり気の無い善性を持つだけに、気の毒でならない。

 

 阿慈谷ヒフミ。友の葛藤。苦渋の決断。彼女もまた前を向き、諦める事を知らず走り続ける。その努力が報われない苦しみを、あの天真爛漫な笑顔が曇る瞬間を────見たいとは、到底思えない。

アズサからの暗号。合流地点へ向かう彼女は、その先に待つであろう決別を前に────何を思うのか。

 

 

 

 天見、ノドカ。────変わらない。君が、どれだけ足掻いたって。

 

 何も変わらない。この物語は、何も。道筋を違う事も無く、ただ────悲痛と苦しみの果てに在るエンドロールに、名前がふたつ増えるだけの事。

 

 そう。君が来たところで────何も変わらないんだよ、間宵シグレ。

 

 

 


 

 

 

 ただ、綺麗な物が見たいだけ。この世のどんなものもこの目に映して、忘れられない思い出を残したいだけ。

 何年振りか、或いは生まれて始めて雪の止んだあの夜に。凍えて、震えて、悴んでいた事を二人してすっかり忘れてしまう位綺麗な、あの空を見てから────抱いたその思いだけは、ずっとずっと、変わらない。

 

 覗き見なんて、良くない。そんな事、いまさら言われたってどうしようもない。だって私は見たくて、私になら見られるのだから。

 正義実現委員会のコハルちゃん。シスターフッドに協力するハナコちゃん。二人が頑張る間、二人と違って元居た部活も立場も無い私に出来るのは、覗いて、見つめ続ける事だけだ。だから────ヒフミちゃんに頼み込んで、アズサちゃんに会うその現場を「覗かせてもらう」事にした。

 

 アズサちゃんは、とても賢い。私がどこから見ているのか分かってしまえば、人混みを遮蔽代わりに難なく私の目を逃れてしまう。だから私は、遠く、廃ビルの上に陣取り、望遠鏡を構えて様子を伺う。これならバレようがない。そもそも「遠」くを「望」む「鏡」なのだ。正規の使い方とも言えるだろう。

 

 橋の上。二人が、話しているのが見える。

 何を会話しているのかはわからないし、ガスマスクを着けたアズサちゃんは勿論、此方に背を向ける形のヒフミちゃんも同様に、表情が伺えない……ただ。少し話してから、俯瞰していても分かるくらい、驚くべきスピードで駆け出すアズサちゃんを追おうとして、躓いてしまうヒフミちゃんを見れば────何が起きたのかは、容易に想像がつく。

 

 辛い事だ。けど、────カフェを出て行ったアズサちゃんの表情を見ていた私には、想像がついていた。それに、私の目的はここからなんだ。

 全力で、アズサちゃんの姿を追う。場所さえわかれば、ハナコちゃんに連絡して、どうにか人手を集められる。アズサちゃんは本意じゃないかもしれないけど、それでも、私に出来る事を────。

 

「────?」

 

 ……あれ。なんだろう。

 アズサちゃん、こっちに向かってきている様な。

 

 え?バレたのかな。いやいや、そんなまさか。何百メートルも離れてるし、一応設置も工夫したから物陰から望遠鏡くらいしか見えていない筈。光の反射で、とか言われたらどうしようも無いけどこっちを見たような素振りも無かったし。ヒフミちゃんだって、わざわざ私の存在をバラすようなことは無いと思う。

 というかそもそも私の位置が分かっているなら、向かって来るんじゃなくて視界から隠れようとするはずだ。そうしないで、真っ直ぐ私の居る廃ビルに向かって来るのは、一体どういう領分で────。

 

「……………」

 

 ……気のせいかな。下の階から、声が聞こえてきた気がする。

 足音を立てないように、そ~っと階段を下る。二個下の階まで下って、恐る恐る顔を覗かせ────。

 

「────あれが、例の戦術兵器か。ただの化け物だな」 

 

 見知らぬ四人組が、何か怪しげな会話をしている所を、目撃してしまう。

 

 ごっつい武器。ロケットランチャーなんて、生まれて初めて見たかもしれない。それを背負った、黒いマスクを着けたボブカットの女の人は、此方に背を向けている。

 大きな箱みたいなケースと、下手すれば身体よりも大きそうな荷物を背負っている人。あれは、スナイパーライフルだろうか。その荷物のお陰で、二人の更に奥で此方側を向いているもう二人から、視界を切れているらしい。

 

 帽子を被り、アサルトライフルを握った人が一人と、白いフードを被り、仮面で顔全体を隠す人が一人。その姿を軽く一望した時、視界の端にその人の服に入った────ドクロを模った校章が目に入り、翻すように身を隠す事を選ぶ。

 

(………アリウス分校!!)

