悪魔を愛した少女の日記【完結】   作:結寄

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23話

「マジかよ、あの男」

 

 アルノマさんたちに連行され、山道を小1時間ほど移動して、たどりついた場所。そこは半ば朽ち果てた大昔の砦跡でした。

 今はフラメール軍が拠点としているようです。と言っても、彼らもここに来たばかりらしく、だいぶ混乱している様子でしたが。

 

「普通、敵兵なんて助けるか?」

 

 私たちは砦の一室に閉じ込められました。

 入り口の外には見張りが居るようですが、鉄格子もない、普通の部屋です。

 しかも私たちは拘束すらされていません。ボディーチェックも甘かったです。

 

 さらに付け加えれば、「仲間の傷を手当てしたい」という私の希望を、アルノマさんはかなえてくださいました。そのために治療道具を持ち込むことさえ許可してくれました。

 

「馬鹿なのか? あいつ。頭がわいてんのか?」

 

 ベルンのセリフは命の恩人に向けるものではありませんが、戦場という場所の常識に照らせば、ごく当たり前の反応であるとも言えました。

 

「アルノマさんは、元は軍人ではなく民間人なんですよ」

 

 私たちとは感覚が違うのです。「窮地に陥っている者を見捨てない」という、真っ当で人間らしい心を持っているのです。

 

「…………」

「少佐殿?」

 

 急にベルンが黙り込んだので声をかけると、彼はきつく目を閉じていました。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、何でもない。……それより『中尉殿』か『隊長殿』だろ。自分で言い出した設定を忘れてんじゃねえよ」

「……申し訳ありません」

 

 謝罪の言葉を口にしながら、私は内心、ため息をつきました。

 

 何でもないわけがないんですよね。

 アルノマさんのおかげで、手当てはできました。右肩の傷を止血し、右足に撃ち込まれたままになっていた銃弾を摘出して、【(ヒール)】をかけました。

 

 ですが、ベルンの顔色は変わらずひどいままですし、今もぐったりと壁にもたれかかっています。

 その手足は氷のように冷たく、ひたいに触れれば熱いと感じます。

 右足の処置が遅れたため、患部が化膿してしまい、熱が出てきたのでしょう。抗生剤は飲んでもらいましたが、この様子では気休めかもしれません。

 

 何より彼は、血を流しすぎです。とっくの昔に昏倒していてもおかしくありません。

 なのに、どうして意識を保っていられるのか。こんな風に話していられるのか、わかりません。

 ガーバック隊長とはまた違う種類の化け物なのかもしれませんね。

 そしてベルンの武器は腕力や体力ではなく、その頭脳です。意識がある限り、この男は思考することをやめません。

 

「アルノマ、か……。多分、あいつがそうなんだろうな」

「?」

「聞いたことないか? フラメールの民兵をまとめ上げて戦ってる、英雄気取りの馬鹿が居るって話」

「……初耳です」

 

 ベルンの話によれば、その人物のことは、しばらく前から軍で噂になっていたらしく。

 軍人ではなく、政府の役人でもないようなのに、なぜか民衆の支持を受けて立ち上がった「英雄」で。

 他の民兵とは違って近代戦の知識を持っているため、いささか厄介な存在であると見なされていたのだとか。

 

「あのアルノマさんが……。フラメールの英雄、などと呼ばれているとは知りませんでした」

 

 元役者で、美丈夫で、カリスマ性があって。

 何より祖国への愛にあふれた人格者ですから、意外というほどでもないですけど。

 

 できればこんな形で再会したくなかったと考えていると、

「そう言うおまえは何なんだ?」

とうろんな目を向けられました。

 

「ぱっと見、無害そうな小娘のくせに、あのシルフ・ノーヴァを騙してお友達になって、フラメールの英雄もどきにとっては『恩人』か」

 

 私がシルフを騙した事実はありません。

 彼女は私にとって、憎い仇、ではありますが。

 一時(いっとき)とはいえ、心を許しかけたこともある、友人になれたかもしれない相手なのです。

 

