放課後スイーツ部二年、間宵シグレ   作:Rayu278

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第二章
第一話「葡萄酒と紅茶の並ぶ机の上で」


 張り詰めた雰囲気。燦燦と煌めく星々と、三日月の下で行われる“お茶会”。

 互いに持ち寄った、形ばかりの茶菓子にスイーツ。机上の戦場、飛び交う"言弾"(コトダマ)から身を隠す遮蔽。

 参加者は二人。華美だが派手過ぎない装飾の施された丸机を挟んで、相対す。

 

 紅茶を、一口。その香りを浅く堪能しつつ。音も無く、アールグレイの仄かな渋みを舌先で転がし、飲み下し。小さな音を立ててカップをソーサーへ戻した。

 ふんわりとした前髪の隙間からシグレを射抜く、鋭い目つき。薄茶の髪を彩る白百合の花弁が、夜風に吹かれて静かに揺れている。

 

「……あなたも、懲りない方ですね。シグレさん」

 

 招待状は、一週間前から出されていた。数回に渡り、「ノドカの────補習授業部の退学の撤廃」を訴えるシグレの直筆のメッセージ付きで。

 トップに欠員が一人の現状で、日頃の通常業務に加え、差し迫るエデン条約調印式の準備にも追われているナギサだったが────補習授業部の第三次学力試験、前日の夜になって、その誘いに乗った。

 何か、思う事があったのだろうか。その胸中は、シグレには測りかねる。

 

 カップを片手に、小さく手首で回し、紅い水面に渦を起こしながら、シグレはじっとナギサの顔を見つめている。

 

「ノドカさんの即時退学の措置を撤回したのは、ひとえにシグレさん。あなたの努力と献身を認めたからに他なりません。我々、ティーパーティーに回される筈だった量以上の仕事量を、考えうる限り完璧にこなし、文句のつけようも無い“後始末”を付けた、『あなたへの温情』。隣人を想うあなたの『愛』に、報いる必要があるとの、私の判断です」

 

 二人の態度は、対照的だ。

 両手を膝の上に重ね、凛とした表情のまま。真っ直ぐに背筋を伸ばし、ティーパーティーとしての威厳を雰囲気に滲ませるナギサ。

 カップの持ち手に人差し指を通し、ソーサーの上で少し斜めにしたまま。逆の肘を机に突いて、手の甲に頬を置くシグレ。

 

「故に、此度のノドカさんへの措置に関しては────『それはそれ、これはこれ』としか、言いようがありません。暴動の件が無かったとして、彼女の成績不振もまた事実。補習授業部への転部措置は、どのみち規定事項です。あなたと交わした契約を履行した上で、彼女の行動に尚も問題があった。それだけの話ですよ」

 

 失礼、と言葉を挟み、再び紅茶に口を付けるナギサ。口腔に広がる芳醇な香りと渋みを、目を閉じて味わう。ゆっくりと、口腔に伝わった物を排熱するかの様に、深く溜息を吐く。

 

「…シグレさん。エデン条約の関連の業務で、私達は手一杯なんです。ただでさえ休まる暇も無い慌ただしい日々の中で、五人もの落第を目前にした生徒たちの面倒は、とてもではありませんが見切れません」

 

 淡々と。少し、呆れを足したような声色で、そう話すナギサの目は、冷たく濁っている。

 

「むしろ、これは最大限の温情だと捉えられるでしょう。シャーレの“先生”の力を借りてまで、彼女らの退学処分を防ごうとしているのです。きちんと規律を設け、条件を果たした暁には、全員元の通り復学させることまで約束した。これを救済措置と言わずして、なんと言うのですか?」

 

 皮肉っぽく笑みを浮かべ、空になったカップとソーサーを机に戻しながら、ナギサは尚も続ける。

 

「与えられたチャンスを掴めないのであれば、それは彼女らの問題です。努力を怠り、足掻こうとしなければ、流されるまま下へ下へ落ちていくばかり。それはここ、トリニティに限った話ではない。どこも同じ事、一般社会の常識で────」

 

「説明になってないよ、ナギサ。成績不振は私だって五人と一緒でしょ」

 

 得意げに、調子付き始めたナギサの言葉を遮る様に、シグレが声を上げる。

 

「落第に瀕してる生徒がこっちにも居るんだけど、五人はダメでも私は退学になっても良いって事?温情、“後始末”の時に、全部使い果たしちゃった?」

 

 沈黙。睨み合い、と言うべきか。鋭い眼光が交差し、中空に火花が散る錯覚を、両者が共に覚える。

 体を起こし、背もたれに体重を預けたシグレが、話を切り出す。

 

「……第二次試験の事、ノドカから聞いたんだよね。前々日の夜に、いきなり色々変えたって聞いたよ。試験範囲は三倍近く。ロケーションはゲヘナの廃墟で。挙句に、『偶然』テロリストの起こした爆発に巻き込まれて試験用紙が焼けたからって、テスト結果は一律『不合格』だってね?」

