「マジかよ、あの男」
アルノマさんたちに連行され、山道を小1時間ほど移動して、たどりついた場所。そこは半ば朽ち果てた大昔の砦跡でした。
今はフラメール軍が拠点としているようです。と言っても、彼らもここに来たばかりらしく、だいぶ混乱している様子でしたが。
「普通、敵兵なんて助けるか?」
私たちは砦の一室に閉じ込められました。
入り口の外には見張りが居るようですが、鉄格子もない、普通の部屋です。
しかも私たちは拘束すらされていません。ボディーチェックも甘かったです。
さらに付け加えれば、「仲間の傷を手当てしたい」という私の希望を、アルノマさんはかなえてくださいました。そのために治療道具を持ち込むことさえ許可してくれました。
「馬鹿なのか? あいつ。頭がわいてんのか?」
ベルンのセリフは命の恩人に向けるものではありませんが、戦場という場所の常識に照らせば、ごく当たり前の反応であるとも言えました。
「アルノマさんは、元は軍人ではなく民間人なんですよ」
私たちとは感覚が違うのです。「窮地に陥っている者を見捨てない」という、真っ当で人間らしい心を持っているのです。
「…………」
「少佐殿?」
急にベルンが黙り込んだので声をかけると、彼はきつく目を閉じていました。
「大丈夫ですか?」
「ああ、何でもない。……それより『中尉殿』か『隊長殿』だろ。自分で言い出した設定を忘れてんじゃねえよ」
「……申し訳ありません」
謝罪の言葉を口にしながら、私は内心、ため息をつきました。
何でもないわけがないんですよね。
アルノマさんのおかげで、手当てはできました。右肩の傷を止血し、右足に撃ち込まれたままになっていた銃弾を摘出して、【
ですが、ベルンの顔色は変わらずひどいままですし、今もぐったりと壁にもたれかかっています。
その手足は氷のように冷たく、ひたいに触れれば熱いと感じます。
右足の処置が遅れたため、患部が化膿してしまい、熱が出てきたのでしょう。抗生剤は飲んでもらいましたが、この様子では気休めかもしれません。
何より彼は、血を流しすぎです。とっくの昔に昏倒していてもおかしくありません。
なのに、どうして意識を保っていられるのか。こんな風に話していられるのか、わかりません。
ガーバック隊長とはまた違う種類の化け物なのかもしれませんね。
そしてベルンの武器は腕力や体力ではなく、その頭脳です。意識がある限り、この男は思考することをやめません。
「アルノマ、か……。多分、あいつがそうなんだろうな」
「?」
「聞いたことないか? フラメールの民兵をまとめ上げて戦ってる、英雄気取りの馬鹿が居るって話」
「……初耳です」
ベルンの話によれば、その人物のことは、しばらく前から軍で噂になっていたらしく。
軍人ではなく、政府の役人でもないようなのに、なぜか民衆の支持を受けて立ち上がった「英雄」で。
他の民兵とは違って近代戦の知識を持っているため、いささか厄介な存在であると見なされていたのだとか。
「あのアルノマさんが……。フラメールの英雄、などと呼ばれているとは知りませんでした」
元役者で、美丈夫で、カリスマ性があって。
何より祖国への愛にあふれた人格者ですから、意外というほどでもないですけど。
できればこんな形で再会したくなかったと考えていると、
「そう言うおまえは何なんだ?」
とうろんな目を向けられました。
「ぱっと見、無害そうな小娘のくせに、あのシルフ・ノーヴァを騙してお友達になって、フラメールの英雄もどきにとっては『恩人』か」
私がシルフを騙した事実はありません。
彼女は私にとって、憎い仇、ではありますが。
「普通じゃねえよな、つくづく」
その言い方に悪意がこもっていたので、私もまなざしをきつくして彼の顔をにらみました。
「そうですね。普通なわけがないですよ。……
「!」
「そんなどうでもいい無駄口をきく暇があるなら、少しお休みになられたらどうですか。また熱が上がっているのでは?」
ひたいに手をあて確かめようとすると、うるさそうに払われました。
「阿呆。敵陣で休めるか。普通に死ぬだろうが」
「……そのまま放っておいても死にそうですけど」
「ああ?」
「…………」
「何だよ、その顔」
わずかに、ベルンが
「泣くようなこと言ったか? 今」
「……泣いておりません」
ただ、心配していただけです。
早くちゃんとした場所で手当てしなければ。休んでもらわなければ。ここから逃げなければ。
「この先の話を致しましょう。少佐……中尉殿」
ちなみに、現在の状況――味方がどうしているか、救出部隊がいつ頃来そうかといった情報は、2人きりになれた時点で共有しています。1番大事なことですから。
私が命令無視の単独行動でここに居ることも、一応、話しています。
彼はあきれたような何か言いたそうな顔をしましたが、今は先に話すことがあるとして、その件は保留にしてくれました。
「この
先程は治まっていましたが、今はまた激しい雨風の音が聞こえてきます。
季節外れの大嵐は、いまだ立ち去ってはいないようでした。
「奴らは少数だった。こんな崩れかけの砦が拠点になるはずもない。本当なら、オースティンが体勢を立て直してくる前に、さっさとトンズラしたいところだろうが」
「……なぜ、彼らはそうしなかったのでしょうか?」
追撃戦をあきらめた時点で、退くこともできたはずですよね。多少無理な行軍にはなるでしょうが、こんな敵の近くでいつまでも留まっているのは自殺行為です。
「さあ、な。あいつが馬鹿だからか――」
「アルノマさんは、けして愚かな人ではありませんよ」
「あるいは、俺が敵の立場なら――起死回生の機会を逃したくない、とは考えたかもな」
その起死回生の機会とは?
