放課後スイーツ部二年、間宵シグレ   作:Rayu278

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第三話「ヒエロニムス・グレゴリウス」

 ────先生が、目を覚ました。私には、目を背けるなと提言を残して。

 

 ミカと、コハル。ハナコと、マリー。

 皆が皆、出来る事に手を尽くし、少しずつ、手を取り合う。

 

 ゲヘナ風紀委員長。アビドス廃校対策委員会。

 次々に、先生の指揮の下へ。縁と縁で繋がれた、遠く離れた生徒たちが、一同に介する。

 

 そして────ハナコに情報を託し、ヒフミの腕の中で意識を失った、ノドカもまた。

 彼女の、偶然から生まれたその行動が────離れた地で、誰かの足を動かす。

 

 バタフライエフェクト。たった一羽の蝶の翅が産んだ空気の流れが、遠い地の果て、時の果てに滅びの大災害となり“得る“可能性を語る仮説。

 

 ……破滅に向かう、後味の悪い、バッドエンドへの一本道かと思われた物語は、徐々にその舵取りの方向を変えていく。

 

 このままなら、或いは。走り出した一匹の、雪山から来たる一匹の獣の姿を見て────私もまた、その存在すら信じていなかった、淡い希望を抱き始めている事に気がついた。

 

 

 


 

 

 

 後ろから、何か聞こえてくるが、聞かないふり。カズサとヨシミの怒声。なんなら銃まで持ち出して、本気で止める気だ。

 

 ハナコから来た連絡。ノドカの無事を仄めかす内容と、相変わらず遠回しな「要請」。

反省しているとか言っていた割にやり口が一緒なのが癪だが────こんなものを見て、動かないわけには行かない。と言っても素面では厳しい事だから、思い切って懐に隠したスキットルを一杯、喉に流し込んだ後だ。

 

 曲がり角をあっちこっち走り抜けながら古聖堂までの鬼ごっこをするうちに、いつの間にか彼女たちの事は撒いたようで。

 

「さ、ってと…!」

 

 となれば次は、お目当ての人物を探すところだ。右見て、左見て、それだけでちょっぴりくらっとする頭。良い感じにお酒が回って来て、顔が熱い。

 片手を傍の壁面に着いたところで、視界の端に────特徴的な、青と白のカラーの制服を着た、生徒が見える。

名前は、知らない。いや、どこかで聞いた覚えはあるけど、あんまり覚えていない。

 

「ではここで、現場の状況を────お、わぁっ!??なっ、何ですかあなた、ちょっと!マイクを返し────ぎゃん!」

 

「ん゛っ、んー。あー、あー。マイクテス、テス。……うん。大丈夫そうだねぇ?」

 

 蹴っ飛ばしちゃった。ごめん。後で謝る。

 呆然と硬直するカメラの端に手を添え、こっちを向かせて。すぅ、と大きく息を吸う。

 

 この状況を覆す、盤外からの逆転の一手。それを、呼び集める為に。

 

 


 

 

「────目が、覚めましたか?」

 

 柔らかい感触が頬に触れる。ちょっとおもい。私の身体を支えているのは、ハナコちゃんだ。

 

「────…それじゃあ、一緒に、聞きましょうか。私達の────部長のお言葉を」

 

 ふざけるでもなく、穏やかな微笑みを浮かべたまま。ゆっくり起き上がった私に、ハナコちゃんは静かに肩を貸してくれる。

 目の前には瓦礫の山。その頂上に上り、私達に背を向ける、────意識が落ちる前の、記憶の最後にも見た、明るいブロンドの髪。

 

「────アズサちゃんが人殺しになるのは嫌です……」

 

 震える声が、冷たい空気を震わせる。手前で、此方に背を向けるアズサちゃんが、ぎゅっと手を握ったのが見えた。

 

「そんな暗くて憂鬱なお話、私は嫌なんです」

 

 語気は少しだけ、強くなる。より、はきはきと。しっかり、それを伝えたい誰かに、伝わる様に。

 

「それが真実だって、この世界の本質だって言われても、私は好きじゃないんです!」

 

「私には、好きな物があります!」

 

 知っている。みんな、知っている。

 いつも、楽しそうにその事を語る彼女を、傍でずっと見ていたから。

 