 

「────?」

 

 会話が途切れる。音を立てた自覚はあった。

 

「……リーダー、どうかした?」

 

「………いや。何でもない。瓦礫の破片が落ちただけだ」

 

 ……危ない。ゆっくりと、会話に足音を紛れさせながら、可能な限りの忍び足で、ゆっくり階段を上る。その道中で、話に聞き耳を立てるのも忘れずに。そうやって、一歩ずつ踏みしめて、ゆっくりと階段を登り────、

 

「『太古の教義』を基に作り出された失敗作と、『最高傑作の模造品』が……何?」

 

「……仕事をするなら何でも構わない。どのみち、奴らが狙いに気付いたところで────もう、手遅れだ」

 

 

 

「待機中の舞台に連絡を。────これより、トリニティへの進撃を開始する」

 

 …聞き捨てならない言葉に、足が止まる。

 

 どうしよう。今、ここで止めないと、大変なことになる。

 飛び出して、撃つ?────だめだ。相手は四人。一人やれたところでどうにもならないし、そもそも私じゃ一人倒す所まで行けるかすら怪しい。

 ハナコちゃんに、連絡?────だめだ。きっと忙しくて、直ぐに対応できる状況じゃない。それくらいは分かる。

 なら、どうすれば。そう思った瞬間。

 

「ひっ!?」

 

 声が出てしまった。しかし、見つかる事を危惧する必要は無い。後方。先程様子を伺った下の階から響く爆音に、悲鳴を掻き消されたから。

 

 どん、どん、どん。と、続けて爆音が響く。廃ビルが明確に揺れ、天井からぱらぱらと砂埃が降って来る。一体、何が。その答えは、怒りを孕んだ叫び声によって明かされる。

 

「────白洲アズサ!!」

 

 恐らくは、この爆撃を受けている張本人であろう、あの四人の誰か。そして、この爆撃を行っているであろう────アズサちゃんの、戦い。

 

 とにかく、逃げる支度を整えなくては。もはやこちらに気を遣る余裕も無いだろうと高をくくって、爆音に紛れて階段を全速で駆け上がる。すぐに息は上がり、汗が流れ、足が重くなる。

 屋上に居ても、揺れが届く。響き渡る銃声と爆音を聞いていると、今にもこの建物が崩れ落ちてしまいそうな不安に駆られる。急いで望遠鏡を担ぎ直して、それからようやく、ある事に気付いた。

 

「………どうやって出よう!?」

 

 下ではアズサちゃんとアリウス分校の人が戦っている。崩れていない、使える階段はひとつだけ。爆音や銃撃を聞くに相当派手に戦っているみたいだし、アズサちゃんは罠を張るのが得意だ。あれに気付かず引っかかってはひとたまりも無い。

 

「────っ!?」

 

 などと、一人で大慌てをしていた所。下の階から、一際大きな轟音が響く。爆弾の一つや二つじゃ起きないような振動。連鎖的に、沢山の爆弾を炸裂させたかのような音。

 再び階段を降りる間、尚も銃声が響く。見ると────屋上から、一つ下の階。その床が、丸ごと抜け落ちていた。

 そして、その下。少し前までこの階の床だった、瓦礫の上。

 

 帽子を被ったアリウス生が、口から血の雫を零すアズサちゃんの頭部に、銃口を向けていて。

 

 ダメだ。それはダメ。

 懐にある愛銃に、手をかける。狙いに自信は無いけれど、なんとか気を逸らして、アズサちゃんが逃げる隙を────と、銃口を向けようと試みた、その時。

 

 アズサちゃんと、目が合う。

 

 驚きは一瞬で搔き消えて。彼女は小さく、首を振った。

 

 

 

『やめてくれ』

 

 

 

 そう言った様に聞こえて。銃を握る手が、ブレる。

 

「虚しいな」

 

 遅れた、一瞬。その時は訪れて。

 

 

 

 

「虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい、虚しい」

 

 狂ったように、そう呟きながら。

 女は、引き金を引き続ける。

 

 見て居られなくて、目を背けた。本人がそうするなと言っても、止めるべきだったのかもしれないと、強い後悔に苛まれながら。

 

 弾切れを起こして、銃が空撃ちする軽い音が響くまで、ずっとずっと、執拗な銃撃は続いた。

 