「普通じゃねえよな、つくづく」

 

 その言い方に悪意がこもっていたので、私もまなざしをきつくして彼の顔をにらみました。

 

「そうですね。普通なわけがないですよ。……悪魔(あなた)の妹ですから」

「!」

「そんなどうでもいい無駄口をきく暇があるなら、少しお休みになられたらどうですか。また熱が上がっているのでは?」

 

 ひたいに手をあて確かめようとすると、うるさそうに払われました。

 

「阿呆。敵陣で休めるか。普通に死ぬだろうが」

「……そのまま放っておいても死にそうですけど」

「ああ?」

「…………」

「何だよ、その顔」

 

 わずかに、ベルンが(ひる)みました。

 

「泣くようなこと言ったか? 今」

「……泣いておりません」

 

 ただ、心配していただけです。

 早くちゃんとした場所で手当てしなければ。休んでもらわなければ。ここから逃げなければ。

 

「この先の話を致しましょう。少佐……中尉殿」

 

 ちなみに、現在の状況――味方がどうしているか、救出部隊がいつ頃来そうかといった情報は、2人きりになれた時点で共有しています。1番大事なことですから。

 

 私が命令無視の単独行動でここに居ることも、一応、話しています。

 彼はあきれたような何か言いたそうな顔をしましたが、今は先に話すことがあるとして、その件は保留にしてくれました。

 

「この忌々(いまいま)しい嵐がどっちに味方するか、だな」

 

 先程は治まっていましたが、今はまた激しい雨風の音が聞こえてきます。

 季節外れの大嵐は、いまだ立ち去ってはいないようでした。

 

「奴らは少数だった。こんな崩れかけの砦が拠点になるはずもない。本当なら、オースティンが体勢を立て直してくる前に、さっさとトンズラしたいところだろうが」

「……なぜ、彼らはそうしなかったのでしょうか?」

 

 追撃戦をあきらめた時点で、退くこともできたはずですよね。多少無理な行軍にはなるでしょうが、こんな敵の近くでいつまでも留まっているのは自殺行為です。

 

「さあ、な。あいつが馬鹿だからか――」

「アルノマさんは、けして愚かな人ではありませんよ」

「あるいは、俺が敵の立場なら――起死回生の機会を逃したくない、とは考えたかもな」

 

 その起死回生の機会とは?

 

「このまま普通に戦えば、首都を落とされるかもしれん。そんな劣勢で」

 

 目の前に大将首が転がっている可能性があったら、多少無茶をしてでも獲りに来るだろう、と彼は言いました。

 

「それはつまり、アンリ大佐の」

「…………」

「ベルン・ヴァロウの首、ですね」

 

 私の言葉に、彼は薄く笑って、

 

「もうとっくに逃げちまってるだろうって、あきらめてくれてりゃいいんだがな」

 

 彼らがここに留まっているということは、そうではない可能性が高いと。

 

「要するに、絶体絶命の状況なわけだが。おまえ、この場を切り抜けてみせるとか言ったよな。これからどうすんだ?」

「別に、複雑なことは何も考えていませんよ」

 

 アルノマさんが来たら、頼んでみるつもりです。彼らとオースティン軍が再び交戦する前に逃がしてくれないかと。

 

 ベルンは「そんなことか」とつまらなそうな顔をしました。

 

「おまえはまあ、いけるかもだけど……、俺は?」

「可能性はあると考えています」

「敵の兵士をただ逃がせって要求すんのかよ。そんなふざけた話が通るとでも?」

「ならば、他にどんな方法がありますか? 今のあなたは、ろくに動けもしないのに」

 

 今の私たちは「詰み」の状態です。

 ここから奇跡のように生還を遂げるためには、公平で誠実な、かつての戦友の慈悲にすがるしかありません。

 

 アルノマさんならきっと、と私が言いかけた時。

 部屋の外から、荒々しい足音が聞こえました。

 

