放課後スイーツ部二年、間宵シグレ   作:Rayu278

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第二話「開戦の合図」

 闇夜に包まれたトリニティに、五つの人影。

 

「……チームIV、到着」

 

 彼女らはトリニティの風景に似つかわしくない、重厚な武装を身に纏っている。

 

「特段変わった様子は無し、警戒も予想通り」

 

 揃いで装着しているガスマスクが素顔を、その表情に彫り込んだ憎しみを、覆い隠す。

 

「チームV、チームVI、チームVIII、全て準備完了との事です」

 

 通信機を手に持った一人が、小隊長らしい一人に声を掛ける。

 

「ターゲットの位置は確認済み。予定通り作戦を開始する」

 

 銃を、掲げる。空高く、銃口を────真正面の建物に、向ける形で。

 

「総員、前へ」

 

 桐藤ナギサを狙った、髑髏紋様の復讐者達が────音も無く、足並みを揃え、トリニティへと侵攻を開始する。

 謀略渦巻く、激戦。その火蓋はきられて。

 

 


 

 

「…お」

 

 小さな地響きが、シグレの身体を揺さぶる。時刻は2時。日はまだその気配も見せていない。

 意外に早いじゃん、なんて呟きながら、シグレはスマホ画面を叩く。

 

『“始まってる”から、派手にしちゃってもいいと思うよ』

 

 少し遅れて届いた二文字の返事に、満足そうな笑みを浮かべたシグレは、スマホを仕舞ってもう一度、窓の外を眺める。

 

 …丁度、その時。建物と建物の間から見える向かいの通りを、数人の人影が駆け抜けていくのが目に映った。

 

「……アレか」

 

 薄暗い街を遠目に見ての事だ。流石に、武装や顔まではっきり見えるほどシグレは鳥目ではない。だが、シルエット位なら何とか捉えられる。

 

────トリニティじゃ見た事無い装備と、部隊の形式。外部戦力を招き入れた形かな。

 

 シグレが補習授業部から得られた情報と、共有した作戦は以下の通り。

 桐藤ナギサの目的は“トリニティの裏切り者”を探し出し、それを除く事。補習授業部はその為に作られた組織だが、実際の所は真にナギサの言葉通りの意味の“裏切り者”が誰なのかまでは分かっていない────とは言うが。

白を切るにしても、それは流石に。と、メッセージを受け取ったシグレは、画面越しに顔の見えない浦和ハナコを浮かべて苦笑いをした。

 

 信頼できる情報源から、第三次試験当日の明け方。“裏切り者”の手引きにより、トリニティの学園内で騒ぎが発生する事を把握した。目的は桐藤ナギサ。勝利条件はトリニティの転覆を目論むそれらの目標を阻止し、補習授業部が五人そろって第三次試験を受ける事。

 シグレ達“協力者”は学園内、動きやすい場所で待機。騒ぎの発生に乗じた陽動により、一人でも敵の目を分散させつつ、可能であれば補習授業部と合流を果たし、桐藤ナギサの護衛と事態の迅速な収拾を行う。

 

そして、シグレ個人にはもう一つのミッションが課されている。

 

「────」

 

 がちゃりと音を立て、鍵が開く。ノブが回るのを見て、一瞬呼吸を止めたシグレ。

 

 ────来た。

 

 扉が開き、廊下の照明の明かりが静かに差し込むのを見て、肺に溜まった空気を一度に吐き出し、真っ直ぐに扉の向こうに居るであろう人物の姿を見据える姿勢を取る。

 

 

 

 

「────あれ?縛られてるって聞いたんだけどなぁ」

 

 

 

 

 ────やっぱり、か。

 浦和ハナコの推測と、それを基盤に据えた作戦を受けたシグレが辿り着いた結論。

 その回答の答え合わせが、逆光を浴びたシルエットの形で、シグレの前に。

彼女らが想定する限り、最悪の模範解答を叩き出した事を知らせる様に、現れた。

 

「会った事はあるだろうけど、殆ど初めましてみたいなもんだよね。こんばんは────聖園、ミカ様?」

 

 ふんわりとウェーブのかかった、桃の髪。腰辺りまで伸びるボリューミーなそれを、静かに揺らし。一般的なティーパーティーの制服も、彼女が着れば美しいドレスに早変わり。幼さの残る顔に丸く大きな目。華奢な体を揺らし、片手に携えた短機関銃をゆっくりと

 

 昨年度の二大“優等生”が揃って導き出した解答。────“トリニティの裏切り者”候補、容疑者筆頭と、相対する。

 

