放課後スイーツ部二年、間宵シグレ   作:Rayu278

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【プロローグ②】店名『New Encounter』

 部活動に所属していない放課後ってこんなに暇なのか、と。正門を出て、暫く真っ直ぐ行った先。アイスクリームショップの向かいの柵に背を預け、スマホ画面を見つめるシグレ。

 

 画面にはモモトーク。名前欄に「ノドカ」と表示されたトーク画面。彼女からシグレの下に、つい先程送られてきたのは、大人の男性の写真。どう見てもハイチーズで撮ったものには見えない、盗撮に近い画角。

 懲りないな、と吐息を漏らす。同時に、意外と楽しめているようで少し安心もする。落ちこぼれクラスというから心配していたシグレだったが、文面から伝わる雰囲気にそれが杞憂であったと悟る。意外にも周囲の環境が良いのか、先の盗撮の被害者────シャーレの「先生」が、良い仕事をしているのか。

 

「...アイスでも買って、帰ろ」

 

 喋る相手が居ないと口寂しさが拭えない。そんな理由で意図もなくつぶやき、同じ理由で正面のアイスクリームショップに目を向ける。

 

『もうちょっと掛かるから、先に帰っててもいいよ、ごめんね!』

『すまほみてるのばへあ』

 

 届いたメッセージにひとつスタンプを返す。いつもの帰り際、ノドカの後ろにぼんやりとその看板の色合いだけを捉えていたアイスクリームショップ。店名すらまともに認識していなかったシグレは、気紛れに店の門を潜った。

 店内はかなり混雑している様子。注文までの列は長く、受け取りの待機列もまた長い。うげ、と顔を顰めつつ、急ぐ理由もないからと、壁に掛けられたフレーバーやトッピングの表を眺めていた時だった。

 

「...ねえ、あんた、この店初めて?」

「わ、」

 

 "右下"から、声がした。

 下だ。床の方から。手乗りサイズの妖精でも話しかけてきたか。そんな錯覚と、視界の端にも映らなかった声の主に驚き、しっぽと耳をぴんと立てて小さく飛び退くシグレ。

 

「......なんでそんな驚いてんのよ。ちょっと声かけただけじゃない」

 

 シグレが下を向くと、むす、っと頬を膨らませた女の子が視界に入る。なんで、と言葉を重ねてはいるが、不機嫌そうな顔を見るに、驚く相手の心中は大方察しているようだ。

 

 ふっくらとした金髪をツインテールに束ねた、女の子。少しオーバーサイズに見える赤いパーカー。

 シグレも背が高い方ではない。それ故に、余計に"そう"見える。

 

「ちっちゃいね。一年生?」

 

「はっきり言うなぁ!!」

 

 ぷりぷりと怒る姿は残念ながら、あんまりにも怖くない。小動物の威嚇を見ているようで、ほっこりと和んだ表情をしているシグレに、金髪の女の子が再び噴火する。

 

「何よその顔っ!?私の事舐めてるでしょ!」

 

「ん~ん?これからアイス舐めようとしてたとこなんだけど」

 

 のらりくらりと受け流す物腰に、甲高い声が真正面からぶつかってくる。打てば響く、という言葉が相応しいリアクションに、シグレは満足げな微笑みを浮かべながら、冗談めかした返事を繰り返した。多少上半身を前倒しに、下へ伸ばした腕。小さな拳を握り手首を外側に曲げた、いかにもといった可愛らしい怒りの様相。からかい甲斐がある、という一点ではノドカに似通った部分がある少女だ。

 

 暫くの間、元気な仔犬の様な声音による、精一杯の罵倒らしき語彙の応酬を受け流していると、一区切りついた所で「ん゛んっ」と咳払いを挟み、ポケットに手を突っ込んで仕切り直した。

 

「…そんなことはいいの。この店、見ての通り結構混むんだから。そんなとこで呑気にフレーバー選んでないで、先に並んだ方が良いわよ。カウンターの上にもおんなじの提げられてるの、見えるでしょ?」

 

────?

 

「今はまだマシだけど、ここからどっと人が流れ込んでくる位の時間帯よ。結構トッピングが凝ってる分、ひとつひとつに時間がかかるし、…ほら、向こう見れば分かると思うけど、複数人で来てる子も多いの。見た目以上に時間かかるから。ぼさぼさしてると、ね」

 

 …ぽかん。

 

 シグレの肩越しに細い指が示す先には、イートインスペースがある。どの椅子にも大体鞄などの席取り済みである事を示す影があり、複数の生徒たちが机を囲んで、豪華な風貌のアイスを食しながら談笑している姿。しかし、シグレはその先に目線を向けなかった。

 

