悪魔を愛した少女の日記【完結】   作:結寄

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12話

「さーて、何をしてもらおうかなあ」

 

 ベルンは上機嫌でした。

 

「結婚以外のことなら何でもするって話だったよね?」

 

 一方の自分は、さながら死刑囚のような気分で彼のテントに足を踏み入れました。

 役目を果たせなかった以上、要求に従うのは仕方がありません。……仕方がないのですが、

 

「あの、少佐殿?」

「ん?」

「もう少しだけ、時間をいただくことはできませんか?」

 

 あと数日、せめて1日だけでも。

 

 ベルンは即座に笑みを消して、「甘えるな」と一蹴しました。

 軍事行動中に決められた期限を守れなかったとして、敵に「待ってください」と頼む気かと。

 正論で責められてうなだれていると、「勝算はあるのか?」と続けて問われました。

 

「レィターリュ衛生部長の話じゃ、おまえ、あの小娘にまるっきり相手にされてなかったそうじゃないか」

 

 それは事実だったので、私は素直に認めました。

 

「仰る通りです。私はどうも、人と話すのが不得手なようで」

「……それでよくあんな取引を持ちかけようと思ったな?」

「はい。ですから今後は、やり方を変えようかと」

「?」

 

 そもそも「3日で情報を引き出す」なんて無茶な話なんですよね。正攻法でうまくいくはずがありません。

 ここは軍隊です。目的のためには、手段を選んでなどいられません。

 失敗すれば何かを失う。その何かは、誰かの命かもしれない。そういう場所なのですから。

 

「あの少女と話していて、気づいたことがあるのですが……」

 

 マリーさんは年のわりに受け答えもしっかりしていて、見た目によらず気が強くて。

 そういうところもリナリーに似ていると、私は思ったのですが。

 家族を全員亡くしてしまい、ヤケになって死を望んでいたリナリーと違い、彼女はまだ生きたがっているように私には見えたのです。

 

「自分から全てを奪った相手に復讐しようとしている。少佐殿は彼女のことをそんな風に仰いましたが……」

 

 おそらくマリーさんには、まだ誰か居るのではないでしょうか。自分にとってのセドルくんのような、心の支えになるほど大切な存在が。

 

「完全には絶望していない。そう見えたので……」

 

 ベルンは気のない顔で「へえ」とつぶやいて、

 

「その話が『使える』のか?」

「……はい」

 

 使えるか使えないかで言ったら、間違いなく使えるでしょう。……ただしそれは、人の道を大いに外れた手段になりますけど。

 

「おまえに? できんの?」

 

 いかにも疑わしそうな顔で確認されて、それでも私はうなずきを返しました。

 

「はい。必ず、お役に立って見せます」

「…………」

 

 ベルンの疑わしそうな顔は変わりませんでしたが、私が強気な態度を崩さないのを見て、

 

「まあ、いいだろう。我ながら甘いとは思うが――」

 

 あと1日だけくれてやる、とそう言いました。

 

 それは実際に「甘い」と言えるくらいの譲歩でした。

 私が驚いて見返すと、ベルンは心なしか疲れたような顔をして、

 

「ただし、レンヴェル老への言い訳は自分でしろよ。俺は関知せん。あのジジイにごちゃごちゃ言われるのはうんざりだ」

 

 中央軍の司令官をジジイ呼ばわりしつつ、ベルンは自分の頼みを聞いてくれたのでした。

 

 

 

*****

 

 かくて、4日目。

 

 これ以上の猶予はどう頑張っても得られないだろうという、最後の日。

 私は衛生部のテントで、マリーさんと向き合っていました。

 

「また来たんですか」

 

 私の顔を見て、彼女は露骨に迷惑そうな顔をしました。

 

「今日は大切なお話があります」

「何でしょうか」

「あなたと、あなたの大切な人の身の安全に関わる話です」

 

 そう切り出すと、マリーさんの表情にかすかな緊張が走りました。

 

「あなたは賢い人です。おそらく、薄々察していらっしゃいますよね? ご自分の身に、疑いがかけられていることを」

「……何の話ですか」

「わからなければ、それでも結構です。ただ、これから自分が話すことをよく聞いてください」

 