「このまま普通に戦えば、首都を落とされるかもしれん。そんな劣勢で」
目の前に大将首が転がっている可能性があったら、多少無茶をしてでも獲りに来るだろう、と彼は言いました。
「それはつまり、アンリ大佐の」
「…………」
「ベルン・ヴァロウの首、ですね」
私の言葉に、彼は薄く笑って、
「もうとっくに逃げちまってるだろうって、あきらめてくれてりゃいいんだがな」
彼らがここに留まっているということは、そうではない可能性が高いと。
「要するに、絶体絶命の状況なわけだが。おまえ、この場を切り抜けてみせるとか言ったよな。これからどうすんだ?」
「別に、複雑なことは何も考えていませんよ」
アルノマさんが来たら、頼んでみるつもりです。彼らとオースティン軍が再び交戦する前に逃がしてくれないかと。
ベルンは「そんなことか」とつまらなそうな顔をしました。
「おまえはまあ、いけるかもだけど……、俺は?」
「可能性はあると考えています」
「敵の兵士をただ逃がせって要求すんのかよ。そんなふざけた話が通るとでも?」
「ならば、他にどんな方法がありますか? 今のあなたは、ろくに動けもしないのに」
今の私たちは「詰み」の状態です。
ここから奇跡のように生還を遂げるためには、公平で誠実な、かつての戦友の慈悲にすがるしかありません。
アルノマさんならきっと、と私が言いかけた時。
部屋の外から、荒々しい足音が聞こえました。
「■■■!」
見張りに何か命じているのは、扉越しで聞き取りにくいですが、どうやら女性の声のようでした。
私にはフラメール語はわかりません。
ですが、ベルンにはわかったのでしょう。一瞬でその顔が強張るのがわかりました。
間もなく、音を立てて扉が開いて。
そこに立っている人物を見て、私は凍りつきました。
長く、艶やかな銀髪。気品のある美しい顔立ち。凜とした佇まい。
最後に見た時より、背がのびたでしょうか。雰囲気も、随分と大人びたように思います。
燃えるような怒りを、憎しみを、その神秘的な瞳に宿して。
私の因縁の相手。シルフ・ノーヴァが扉の向こうから姿を現しました。
彼女の後から、武装した兵士が5、6人ついてきます。
彼らはフラメールの民兵のように見えましたが、その中に。サバト正規兵でシルフの副官、エライアさんの姿もありました。
「久しぶりだな、トウリ・ロウ」
一方のシルフは、私を見るなり、敵意に満ちた声でそう言って。
「積もる話は多いが、後にしよう」
ニイッと口元をつり上げて笑うと、その場に居るもう1人へと視線を移し。
「オースティンの悪魔、ベルン・ヴァロウ」
いきなりその正体を看破すると、手に持った拳銃を彼に向けて。
「我が祖国と父母の仇! サバト正規軍参謀シルフ・ノーヴァがこの手で討ち取ってくれる!」
*****
銃声が1発、砦の中に
アルノマさんが血相を変えて部屋の中に駆け込んできたのは、ほぼ同時でした。
「何をしているんだ、シルフ! ……小隊長! 小さな小隊長、ケガはないか!!」
「……大丈夫、です」
とっさにベルンをかばって飛び出してしまいましたが、銃弾はそれていました。
シルフは本気で当てにきていたように見えましたが、だいぶ興奮しているようでしたので、手元が狂ったのでしょう。
私の無事を確かめたアルノマさんは、鼻息も荒くシルフに食ってかかりました。
「いったい何のつもりだ! 彼女は私の恩人だ、絶対に危害を加えるなと言ったはずだろう!?」
シルフもまた、怒気もあらわに言い返しました。
「貴様、阿呆か! こいつらは敵だ! しかもそっちの男はあの『ベルン・ヴァロウ』に特徴が酷似している!」
あ、正体がバレたわけではなかったのですね。早合点していました。
などと思っている間にも、シルフは再び銃口をこちらに向けて、
「今、ここで討たんでどうする! こんな千載一遇の機会を逃すなどありえんだろうが!」
「シルフ!!!」
アルノマさんの怒声が、ビリビリと空気を振るわせました。室内の全員が、思わず息を飲むような声だったと思います。
「銃を下ろせ。……この言葉に従えないのなら、残念ながら君との縁はここまでだ」
「なっ……!」
と、私が2人のやり取りに目を奪われていますと、
「おい、トウリ」
背後から、ひそめた声が私を呼びました。
「ご無事でしたか、中尉殿」
「ああ、おまえのおかげでな。……ケガはないか?」
「はい、大丈夫です。かすめてもいません」
「……そうか、良かった」
何だか妙に優しいことを言っていますね。何のつもりでしょう。
「もういいから、おまえは下がってろ。俺は動けない。どのみち、この傷じゃ助かりそうにない」
おまえまで死ぬことはないとか、意味不明な発言をしていますが……、これは明らかに本心ではありませんね。
おそらくは真逆の、『絶対にそこを動くんじゃねえぞ、俺の盾になれ』という意味ではないでしょうか?