 

「…それが、何か。条件を満たせなかったのなら、致し方ないでしょう」

 

「笑っちゃう。救いの手を差し伸べる、なーんて言っておきながら、嫌がらせレベルの変更に怪しさ満点の事件と処分。まるで『退学させたい』みたいな行動だ」

 

 ぴくり。ナギサの眉が動いたのを、シグレは見落とさなかった。

 

「それは一旦置いておいて。話は変わるけど、本当に疑問なんだよね。────ハナコは入れて、私を入れない、ナギサの判断が、ずっとさ」

 

 再び、シグレが前のめりに、両肘を机に突いて顔を突き出す。

 

「ナギサ、今年の初めごろに会った時に言ってたよね。『去年の時点で三年までのテスト全科目オール満点』だった後釜第一候補の“優等生”には、ティーパーティーに与する申し出を断られた、って。……それ、浦和ハナコの事でしょ?」

 

「今年に入って急に成績がガタ落ちして、補習授業部に、って聞いたよ。程度に差はあるけど、私とおんなじだ。違う点は、彼女の噂ってなると避けて通れない所にある『奇行』。水着で徘徊してる目撃情報が多数だとか、淫語を大声で連発してたとか、そういうの。何がしたいのか分かんないけど、私と似たような目的でもあるのかな?」

 

 無言を貫くナギサを他所に、シグレは取り出したスマートフォンの画面を数回叩きながら、話を進める。

 

「……阿慈谷ヒフミは、ブラックマーケットでの目撃証言が複数上がってる。転校生の白洲アズサは学内で度々銃撃沙汰を起こして複数回の生徒指導を受けてる。天見ノドカは言わずもがな、去年の暴動の主犯格。……下江コハルに関しては、これって挙げれる様な理由はないけど……まあ、ちょっと想像はつくかな」

 

 本当の意味での被害者は、彼女だけかもしれない。顔もろくに知らない正義実現委員会の少女に向けて、静かに同情を向けながら。ティーカップに入った紅茶を一息に飲み下し、かしゃんと音を立ててソーサーに戻したシグレは、言う。────性格の悪い笑みを浮かべ、詰め寄る様に身を乗り出しながら、言う。

 

「あくまで、『成績が著しく低いが故に、落第に瀕した生徒』を救うための補習授業部、でしょ?メンバーが揃って『問題行動が認められた生徒』なのは、偶然?それが恣意的な物なら、ティーパーティーに認められる成果を残している私を入部させないのにも、理由がつけられると思うんだけど」

 

 眉を立てたナギサは、不愉快を明確に顔に示している。唇の隙間から食いしばる歯を漏らし、机の下で拳を握る。

 

「君が補習授業部を創立した真の目的……『成績不振者への救済』なんか嘘っぱちで、ほんとは『怪しい行動を起こす生徒たちをまとめて排斥する』つもりなんじゃないの?先生の────シャーレの権限を借りて、めんどくさい手続きを全部すっ飛ばして………いや、はっきり言おうか」

 

 

 

「理由を付けて体よく追いだしちゃおう、って腹積もりなんでしょ。君が探している────“トリニティの裏切り者”、ってやつを補習授業部ごと、さ」

 

「…………っ、!!」

 

 

 ナギサの平静が、完全に瓦解する、音。

 人が「声」と、あるいは「言葉」と呼ぶ音。シグレから発せられたそれが。ナギサの鼓膜と心臓を、大きく揺さぶった。

 

 “トリニティの裏切り者”。エデン条約の破綻を目論見、トリニティのどこかで陰ながら暗躍する存在。ナギサが恐れ、探しているその人物の“正体”を敢えて挙げるとするならば、アリウス分校から差し向けられた転校生────白洲アズサが、それに該当する。

 

 彼女の“偽装”は精巧だったと言うべきだろう。本人が既にその意思を喪失している事を考慮に入れたとしても、ナギサが裏切り者を絞り込む上で、彼女を含む五人の問題児に疑惑を分散させられる程度には。

 ナギサに限った話ではない。多少素行に問題はあったが、共に時間を過ごした補習授業部の面々にすら、その真の目的を疑われる事は無かった。ほんの少し、退廃的に世界を見ていて。それでも、無邪気に友人と研鑽に励んでいて。

 

 だから、仮に彼女の独白が無く、計画の通りに進んでいたのならば────それは、「完全犯罪」と言って差し支えない、完璧なスパイ活動として成立していたことだろう。

 

 そう。補習授業部、五人目のメンバーである────天見ノドカさえ、居なければ。

 

「………何のお話ですか」

「手、震えてるよ。汗もかいてる」

 

 彼女が最も優先する幼馴染から得た情報。それに向けられる信頼は言わずもがな。とはいえ、その色がナギサの表情の上に明確に見えた事で、シグレの中での信頼は確信へと姿を変える。