「……虚しいな、アズサ」

 

「友情、か。ならばその無駄で虚しい物から壊してやろう。…たしか、────ヒフミ、だったか?」

 

 その言葉の意図するところを理解した時。もう何度目か、引き金を引こうと思ったのは。

 それでも、何故か。アズサちゃんが、まっすぐこちらを見つめて。どこか、淋しそうな。どこか、嬉しそうな。そんな表情で、『必要ない』と、語り掛けて来るから。

 

 流れる涙。声を殺して泣いてしまう、私。力無く倒れるアズサちゃんが目に映る。

 仮面を着けた白いフードの人が、帽子の人の傍に寄った。声を出さず、手や指を独特に動かす────内容は分からないが、手話という物だろう。声が出ないのだろうか。

 

「……心配しなくても、手加減はしている。こいつのことなら、よく分かって────」

 

 意図を理解しているかのように言葉を返す帽子の人が、言葉を返す。アズサちゃんから目を背けた瞬間────手足をバネの様に、アズサちゃんが飛び退くのが見えた。

 

「────また逃げるのか、アズサ!!」

 

 何度目か。耳が麻痺したのか慣れてきたのか、突然襲ってきたとしてももうあまり驚かなくなってしまった、爆発音。先程までアズサちゃんが居た所を中心に、灰色の煙が立ち込めている。

 

「……まぁいい。どうせあいつはまたやって来る。────この大事な、友情の証とやらを落としていってしまったからな」

 

 そう言いながら、帽子の彼女が拾い上げたのは────ヒフミがアズサちゃんに上げていた、ペロロ博士のぬいぐるみ。乱雑に、握って潰す様に持つその姿を見た時────ついに、堪忍袋の緒が切れる音がした。

 

「う、わああああぁあああ!!!!!」

「ッ!?」

 

 叫び声をあげながら。抑えていた嗚咽が一気に溢れ出し、大粒の涙と激昂を乗せて、サブマシンガンを乱射する。

 当然の様に、仮面の人を抱くようにして飛び退く帽子の人。退かれては分が悪いと、足場の悪い下の階層へ飛び降り、我ながら不格好に走りながら発砲する。

 

「お前は、アズサの────!」

 

 思わぬ伏兵にも、冷静。慣れた手つきでの素早いリロードを終え、弾を避けながら銃口をこちらに向けた瞬間────帽子の人の脇腹に、仮面の人が飛びつく。

 

「────ッ、姫────!?」

 

 バランスを崩し、倒れる人。仲間割れかと少し頭が冷え、自分の心臓の音がうるさく聞こえて来た所で。

 視界の端。仮面の人が立っていた位置に落ちていた、ペロロ博士のぬいぐるみが────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キィ────────────……ン………。

 

 

 

 

 

 

 

 ……耳鳴りが、酷い。

 

 ここ、は。廃ビル。たぶん、あの人たちのアジトだった場所。

 

 

 アズサちゃんの大事な物を、ぞんざいに扱って。どんな気持ちでそれを持ち歩いていたのか考えないあの人に、一発喰らわせてやりたくて。

 

 

 それで、突然────アズサちゃんの人形が爆ぜて。気づいたら、廊下の端にいる。口の中を切ったみたいで、血の味でいっぱいで。

 

 

 

 

 倒れ伏せている白いフードの人。その隣で、僅かにうごめく帽子の人。見た所────前者の方が、深手を負っている様で。

 

 頭が冷えて、自分がどんな無謀に足を突っ込んだのかに気付いて。弱っていても、きっと私なんかひとひねりのあの人に、背を向けて────崩れかけた階段から、意を決して飛び降りて。

 

「────姫ッ…!姫!!しっかりしろ!!」

 

 後方から、声が聞こえて。悲痛な声。あんな人でも────大事な人は、いて。

 

 

 今は、逃げる。きっと、アズサちゃんが守ってくれたんだ。

 あんなに大切にしていた贈り物のぬいぐるみを使って。これを意図していたかまでは、わからないけれど。

 

 ビルを出て、人気のない夜道をふらふらと走る。連絡、しなきゃ。ハナコちゃんに。

 覚束ない手で、手に入れた情報の全てを、出来る限り取り零さないように。

 無我夢中で、走り続けて。意識がもうろうとして、その先で────。

 

 

 

「────ノドカ、ちゃん────っ!?」

 

 

 

 

 誰かに、抱き留められた。

 あたたかい。あたたかくて、安心して────そのまま。私の意識は、静かに沈んでいった。

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