 

 

 

 

 ────さて。状況を整理しよう。

 

 間宵シグレ。放課後スイーツ部所属、至って普通の二年生。所持品はスマートフォンと折り畳み式のナイフが一本。着ている制服は兎も角、その上から羽織ったロングコートも手札として数えられるだろうか。

 

 愛銃は、持ち出していない。そもそも室内でグレネードランチャーをぶっ放してどうなるか、という話でもあるが、ナギサに没収される事を危惧したのが一番の要因である。何せ、「これ」を済ませて終わり、という簡単な話ではないのだから。

 

 身体能力という観点で言うと、同年代の生徒と比べて、シグレのそれは意外にも高い水準にあると言える。幼少から行っていた狩りの経験で作られた身体の基礎を、自主トレで最低限保っている形。────だが、ノドカの退学関連で駆け回っていた時にルーティンが崩れている。全盛とは言えないだろう。

 

 

 

 聖園ミカ。ティーパーティー、パテル分派代表の三年生。武装と呼べるものは手に持ったサブマシンガンが一丁。小道具を隠し持っている可能性は────無い、と、シグレは断定する。ノドカの関連で駆け回っている中、ティーパーティーの会合に同席した際などに、彼女の人となりをそれとなく知る機会はあった。

 

シグレの知る限り、聖園ミカはどちらかと言うと単純な性格をしている。それでなくともシグレ一人への警戒度はそこまで高く無い筈だし、そもそも向こうは戦闘になる想定などしていないはず、という事もある。

 

力を根幹に据える、パテル派の代表。眉唾物だと信じたい噂も聞く。例えば、“トリニティの戦術兵器”────正実の委員長、剣先ツルギに引けを取らない実力の持ち主だとか。

 

 

 

 シグレに課されたミッションは、「“裏切り者”の特定、次点で誘導」。“特定”とは、言い換えれば、「聖園ミカにかかった疑惑の真偽を確定させる」事。尤も、態々シグレの下を訪ねてきた時点で、既に前者は達成しつつあるのだが。

 

 シグレ達の推測が正しければ、聖園ミカはトリニティに侵攻しつつある敵対勢力の指揮官に当たる存在。つまり“裏切り者”勢力の頭────本人である。

つまるところ最終的な目標である「事態の収拾」には、シグレ率いるスイーツ部の協力で可能な限り敵戦力を散らした上、先生と補習授業部の下へ聖園ミカを誘導し、全員で囲んでの制圧になるが────。

 

「そういえば、ちゃんと喋った事無かったっけ?初めまして、シグレちゃん。よく晴れた夜だね。…まぁ、星を見るにはちょっと外が騒がしいけどさっ」

 

 今ここで問題となるのは、彼女が何の意図でシグレの下を訪れたのか、だ。

 

「…ご配慮どうも。一応私、ティーパーティーに喧嘩売って軟禁されてる身なんだけど……何の用?ここからあなたの権限で出してくれたりする感じ?」

 

 縄の件には特に深入りしないミカ。態度を見るに、どうやらシグレの監視や逃げ出していないかの確認に来た訳ではないらしい。

 

「縄抜けは出来たけど鍵までは無理で、途方に暮れてたってトコかぁ。ふふっ、どうしよっかなぁ?」

 

 唇に細い人差し指を当て、身体を横に曲げる様に大袈裟に首を傾げながら、ミカは続ける。

 

「ここから出て、何をするの?ああ、それは聞かなくてもいっか。────補習授業部の、ノドカちゃんの事、助けに行くんだもんね」

 

「────!」

 

「奇襲、って聞いた時は一瞬ナギちゃんにバレてたかなと思って、肝を冷やしたけど…あの子。白洲アズサが裏切った、って聞いて、むしろちょっと安心したよ。私達の作戦をお漏らしして、ナギちゃんを一足先に確保。こっちの勝ちの目を先に抑えて待ち構えよう、って魂胆な訳ね」

 

 ────ビンゴ。だけど、最悪の状況。

 

「ふふ。だから、これから直接居場所を“聞きに”行こうと思ってたところだったんだけど…そういえば、直前のタイミングでナギちゃんにさ。あんまりにも怪しい行動をしてる子が居たよね?」

 

「…何のことやら」

 

 つまるところ、ミカの目的は────。

 

「交渉だよ、間宵シグレ。こっち側に着くなら、私がホストの座に就いた時に補習授業部全員の退学を取り消してあげる。手始めに────あの子達がナギちゃんを、何処に隠したのか。教えて欲しいな☆」