「■■■!」

 

 見張りに何か命じているのは、扉越しで聞き取りにくいですが、どうやら女性の声のようでした。

 

 私にはフラメール語はわかりません。

 ですが、ベルンにはわかったのでしょう。一瞬でその顔が強張るのがわかりました。

 

 間もなく、音を立てて扉が開いて。

 そこに立っている人物を見て、私は凍りつきました。

 

 長く、艶やかな銀髪。気品のある美しい顔立ち。凜とした佇まい。

 最後に見た時より、背がのびたでしょうか。雰囲気も、随分と大人びたように思います。

 燃えるような怒りを、憎しみを、その神秘的な瞳に宿して。

 私の因縁の相手。シルフ・ノーヴァが扉の向こうから姿を現しました。

 

 彼女の後から、武装した兵士が5、6人ついてきます。

 彼らはフラメールの民兵のように見えましたが、その中に。サバト正規兵でシルフの副官、エライアさんの姿もありました。

 

「久しぶりだな、トウリ・ロウ」

 

 一方のシルフは、私を見るなり、敵意に満ちた声でそう言って。

 

「積もる話は多いが、後にしよう」

 

 ニイッと口元をつり上げて笑うと、その場に居るもう1人へと視線を移し。

 

「オースティンの悪魔、ベルン・ヴァロウ」

 

 いきなりその正体を看破すると、手に持った拳銃を彼に向けて。

 

「我が祖国と父母の仇! サバト正規軍参謀シルフ・ノーヴァがこの手で討ち取ってくれる!」

 

 

 

*****

 

 銃声が1発、砦の中に(とどろ)くのと。

 アルノマさんが血相を変えて部屋の中に駆け込んできたのは、ほぼ同時でした。

 

「何をしているんだ、シルフ! ……小隊長! 小さな小隊長、ケガはないか!!」

「……大丈夫、です」

 

 とっさにベルンをかばって飛び出してしまいましたが、銃弾はそれていました。

 シルフは本気で当てにきていたように見えましたが、だいぶ興奮しているようでしたので、手元が狂ったのでしょう。

 

 私の無事を確かめたアルノマさんは、鼻息も荒くシルフに食ってかかりました。

 

「いったい何のつもりだ! 彼女は私の恩人だ、絶対に危害を加えるなと言ったはずだろう!?」

 

 シルフもまた、怒気もあらわに言い返しました。

 

「貴様、阿呆か! こいつらは敵だ! しかもそっちの男はあの『ベルン・ヴァロウ』に特徴が酷似している!」

 

 あ、正体がバレたわけではなかったのですね。早合点していました。

 

 などと思っている間にも、シルフは再び銃口をこちらに向けて、

 

「今、ここで討たんでどうする! こんな千載一遇の機会を逃すなどありえんだろうが!」

「シルフ!!!」

 

 アルノマさんの怒声が、ビリビリと空気を振るわせました。室内の全員が、思わず息を飲むような声だったと思います。

 

「銃を下ろせ。……この言葉に従えないのなら、残念ながら君との縁はここまでだ」

「なっ……!」

 

と、私が2人のやり取りに目を奪われていますと、

 

「おい、トウリ」

 

 背後から、ひそめた声が私を呼びました。

 

「ご無事でしたか、中尉殿」

「ああ、おまえのおかげでな。……ケガはないか?」

「はい、大丈夫です。かすめてもいません」

「……そうか、良かった」

 

 何だか妙に優しいことを言っていますね。何のつもりでしょう。

 

「もういいから、おまえは下がってろ。俺は動けない。どのみち、この傷じゃ助かりそうにない」

 

 おまえまで死ぬことはないとか、意味不明な発言をしていますが……、これは明らかに本心ではありませんね。

 おそらくは真逆の、『絶対にそこを動くんじゃねえぞ、俺の盾になれ』という意味ではないでしょうか?

