放課後スイーツ部二年、間宵シグレ   作:Rayu278

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第一章
第一話『放課後スイーツ勉強会』


「こんにちは、シグレちゃんっ。席取っててくれて、ありがとうございます!」

 

 カズサの後ろから少し遅れて入店してきたのは、栗村アイリ。セミロングの髪と、それを軽く束ねる青色のアイスを模した髪留めが静かに揺れる。カズサと比べて額に汗が滲み、少々息を切らしているのが気になる所。ハンカチを額に当てながら、シグレに向けて頭を下げた。

 

「…あれ、他二人は?」

 

「あー、授業終わったのは一緒だったんだけどさ」

 

 シグレの問いかけに、彼女の向かい側の椅子に腰を下ろしながら答えるカズサ。椅子の背もたれに鞄と銃の肩紐を預け、隣の椅子を引いてアイリが座れるように導線を確保しながら言葉を続ける。

 

「一番到着が遅かったヤツが注文担当ね、って、走って来た」

 

 少し、得意げに。席に着いたカズサは席に着いたアイリの手を握って、肩の上あたりに持ち上げ、シグレに向けてにんまりと笑顔を浮かべる。照れくさそうに笑うアイリの姿と一緒に視界に収め、シグレは僅かに目を細めてほほ笑んだ。

────時間をかけてでも、席を取っておいた甲斐がある。

 

 「放課後スイーツ部」。

 ヨシミの提案で仮入部したシグレが、半ば勢いのまま入部し、現在まで所属し続けている部活。活動内容が「放課後にスイーツを食べること」という、字面からも読み取れるゆるさに、逆に惹かれた────と、シグレは言う。

 メンバーはシグレを除くと四人。一年生が創立した部活、という点だけはノドカの一件を想起させる。だが、スイーツ部にいわゆる「部長」という存在は居ない。創立者はアイリだが、当人が部内の上下関係を好ましく思わないからと、わざと部長という座を作らなかったのだと、シグレも聞かされている。

 

 シグレの知る部活は、「天文部」が他の部活動との交流を行っていなかったため、それと合わせて言わずと知れた「正義実現委員会」と生徒会組織である「ティーパーティー」くらいの物だ。どれも規模感が大きく、「組織」と言っても差し支えないという共通点がある。

 その為、“部活“とは名ばかりの「同好会」の側面が強いスイーツ部の雰囲気は、彼女にとってかなり新鮮だっただろう。

 

「それにしても、良いとこ取ったね。窓際で、陽当たりも眺めも良いし。どうやったの?」

 

「んー。…授業すっぽかして、人が居ない間を狙ってみた…とか?」

 

 瞬間。窓の外を眺めていたカズサとアイリ。二人の顔が凍り付き、錆び付いた機械の可動部の様にぎぎぎ…と、揃って首をゆっくりシグレの方へ向ける。

 真顔、驚きを一つまみ。といった表情が、二つ。長い無言に耐えかねたシグレが、両手を持ち上げながら、控えめに、絞り出すように声を出す。

 

「…あー、二人とも…?」

 

 呼びかけを聞いたカズサが、机に肘をついて俯き、頭を抱える様な姿勢で深いため息をつく。アイリも目を閉じ、口をへの字に曲げて、いたたまれない表情を浮かべている。

 

「アンタさあ…この集まりが何目的か、覚えてる…?」

 

 丸い目をぱちくり。その後、少しわざとらしく額に指を当て、右上に視線を当て、考える素振りを見せたシグレは────

 

「…限定スイーツの、大食いチャレンジだっけ」

 

「『勉強会』でしょ!!九割方アンタの為のっ!!」

 

 カズサの鋭い突っ込みを受け、丸い耳を力無く、へなりと寝かせるのだった。

 

 

 

「ほんとに名前のまんまなんだね。放課後スイーツ部」

 

 時は再び遡り、シグレの体験入部時。部室は食べ終わったお菓子やスイーツの袋と、クリームやチョコレートの汚れと食べかすが残った紙製の食器。そして、甘ったるい残り香で満ち満ちている。

 ヨシミに連れられるがままに道すがら軽く話を聞きながら、アイスを齧りながら部室を訪れたシグレは、見た事も無い様な種類と量のお菓子とスイーツとに囲まれ、文字通り「お菓子パーティ」と言うにふさわしい大歓迎を受けていた。

 

