放課後スイーツ部二年、間宵シグレ   作:Rayu278

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第二話「気持ち」

「────冗談。冗談だってば、ちゃんと授業行ったって。こないだカズサが教えてくれた近道を走ったら、丁度人が少ない時間帯に来られただけ。ほんとだから、その顔やめて二人とも…」

 

 じっとり、双方向から鋭い目線を突きつけられるシグレは、両手を挙げて投降の姿勢を見せる。

 

 週に3~4回。放課後の活動時、だいたい二時間弱。期間は次回の定期試験まで。場所の確保はローテーションで、上手く行かないようなら部室に集合。すっかり定例となった放課後スイーツ勉強会も、今回で九回目。

 シグレが席を取っていたのは、SNSで話題沸騰中のスイーツカフェ。期間限定のカスタードパンケーキが絶品、との噂が流れていた物である。

 

「────あーっもう!やっぱりカズサ達もう着いてるじゃない!アンタのせいだからね、ナツ!」

 

「大局的に物を見る事も大事だよ、ヨシミ。今回の賭けは我々の負けのようだが、先の寄り道が我々に利を与える可能性も無限にある。何故なら、未来は誰の目にも観測できな、あだだだだだ、ヨシミ、痛い痛い」

 

 カズサとアイリがシグレに詰め寄る丁度その時、コンビニ袋を手にぶら下げたナツと、肩で息をするヨシミが声を上げる。相も変わらず芝居がかった口調で語ろうとするナツのサイドテールを引っ掴み、財布だけを取り出して空いた席に鞄を放った。

 …コンビニに寄っていたのだろうか。ナツ。

 

「ほら、並んでくるから。三人は注文、モモトークで送っといて!」

 

「…じゃあ、私達は準備だけ、整えておこっか」

 

 竜巻の様に騒がしく、長い列の最後尾へと向かっていく二人の背を見送りながら、アイリが口を開く。カズサもシグレも頷いて同意し、各々の鞄から教科書やノートを引っ張り出し始めた。

 

 


 

 

「わっかんな」

「まだページ捲って2秒も経ってないよ、シグレ」

 

 勉強会が始まってもう何度目かのやりとり。問題文を見た途端に投げ出そうとするシグレと、飽きもせず突っ込みを入れるナツが隣に並ぶ。二人の対岸、窓際にカズサ。隣にアイリ、ヨシミの順で並んで座る。ドリンクを飲み、偶にスイーツにも手を伸ばしつつ、各々の勉強を進めている。

 無事に五人分買う事の出来たカスタードパンケーキ。ふっくらと分厚いパンケーキに、これでもかとかけられたカスタードの黄色が目立つ。薔薇を模った白桃のコンポートがクリームに包まれて置かれ、周囲にはハイビスカスティーにアセロラやピーチシロップがブレンドされたジュレが散りばめられている。

 

「…ナツせんせ~…、この辺、分かる?」

「任せたまえ、シグレく~ん。って言いたいところだけど、二年生の範囲だよね。過度な期待は禁物で~」

 

 そう言いながら、シグレが寄せた教科書を、覗き込む形で身を乗り出すナツ。

 

「うわ、ど忘れした…アイリ、ここの公式、どっちだっけ」

「どれどれ、んー、と…前のと一緒、だと思う!」

 

 頭を抱える様にして悔し気な表情を浮かべるカズサに、隣から顔を覗かせたアイリが指を指しながらアドバイス。

 

「よっし、一旦休憩…パンケーキ食べちゃお」

 

 一区切りがついたのか、両手の指を組み、手のひらを上に向けて大きく伸びをしたのち、ナイフとフォークを手に取るヨシミ。

 

 勉強会、とは言っても、本当に“会”って“勉強”をしているだけ。分からないことは都度相談し合いながらも、これといったルールも無く、スイーツを食べながらの勉強。

 普段の彼女らの部活動と、大差ない緩さのまま、時間がゆっくりと流れていく。

 

 

 

 シグレは、悩んでいた。初めに四人に『勉強会』の事を持ち掛けられた時から、今尚ずっとひとつの悩みを抱えている。

 

「────私は、どうしたいんだろう」

 

 放課後スイーツ部に加入したのは、言ってしまえば気まぐれだ。小規模の部活。緩い活動内容。和やかな雰囲気。人の好い部員たち。天文部とは真逆の環境に身を置いて、心身を休めたかっただけ。勿論、それを口に出したりはしない。

