悪魔を愛した少女の日記【完結】   作:結寄

26 / 57
26話

 次に目を覚ました時、私は死神の腕にこの身を抱かれておりました。

 

「トウリちゃん! 良かった、意識が戻ったのね!」

 

 ……と言っても、それは本物の死神ではなく、その異名を持つだけの衛生部長さんでしたけど。

 

「レイ、リィ、さ……」

 

 口をきこうとして、私は激しく咳き込んでしまいました。

 レィターリュさんはそんな私を抱えたまま、「もう大丈夫よ」と優しく背中をなでてくれました。

 

「ここはエンゲイよ。エンゲイにあるオースティンの本部。あなたは味方の部隊に助けられたの」

 

 私は、視線だけで周囲を見回しました。

 

 白い壁。清潔なベッド。かすかにただよう消毒液の匂い。

 どうやら病院のようですね。……いえ、それはレィターリュさんが居る時点でわかっていましたが、他のケガ人の姿が見当たらないのはなぜでしょう?

 

 ベッドの数もひとつしかありません。

 もしや、個室でしょうか? わざわざ専用の部屋に寝かされているだなんて、私はよほどの重傷だったのでしょうか……。

 

「それにしてもまさか、1人で敵地に乗り込むなんて」

 

 いつも無茶ばかりして、とレィターリュさんは怖い顔をしました。

 

「あなた、1週間も眠っていたのよ。目が覚めてからも意識がはっきりしなくて、泣いたり暴れたり、そりゃあ大変だったんだから」

「!」

 

 寝起きの頭が冴えてくるにつれて、恐怖が私を襲いました。

 最後に見たベルンの――兄の瀕死の姿が脳裏をよぎり、「1週間もたっている」という事実に、不安と焦燥がこみ上げてきます。

 

「レイリィさん、あの人はどこですか」

 

 途端に、レィターリュさんの顔が強張るのがわかりました。

 

 ――まさか、そんな。……嘘ですよね。

 

「あの人は。ベルン少佐はどこですか。彼も助けられたのですか? ならばここに、衛生部に、あの人も」

 

 ベッドから起き上がろうとする私を、レィターリュさんは両手で押しとどめて、

 

「ダメよ、まだ動いちゃ。あなた、本当に危ないところだったんだから」

「レイリィさん……」

「そんな泣きそうな顔をしなくてもいいの。あなたのお兄さんは無事。ちゃんと生きてるから」

「えっ……」

「意識も戻ったのよ。それも、あなたより早く。『なんでこいつはまだ起きないんだ?』って、随分心配してたんだから」

 

 無事。生きている。意識が戻った。

 その言葉の意味が、ゆっくりと頭に染み込んできて――気が緩んだのでしょうか。ぽろぽろと声もなく涙をこぼす私でしたが。

 その途中で、はたと気づきました。今、レィターリュさんは何と言ったでしょうか?

 

「あの、レイリィさん」

「なあに、トウリちゃん」

「すみません。自分の聞き違いかもしれないのですが」

「?」

「先程、どなたが無事だと仰いましたか?」

 

 レィターリュさんは不思議そうに小首をかしげました。

 

「だから、あなたのお兄さん。ベルン・ヴァロウ少佐よ」

「…………」

「え、どうしたの。なんでそんな驚いた顔してるの?」

「…………」

「……まさか、覚えてないのかしら?」

 

 何を、と聞き返す私に、彼女は困惑顔で答えてくれました。

 

 

 

*****

 

 レィターリュさんの説明によりますと。

 私とベルンを救助したのは、アンリ大佐が差し向けてくださった救助部隊でした。

 しかも実際に私たちを発見したのは、我がトウリ中隊のガヴェル曹長と、志願した歩兵たちだったそうです。

 彼らは戦闘の音を聞きつけてその場に駆けつけ、負傷した私たちを発見。急ぎ陣地へと連れ帰ってくれたのです。

 

