悪魔を愛した少女の日記【完結】   作:結寄

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3章 奇襲
18話


「ちょっとやり過ぎっつーか、芝居っぽく見えたけどな」

 

 それが出陣式を終えて自分たちのテントに戻った後で、ガヴェル曹長が口にした感想でした。

 

「アレって、あの人の本心? なのかな?」

 

 おそらく違うでしょうと自分は答えました。

 平和とか安寧とか、あの男から最も遠い言葉ですし。

 フラメールとエイリスが参戦した時、絶望的な空気のただよう軍部で、1人だけ平然としていたとも聞きますし。

 その場の空気を読んで、即興で(おこな)ったパフォーマンスなのでしょうね。あの人は天性の嘘つきで、サギ師ですから。

 

 ともかく出陣式は終わり、アンリ大佐とベルンが率いる南軍は、遠いフラメールの首都攻略を目指して旅立ちました。

 

 レンヴェルさんやヴェルディさんの中央軍は、鉱山戦線で敵とにらみ合い。

 私たちトウリ遊撃中隊はこの陣地に残り、新兵に訓練を施しながら、状況に応じて前戦に物資を届けるのが仕事です。

 

 

 ――それから数週間はあっという間に過ぎました。

 

 

 鉱山戦線には、特に動きもなく。

 訓練漬けの日々に、変化が起きるわけもなく。

 率直に言って平和で、単調な日々でした。

 

 フラメールへの侵攻は、今のところは順調に進んでいるようです。

 もともとオースティン有利の戦いなのだから、当然ですね。ベルンは人としては終わっていますが、将として見ればこの上なく有能ですし。

 

 私は全くカケラも心配などしていませんでしたが、オースティンの軍人として、戦況には常に目を光らせていました。

 

 ベースキャンプには毎日のように前線から報告書が届きます。そうした書類のたぐいには必ず目を通し、何か変化がないかと注意を払っていました。

 

 何しろ敵には、あの「シルフ・ノーヴァ」が居るのです。誰も予想できない作戦を、ある日突然仕掛けてくるかもしれません。

 

 くどいようですが、心配はしていません。ただ、自分だけが戦いとは無縁の日々を送っていることに、少しばかり後ろめたさを感じていた頃――。

 

「おい、指令が来たぞ」

 

 ガヴェル曹長が持ってきた指令書には、「前線への物資輸送」の任務が記されていました。

 

 ただ荷物を届けるだけの簡単な仕事、ではありません。

 この場合の前線とはすなわち、敵国フラメールです。

 

 途中で敵に襲われる可能性もありますし、そうでなくても補給は軍の生命線。事前にルートを調べ、念入りに日程の調整を行い、確実に物資が届くようにしなくてはなりません。

 

 幸いにして、準備は整っています。

 私にとっては中隊長として初の「輸送任務」になりますので、そうした指令がいつ来てもいいように、熟練の兵士の方にお願いして、レクチャーを受けていたのです。

 

「早速、計画書の作成を――」

「いや、それはもうできてる。おまえ、こういうの初めてだろ。フラメールの地理にもくわしくねえし、だから経験のある人に頼んで作ってもらった」

「……そうでしたか」

「あとは決められた通りの日程をこなすだけだ。……って言っても、途中で何があるかわからないからな。しっかり気を引き締めろよ」

「心得ております。ひとまず、今日のところは何をすればよろしいですか? 確実にこなしておかなければならない訓練等は?」

「いや、今日は別に……。出発は明日以降になるし、休んで体力温存でもしとけば?」

「……そうなのですか」

 

 私が微妙にしょんぼりしておりますと、工作兵のナウマンさんが笑いながら話しかけてきました。

 

「いやあ、張り切っておられますねえ、中隊長殿」

「ぷくぷくぅ」

 

 なぜかアルギィまでが冷やかすように笑っています。何やら気難しい顔で「若いな」とつぶやいているのは、輜重兵長のメイヴさんです。

 

 ……何でしょう、この妙な空気は。

 

「いや、まあ、おまえの様子がおかしいのは、この数週間、みんな気づいてたし……」

 

 ガヴェル曹長はそのように仰いますが、私は何もおかしいことなどありません。

 

「待つ身のつらさ、というやつですね。いや、中隊長殿はけなげな女性だ」

「ナウマンさん、それはどういう意味――」

「あまり態度に出すのは感心せんがな。新兵たちの手前もある」

「メイヴさん、あの……」

「ぷー、くっく」

 

 アルギィに鼻で笑われたり、メイヴさんに苦言を呈されたり、ナウマンさんに感心されたりしながら、聞き出した話によれば。

 

 出陣前のあの夜、私がベルンのテントを訪ねたことはなぜか部隊中に知られており、新兵たちの中には「失恋記念だ」と連れ立って酒保に繰り出した者も居たのだとか。

 

 ……そういえば、この数週間。

 私は兵士たちから、何度か「付き合ってください」と告白を受けたのですが。

 それはけっして私に魅力があるからではなく、単にこの部隊の中には(意思疎通ができないアルギィを除いて)女性は私しか居ない、という理由によるものなのですが。

 

 お断りした時の反応が、決まって「あの噂は本当だったんだ……!」というものだったんですよね。

 ちなみに私のお断り文句は「自分には心に決めた人が居ます」で、それは言うまでもなく夫のロドリーくんのことです。

 

