悪魔を愛した少女の日記【完結】   作:結寄

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19話

 衛生部でレィターリュさんに拉致された私は、有無を言わさず彼女のテントに連れ込まれてしまいました。

 

「あの、レイリィさん。自分は今、仕事中で……」

 

 こんなことをしている場合ではないのだと訴えても、恋バナを期待して瞳をキラキラさせているレィターリュさんには通じません。

 

「ずっと気になってたのよ? トウリちゃんが新しい恋をしてるって聞いて。力になってあげたかったけど、私は衛生部を離れられないし、あなたはちっとも顔を出してくれないし」

 

 そういえば、私は素直じゃないから多少強引にでも背中を押してやった方がいいと、ガヴェル曹長に余計な助言をしてくださったのはレィターリュさんでしたね。

 

 おかげで、事実と異なる噂がさらに広まることになってしまったのですが……。まあ、その件については置いておきましょう。まずは彼女自身の誤解を解くのが先です。

 

「あいにくですが、レイリィさんが期待されているような事実はいっさいありません」

 

 私が言うと、レィターリュさんはひどく驚いた顔をなさいました。

 

「本当に? 手を出さなかったの? あんな顔して、意外に奥手なのねえ……」

「……いえ、手は出されかけましたが」

「ま! でも、何もなかったってことは……」

「きっぱり拒否しました」

「トウリちゃんったら……」

 

 レィターリュさんは小さな子供を見るような目になって、「ダメよ? もっと自分の心に正直にならなきゃ」とお説教しました。

 

「なりました。心の底から正直になった結果として、断固拒否したのです」

「でも、好きなんでしょ?」

「むしろ嫌いです」

「それでも、特別には思ってるのよね?」

「……それは」

 

「家族」というのは確かに特別な存在ですので、ある意味、間違いではないかもしれませんが……。

 私が口ごもっていると、レィターリュさんは何やら意味深にほほえんで、

 

「向こうもトウリちゃんのこと特別に思ってるみたいよ?」

 

 ……なぜ、そんなことが彼女にわかるのでしょう。

 レィターリュさんとベルンの間に、交流らしきものはなかったはずですよね?

 

「話したことがあるのですか? ベルン少佐と、その、個人的に……」

「うふふ、気になる~?」

「…………」

 

 それは正直、かなり気になります。

 

 レィターリュさんの好みは、まだ青さと可愛げが残る新兵だったはず。言うまでもなく、ベルンとは全く違います。

 

 とはいえ彼女は、好みの男性だけを「食って」きたわけではありません。

 

 いくらあの男でも、「死神」と恐れられる彼女に手を出すとは思えませんが。

 そもそもジンクスとか、気にするタイプでしょうか。「そんなのは迷信だ」と一蹴するかもしれませんね。

 

 ぐるぐる悩んでいると、豊満な胸に抱きしめられました。

 

「あー、もう! トウリちゃんったら、本当に可愛い!」

「……苦しいです。放してください」

 

 レィターリュさんは笑って手を放すと、私の疑問に答えてくださいました。

 

「別に個人的に親しくしてるわけじゃないのよ。一応誘ったことはあるけど、すげなく断られちゃったし」

 

 しれっとカミングアウトされてしまいました。

 レイリィさん、アレを誘ったんですか。できればちゃんと相手を選んでください。

 

「前に、あの人が衛生部にふらっと顔を出したことがあってね。その時、トウリちゃんがうちに居た時のことを聞かれたの」

「私が、衛生部に居た頃の……」

「私よりも、ケイルくんの方が色々聞かれてたわね。ほら、北部決戦の前の、あなたが自分の部下を連れて撤退した時のこととか」

 

 それは、今では「ヴェルディ・マジック」とも呼ばれている、撤退劇の裏側の話でした。

 

「ああ、なるほど」

 

 あの男が知りたがる私の話といったら、そういう種類のものになるでしょうね。

 

「どうしたの? 急に怖い顔して」

 

 怖いというより冷めた気分で、私は答えました。

 

「ベルン少佐が私に持っている興味は、レイリィさんが考えているようなものではありません」

 