「平凡で、大した個性も無い私ですが……自分が好きな物については、絶対に譲れません!」

 

 知っている、私も、知っている。

 好きな物に賭ける彼女の情熱を。それが無ければ、この出会いも無かったという事を。

 

「友情で苦難を乗り越え、努力がきちんと報われて、辛い事は慰めて、お友達と慰め合って……!」

 

 目を閉じて、思い出す。友情と、努力に満ちた、あの時間を。

 

「苦しい事があっても……誰もが最後は、笑顔になれるような!」

 

 薄暗かった空が、ゆっくりと。東の空から差し込む青い光に、鮮やかに彩られて。

 

「そんなハッピーエンドが、私は好きなんです!!」

 

 精一杯、張られた声。明け方、姿を見せた太陽に照らされるその背は、何より大きく見えて。

 

「誰が何と言おうとも、何度だって言い続けてみせます!私達の描くお話は、私達が決めるんです!!」

 

 空は青く澄み渡り、透き通る様な純粋な叫びが木霊する。

 

「終わりになんてさせません、まだまだ続けていくんです!!私達の物語────」

 

 

「私達の、青春の物語(Blue Archive)を!!」

 

 高々と突き上げた指の一本が、雲を退かす。

 それは紛れも無く、平凡な彼女の思いが起こした、青春の奇跡で────。

 

“ここに宣言する。”

          

“私達が、新しいエデン条約機構(ETO)。”

 

それに次いで────ズルい大人の勝利宣言が、青春の祝福を締めくくった。

 

 

 

 

 

“────────ッ?“

 

「先んじて詫びよう、先生」

 

 耳障りな音が、響き渡る。

 

「本来であれば、この様な事にはならないはずだった」

 

 軋む様な音が。若者の声を遮る、絶望に染まった大人の声が。

 

“お前は……?”

 

「知性と品格、礼儀と信念、培ってきた経験と知恵……やはりそなたは、そなたという大人の本質は────何があっても揺るぐ事が無いらしい」

 

 不可解な言葉。その意図を理解できる者は、この場に一人としていない。

 

「それ故に。このような、忌むべき『模造品』如きでそなたの物語を終えてしまう事を────ここに詫びよう」

 

 地響き。

 

「だが。傲慢な望みだとは重々承知の上で、敢えて言おう」

 

 既に見る影も無い古聖堂の地面が、ゆっくりと崩れ落ちる。

 

 

「『聖徒の交わり(COMMUNIO SUNCTORUM)聖徒の交わり』。……『太古の教義』を基に、不完全ながら顕現した聖人の行く末と────『ここではない別の私が、その経験を経て生み出した最高傑作』の、────あり得べからぬ『共演』だ」

 

「『HIERONIMUS GREGORIUS(ヒエロニムス・グレゴリウス)』。………願わくば、どうか────喝采の、準備を」

 

「みんな、気を付けて!!」

 

 足場が、崩れる。古聖堂の地下の空間に雪崩込む様に、地面が吸い込まれてゆく。その予兆を捉えたアズサが、皆に注意を促す、も────

 

「っ、...!」

 

 ノドカを抱くハナコは、身軽には動けない。そうでなくても、基よりアズサほど身軽でない彼女は、崩落から逃れられない。

 

"ハナコ、ノドカ────!"

 

 先生が声を上げ、手を伸ばしても二人には届かない。だが。

 

「落ちる時は、みんな揃って一緒にです......!!」

「わ、...ひ、ヒフミッ...!?」

 

 コハルを抱き抱えるように体を寄せたヒフミが、跳ぶ。それを見たアズサはすぐさま先生を庇いに走り、六人は揃って古聖堂の地下だった広間に。

 

「────無事ですか、皆さん!!」

 

 先に着地したハナコがノドカと目を合わせた後、周囲を見回しながら四人の無事を確認。幸いにも、怪我をしている人は居ないらしい。

 安心も束の間。衆目の目は────真正面の怪物へ、釘付けにされる。

 

