キヴォトスにおける銃撃。その威力は、射撃に込める『神秘』の量と質に比例し、その内容に左右される────もっとも、『神秘』を込める、という表現も、適切であるかどうかは分からない。
そもそも、探求者を名乗る若干名の不審者達か、それを追う研究者気質の物好きな生徒たちを除けば、神秘という物それ自体がどういった性質の何なのかを知る者すら、そうはいない。
だが、揺るがぬ事実として存在するのは、生徒が引き金を引けば、呼吸をするよりも当たり前に不可思議な「力」を銃と弾丸に宿す事が出来る、という『常識』。時に着弾点で炸裂し、時に対象の装甲を破り、時に発砲音を聞いた者に恐怖を植え付け、時に着弾した相手に火傷を負わせる。どれも同じ、コンビニで売られている鉛の弾で、だ。
「う」
「お」
「お」
「お」
「お」
「おぉおああああ─────っっ!!!!!!」
銃撃。凄まじい密度。弾丸が雨の様。二人の通った道を綺麗になぞる様に、道の表面が抉り取られている。数が数とは言っても、拳銃弾で出した物とは思えない被害。
ヘイローのお陰である程度頑丈な二人ですら、度肝を抜かれるえげつない火力。生徒であっても、真正面からまともに食らってはひとたまりも無いと確信できる絨毯掃射。
角を曲がって安心できるのは、その後駆け出す三歩目まで。すぐに建物の角から顔を覗かせた銃撃の悪魔が、石のタイルを端から剥がす連射を開始する。
嵐の様に降り注ぐ弾丸から、駆け抜ける街路の手の届く位置にある、遮蔽と呼べる遮蔽全てを使って身を守り、回避。相手が1マガジン撃ち切る迄、自身の足とベンチや街灯を信じて駆け抜けていく他に無い。
「はぁっ!?」「嘘でしょ!?」
みたび、またもやシグレとカズサの発声が揃う。闇雲に、直接二人を狙っても埒が明かないと判断したか、二人の前にある街灯に照準を合わせたミカ。
さほど細くない金属の柱が軽い銃声を伴って飛ぶ、ものの五、六発の射撃を受け、着弾点から千切れ飛ぶように折れて二人の道を塞ぐように倒れた。
意表を突かれ叫び声を漏らしていたカズサは、地面にぶつかって弾む鉄棒をハードル走の様に身軽に飛び越える。“逃げるのには慣れている“からこその動き。故に────。
「────シグレっ!!」
彼女の注意は、足止めをご丁寧に回り込む事を選択し、後れを取った友人と。
その背後に猛スピードで飛び込む、桃髪の堕天使に。
(…うーーん。厄介だなぁ)
気だるげな表情で、逃げる二人に銃口を向けるミカ。
端的に言えば、シグレの援護をする黒髪猫耳のもう一人が邪魔で仕方がないのだ。
面識が無い為素性は知らないが、動きが只者じゃないと一目でわかる。適切に退路を選んで射線を切り、シグレを誘導しつつ付かず離れずの距離を、二人の間に保たれている状態。
掃討に踏み切るには難易度が高い。自身の強力な神秘と、それに付随した肉体性能に頼った本能的な戦闘を主体とするミカにとっては特に。
かといって、片側に集中しようにも中々どうしてその隙が少ない。シグレを狙えばカズサの邪魔が入り、カズサを狙えばシグレが何処へ逃げ出すか分からない程度に、集中力が求められる。
恐らく、猫耳の動き的に────彼女の勝利条件はシグレを守り切る事。
シグレの目的がミカの情報────“裏切り者”の正体を持ち帰る事なのだとすれば、シグレを救出した段階で二手に分かれ、どちらかが補習授業部に連絡をすれば済む話だ。
それをしない猫耳はシグレの協力者ではあるが、「補習授業部の協力者ではない」と想像がつく。シグレに入った情報を更に又聞きする形で、作戦に参加していると考えるべき。ナギサの居場所を知らない可能性すらある。
どちらにしても、ミカが優先して仕留めるべきはシグレの方だ。四肢に適当に撃ち込んで戦闘不能に追い込み、猫耳を往なして彼女に、今度は交渉ではなく、軽い拷問でもしてナギサの居場所を吐かせればいい。
────そこでようやく、シグレもナギサの居場所を知らなかった場合の事がミカの脳裏を過ぎり、湧き出た焦りから噛み締めたミカの歯が軋む。