 女としてではなく、個人としてでもなく、兵士としての興味です。

 当人の言葉を借りるなら、「よく斬れるナイフ」。それがあの男にとっての私なのですから。

 

「似た者同士だと、そう思っているのかもしれません」

「トウリちゃんとあの人が?」

「はい」

 

 そして、自分があの男に嫌悪感をいだいているのも、おそらく似たような理由です。

 自分は前世において、戦争で人を殺すゲームを日夜楽しんでいました。

 この世界に生まれ変わって、現実に戦場を体験した今、その記憶はひどく忌まわしいものとなって私を苦しめています。

 

「あの男は確かに、自分の『特別』と言えないこともないかもしれませんが――」

 

 この世に1人しか居ない肉親ですから、それは否定できません。

 

「価値観は相容れない部分があり……、それが悩ましいと申しますか」

 

 レィターリュさんは私の言葉に小首をかしげて、

「具体的に、ベルン少佐のどういう所が受け入れられないの?」

と聞いてきました。

 

「それは……、やはり……」

 

 あの男が戦争ゲームどころか、本物の人殺しさえ楽しんでしまえる部分でしょうか。

 

「じゃあ、苦しんでいたら仕方がない、と許せるのかしら?」

「…………」

「私だったら許せないわね。それが敵なら、苦しんでいようが、楽しんでいようが、同じことよ」

 

 愛する人を、家族を、戦友を奪ったことを絶対許さない。生涯憎み続けるとレィターリュさんは真顔で仰いました。

 

「ですが、私は……」

 

 敵も味方も、葛藤しながら戦い、死んでいった姿を見ています。

 あの男のように遊び感覚で戦争に関わるのは、冒涜的(ぼうとくてき)な行いであるように思えてならないのです。

 

「遊び、ねえ」

 

 レィターリュさんは軽くため息をついて、自問するように言いました。

 

「人って、遊びで命を賭けられるものなのかしら」

「!」

「まあ、そういう人も中には居るかもね。自分の命も他人の命も軽いっていう人。でも、ベルン少佐はどうかしら?」

 

 ……どうなのでしょう。明日は戦地に行くという夜ですら、むしろ異様にハイになっていたくらいで、悲愴な覚悟は全く感じませんでしたが。

 

 一方では、「互いが生きのびるために」私を捨てたとも言っていました。生きること自体に執着がないなら、ああいう発想は出て来ない気がします。

 

「私には、よくわかりません」

 

 結局のところ、そういう結論になります。

 私はまだ、あの男のことがよくわかっていないのです。

 自分と別れた後で、彼がどのような人生を歩んできたかをほとんど知らない上に、あの男は基本嘘つきで本心を語らないタイプですから。

 

「だったら、もっとよく知り合わなくちゃね」

 

 レィターリュさんはそう言って、にっこりしました。

 

「話してごらんなさいな。知りたいことは何でも、怖がらずに聞いてみればいいの」

 

 と言っても、今は戦時中ですし、そう簡単に会える状況では……。

 

「トウリちゃんが会いたいって言うなら協力するわよ? 愛のためなら、少しくらい軍規を破ったって」

「いえ、遠慮します」

 

 レィターリュさんは真面目に仰っているようですが、さすがにこんな大事な時に私用で会いに行けません。

 

「本当にいいの? せっかく近くまで来てるのに……」

 

 レィターリュさんはひどく残念そうにした後で、ふいに何か思いついたらしく、瞳を輝かせました。

 

「だったら、お手紙を書くっていうのは?」

「は?」

「邪魔にならない時に、こっそり渡しておくから」

「いえ、あの……」

 

 戸惑っているうちに机の前に座らされ、筆記具と紙を押しつけられました。

 

「軍の支給品をこのようなことに……」

「これは私の私物! ステキな殿方に会った時のためにね」

 

 本当でしょうか。レィターリュさんであれば、意中の相手を落とすのに、手紙などという奥ゆかしい手段は使わないのでは?