 そうして私が語ったのは、先日ベルンに聞かされた、酒保の娼婦たちの話。

 サバトの間者だと疑われた彼女たちが、どのような惨い目にあったか――その詳細を語ったのです。

 それは本来であれば、とても一般人の少女に聞かせられる内容ではありません。

 案の定、マリーさんの顔が見る見る青ざめていきました。

 

「そんな残酷な……! ただ疑われただけでそんなこと……!」

 

 人として当然の困惑と怒りを見せる彼女に対し、私は眉ひとつ動かさずに話を続けました。

 

「仰る通りですね。ですが、それが軍のやり方なのです」

「……!」

「このままだと、あなたの身にも同じことが起きかねません。たとえあなたが年若い女性でも、軍というのは、そんな理由で手心を加える組織ではないのです」

 

 マリーさんの顔はさらに血の気を失い、ほとんど蒼白になりました。でも。

 

「……私は、何も悪いことはしていません」

 

 彼女の態度は、いまだ(かたく)なでした。

 たとえ脅されても、こちらの思い通りにはならない。そんな強い意志を感じさせるものでした。

 

 多分、彼女は、自分が傷つくことは最初から覚悟していたのでしょう。

 ならばと思い、私は用意してきた言葉を唇に乗せました。

 

「あなたの大切な人が、どうなってもいいのですか?」

 

 それは我ながらひどいセリフでした。

 物語の中であれば、悪役しか口にすることがないような。

 

「居ますよね、あなたには。何としても守りたい人が。その人のためなら、何でもしたいと思えるくらい特別な存在が」

 

 まして相手は、軍属でもない一般人なのに。

 戦乱によって傷つけられた、何の罪もない年下の少女に対して、私は説得ではなく、脅迫という手段を用いることにしたのです。

 

「軍を舐めないでください。それが誰だか、とうに調べはついています」

「嘘よ!」

 

 彼女は叫びました。

 まだあどけなさの残るその顔に浮かぶのは、まごうことなき恐怖の色でした。

 

 ああ、やはり。

 彼女は全てを奪われてはいなかった。まだ大切な人が、守りたい人が居る。

 それはきっと、戦乱で家族を失った彼女に残された最後の希望で。

 レィターリュさんの見立て通りなら、彼女にとっての愛する人なのでしょう。

 

「嘘ではありません」

 

 それはただのハッタリでした。彼女の「大切な人」が誰かなんて、調べる暇はありませんでしたので。

 ですがマリーさんは、いともたやすくそのハッタリを信じてしまいました。

 

 おそらく彼女は、見た目よりずっと疲弊していたのだと思います。

 まだ10代半ばの少女が軍に「保護」され、何日も過ごしてきたのです。気丈に振る舞っていても、内心は限界だったに違いありません。

 

「お願い! 彼には何もしないで!」

 

 私にすがりついてきたマリーさんは、その瞳を涙で濡らしていました。

 

「オースに村を焼かれて! 家族を殺されて! 絶望して、死のうとした私を救ってくれた人なの! 優しい人なの! 私にはもう、彼しか居ないの! どうか、お願いよ……」

「マリーさん……」

「愛してるの! 彼を愛してるのよ! あなたも女ならわかるでしょう……」

 

 マリーさんの懇願を聞きながら、私は絶望で目の前が暗くなりかけました。

 彼女にかけられた疑いは、残念ながら誤りではなかったのです。

 私が彼女を潔白だと思ったのは、「そうであってほしい」という願望による思い込みで。

 この少女は何かを知っている。一般人を装い、何らかの目的を持って軍に潜入しようと試みたのだと。

 

「話してください。あなたの役割を」

 

 そう理解してしまった私は、泣き崩れるマリーさんに、わざとらしいほど優しく言葉をかけました。

 

「我々に協力してくだされば、悪いようにはしませんから」

「本当に……?」

 

 奈落の底に救いの糸を垂らされたかのように、マリーさんの表情に光が灯りました。

 

