次に目を覚ました時、私は死神の腕にこの身を抱かれておりました。
「トウリちゃん! 良かった、意識が戻ったのね!」
……と言っても、それは本物の死神ではなく、その異名を持つだけの衛生部長さんでしたけど。
「レイ、リィ、さ……」
口をきこうとして、私は激しく咳き込んでしまいました。
レィターリュさんはそんな私を抱えたまま、「もう大丈夫よ」と優しく背中をなでてくれました。
「ここはエンゲイよ。エンゲイにあるオースティンの本部。あなたは味方の部隊に助けられたの」
私は、視線だけで周囲を見回しました。
白い壁。清潔なベッド。かすかにただよう消毒液の匂い。
どうやら病院のようですね。……いえ、それはレィターリュさんが居る時点でわかっていましたが、他のケガ人の姿が見当たらないのはなぜでしょう?
ベッドの数もひとつしかありません。
もしや、個室でしょうか? わざわざ専用の部屋に寝かされているだなんて、私はよほどの重傷だったのでしょうか……。
「それにしてもまさか、1人で敵地に乗り込むなんて」
いつも無茶ばかりして、とレィターリュさんは怖い顔をしました。
「あなた、1週間も眠っていたのよ。目が覚めてからも意識がはっきりしなくて、泣いたり暴れたり、そりゃあ大変だったんだから」
「!」
寝起きの頭が冴えてくるにつれて、恐怖が私を襲いました。
最後に見たベルンの――兄の瀕死の姿が脳裏をよぎり、「1週間もたっている」という事実に、不安と焦燥がこみ上げてきます。
「レイリィさん、あの人はどこですか」
途端に、レィターリュさんの顔が強張るのがわかりました。
――まさか、そんな。……嘘ですよね。
「あの人は。ベルン少佐はどこですか。彼も助けられたのですか? ならばここに、衛生部に、あの人も」
ベッドから起き上がろうとする私を、レィターリュさんは両手で押しとどめて、
「ダメよ、まだ動いちゃ。あなた、本当に危ないところだったんだから」
「レイリィさん……」
「そんな泣きそうな顔をしなくてもいいの。あなたのお兄さんは無事。ちゃんと生きてるから」
「えっ……」
「意識も戻ったのよ。それも、あなたより早く。『なんでこいつはまだ起きないんだ?』って、随分心配してたんだから」
無事。生きている。意識が戻った。
その言葉の意味が、ゆっくりと頭に染み込んできて――気が緩んだのでしょうか。ぽろぽろと声もなく涙をこぼす私でしたが。
その途中で、はたと気づきました。今、レィターリュさんは何と言ったでしょうか?
「あの、レイリィさん」
「なあに、トウリちゃん」
「すみません。自分の聞き違いかもしれないのですが」
「?」
「先程、どなたが無事だと仰いましたか?」
レィターリュさんは不思議そうに小首をかしげました。
「だから、あなたのお兄さん。ベルン・ヴァロウ少佐よ」
「…………」
「え、どうしたの。なんでそんな驚いた顔してるの?」
「…………」
「……まさか、覚えてないのかしら?」
何を、と聞き返す私に、彼女は困惑顔で答えてくれました。
*****
レィターリュさんの説明によりますと。
私とベルンを救助したのは、アンリ大佐が差し向けてくださった救助部隊でした。
しかも実際に私たちを発見したのは、我がトウリ中隊のガヴェル曹長と、志願した歩兵たちだったそうです。
彼らは戦闘の音を聞きつけてその場に駆けつけ、負傷した私たちを発見。急ぎ陣地へと連れ帰ってくれたのです。
私はレィターリュさんが言うように「かなり危ないところ」だったらしく。
衛生部の皆さんの治療で命の危機を脱した後も、1週間も意識が戻らなかったというのだから驚きです。
原因は出血多量です。どうも大腿部に撃ち込まれた銃弾が、かなり太い血管を傷つけていたようで。
というか、出血多量ならベルンも同じというか、あの男の方がひどかったはずなのですがね。
あの男、なんと救助から3日目には意識が戻っていたそうです。……どれだけしぶといのでしょうか。
一方の私は、目を覚ました後も意識が混濁していて。
錯乱し、暴れ、衛生部の皆さんの手を随分
「兄さんはどこ、兄さんはどこって、そればっかりなのよ。でも、トウリちゃんに兄弟が居るなんて話、聞いたことなかったじゃない? とにかく落ち着いてってなだめてたら、そこにベルン少佐が来て」
ベルンもケガ人ですから、衛生部に居たのですね。
私が騒ぐ声を聞きつけて、「ようやく起きたか」と様子を見に来たらしいのですが、タイミングが悪すぎました。
「彼の顔を見るなり、トウリちゃんが『兄さん!』って叫んだのには驚いたわよ。しかもベッドから飛び出そうとするもんだから」
ケイルさんと2人がかりで押さえつけると、私はその場で泣き出してしまったのだそうです。
兄さん兄さんと呼びながら、ベルンの方へと手をのばす私を見て、レィターリュさんとケイルさん、同じくその場に居た看護長のエルマさんがベルンを凝視すると。
引きつった顔で固まっていた彼は、やがて観念したのか、私のベッドに歩み寄ってきて。
私はそんなベルンにしがみつき、しばらく子供のように泣きじゃくった後、安心したのか眠ってしまい。