 

「ほら、早く早く。時間がないんでしょ?」

 

 それは実際その通りだったので、私は仕方なく便箋に向かいました。

 

 とはいえ、あの男への手紙と言っても……。

 

 特に書くことなど思いつきませんね。

 せいぜい「お体に気をつけて」とか、「ご武運をお祈りしています」とか、そのくらいです。

 

「何だか時候のあいさつみたいねえ……。恋文なんだから、もっと可愛いこと書かなきゃ」

「恋文ではありません。あと、のぞかないでいただけますか」

 

 しかしながら、あまりに面白みがない手紙を前にして、自分でも悩んでしまいました。

 私には文才などありません。気の利いた文言も教養のある文章も書けません。

 ベルンは頭だけは無駄に良いですし、こんな手紙を送ったら馬鹿にされそうな気がします。

 

 かといって、できないものはできませんし。

 ふと思いついて、便箋の隅に絵を描いてみることにしました。

 

「あら、可愛い。それ、タンポポ?」

「わかりますか」

「わかる、わかる。いいわあ、女の子らしくて」

 

 最後に「トウリ・ロウより」と(つづ)ると、じれったそうにダメ出しされました。

 

「それじゃダメよう。『あなたのトウリ』とか『愛を込めて』とか書かないと」

「……どうか、ご容赦ください」

 

 レィターリュさんに手紙を預けて、私は衛生部を出ました。

 そしてベースキャンプを離れた後で、「なぜあんなことをしてしまったのか」と頭を抱えることになるのです。

 

 

 

*****

 

 レィターリュさんのペースにうっかり乗せられてしまいましたが、そもそも自分たちは手紙など送り合うような間柄ではありません。

 

 私が書いたあの手紙を、ベルンが受け取ったら――。

 鼻で笑われるか、忙しいのに何のつもりだと迷惑がられるか、いずれにせよ、ろくな反応はしないだろうとたやすく想像できます。

 

 私は別に、あの男と仲良くなりたいわけでもありません。

「わからないなら、もっと知り合えばいい」

というレィターリュさんの考えについても、やはり完全には同意できないと申しますか、感情面で割り切れないものを感じます。

 

 私と彼は、戦災で両親を亡くし、生き別れになりました。

 民間人を戦争に巻き込む罪深さを、あの人は身をもって知っているはずなのに。

 どうして平気でいられるのか、それを楽しむことさえできるのか。もっとよく知り合ったところで、理解できるようになるとは到底思えません。

 

 これはただ、自分が「良い子ちゃん」でいたいからこそ、生まれる葛藤なのでしょうか。

 彼を悪者にして、自分は違うと言いたいだけなのでしょうか。

 

「どうして、私があの男のことで悩まなければならないのですか……」

 

 惚れた弱みならぬ、「実は生き別れの兄だった」という弱みに、私は悩まされておりました。

 

 無事に輸送任務を終えて陣地に戻った後も、暇さえあれば同じことを考え続けて。

 ほとほと疲れ果てていた頃、陣地の中で知った顔を見掛けました。

 

「あなたは、ベルン少佐の――」

「お久しぶりです、トウリ・ロウ少尉。副官のクルーリィと申します」

 

 それは何度か会ったことがある、眼鏡をかけた中年男性でした。

 

「こちらにお戻りになっていたのですか?」

「ええ、2日程前に。鉱山戦線で不穏な動きがあるとかで、直接確かめてこいとベルン様に命じられまして」

 

 不穏な動きなどあったでしょうか。しばらくこちらに居ますが、初耳です。

 

「おそらく陽動だろうと仰っていました。敵は民兵中心であるため必ずしも統率がとれておらず、動きが読みにくいのが悩ましいところだと」

 

 フラメール軍には正規兵だけでなく、自ら武器を取って立ち上がった民間人が多数含まれています。

 鉱山戦線の場合は鉱夫たちが主ですが、中には人買いや犯罪組織などの危険人物も混じっていると聞きます。

 

「あの、ベルン少佐は――」

 

 お変わりありませんかと尋ねると、眼鏡の奥の瞳が冷たく光りました。

 

「ええ、お元気でいらっしゃいますよ」

 

 そう言って、彼が軍服の中から取り出したのは、1通の手紙。

 