 そして、満腹感と甘みの暴力に包まれ、山の様にあったお菓子も粗方無くなり、体験入部の“活動“が終わりに差し掛かる頃、ぽつりとシグレが呟いたのが先の言葉。

 

「何だと思ってたのよ、説明したじゃない」

 

 細い棒状のお菓子を咥えたまま、ヨシミが言葉を返す。

 

「いやあ、もっとこう。評論とか、創作とかさ。部活って言ったら、そう言う事をするのかな~って」

 

「そういうのを期待されてたなら残念だけど、うちは食べる専門なんだよね。…気に入らなかった?」

 

 そう返したカズサが、マカロンを唇に挟む。

 

「私はどちらかと言えば、創作畑の人間だけど…いや。身構えてたから、拍子抜け…っていうか。気楽に参加できそうで、好印象かも?」

 

「善し悪し、優劣、価値。それらを論ずるという事の難しさは、並大抵ではない」

 

 シグレが振り向くと、桃のサイドテールを揺らし、皿に乗った食べかけのショートケーキを宙に掲げながら、窓際で黄昏る一人の少女。────柚鳥ナツが、居た。

 

「食す側だけでなく、創る側。いちからお菓子を生み出す、創作者としての観点が無ければ、その批評はただの無知蒙昧の妄言へと成り果てる事もあるだろう」

 

 ほほう。顎に手を当て、眉を寄せて話を聞くシグレ。それに対してアイリを除く二人は、また始まったとばかりに気怠げに、背もたれに体重を預けて各々手に持ったお菓子を口に放り込んで塞ぐ。アイリもそれを見て、困り眉で「あはは…」と笑顔を浮かべている。

 

「故に、君のその勘違いも理解できる。私は許容しよう。だが、我々が追及するのは物事の善し悪しではない。────楽しみ。友人と共に過ごす、何気ない青春の一ページ。そう、それすなわち────」

 

「────ロマンだよ」

 

 

 

「ナツ。一応言っておくけどシグレ、先輩だからね?」

 

「承知の上。しかし、スイーツを究める道においては、我々の方が先達であるとも────」

 

「ごめんシグレ。こいついつもこんな感じだから、気にしないのが吉ね」

 

「…ふふっ」

 

「「?」」

 

 思わず、シグレの口から漏れ出す笑い声。それに、ナツとカズサが顔を見合わせて呆ける。

 シグレは、目下の目標を「補習授業部に入る事」としている。無論、ノドカのそばに居続けたいという思いからだ。それが揺らぐことは、無い。と、断言しても良い。

だが、その為に。自分のひとつの理想の為に────その他の全てを、切り捨てる必要は無いのではないか、とも思う所があるのも、事実だ。

 

 和やかな雰囲気。山ほどのお菓子と共に、自然体のまま、自身を歓迎してくれる四人。慌ただしい一年間を過重労働も良い所のハイペースで駆け抜けたシグレは、ここで初めて、「腰を下ろした」という実感を得た。

 

 二年に入ってから勉強はせず、成績は落ちる一方。落第に瀕する、というレベルに至るのは並大抵の事ではないが、明確に学力は低下の一途を辿っている。要領の良いシグレといえど、一朝一夕で取り戻す事は流石に厳しいほどの、差。このまま行けば、例え部活に新しく加入したとしても、強制転部の措置を受けるのはそう遠い話ではない…と、シグレは考える。

 

 ならば、ノドカには悪いが────ほんの少しの安らぎを、この四人に求める事くらいは許されるだろうか。

 

 少し、間を空けて、シグレが口を開く。

 

「うん。入るよ、部活。今、決めた」

 

 


 

 

 そして、シグレがスイーツ部への入部を決めてから、数日後。

 

「…あの、カズサ、ヨシミ…」

「「ちょっと黙って」」「て」「なさい」

 

 部室の入口、ドア前に正座させられたシグレ。その真正面で、シグレの鞄の中を漁る二人組は、何やら緊迫感を感じさせる表情で、ぐしゃぐしゃになったA4サイズの紙を何枚も引っ張り出している。

 

「これも、…これもね。カズサ、そっち置いて」

「…うん。これは、ひどいわ」

 

 山の様に積み重なった、ぐしゃぐしゃの答案用紙。

 数十枚はあるその紙束の、どれにも等しく書かれている、数字。

赤いペンで、二重線の上に書かれたそれが、────二桁に達している物は、全体の三割も無い。

 