なので、私も適当に調子を合わせておきました。
「馬鹿を仰らないでください。共に戦った仲間を見捨てることなどできましょうか」
ベルンの左足が、私の靴のかかとを軽く蹴っ飛ばしました。
何ですか。セリフがちょっとわざとらしかったですか。
チラリと彼の方を見ると、口パクだけで「このヘタクソ」と
……そんなに下手な演技だったでしょうか。
「おい、トウリ・ロウ!」
シルフに名前を呼ばれて、私は飛び上がりました。
見れば、彼女は拳銃こそ下ろしていましたが、あいかわらず怒りと憎しみに満ちた目をこちらに向けています。
これ、対応を間違ったら死にますね。
冷静に、冷静にと自分に言い聞かせながら、
「……お久しぶりですね、シルフ」
と私は抑えた声で言いました。
「ああ、そうだな。貴様が私を、私の祖国を
「……シルフ」
「そして、そこの男こそが! 貴様を私のもとに寄越した黒幕なんだろう!? そうなんだろう!?」
「……何か誤解をされているようですが、違いますよ」
実際、そこには誤解があったのですが、
「私がサバトに流れ着いたのは偶然ですし、彼は、今現在の私の上官。エトヴィン・ロイスです」
「とぼけるな!!」
シルフは聞く耳持たずでした。再び銃口をこちらに向けようとして、アルノマさんの部下たちに取り押さえられています。
「放せ! 貴様ら、何をする! この無礼者が……!」
「シルフ様!」
エライアさんが助けに入ろうとして、「全員落ち着け!」とアルノマさんに一喝されました。
「どうやら何か事情があるようだな」
アルノマさんはシルフと私の顔を見比べて、
「まずは落ち着いて話をしようじゃないか。ひとまず場所を変えよう」
極めて理性的な提案をしてくれたのですが、シルフは「そんな暇があるか!」と拒みました。
「わからんのか! 我々は今、あのオースティンの悪魔を殺せるかもしれない機会を得ているのだと! そしてその時間は限られているのだと! なぜ理解しない!」
私はベルンと視線を交わしました。
シルフの言葉は裏を返せば、彼らに余裕がないという意味になりますよね。もしかすると、オースティン軍の動きが想定より速いのかもしれません。
「彼がベルン・ヴァロウだとは限らない」
アルノマさんは静かで根気強い口調で、シルフに言い聞かせました。
「……確かに、よく似ているとは思ったが」
心臓が嫌な感じに跳ねました。アルノマさんはやはり、彼の顔を見知って……?
「何だ、貴様。奴に会ったことがあるのか」
「会ったというか、私がまだオースティンに居た頃、陣地で見かけただけだが。遠目に見る彼は、まだ若くて――存外、腰が低くて愛想のいい男で――」
それはベルン・ヴァロウの「仮面」の方ですね。
人前では案外にこやかなんですよ。率直に言って、かなりうさんくさい笑みではあるんですけど。
「年に似合わぬ、奇妙な威圧感があった。顔は笑っているのに、瞳は暗かった」
私は冷や汗をかきました。それって、遠目じゃわかるはずないです。かなり近い場所で見てるってことじゃないですか……。
「私が知っているのはそれだけだ。見かけたのは1度きり。彼がベルン・ヴァロウだと確信できるほどの根拠はない」
ならば、私は君の言葉を信じるよ、とアルノマさんが笑いかけてきます。罪悪感が凄まじいです。
「ふん、そうか。……それだけか」
対するシルフは、アルノマさんの言葉に何か思いついた様子で、にやりと笑いました。
「ならば、私が知っている奴の話をしてやろう! あの悪魔が、私の国でどれほど非道な真似をしたか、貴様らに教えてやろうではないか!!」