「これ、は」

「返信ですよ。あの方からの。見ればわかるでしょう?」

「……!」

「あなたに会うことがあれば渡せと命じられました。ですが、このようなことはこれっきりにしていただけますか。今は戦時です。あの方がどれほどご多忙であるかは、当然理解されていますよね?」

「す、すみません……! 本当に申し訳ありません……!」

 

 必死になって頭を下げると、クルーリィさんもやや言い過ぎたと思ったのか、気まずそうに眼鏡をいじって、

 

「……まあ、あなたからの手紙は、普通に喜ばれていたようですがね」

「本当ですか?」

「ええ。最初は死神が恋文など持ってきたと言うので、大いに警戒されていましたが」

 

 それは、地獄行きの切符のように見えたことでしょうね。

 レィターリュさん、私からの手紙だと言わずに持っていったんですか……。

 

「確かにお渡ししましたよ。……では、失礼」

 

 クルーリィさんは一礼して去っていき、私の手にはベルンからの手紙が残されました。

 何が書いてあるのか。……正直、確かめるのが怖いです。

 今はまだ仕事中だからと自分に言い訳して、手紙をポケットに押し込み、そのまま任務に戻って――。

 

 夜遅く。

 自分のテントに戻った私は、ひどく緊張していました。

 別に手紙が噛みついてくるわけじゃなし、怖がる必要なんて何もないのですが。

 中を読んで、いきなり罵倒されたりしたらさすがに傷つくので、開封するのはためらいがあったのです。

 

 ――あなたからの手紙は、普通に喜ばれていたようですがね。

 

 クルーリィさんはそう仰いましたが、本当に本当でしょうか。

 あんなつまらない、時候のあいさつみたいな手紙を受け取って、あの男が喜ぶ姿が想像できません。

 

 30分ほども悩んで、迷って、それからようやく、私は手紙をひらきました。

 

 中には便箋が2枚。わりと整った癖のない文字が綴られています。

 こわごわ読み進めるうち、自分の眉が寄っていくのが自分でわかりました。

 

 それは「トウリ・ロウ様へ 陣中へのお手紙、誠に嬉しく思います」から始まる、妙にお行儀の良い文章で。

 誰か上流階級の知り合いにでも送るような、それこそ時候の挨拶みたいな手紙でした。

 文体は丁寧でも、心がこもっていないのは丸わかりです。いえ、私が書いた手紙だって、他人(ひと)のことは言えませんけど……。

 

 なんとなく沈んだ気持ちで2枚目の便箋をめくった時、紙の端に絵が描いてあるのに気づきました。

 ちゃちゃっと雑に書いたとおぼしき、動物の絵が。……多分、キツネでしょうか?

 私の荷物の中には、ロドリーくんからもらったキツネの人形が入っています。けれどもあの男は、そんなこと知らないはずですし。

 

 私が描いたタンポポの絵にあわせたのだとしたら?

 彼は、それが私たちの故郷に咲いていた花だということを覚えていて、私がその絵を描いた意図を正しく理解したということになります。

 

 私たちの村は森の中にあったので、動物がたくさん居ました。キツネもリスもウサギもよく見ました。

 動物好きの私が、そうした生き物を見つけては寄っていこうとするのを、あの人はいつも面倒くさそうに引き止めて――。

 

 その時、胸にわいた感情は、おそらく懐かしさと呼んで差し支えないものだったと思います。

 少しだけ心が温かくなって、頬が緩んで。

 

 それから妙に気恥ずかしくなって、私は勢いよく手紙を閉じました。

 折り畳んで封筒に入れ、机の上に放り投げて――。

 思い直して手紙を拾い上げ、荷物の奥にしまい込みました。

 

「あの人、意外に絵がヘタですね」

 

 代わりに取り出したキツネの人形を抱きしめながら、私は1人つぶやきました。

 

「次に会ったら、教えて差し上げることに致しましょう」

 

 そして、人前で披露したりしないように言っておきましょう。

 こういうことをするのは、私だけにしてくださいと。次があったら、リスやウサギも描いてくださいと頼んでみましょうか。

 

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