「さて、それでは始めましょうか」
ヴェルディさんが言いました。
あいかわらずにこやかに、静かな怒りを瞳の奥に滲ませて。
ちなみに私はベッドに入ったまま、2人は椅子に座っています。ヴェルディさんの部下らしき人が、病室の外から運んできた椅子です。
ベルンは足の具合が良くないようですし、ずっと立ったままではキツイのでしょう。
ヴェルディさんらしい気遣いですが、じっくり腰を据えて話し合おう、という無言の圧力も感じます。
「議題はもちろん、ベルン少佐とトウリちゃんが実は兄妹だった、という驚くべき事実についてです」
「あー……」
ベルンが口をひらきかけるのを遮って、
「少佐の話は昨日聞かせてもらいましたので、今日はトウリちゃんから」
「…………」
「あなたはこの件を、いつ、どのような形で知りましたか?」
「それは……」
「ゆっくり思い出してくれていいのですよ。それと、具合が悪くなったらいつでも言ってください」
ヴェルディさんは優しいです。……私には、優しくしてくれるみたいです。
「ええと、最初は全く何も覚えていませんでした」
「そうですか、そうですか」
「ベルン少佐と何度も会って話すうちに、少しずつ記憶が戻って……」
たどたどしい私の話を、ヴェルディさんはうなずきながら聞いてくださいました。
「決め手は何でしたか? 彼があなたの兄上だと確信した理由は」
「それは、あの――」
押し倒された時の話はできないので、私は他の理由を考えることにしました。
「やっぱり、似ていたからだと思います。見た目もそうですが――」
主に性格が悪いところが、と言うのもアレですよね。どうしましょうか。
「その、私の兄は、とても頭が良い人で」
「ほう?」
「家の仕事も任せられていて、私の面倒も良くみてくれて」
「ふむふむ」
「だけど、本当は結構面倒くさがりで、不真面目で。お父さんのお酒を半分、空き瓶に入れて、それを水で薄めて戻しておくとか、イタズラもする人で」
「それは、それは」
「その頃の私は、イタズラだと思ってたんです。でも、今思うと、うちにはあんまりお金がなかったから、兄はああいうことをしたのかなって。あと、お父さんはお酒を飲むと、たまに大きな声を出して暴れることがあったので……」
ベルンが一瞬、舌打ちをこらえるような顔をしましたが、口は挟みませんでした。
「幼い子供が、自分でそういうことを考えて実行したのだとしたら大したものですね。かなり地頭が良かったのだろうと推測できます」
ヴェルディさんは実際に感心したような顔をして、
「他には、何かありますか?」
「ええと、他には……」
私は思い出話をいくつか披露しました。けんかした時のこととか、一緒に夕日を見ながら帰った時のことですとか。
「たった3つの頃の話なのに、随分鮮明に覚えているんですねえ、トウリちゃん」
……いけない。くわしく語りすぎたでしょうか。
「まるで誰かに吹き込まれたかのようだ」
ベルンが顔を歪めましたが、やはり口は出してきませんでした。
「トウリちゃん。先程、お父さんの話が出てきましたが」
ご両親のことは覚えていますか、とヴェルディさんは言葉を続けました。
「亡くなられたお父さんとお母さんについても、今のような思い出話があるのでしょうか?」
「……いえ。ほとんど覚えていません」
「それなのに、お兄さんのことはよく覚えている?」
「それは、あの。忙しい両親に変わって、私の面倒を見てくれたのは兄だったので」
「ちゃんと理屈が通っているのですね」
あいかわらず口元だけに笑みを浮かべて、ヴェルディさんは言いました。
「あらかじめ、答えを用意してあったかのようだ」
私が口ごもっていると、
「もう、いいでしょう。ヴェルディ少佐」
さすがに耐えかねたのか、ベルンが口をひらきました。
「要するに、俺が彼女にデタラメ吹き込んで、騙して利用しようとしてるんじゃないかってお疑いなんでしょう?」
否定の代わりに冷笑を浮かべて見せるヴェルディさんに、ベルンは「そんなつもりはありませんよ」と言葉を続けました。
「妹だったら引き取って一緒に暮らそうとか、そういうことを考えているわけでもない。そもそも、確実に妹だと決まったわけじゃない。他人の空似かもしれないって可能性は、俺だって考えて――」