 

 尋問。

 手数と策を備え、迎え撃つ準備を整えた補習授業部の面々よりも、囚われの一個人であるシグレから情報を吐き出させる方が合理的、という判断だ。唯一、その選択に誤りがあるとすれば────シグレに補習授業部の立てた詳しい作戦が伝わっていない可能性を、除いて居ないという事だ。

 

 伝える情報を最低限に抑え、情報が漏れる事を危惧した、ハナコの采配。故にシグレは現在トリニティを侵攻する、ミカの私戦力────アリウス分校の存在も知らない。知識さえあれば、あるいは推測の果てにハナコの様にそこまで辿り着けたかもしれないが────補習授業部入りを目指すシグレの『努力』は、伊達ではなかったという事になる。

 

 ハナコも、これを見越してナギサに喧嘩を売らせたというのならとんでもない。そして、彼女がその状態のシグレに何を求めているかまでも、シグレは理解した。

 ミカはシグレから情報が聞き出せないとなれば、どのみち補習授業部の下へ向かうだろう。シグレが誘導するまでも無く、恐らく連絡を取り合っているであろう私兵たちから情報を得て。

 

 つまり、シグレに課された『誘導』とは、言い換えれば『時間稼ぎ』。補習授業部とスイーツ部の面々が可能な限り敵戦力を削るまで、ミカを引き付けて囮をしろ、という話である。

 

「────」

 

 まさしくトカゲの尻尾切り。我ながら末端も末端、割を食うだけの立ち位置に腰を据えてしまった、と自嘲的に鼻を鳴らすシグレ。

ロングコートのポケットで、スマホが二度、バイブレーションを鳴らす。音が服に吸われ、ミカの耳には届かない。

 

ゆっくりと、窓枠から手を離し、ミカの方へ二歩前進するシグレ。

 

 

「ノドカ達は、君の救いの手が無くても絶対に合格するよ」

 

 

 はっきりと。身長差1cmの相手の顔を真っ直ぐ見据え、意地悪く笑みを浮かべるシグレ。

 交渉決裂の合図は、直後。

 

 

 ────シグレの後方で起きた、閃光と爆音によって、盛大に飾られる。

 

「な────!」

 

 

 

「────おまたせ、シグレ!!」

 

後方から響いた声音。にっと笑顔を浮かべてシグレが言葉を返す。

 目は向けず。代わりに、片手を上げて。

 

「…丸腰で粘らせるにしては、遅いじゃんか────」

 

「────飛び降りて!!」

 

 友人への信頼。臆することなく、変わらずミカの方を真っ直ぐに見据えたまま、床を強く蹴って自身の身体を後方へ撃ち出す。

 夜風が冷たい。空調の効いた室内からいきなり飛び出たのだから当然だが、肌寒い。それは、落下の勢いによってシグレの身体から更に温度を奪っていく。

 

 自由落下。目を閉じて、四階から。

 

 


 

 

 ────ぼふん。

 

「げふっ────」

 

 柔らかい感触に体が包まれる。衝撃を殺し切れたとは到底言わないが、硬い地面に身を打ち付けるよりは断然マシだ。

 

「…遅かった分の仕事はしたね、カズサ」

 

「あんまナマ言ってると置いてくよ────!?」

 

 山の様に積み重ねられた毛布。どこから持ち出したのか、その所在は今更聞くまい。

 中央に埋もれ、ポケットに手を入れたまま、快適な寝心地の空間に身を埋めるシグレ。その腹部に、先程建物の壁を破壊するのに使ったシグレの愛銃────グレネードランチャーを放り、手を引いて起き上がらせるカズサ。

 

 その頭上を────。

 

「「────!!」」

 

 “隕石”でも墜落したかと紛う程の地響きと、轟音。トリニティの整備された道が砕け散り、破片が飛び散って数瞬、雨の様に降り注ぐ。

 

「────そういう腹積もりなら、仕方ないじゃんね」

 

 爆心。布団の山から少し逸れた地点。陥没した道路の真ん中には、桃髪の天使が、一人。

 びりびりと、空気が震える様な威圧感。まさかそれが、160cmに満たない童顔の少女から発せられている物だと、誰が信じるのだろうか。

 

 少なくとも、ここに二人。蛇に睨まれた蛙の様に、刹那を脳内で無限に拡張し、身体を硬直させた二人の少女だけは、否が応でもその事実を信じざるを得ない。

 

「────カズサ」「シグレ────」

 

二人の声が、重なる。

 

「「────逃げるよっ!!!」」

 

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