街灯やベンチ、ポストや看板を利用された巧みな逃亡劇。それに終止符を打たんとしたのは、ミカの咄嗟の機転。街灯は二人の逃げ道を塞ぐように倒れ、思った通りに“逃げ慣れていない方”が少しもたついた。
脚に万力の力を込め、石畳を砕き割りながら、ようやく見せた隙に飛びつく。
「────シグレっ!!」
空中。ミカが銃口を向けた、その瞬間。
射線が、交わる。
────
カズサの声と、同時。空中にいるミカの表情が明確に歪んだのを、シグレは見た。誰しもに平等に流れる筈である一秒だが、この時の彼女はまたも、それに途方も無い遅鈍さを錯覚する。
ミカの
隙を見せれば一瞬で距離を詰められるような化け物でも、流石に五体が空中に在る状態のまま、その場で急停止するような真似は出来ないらしい。それに、グレネードを直に食らえば無傷の影響ゼロでは済むまい。だからこそ生まれた、刹那の空白。
そして、“それ”にミカが気付くと同時に。シグレが、引き金を引く────のではなく。銃自体を、勢いよく振り被った。
「が、っ────!!」
────こんな至近距離で、グレネードなんかぶっ放す訳ないでしょ。
体を捻り、溜めた勢いをそのままに。空中でスピンした遠心力を利用し、顎に一発ジャストミート。手首から肩までびりびりと振動が伝わる。惚れ惚れするほど綺麗に入った。
それこそ「スプリングパンチ」とでも名付けようか────などと、余裕があればそんな軽口を叩いていた所だ。
…暴発の心配も無いでは無いが、シグレにとっては長年連れ添った相棒。無策で目の前に爆弾を放るよりは安全だろうという判断と行動。結果オーライなので問題なし。
脳震盪で一発K.O…と、そこまで上手く行けばよかったのだが、両の足で着地したミカを見て、シグレはその望みを即座に捨てる。ミカがふらつく身体を力強く踏ん張り、再び石のタイルが割れる直前に、シグレが後方に飛び退き────。
「────『スイート・ファイア』ぁ!!」
「────……!!」
シグレの作った隙を好機とみて、マカロンを口に放り込んだカズサのマシンガンから飛び出す、神秘の輝きを纏った光の弾丸の群れ。ここ一番の気合いと神秘を纏った乱射が雨の様に降り注ぐ。
その中心に居て、悲鳴も上げず吹き飛びもせず、凹んだ地面に両足で踏ん張って堪える、怪物。────効いているかどうか、確認している場合じゃない。
続けざまに、シグレが愛銃を真上に向け────今度は、確かに引き金を引く。ポン、と特徴的な発射音と共に空中に放り出された擲弾は、ミカの頭上にあるアイスクリーム屋の大きな看板に接触し、爆発。
「────!!!」
カズサの銃撃が止むと同時、落下した看板がミカの身体を覆い隠す様に影を落とし────轟音と共に、着弾する。
それを、聖園ミカは素手の前腕一本で受け止めていた。
「────はあっ!?マジぃ!?」
驚愕の声はカズサの物。この攻撃、下手すれば殺してしまうのでは、と一瞬の不安に駆られた自分を嘲る様に、シグレの喉から乾いた笑いが零れる。
顎に一撃、割と渾身の。腹を中心に直撃した、カズサの乱射。看板落としは見た目よりかなりでかかった。その立場がシグレなら、良くて色々折れる程度で済むだろうか。
だから、細身の華奢な四肢と肉体で、何の問題も無くそれを受け止めた上で、かすり傷で済ませるミカの異常性がより一層引き立てられていて。
「────いっ、たいなぁ、もう」
月光が遮られ、光を跳ね返していないミカの瞳が、その時ばかりはこの世のどんな肉食獣よりも、恐ろしく見えた。少し眉間に皺が寄ってはいるが、どちらかと言えば睨んでいる、というよりも目を細めているだけに見える表情。
その口から発せられた言葉に、シグレは再び背筋を凍らせる。
────痛い、だけで済ませるのか。今の連撃を。
「………『星の呼び声』」
そして。二人の努力を、工夫を、何もかも飛び越えてあざ笑うかの如く。聖園ミカの持つ神秘の一端が、言の葉の形で解放される。