 なので、私も適当に調子を合わせておきました。

 

「馬鹿を仰らないでください。共に戦った仲間を見捨てることなどできましょうか」

 

 ベルンの左足が、私の靴のかかとを軽く蹴っ飛ばしました。

 

 何ですか。セリフがちょっとわざとらしかったですか。

 チラリと彼の方を見ると、口パクだけで「このヘタクソ」と(ののし)られました。

 ……そんなに下手な演技だったでしょうか。

 

「おい、トウリ・ロウ!」

 

 シルフに名前を呼ばれて、私は飛び上がりました。

 見れば、彼女は拳銃こそ下ろしていましたが、あいかわらず怒りと憎しみに満ちた目をこちらに向けています。

 これ、対応を間違ったら死にますね。

 

 冷静に、冷静にと自分に言い聞かせながら、

「……お久しぶりですね、シルフ」

と私は抑えた声で言いました。

 

「ああ、そうだな。貴様が私を、私の祖国を(たばか)り、愚弄(ぐろう)して以来だ!」

「……シルフ」

「そして、そこの男こそが! 貴様を私のもとに寄越した黒幕なんだろう!? そうなんだろう!?」

「……何か誤解をされているようですが、違いますよ」

 

 実際、そこには誤解があったのですが、

 

「私がサバトに流れ着いたのは偶然ですし、彼は、今現在の私の上官。エトヴィン・ロイスです」

「とぼけるな!!」

 

 シルフは聞く耳持たずでした。再び銃口をこちらに向けようとして、アルノマさんの部下たちに取り押さえられています。

 

「放せ! 貴様ら、何をする! この無礼者が……!」

「シルフ様!」

 

 エライアさんが助けに入ろうとして、「全員落ち着け!」とアルノマさんに一喝されました。

 

「どうやら何か事情があるようだな」

 

 アルノマさんはシルフと私の顔を見比べて、

 

「まずは落ち着いて話をしようじゃないか。ひとまず場所を変えよう」

 

 極めて理性的な提案をしてくれたのですが、シルフは「そんな暇があるか!」と拒みました。

 

「わからんのか! 我々は今、あのオースティンの悪魔を殺せるかもしれない機会を得ているのだと! そしてその時間は限られているのだと! なぜ理解しない!」

 

 私はベルンと視線を交わしました。

 シルフの言葉は裏を返せば、彼らに余裕がないという意味になりますよね。もしかすると、オースティン軍の動きが想定より速いのかもしれません。

 

「彼がベルン・ヴァロウだとは限らない」

 

 アルノマさんは静かで根気強い口調で、シルフに言い聞かせました。

 

「……確かに、よく似ているとは思ったが」

 

 心臓が嫌な感じに跳ねました。アルノマさんはやはり、彼の顔を見知って……?

 

「何だ、貴様。奴に会ったことがあるのか」

「会ったというか、私がまだオースティンに居た頃、陣地で見かけただけだが。遠目に見る彼は、まだ若くて――存外、腰が低くて愛想のいい男で――」

 

 それはベルン・ヴァロウの「仮面」の方ですね。

 人前では案外にこやかなんですよ。率直に言って、かなりうさんくさい笑みではあるんですけど。

 

「年に似合わぬ、奇妙な威圧感があった。顔は笑っているのに、瞳は暗かった」

 

 私は冷や汗をかきました。それって、遠目じゃわかるはずないです。かなり近い場所で見てるってことじゃないですか……。

 

「私が知っているのはそれだけだ。見かけたのは1度きり。彼がベルン・ヴァロウだと確信できるほどの根拠はない」

 

 ならば、私は君の言葉を信じるよ、とアルノマさんが笑いかけてきます。罪悪感が凄まじいです。

 

「ふん、そうか。……それだけか」

 

 対するシルフは、アルノマさんの言葉に何か思いついた様子で、にやりと笑いました。

 

「ならば、私が知っている奴の話をしてやろう! あの悪魔が、私の国でどれほど非道な真似をしたか、貴様らに教えてやろうではないか!!」

 

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