 ノドカを追って補習授業部に入りたいのは、本心からだ。彼女の隣に在る事。存在理由とまでは言わないにしても、その居場所を求める感情は、彼女の心の大部分を占めている。

 

「ノドカの隣に居るのは、別に私でなくとも構わない。彼女には私が必要だなんて、驕った考えは持っていない」

 

 でも。そう語るシグレにとっては、彼女は欠かす事の出来ない存在である。

 

 遠く、遠く。彼女たちが生まれ落ちた、北の果て。猛吹雪が吹き荒れる山の奥。連邦生徒会によってその身柄を保護されるまでの数年を、過酷な環境下で共に過ごし、共に生き延びた、“幼馴染”の二人。

 凍えるような寒さも。朽ち果てるような空腹も。恐ろしい獣の唸り声も。

 霧が晴れ、雪が止み、晴れ渡る深夜。頭上に浮かぶ満天の星空の下へ。震えて眠っていた私を起こし、手を引いて連れ出してくれた、あの少女。

 あの日、彼女が見せてくれたあの景色が、瞼の裏に焼き付いて。彼女がかけてくれたあの言葉が、幾度となく脳裏から鼓膜を震わせて。

 

「あれがあったから、今の私が居る。────君が居たから、私はあれを“思い出“と呼べる」

 

 シグレは、楽しんでいた。

 停学処分が解け、補習授業部に入る直前のノドカと、数カ月ぶりに下校したあの時間を。天文部が起こした暴動の後処理の為、キヴォトス中を走り回っていたあの時間を。大きくなっていく天文部を、望遠鏡を覗くノドカの隣で、ひぃひぃ言いながら取り纏めていたあの時間を。天文部を興そう、と手を引くノドカに、着いて行ったあの時間を。

 

トリニティへの入学が決まり、ノドカと一緒に制服に袖を通し、登校したあの時間を。凍り付いてしまうかのような極寒の地で、薄い毛布を共有し、細い体を寄り合わせながら、朝など永劫来ないのではと錯覚するほどに長い夜を、二人で乗り切ったあの時間を。

 

寒いのも、辛いのも、楽しみなのも、驚いたのも、苦しいのも、疲れるのも、楽しいのも────全て、ノドカが居たから得る事が出来た、シグレの思い出。

 

「君が居ない人生なんて、私には想像が付かないよ」

 

 場所なんて、どこだっていい。内容なんて、どうだっていい。ただ、大切な人と美味しい飲み物があれば、変わらない日々はその先にある。

 だからこそ。彼女の思考は、初めの一言に立ち戻る。

 

「────私は、どう、したいんだろう」

 

 放課後スイーツ部。シグレからしてみれば、小規模どころの騒ぎではない。部活というよりも、ただの「仲良しグループ」、という印象ですらある。その中に、招き入れられるままに腰を下ろして。そうして、流されるままに勉強会にも参加して。

 その行為は、ノドカの後を追う、という彼女の望みから、遠ざかる物で。

 

『────アンタももう、スイーツ部の一員でしょ』

 

  カズサの声。頭から離れない、言葉。

 後から入って来たシグレを快く迎え入れ、彼女の為に手間をかける一つ下の女の子たち。

 

 その気持ちを。その思いを。その行動を、裏切っていい物だろうか?

 

 悩むシグレ。言い訳は思いつかない。「彼女たちの厚意を無下にして、勉強会も手を抜いて、あたかも努力もむなしく落第に差し迫ったかわいそうな生徒を演じる」事を、正当化する為の理由が、思いつかない。そんなものは、ない。

 

「────私、は────────?」

 

 

 

 間宵シグレは、ずっと、ずっと、迷っている。

 

 

 

「…シグレー?」

 

 シグレの筆が止まって、十秒と少し。茫然自失とした様子のシグレを見かねてか、対面に座っていたカズサがおずおずと声を掛ける。

 

「っ」

 

 体を震わせ、前を向く。夕日に照らされて桃みがかった、少し心配そうなカズサの顔が、シグレの目に届いた。

 

「そろそろ我々は退散の時間だ。片づけるとこだけど…平気?お腹壊した?」

 

 左隣のナツが、中途で芝居がかった口調を止め、心配の言の葉を紡いだ。彼女を視界に入れると、自ずとヨシミとアイリの姿も視界に入る。二人はきょとんとした顔で、カズサを。あるいはナツを、見つめている。シグレの異変には気付いていなかったようだ。