「…アンタ、成績悪すぎじゃない!?」

 

「…7点、5点、8点…。あ、これは12点だ…」

 

「何が恐ろしいかと言えば、この殆ど全てが100点満点のテストである、という事だね…」

 

 信じられない物を見るような顔で、重ねられた答案用紙の一枚一枚を捲って行くアイリ。その平均点が余りにも低いがために、全体の1割と少ししか点数を取れていない物ですら、その桁が変わる事を理由に、珍しい物の様に声を漏らしてしまう。…これにはさすがのナツも引き気味である。

 

「いやあ、…あはは、恥ずかしいね、なんか」

 

「恥ずかしいどころじゃないでしょこんなの。アンタ去年どうやって進級したのよ…」

 

 椅子に腰かけ、足を組み、威圧的にシグレを見下ろすヨシミ。…普段見下ろす事など滅多にないから、ここぞとばかりに。そう零したナツは、既に彼女の怒りを買って、頭にたんこぶを作った後だ。

 

「すごい、24点のを見つけたよ、ナツちゃん!」

 

「おお、ほんとだ。過去最高点だね。でも赤点だよ、アイリ」

 

「ほら、うちのアイリの価値観が歪んじゃったじゃん。どうしてくれんの、シグレ」

 

「それは私に言われてもなぁ。教育に悪いから、見ない方が良いんじゃ…?」

 

 きっ、と黒猫の鋭い目つきで睨まれ、縮み上がるシグレ。

 

 バレた。状況説明はその三文字で十分だろう。部室に置いていた鞄から答案用紙がはみ出ていた。理由も、本人の不注意によるもの。それは反省するとして、だ。シグレにとって問題なのは、ここからである。

 

 どう説明するか。単純に頭が悪い事に起因する成績不振、と言い訳して、心配をかける訳にもいかない。────一年の頃の自分を知る誰かと接触した場合、すぐにバレる嘘は、吐きたくない。それは、問題を先延ばしにするだけだ。良い事は一つも無い。

 かといって、「成績不振者が集う部活動に転部させてもらう為に、頑張って成績を落としています」なんて言えるわけがない。自分でも何を言っているか分からないし────規模の大小に違いはあれど、真剣に部活に向き合っている彼女たちを愚弄する発言は、すべきではない、とシグレは考える。否、したくない。これは天文部での経験から、という部分が大きいだろう。

 

 ここにきて彼女は、再び、自身の行動の軽率さを反省した。そもそもの目的が他の部活に向いているのだから、入部すべきではなかったのかもしれない。だが────。

 

『それでも、なんとか言い訳するしかないか』

 

 心の中で、そうつぶやく。事ここに至ってしまったのだから、なんとか乗り切らなければ。そう思って、無いふりをしている頭をフル回転させようとした、その時。

 

「────…どうする?週三とかにしとく?」

 

「う~ん…私は、週に四回ぐらいでも、良いと思うけど」

 

「普段より活動量が増えそうだけど、皆は平気?」

 

「アイリが言うなら週四。決まりでしょ」

 

 ────?

 

「何の、話?」

 

「はぁ?決まってんでしょ、『勉強会』よ」

 

「────」

 

 当然の様に、ヨシミが言う。

 

「よくやるんだよね。部員の誰かの、テストの結果が良くなかった時に」

 

 にこにこと笑顔で、アイリが言う。

 

「本当なら、勉強会の主役が奢ったりもするんだけどね。入部したてだし、今回は勘弁してあげる」

 

 シグレの肩をとん、と叩きながら、カズサが言う

 

「結託し、困難に立ち向かう青き友情。甘味に満ちた机の上で、次なる刺客への対抗案を練り、罫線の上に筆を走らせ────来たる試験を、皆で乗り越える。これぞ、ロマン」

 

 髪を手で払い、気取りながらナツが、言う。

 

 呆然と。口を空けたまま、視界に収めた四人の顔をぼんやり見つめるシグレ。その顔を見るのが四人の中で唯一、二度目である為か、ヨシミが頬を膨らませて「…ぷっ」と吹き出した。

 

「…な、なんで?」

 

 喉から絞り出すかのように声を出したシグレに、同じく疑問符を浮かべたカズサが、首を傾げながら答えを返す。さも、当たり前の事を。周知の事実を。何をいまさら、と半分呆れたように。

 

「なんで、って、────アンタももう、スイーツ部の一員でしょ」

 

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