 

 天見ノドカの“覗き癖”は、過剰が過ぎる。

 

 それはもとより停学処分を喰らう程度のものだ。処分を受け、それが原因となって、居場所すら追われかねない経験を経た今でも収まる所を知らないのだから、病的であると言っても良い。補習授業部送りにされてからも、ノドカの“覗き癖”は問題なく猛威を振るっていた。

 

 それは第二次試験の前。補習授業部の部長であるヒフミと先生。その間にハナコを交えた、深夜の密会。補習授業部というものの裏の目的。それを知るただ二人の人間が、事情を知らないハナコに事実を伝える場面。

 

 それは深夜。スパイ活動を行う白洲アズサが、「スクワッド」への報告へ向かい、それを果たして合宿所に帰還する場面。

 

 自らの目で。耳で。或いは、望遠鏡を通した景色の先に。彼女は、その全てを見ていた。

 

「私は実際の所、君が探ってる件にはほんとに無関係だし、“トリニティの裏切り者”って言葉もノドカからさっと聞いただけだから、詳しい事はなにも知らない。……ハナコと同じことを言うみたいでちょっと申し訳ないけど、政治にも全く興味は無い。ヘイトスピーチして君をその席から引きずり下ろすとか、そんな真似はする気ないよ」

 

 シグレは、白洲アズサの事を知らない。目的も、起こした行動も、どんな人間であるかも知らない。ただ、ノドカから────“トリニティの裏切り者”を、ナギサが探している。その事実を聞いただけだ。

 

『きっとノドカは正体も知っていて、それを排斥するのではなく守り、共に進む事を選んだんだろう』

 

 シグレは想像する。想像を、する。真偽は二の次。天見ノドカが間宵シグレに、彼女が必要であると思った情報を提供したという事実だけだ。

 

『正体を知っていて、それを自身にひた隠しにするのだから、裏切り者の正体は私が知る必要の無い情報なのだ』

 

 わざわざ聞かなくとも、シグレにはわかる。幼馴染なのだから。シグレにすら言わない隠し事をするのには理由がある。怒られるからか、言うべきではないからか。彼女の場合、だいたいその二択だ。

 

「あぁ、ノドカじゃないよ、少なくともね。そんな事企むような子じゃないのも、それを私にすら隠し通せる訳ないのも、私が誰よりも知ってるんだから」

 

 そして、前者の可能性は、シグレになら消せる。故に先んじて、ナギサの疑惑がシグレとノドカの“二人組”に向くよりも先に、その道を潰す。ノドカの退学を取り消させるために「あれだけやれる」シグレが、“裏切り者”とは考えにくい。そう考えたナギサへの、深い牽制。

 

「けど、その為に私の幼馴染を巻き込んで罠にハメようって言うなら、私も容赦はしない。私は、ノドカの邪魔をする、あなた達の邪魔をする。なにせ、こちとら“元・優等生”。その脅威は────わかるでしょ?」

 

 

 

 

 

 ────パァンッ!!

 

 鋭い柏手。びりびりと痺れる空気。

 

「────警備っ!!取り押さえなさい!!」

 

 続けて放たれた、怒気を孕んだ命令が、扉を貫いてその奥に立つ武装したティーパーティー構成員の耳に届く。

 力強く、テラスの両端の扉が蹴り破られた。構成員四人が瞬く間にシグレを取り囲み、二人がかりで両腕を背中で束ねて抑え、残りの二人が銃口を向ける。

 音を立て、机が揺れる。押さえつけられたシグレに重心が寄せられ、机の脚が軋み、悲鳴を上げる。紅茶が少し零れ、チョコレート菓子が散らばった。

 

「あいてて…。手荒だね。……一応聞くけど、これはどういう嗜好の催し

?」

 

「……先の発言を、我々ティーパーティーへの明確な宣戦布告と受け取りました。処分は……少し、考えます。連れて行きなさい」

 

 

 


 

 

 

「……は~。いてて」

 

 ティーパーティー所有の建物の、一室。シグレを軟禁するその部屋には、窓から差し込む月明かり以外に、室内を照らす光源は無い。

 急遽、決まった処置故か。荷物の没収等は行われなかった。ナギサの命令は、一先ず“明後日の朝まで”閉じ込めておけ、という物だ。

 ぶち、ぶち。後ろ手を縛る縄をコートに仕込んだナイフで切り裂き、ほんのり赤く痕の残る手を揺らしながら窓辺に腰掛けるシグレ。スマホを取り出し、画面を点ける。

 

 モモトーク。グループ名の横には、参加している人数を示す(5)の文字。

 

 月明かりを見上げる冬の妖精は、二度、深呼吸を挟み────。

 

『無事、潜入』

『なるはやで来てね~』

 

 緊張感の欠片も無いメッセージを、送信した。

 

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