 私はレィターリュさんが言うように「かなり危ないところ」だったらしく。

 衛生部の皆さんの治療で命の危機を脱した後も、1週間も意識が戻らなかったというのだから驚きです。

 原因は出血多量です。どうも大腿部に撃ち込まれた銃弾が、かなり太い血管を傷つけていたようで。

 というか、出血多量ならベルンも同じというか、あの男の方がひどかったはずなのですがね。

 あの男、なんと救助から3日目には意識が戻っていたそうです。……どれだけしぶといのでしょうか。

 

 一方の私は、目を覚ました後も意識が混濁していて。

 錯乱し、暴れ、衛生部の皆さんの手を随分(わずら)わせたようです。で、その時の私が何を口走っていたかといえば。

 

「兄さんはどこ、兄さんはどこって、そればっかりなのよ。でも、トウリちゃんに兄弟が居るなんて話、聞いたことなかったじゃない? とにかく落ち着いてってなだめてたら、そこにベルン少佐が来て」

 

 ベルンもケガ人ですから、衛生部に居たのですね。

 私が騒ぐ声を聞きつけて、「ようやく起きたか」と様子を見に来たらしいのですが、タイミングが悪すぎました。

 

「彼の顔を見るなり、トウリちゃんが『兄さん!』って叫んだのには驚いたわよ。しかもベッドから飛び出そうとするもんだから」

 

 ケイルさんと2人がかりで押さえつけると、私はその場で泣き出してしまったのだそうです。

 兄さん兄さんと呼びながら、ベルンの方へと手をのばす私を見て、レィターリュさんとケイルさん、同じくその場に居た看護長のエルマさんがベルンを凝視すると。

 

 引きつった顔で固まっていた彼は、やがて観念したのか、私のベッドに歩み寄ってきて。

 私はそんなベルンにしがみつき、しばらく子供のように泣きじゃくった後、安心したのか眠ってしまい。

 ……後には、何ともいたたまれない空気だけが残ったと。そういう成り行きだったそうです。

 

 話を聞いた私は真っ青になりました。

 まさかそんな形で、誰にも明かすつもりがなかった秘密を暴露してしまうだなんて。

 

「その一件を知っているのは、衛生部の方たちだけでしょうか?」

 

 おそるおそる尋ねると、レィターリュさんは沈痛な表情を浮かべました。

 

「それなんだけどねえ。ちょうどタイミング良くっていうか、悪くっていうか。トウリちゃんのお見舞いに来てたのよ」

 

 トウリ遊撃中隊の副長、ガヴェル曹長が。

 彼は意識が戻らない私のことをいたく心配して、たびたび様子を見に来てくれていたとかで。

 

「私は気づかなかったんだけど、ばっちり現場を見ちゃったらしいのね?」

「……!」

「もちろん彼は、言いふらしたりなんかしなかったわよ?」

 

 ガヴェル曹長は察しの良い方です。何か事情があるということはわかってくださったのでしょう。

 とはいえ相手は、「あの」ベルン・ヴァロウです。

 事情ではなく、何か裏があっては困ると案じたガヴェル曹長は、彼が最も信頼している人物にだけ、秘密を打ち明けました。

 

 ガヴェル曹長が、最も信頼している人物――。

 

「まさか……」

 

 尚のこと青ざめる私に、レィターリュさんは小さくうなずいて、

 

昨日(きのう)、衛生部にヴェルディ少佐が来てね? そりゃもう、今まで見たこともないような怖い顔して、『申し訳ありませんが、人払いをお願いします』って。それからベルン少佐と2人で、何か話してたみたい。かなり長い時間」

「……っ!」

 

 もはや耐えきれず、私はベッドから飛び起きました。

 

「ちょ、どこ行くの?」

「ベルン少佐に会いに行きます!」

 

 そしてこの件について、対応策を話し合わなくては。

 

「彼はどこですか? この衛生部に居るのですよね?」

 