 青空の下。ヒエロニムス・グレゴリウス────そう名付けられた巨大な人型は、音もなくゆっくりと起き上がる。

 三つに別れた人影。指揮棒を携え、頭部が青白い灯火の様に揺らいでいるもの。────指揮者。

 赤黒いフードを深く被り、異様に細長い指を持つ手を四本持つもの。────聖人。

 後方、人が弾くには大きすぎる程のパイプオルガンに向かう様にその手を伸ばすもの。────演奏者。

 

【────Intro】

 

 演奏者の指が鍵盤に沈み込み、音を奏でる。

 荘厳で、底知れず。空気を渡る深い音。

 戦術兵器────と。そう呼ぶにしては、余りにも美しすぎるくらいで。

 どこか不気味な雰囲気を纏った演奏会の始まりを告げるように────パイプオルガンの周囲を囲う様に、蝋燭の青白い灯火が立ち上がる。

 

「......何、を......」

 

 静かにイントロが奏でられ、指揮者も緩やかに指揮棒を振るう。中央に静かに鎮座する聖人は、ピクリとも動かない。まるで、オルガンの音に聞き入っているかの様に。

 要領を得ない化け物の行動に、初手を決めあぐねた────その一瞬の致命を、直後に先生は後悔することになる。

 

【────1 Verse】

 

「「「「「「".........!!!"」」」」」」

 

 一振り。一際大きく、素早く、力強く。

 それを合図に、伴奏は急速に勢いを増す。空気がビリビリと震え、素肌を貫通して脳内を縦横無尽に弾み回るような、音の暴力。

 それがただの雑音に埋もれることは無く、ひとつの曲として成立している事実を────音楽への知見の有無を問わず、聞くもの全てに理解させる。

 

「────ノド────ちゃ────!!」

「────何────聞こえ────」

「────うる────さ────!!」

 

 皆が耳を塞ぎ、音楽の暴力に耐える中────一人、誰よりも深刻な表情を浮かべた先生が、額に汗を滲ませる。

 

"(────やられた)"

"(────指示が、出せない......!!)

 

 アロナのサポートがあったとしても、指示自体が届かなければ意味は無い。

 眉間に皺を寄せ、目を細めた次の瞬間。指揮者の動きが変わる。下から、上に────特徴的な指揮棒の振り方に続くように。

"ッ────みんな、伏せ────"

 

「あ゛ぐ、っ!!」

 

 耳を抑え、うずくまっているノドカを庇う形で飛び込むアズサの腹部に、不可視の音波の打撃が打ち付けられる。

 何時の間にやら湧いていた、概ね等身大の怪物の群れ────聖書や喇叭を携えた、聖歌隊とでも言うべき物だ。

 

「......ッ、ぐぅ...!」

"アズ、サ...!"

 

 後方でうずくまって呻くアズサに先生が駆け寄ると、打撃を受けた部分を中心に、赤黒い炎のような何かが、その身体を蝕もうとしているのが見て取れる。

 

「これ、は......呪い────?」

 

 見れば、聖人の頭部に当たる部分から、アズサの身体を蝕むそれと似た色の炎が立ち昇っている。

 

 音波に乗せられた、呪い。

 指示を妨害する、演奏。

 それに加え────狙いが定まっていないのか、此方に被害を及ぼしてはいないが。天から降り注ぐ光が、着弾点に爆発を起こす攻撃。これも恐らく、"聖人"の行動に起因するものだろう

 

"────使いたくは無かったけど"

 

 呟いたハナコの言葉から名を借りて、仮に呪いと呼称する能力は────先生自身の取捨選択と指揮次第だが、突破口はある。

 指示は、"それ"であれば心配いらない。声を介さずとも、アロナを通して思い描いた動きが指示できる────手足の様に、と表現するのは非常に不快だが。

 

 問題なのは、自身の身体にどれだけの負担を強いる事になるか。この身朽ちるまでに、果たしてあの化け物を仕留める事ができるのだろうか。

 不安を、胸に秘めたまま。代わりの切り札を、懐から取り出す動きを取る。

 

"大人のカードを、────"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その切り札、待ったをかけるよ────先生!」

 

 頭上から、何故か────その生徒の声だけが、やけに鮮明に聞こえた気がして。

 そして、────

 

「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーっ!!!!!!」」」」」」」

 

 目の前の怪物が発する音楽すら掻き消す様な凄まじい雄叫びの津波が、上方から響き渡った。

 

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