 本当のわけがないじゃないですか。

 私はあなたを騙そうとしているのですよ。

 リナリーと、自分の義妹と面影を重ねてしまった少女が、無惨に殺されるのを見たくない。

 そんな極めて身勝手な理由で、あなたから愛する人を奪い、最後の希望を奪おうとしているのです。

 

 こみ上げる吐き気をこらえながら、私は必死で優しい顔を保ち、彼女の「告白」に耳を傾けました。

 そうして語られた話によれば――。

 

 

 

*****

 

 マリーさんは確かに、国境沿いの村で暮らすオースティン人でした。

 しかしフラメールとの間で戦争が起きた時、彼女が暮らしていたのは国境の向こう側。

 彼女の母親はフラメール人だったのです。

 マリーさんは10歳の時に事故で父親を亡くし、以後はずっと母方の実家で暮らしていました。

 フラメールの友人に囲まれ、フラメールの村を故郷として。

 

 つまり彼女の村を焼いたのは、国境を越えて侵攻してきたオースティン軍の方でした。

 家族も友人も隣人も殺され、彼女自身は瀕死のところを運良く偵察中のフラメール軍に拾われ、命を救われました。

 そして復讐のために自ら志願して間者になったのだとか。

 

 彼女は訓練を積んだ兵士ではありませんが、オースティンに深い恨みを持ち、どちらの国の言語も流暢に操ることができます。フラメールにとっては、十分に「使える」人材だったのでしょう。

 軍に保護された後は内地に移動し、そこで既に入り込んでいる諜報員と協力して、任務にあたる手はずだったそうです。

 

 なお、マリーさんが「彼」と呼んでいたのは、その「既に入り込んでいる諜報員」のことでした。

 その男は酒保に出入りしていた商人で、主な生業(なりわい)は交易であり、間者はむしろ副業だったようですが。

 何にせよ、敵国に通じていたスパイです。今後は厳しい取り調べを受けることになるでしょう。

 生きのびる可能性は……、おそらく、ゼロに近いと思います。

 

 

「おい、どうしたんだよ?」

 

 その日、テントに戻った自分は、心配顔のガヴェル曹長に出迎えられました。

 

「具合でも悪いのか? そんな今にも死にそうな顔して……」

「……大丈夫です」

 

 自分は無理に笑って見せました。

 するとガヴェル曹長は、にわかに幽霊でも見たかのような顔をして、

 

「ちょっと待ってろ」

 

 早足でテントを出て行ったかと思うと、程なく戻ってこられました。

 

「ぷー、ぷっぷくぷー」

 

 いかにもだるそうにプクプク言っているアルギィを連れて。

 

「どうしたのですか? 彼女がまた何か問題でも?」

「じゃなくて、このプクプク女は一応看護兵だろ。おまえの具合が悪そうだから、診てもらおうと思って連れてきた」

「大丈夫ですよ、本当に……」

 

 ガヴェル曹長は聞いてくださいませんでした。

 私を寝台に座らせると、ひたいにふれて熱をはかり、肩に寝具をかけて。

 

「って、俺が介抱してどうすんだ。プクプク女! ちゃんと仕事しろよ!」

「ぷくぷくぅ……」

 

 不満そうに近づいてきたアルギィは、たった今ガヴェル曹長がしたように私の熱をはかり、脈を診て、軍服の上を脱がせて。

 それから「副長、いつまで見てるの?」と言いたげにガヴェル曹長を見上げました。

 

「……っ! 外で待ってる!」

 

 ダッシュで出て行こうとしたガヴェル曹長が、置いてあった椅子につまずき、あわや転びかけるのを見送って。

 

「ぷー、くすくす」

 

 その様子を鼻で笑うアルギィの顔を眺めながら、私は寝具にくるまり、目を閉じました。

 

 今夜はきっとひどい悪夢を見ることでしょう。

 先に逝った戦友たちに軽蔑され、リナリーに罵倒され、ロドリーくんにも嫌われてしまうかもしれませんね。……でも、そうなっても仕方ないのです。

 

 私は最低です。

 人でなしで、偽善者で、エゴイストです。

 あんな年端もいかない少女を騙して、恋人を奪った。卑しい性根の、救いようがない「悪人」なのですから。

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