「ガヴェル曹長……」

「や、悪い。まさかここまで話が広がるとは思ってなくてさ」

「ぷっくっく」

「アルギィ、その冷やかすような笑い方はやめてください。その噂は誤りです。全く、事実とは違います」

「そうでしたか。いや、もちろんわかっていますよ、ええ」

「……ナウマンさん、その生温かい表情もやめていただけませんか。事情があって詳細は話せないのですが、嘘はついておりません」

 

 ナウマンさんは、私の弁明にふうむと首をかしげて、

 

「仮にそれが事実だとして……。兵たちにはどう言いますか? 私の部隊にも、ひそかに中隊長殿を想っている奴が居るんですがね」

「うちの部隊にも居るな。『まだ望みはあるぞ』と伝えてやってもいいのか?」

「メイヴさん。いえ、それは……。自分は既婚ですので……」

「亡き夫に操を立てるか。何とも立派な心がけだな」

 

 お2人は私の言葉にうんうんとうなずいて、

 

「ただ、中隊長殿はまだお若い」

「そうだな。若いってことは、まだまだ変わる余地があるってことだ」

 

 諭すように言われて、私は内心ため息をつきました。

 

 私は変わることなど望んでいなかった。あの男との関係なんて、いっそ何も知らないままで居たかったくらいです。

 ……その方がずっと楽だったことに気づかされたのは、数日後、任務のために出発してからでした。

 

 

 

*****

 

 戦場の最前線へと、物資を運んでいくその途上で。

 私たちは荒れ果てた村や、焼き払われた建物の残骸を数多く目にすることになりました。

 

 出陣式の時にベルンが言っていた、物資の乏しいオースティンでも戦える「必勝の策」。

 それは一言でいえば、物資と兵力の現地調達でした。

 

 抵抗する力のない、武装していない村や町を襲って物資を奪い。

 武装し、抵抗する気満々で待ち構えている村や街には手を出さず、その物資を手土産に懐柔する。

 そして、次の場所を攻略する際には懐柔した村人の、中でも力の強い男手を徴用して民兵として使うか、あるいは交渉の使者として立てるか、いずれかを選びます。

 

 この方法ですと、確かにオースティンは貴重な資源を消費せずに済みます。

 懐柔し、親オースティン派となった村人たちは、戦後のフラメール支配に大いに役立つでしょう。

 実に無駄なく合理的、そしてフラメール側にとっては嫌らしく狡猾な策でした。

 

 何しろここ数年の戦乱で、フラメールの農村部は荒れています。地方に行くほど治安も悪化し、住民は苦しい生活を送っていました。

 

 国の助けはアテにできない。そんな状況下で。

 家族を、生活を守るために、やむを得ず武器を持って立ち上がった人々が、戦って死ぬか、無傷で降伏するかという二択を突きつけられたら。

 普通に考えて、選択の余地などありませんよね。

 

 そして1度オースティンに下ってしまえば、彼らの道行きは悲惨なものでした。

 逆らえば村に残してきた妻子に危険が及ぶ以上、嫌でもオースティンに従い、自国民に銃を向けるしかなくなるのです。

 

 毒ガスを使って皆殺し、という方法に比べれば、確かに「人道に配慮した策」と言えなくもありませんが……。

 十分過ぎるほど非道で悪辣な策の中身を聞かされて、私は気持ちが暗く落ち込むのを自覚していました。

 

 自軍の非道な行いに胸がふさぐのは、何もこれが初めてというわけではありません。

 戦争とはそういうものですし、軍隊とはそういう組織なのでしょう。

 

 ですが、今までと決定的に違うのは――。

 

 その「非道な行い」を実行したのが、他ならぬ自分の身内であると知ってしまったことでした。

 

 目の前に広がる惨たらしい光景は、私の兄がこの世に具現化したもので。

 私は彼に対して、いまだに強い嫌悪感と拒否感を持ってはいますが、同時に肉親の情らしきものも覚えて――正確には、思い出してしまっているのです。

 

 鉛のように重たい心を抱えて、私は前線のベースキャンプに到着しました。

 

 運んできた物資の中身は、武器弾薬の他、食糧や日用品、医薬品等さまざまです。

 こうした輸送任務の場合、持ってきた物資を現地の担当者に引き渡せば終了、というケースもあるそうですが、今回は荷ほどきや仕分け作業も手伝うことになりました。前線の皆さんが、非常に忙しそうだったからです。

 

「こちらは衛生部宛てですね。私が手続きをしてきます」

「ああ、頼んだ」

 

 医薬品は、食糧と武器弾薬に次いで、前線で消費が多い物資です。

 1人ではもちろん運べませんので、まずは確認作業を終えたのち、兵士たちの手を借りて関係各所に持っていくことになります。

 

「あれ、リトルボス?」

 

 そうして衛生部に足を運びますと、聞き覚えのある声と共にテントの奥からケイルさんが顔をのぞかせました。

 

「お久しぶりです、ケイルさん。物資を搬入したいので、担当者の方を――」

 

と、私が言いかけるのを遮って、

 

「来ちゃダメだ!」

 

 ケイルさんはなぜか両手を広げて、通せんぼの姿勢をとりました。

 

「ここは俺に任せて、早く逃げるんだ!」

 

 ……急にどうしたんですか、と聞き返す暇はありませんでした。

 にゅっと背後からのびてきた白い腕が、私の体に蛇のように絡みつき、

 

「トウリちゃん、待ってたわよ~」

 

 そんな声と共に、甘い吐息が私の耳にかかりました。

 

「出陣前の、参謀長官とのあつ~い夜の話。くわしく聞かせてくれるわよね?」

 

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