 少しの間、呆けた顔で金髪の少女を見つめる。警戒する様に目を細め、「…なによ」とでも言いたげに睨む顔を、ぼうっと。

 そういえば、話しかけられたのはこちら側だった。と、少し遅れて思い出すシグレ。至って普通の事なのだが、顎を引いて目線で顔を注視されると、可愛らしい顔に上目遣いの要素が加わって、それがシグレの庇護欲をそそる────と、違う違う。我を取り戻す様に、顔を左右に振って。先の金髪の少女のように、咳払いを挟む。

 

「それ教えるために、────わざわざ列から、抜けてきたの?」

 

 カマかけとは違う。シグレが店内に入ってから来客を示す入口のドアベルは一度も鳴っていなかった筈。少女が話しかけてきたのはイートインスペースとは反対側。そして、視界の端。遠慮がちに、一人分程度開いた空白を詰める列の生徒の姿。確証はないが、十分に推測し得る範囲だ。

 

「…そうよ。あんた、こういうとこ来るの初めてでしょ?」

 

 

 つらつらと言葉を並べ、理由と共に「早く並ぶべき」である理由を説明した彼女。きっとシグレが一人で来店した所から見ていたのだろう。それは偶然目に入っただけだったかもしれないが、その後のシグレの行動が、金髪の少女の意識を惹いた。

 

 何をのんびり吟味なんかしているのか。運よく人が来ないから良い物を。

 そうやって痺れを切らし、初心者と判断したからといって、今が混み合う時間帯である事と理由まで伝え、早く並ぶように促す理由にはならない。自分が並んでいた列から抜けて。時間がかかると、自分で分かっているのに。

 

「そうだね、恥ずかしながら。一年の頃は、結構暇しない生活だったからさ」

 

「てことは、やっぱり年上?ホントにアイス屋初めてなんだ。一緒に来る友達とか…居ないの?」

 

 優しいのだろう。やもすれば分け隔てなく。

 

 態度はつんけんとしていて、愛嬌のある顔だが目つきも少し鋭い所がある。しかし、それと心根の色は全く別の話だ。人を見た目で判断してはいけない、なんて、小学校で学ぶような世の中の常識を、シグレは今更、こんな場で復習させられた。

 

 文面で見ても分からないかもしれないが、その言葉には紛れもない純粋な心配が込められている。「友達とかいないの?」なんて絵に描いた様な煽り文句だが。声調。表情。仕草。持ちうるすべてで、誤読の余地を踏み消していく。

 今更になってシグレは、初対面の癖に軽い気持ちで揶揄った自分を、少し省みた。

 

「二年生だよ。居ないことは無いけど、去年は行く暇がなかった、みたいな感じ」

 

 言葉を聞くと、ふぅ。と安心したように吐息を漏らす少女。平静を装ってさらりと口に出しておきながら、心中は穏やかではなかったらしいと、察する。友人関係に悩みを抱える事なんてありふれている。思い切り相手の地雷を踏みぬかないよう、慎重に探りをかけようとしたのが伝わる。

 

「じゃあ、今は暇なのね。…部活とか?」

 

 ぴくり。シグレの、丸い耳が揺れた。

 

「…今は、帰宅部だよ」

 

 入りたい部は、あるんだけどね。そう言いかけて、喉まで出かかった言葉を飲み込む。「なら入ればいい」と言われて、事情を説明する事になっても困るとの判断だ。

 

 この新一年生はシグレの顔をまだ知らないようだ。それに、入学前の暴動事件、その主犯格の補佐をしていた存在とだけ聞けば、立派な大悪党。第一印象がそれで上書きされてしまうのは、シグレも嫌だった。

 

 避けるであろう先を見越して設置された小さな地雷。踏み抜かれ、爆ぜたそれを、胸中に覆い隠そうとするシグレ。彼女の気遣いに免じて、こんな性格の悪いトラップに心を痛めさせるわけには行かないから、と。────跳ねた石の破片にまでは、気が回らなかったようだが。

 

「…そう」

 

 思案顔で、ポケットから手を抜く。握ったスマホに目線を落とし、柔らかい指が硬い画面を叩く音が鳴る。それが止まって数秒、列がひとつ進んだ。

 

「…ねえ」

 

 金髪の少女がシグレに声をかける。

 

「やる事無いなら、うちの部活、来てみない?」

 

 


 

 

 あの日食べたアイスの味を、思い出しながら。頬杖をついたまま目を瞑った間宵シグレは、そういえば、と思い返す。

 

「…あのお店の名前、確か────」

 

 当時は考えもしなかった、偶然。事実は小説よりも奇なり、という奴か。くす、と頬を綻ばせ、口角を持ち上げた、その時。

 

「────おまたせ、シグレ。いい仕事するね、お手柄じゃん」

 

 金髪の少女────ヨシミが、繋げてくれた縁。片目を空けたシグレの視界に、すっかり日々に馴染みつつある、友人の姿が映る。

 

「遅いじゃんか。ドリンク一杯で粘らせるにしてはさ。...授業お疲れ、────カズサ」

 

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