それは、雲を突き抜け空を裂き、魅惑的な桃色の炎を纏って飛来する、宇宙の狙撃手御用達の弾丸。あの布団の山で、戦闘の開幕を告げるミカの派手な登場をそう例えた自分を、シグレは後悔する。
「……ホンモノの隕石が墜ちて来るとか、思わないでしょ…!?」
「ふぅ。ここいらはこれで全部かしら」
アサルトライフルに取り付けた肩紐をかけ直し、今しがた激戦の中心であった路地の一角を見回すヨシミ。周囲には気を失い、ぴくぴくと痙攣する武装した生徒────アリウスの兵士達が、そこかしこに倒れている。
「助かったよ~。君がいなければ、危なかった」
ヨシミと同様、可愛らしいケーキのイラストが描かれたシールドを背負い直して、ふぅ、と一息、武装を解除。運良く合流した協力者に礼を言いつつ、どこから取り出したか瓶の牛乳の蓋を開けてぐびぐびと飲み始めるナツ。
「ふふっ。いいえ、お互い様ですよ♡」
「いやいや。アンタの指示が無かったら、今頃私らがこうなってたわよ。ホント、助かったわ…えーと…」
床に転がり、痙攣する敵に指を指すヨシミ。逆の手でぽり、と額を搔きながら言葉に詰まる姿を見て、数歩分の間を置いて気が付いた様に、にっこりと、淑やかな笑みを浮かべ、
「浦和ハナコ、です。仲良くしましょうね♡」
“優等生”が、名乗りを上げる。
アズサと共にナギサのセーフハウスに乗り込み、これを保護。その後、アズサにアリウス兵のかく乱を任せつつ、逃げる振りをして合流地点に誘い込み、先生の指揮下にある補習授業部で“切り札”の到着を待ち、頭を袋叩きにする。これが、浦和ハナコの本来の作戦。
その内容に修正が加わったのは、間宵シグレという新たな駒が、ノドカを介して彼女の手の中に転がり込んで来た為だ。
ノドカが起こした事件とその事後処理に際するシグレの東奔西走ぶりはハナコの耳にも届いている。協力が信頼できるものと判断したのは、その一点。シグレは、ノドカの為だと言えば裏切るはずがない。
先生の指揮下での戦闘だとしてもミカと彼女が率いるアリウス兵を同時に相手取れば、補習授業部サイド最大戦力であるアズサを換算に入れたとしても勝機は五分にも満たないそれゆえ、全面的にぶつかり合う前の敵戦力の削減は、ナギサの保護と同様に必須事項であった。
まして、聖園ミカの足止めなど、気軽に動かせる駒が自身を含めた補習授業部四人に、非戦闘員かつキーパーソンである先生を加えた五人では、案の一つに加える事すら論外である策。それが、シグレとスイーツ部四人という増援を考慮に入れる事で、現実味を帯びる。
単純な話だが、少しでもアリウス兵とミカの合流を遅らせることが出来れば、その一分で一人でも敵戦力を削る事が出来れば────その分だけ、勝機は見えて来る。
懇切丁寧に説明せずとも、シグレはある程度意図を汲み、彼女なりに工夫を凝らして「ノドカの為に」尽力してくれるだろう。だからと言ってハナコも彼女を“捨て駒“にしたつもりはない。賢い彼女ならば、銃だろうが口だろうが、何でも使って最低限の仕事をするだろう。
だが────その事で本人に後から責められたとしても、ハナコは何も言い返せない。
結局は彼女の、友人を想う善意を利用しただけ。その事実を自身の中で反芻し、心を痛め、その痛みを自身への戒めとし────自身すら、彼女と同列の駒として。そして、ヒフミや先生にすら隠し通した切り札を抱え、先んじて合流したスイーツ部の二人と共に、合流地点へと向かう最中────。
「────?」
初めに気付いたのはヨシミだった。空を見上げ、首を傾げる彼女の、目線を追う様に。ナツとハナコも、彼女と同じ物を見る。
「アレ……何……!?」
真っ直ぐにトリニティの一角を穿たんとする、桃色の流れ星。美しくも不気味な凶星。
数秒後、空に軌跡を描くそれが建物の陰に隠れたと同時。
広いトリニティの敷地内、何処に居ても伝わる程の衝撃が、三人の全身を揺さぶる。