 レィターリュさんの答えは「居ないわよ」でした。

 

「今朝から任務に復帰してるから」

「はあああ!?」

 

 私は思わず叫んでしまいました。

 最後に見た時には死にかけていた男が、目覚めてみたら任務に復帰、という事態に頭がついていきません。

 

「仕方ないのよ。色々と大変なことになっちゃったからね」

 

 このレィターリュさんの言葉には含みがあったのですが、混乱していた私は気づきませんでした。

 司令部が敵に襲撃されて多数の死傷者が出たのは、確かに「大変なこと」です。何しろ最高司令官のアンリ大佐さえ重傷で。

 

「そういえば、アンリ大佐はご無事ですか?」

 

 レィターリュさんはなぜか微妙な顔をしました。

 

「んー、まあね。命に別状はない、ってところまではどうにか回復したんだけど。大事をとって、首都で療養することになったの。代わりにレンヴェル中佐がこっちに来て指揮をとってるわ」

「なるほど……」

 

 だからヴェルディさんもこちらに来たのですね。考えてみれば、彼は鉱山戦線の方に居たはずですし。

 

「あ、そうそう。トウリちゃんの軍令違反のことだけどね。首都に行く前に、アンリ大佐が手を回していってくれたから心配しないでね」

 

 あれは大佐の命令だった、ということにしてくださったらしいです。実際には「許可しない」とはっきり仰っていたのに、良いのでしょうか。

 私が個室を与えられているのも、大佐のご指示による特別待遇だそうで。……本当に、良いのでしょうか。何だか申し訳なくなってしまいます。

 

「ベルン少佐も、さすがにまだ傷が完治したわけじゃないから、夜にはここに来るはずよ」

 

 積もる話はその時にすれば、とレィターリュさんは軽く仰いました。

 

 そんな悠長なことを言っていられない気分なのですが、現実問題として、私の体はろくに動きませんでした。

 1週間も眠っていて、ようやく意識が戻ったばかりなのだから当然ですね。

 まずは水を、その次は薄めたスープを少しずつ飲ませてもらいながら、

 

「それにしても、まさかの展開よねえ」

 

 レィターリュさんは、妙にしみじみした口調で言いました。

 

「トウリちゃんの2度目の恋が、兄と妹の禁断の愛だったなんて――」

「激しく誤解です!」

「そうですよ、部長」

 

 ふいに病室のドアからのぞいた顔は、病床主任のケイルさんでした。

 

「や、リトルボス。話は聞いたよ」

「ケイルさん……」

 

 いったいいつからそこに居たのかと、驚く私とレィターリュさんの視線に(ひる)むこともなく、ケイルさんは何食わぬ顔で話に参加してきました。

 

「兄妹として育ったけど、実は血のつながりがないとか、そういう系でしょ?」

「そういう系ではありません!」

「じゃあ、大好きな幼なじみのお兄さん的な?」

「もっと違います!」

「え、ってことはマジで血縁があるの? ……それはマズイよ、リトルボス。兄弟を恋愛対象として見るのは、人の道に反するってば……」

「ケイルくんが言うなって感じだけどね」

「や、俺は身内には手を出さないですよ、部長! せいぜい浮気くらいで……」

 

 それも十二分に人の道に反している気がしますが、そうではなくて。

 

「そもそも恋ではないという事実を、なぜ受け入れてくださらないのですか……」

 

 私がげんなりしていると、2人が代わる代わる励ましてくれました。

 

「ま、どんな事情があるにしても、さ」

「ここで耳にしたことは私たち、誰にも言わないから安心して?」

「ただ、落ち着いたら、もうちょっとくわしい話を聞かせてくれるかな。もちろん話せる範囲で」

「はい……、申し訳ありません」

 

 自分の失言で、皆さんにご迷惑をかけてしまいました。

 それに、ガヴェル曹長とヴェルディさんにも。

 まずはきちんとご説明して、理解していただかなくては――。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。