 

「…あぁ、うん。勉強し過ぎて、糖分不足かも」

 

「さっきみんなで糖分の塊みたいなパンケーキ食べたばっかりじゃない!」

 

 頭を整理しながら軽口を漏らすと、ヨシミから小気味いい突っ込みが帰ってくる。うん、大丈夫だ。脳内で呟くシグレ。自分の中で念を押して確認する様に、「放課後スイーツ部の間宵シグレ」を思い出す。

 

「…ほんとだ、もうこんな時間か」

 

 改めて、窓の外を眺める。夕日を覆い隠そうとする建物が、影の漆黒に染まって、その輪郭だけが映し出されるトリニティの街並み。

 シグレの目に映るその景色に、昼間見たノドカの姿が重なって見えて。

 それが、嫌に物寂しくて────。

 

 

 

「ねぇ、みんな」

 

 帰り道。二列に並ぶスイーツ部の五人。前にカズサとアイリ、中央にはナツが一人。ヨシミとシグレが最後尾を着いて行く。一番後ろから、他の四人を呼ぶ声がした。アイリが足を止めて振り返り、それを皮切りに皆の視線がシグレに集中する。

 

「…お店で持ち込みのモノ飲むのはな~、と思ったから、出せなかったんだけどさ」

 

 言いながら、シグレが鞄から取り出したのは、銀色で、中の見えない金属製の、二本のボトル。片手に持てるのはそれだけだったが、鞄の中にはもう二本、しっかりと用意されている。

 

「なにそれ…っぅわぁあ!?ちょ、急に投げないでよ、危ないでしょ?!」

 

 中身を尋ねようとするヨシミに、ふんわりと投げ渡し。それを見て目を輝かせながら、「きたまえ────!」と腕を広げてキャッチするつもり満々のナツには、あえて直接手渡し。

 

「自家製ドリンク、ってやつ。変な物は入ってないし、甘くて美味しいよ。味は保証する」

 

 そのまま、少しだけ不服そうなナツの横を通って、カズサとアイリにも一本ずつ手渡す。

 

「…飲んでみても、良い?」

 

 ボトルから手に滲む暖かい感触を感じながら、アイリが言う。に、っと笑顔を浮かべたシグレが、両手を広げて肯定の意を示した。僅かな警戒の色を浮かべ、飲もうとしないカズサとヨシミとは対照的に、シグレの返答を見たナツとアイリが殆ど同時にキャップを回し、両手に持って口へと運んだ。

 

「………!」

「美味し~~!」

 

 ボトルを口に着けたまま目を見開くナツ。上擦った喜びの声を上げるアイリ。二人の姿を見て、カズサとヨシミも「おぉ…」と、先程までとは違ったベクトルの驚きをシグレへと向ける。

 

「これは私からの感謝の気持ち、って事で。九回目にもなって今更だけど…付き合ってくれて、ありがとうね、皆」

 

 夕日の下。少し、照れくさそうに笑みを浮かべて、四人への感謝を伝えるシグレ。それを見て、各々。程度の差はあれど嬉しそうに、表情を綻ばせた。

 

 それは、シグレの正直な気持ちと、罪悪感のブレンドの味。

 いずれ、皆を裏切る事になると分かっているからこその、言葉なき謝罪の前払いであることは、────…誰も、知らない。

 

 

 


 

 

「────そもそも、補習授業部は……生徒を退学させるために、作った物ですから」

 

 夜。気品に満ちた、ティーパーティー所有の建物。その、一角。

 月の下。テラスに置かれた丸机には、昼間、並べられていたスイーツは既に無く。

 チェスの駒を、音を立てて動かしながら。眉一つ動かさず、当然かのように非常な言葉を言い放つのは────トリニティ総合学園、ティーパーティー現ホスト代理。桐藤ナギサ。

 

“どうしてそんなことを……!?”

 

「……」

 

 静かな宵月の下。交わされる蜜月。

 茶も菓子もない、静かな”茶会”。

 招かれるは、「大人」の「先生」が一人だけ。

 水面下に揺らめく影。

 

「あの中に、トリニティの“裏切り者”がいるからです」

 

 それが静かに。静かに、波を立て。

 音も無く。波紋が、広がる。

 

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