……後には、何ともいたたまれない空気だけが残ったと。そういう成り行きだったそうです。
話を聞いた私は真っ青になりました。
まさかそんな形で、誰にも明かすつもりがなかった秘密を暴露してしまうだなんて。
「その一件を知っているのは、衛生部の方たちだけでしょうか?」
おそるおそる尋ねると、レィターリュさんは沈痛な表情を浮かべました。
「それなんだけどねえ。ちょうどタイミング良くっていうか、悪くっていうか。トウリちゃんのお見舞いに来てたのよ」
トウリ遊撃中隊の副長、ガヴェル曹長が。
彼は意識が戻らない私のことをいたく心配して、たびたび様子を見に来てくれていたとかで。
「私は気づかなかったんだけど、ばっちり現場を見ちゃったらしいのね?」
「……!」
「もちろん彼は、言いふらしたりなんかしなかったわよ?」
ガヴェル曹長は察しの良い方です。何か事情があるということはわかってくださったのでしょう。
とはいえ相手は、「あの」ベルン・ヴァロウです。
事情ではなく、何か裏があっては困ると案じたガヴェル曹長は、彼が最も信頼している人物にだけ、秘密を打ち明けました。
ガヴェル曹長が、最も信頼している人物――。
「まさか……」
尚のこと青ざめる私に、レィターリュさんは小さくうなずいて、
「
「……っ!」
もはや耐えきれず、私はベッドから飛び起きました。
「ちょ、どこ行くの?」
「ベルン少佐に会いに行きます!」
そしてこの件について、対応策を話し合わなくては。
「彼はどこですか? この衛生部に居るのですよね?」
レィターリュさんの答えは「居ないわよ」でした。
「今朝から任務に復帰してるから」
「はあああ!?」
私は思わず叫んでしまいました。
最後に見た時には死にかけていた男が、目覚めてみたら任務に復帰、という事態に頭がついていきません。
「仕方ないのよ。色々と大変なことになっちゃったからね」
このレィターリュさんの言葉には含みがあったのですが、混乱していた私は気づきませんでした。
司令部が敵に襲撃されて多数の死傷者が出たのは、確かに「大変なこと」です。何しろ最高司令官のアンリ大佐さえ重傷で。
「そういえば、アンリ大佐はご無事ですか?」
レィターリュさんはなぜか微妙な顔をしました。
「んー、まあね。命に別状はない、ってところまではどうにか回復したんだけど。大事をとって、首都で療養することになったの。代わりにレンヴェル中佐がこっちに来て指揮をとってるわ」
「なるほど……」
だからヴェルディさんもこちらに来たのですね。考えてみれば、彼は鉱山戦線の方に居たはずですし。
「あ、そうそう。トウリちゃんの軍令違反のことだけどね。首都に行く前に、アンリ大佐が手を回していってくれたから心配しないでね」
あれは大佐の命令だった、ということにしてくださったらしいです。実際には「許可しない」とはっきり仰っていたのに、良いのでしょうか。
私が個室を与えられているのも、大佐のご指示による特別待遇だそうで。……本当に、良いのでしょうか。何だか申し訳なくなってしまいます。
「ベルン少佐も、さすがにまだ傷が完治したわけじゃないから、夜にはここに来るはずよ」
積もる話はその時にすれば、とレィターリュさんは軽く仰いました。
そんな悠長なことを言っていられない気分なのですが、現実問題として、私の体はろくに動きませんでした。
1週間も眠っていて、ようやく意識が戻ったばかりなのだから当然ですね。
まずは水を、その次は薄めたスープを少しずつ飲ませてもらいながら、
「それにしても、まさかの展開よねえ」
レィターリュさんは、妙にしみじみした口調で言いました。
「トウリちゃんの2度目の恋が、兄と妹の禁断の愛だったなんて――」
「激しく誤解です!」
「そうですよ、部長」
ふいに病室のドアからのぞいた顔は、病床主任のケイルさんでした。
「や、リトルボス。話は聞いたよ」
「ケイルさん……」
いったいいつからそこに居たのかと、驚く私とレィターリュさんの視線に
「兄妹として育ったけど、実は血のつながりがないとか、そういう系でしょ?」
「そういう系ではありません!」
「じゃあ、大好きな幼なじみのお兄さん的な?」
「もっと違います!」
「え、ってことはマジで血縁があるの? ……それはマズイよ、リトルボス。兄弟を恋愛対象として見るのは、人の道に反するってば……」
「ケイルくんが言うなって感じだけどね」
「や、俺は身内には手を出さないですよ、部長! せいぜい浮気くらいで……」
それも十二分に人の道に反している気がしますが、そうではなくて。
「そもそも恋ではないという事実を、なぜ受け入れてくださらないのですか……」
私がげんなりしていると、2人が代わる代わる励ましてくれました。
「ま、どんな事情があるにしても、さ」
「ここで耳にしたことは私たち、誰にも言わないから安心して?」
「ただ、落ち着いたら、もうちょっとくわしい話を聞かせてくれるかな。もちろん話せる範囲で」
「はい……、申し訳ありません」
自分の失言で、皆さんにご迷惑をかけてしまいました。
それに、ガヴェル曹長とヴェルディさんにも。
まずはきちんとご説明して、理解していただかなくては――。