「ベルン少佐」
ただ名前を呼んだだけの静かな声に、一瞬
「この遠征が始まる前、あなたは彼女と会っていましたよね。兵たちの間で噂になるほど
「……ええ、まあ」
「その目的は何だったのですか? 兄妹であることを確かめて、思い出話をするためですか?」
「…………」
「その『噂』がどのような種類のものであったか、まさかご存知なかったとは仰いませんよね。ちなみに、衛生部の皆さん及びガヴェル曹長に確認したところ、トウリちゃんはこの『噂』を一貫して否定していたそうです」
が、もう一方の当事者であるベルンがこの「噂」を否定した、あるいは肯定したという話を、ヴェルディさんは聞いたことがないらしく。
「実の妹かもしれない女性と、男女の仲をささやかれていたのですよ? それを放置するなどということが、常識的にありえますか?」
常識的ね、とベルンは薄く笑って見せました。
「俺はあなたほど生まれ育ちが立派じゃないんで、ヴェルディ少佐の『常識』とは違うかもしれませんがね」
「…………」
「噂を放っておいたのは、早い話が便利だったからですよ。彼女と会うための口実になると思ったからです」
「…………」
「現に、ヴェルディ少佐だって様子を見ていたでしょう? 俺に関わるなって、彼女に忠告くらいはしたかもしれませんがね。会うことを妨害まではしなかった。できなかった」
ヴェルディさんの口元から、かすかな笑みすら消え失せました。
「つまり、あなたは利用したのですね。兵たちの噂を、ご自身の目的のために」
「否定はしませんよ。彼女は有能な兵士です。俺はあなたとは考え方が違うんで、使える人材を私情で遊ばせておく、なんてもったいない真似はしない」
「……実の妹かも、しれないのに? 敢えて危険な前線で戦わせるというのですか?」
「大事な身内なら安全圏に置いておくだろうって? ……ははっ、おかしなことを仰る。だったらアリア大尉はどうして
「……っ!」
「ベルン少佐殿!」
私はたまらず、声を上げました。
アリアさんはヴェルディさんと仲が良かった
もちろん軍議で承認された作戦ですし、アリアさんも軍人として覚悟を決めていたと思います。私が知る限り、ヴェルディさんがこの件でベルンを責めたこともありません。
だからこそ私は、許せなかった。
ヴェルディさんはずっと、公正な態度をとってくれたのに。
まるで恩を仇で返すような、あまりに無神経な煽り方。
「トウリちゃん、いいんですよ」
やがてヴェルディさんは、感情を抑えた声で言いました。
「私も
立派なことですと言って、ヴェルディさんは私の方に視線を移し、
「こんな可愛らしい女性が妹だったら、私ならどこかに隠しておきたくなりますが」
暗に、「やはり妹というのは嘘でしょう」と言ってますね。
それも仕方ないと思います。仮に生まれながらの軍人であっても、実の妹を嬉々として前線に放り込もうとする人は滅多に居ないでしょうから。
「……お話は十分聞けました」
と言いつつ、ヴェルディさんは席を立とうとはしませんでした。
「ここから先は、2人で話しましょうか、トウリちゃん」
「俺に出て行けと?」
「ベルン少佐はまだ傷の治療があるのでしょう? 体調が悪いのに、お引き止めして申し訳ありませんでした」
そこでヴェルディさんは軽く声を張り上げ、病室の外に指示を飛ばしました。
「レィターリュ衛生部長に連絡を。話は終わったので、ベルン少佐の治療をお願いしますと」
ベルンはその後ろ姿を忌々しそうににらんでいましたが、ここで居残るのは得策ではないと判断したのか、素直に出て行きました。
「余計なことはしゃべるなよ」
と、私にアイコンタクトをとるのを忘れずに。
*****
「どうして、こんな大事なことを打ち明けてくれなかったんですか!」
2人きりになって、ヴェルディさんが真っ先に口にした言葉がそれでした。
張りつけたような笑みも、抑制の効いた話し方もやめて、今はただ素の状態で嘆いているようにしか見えません。
「何か困ったことがあれば頼ってくださいと言ったでしょう!? あまりに水くさすぎる!」
「……ヴェルディさん」
「無論、理由はわかりますよ!? レンヴェル叔父はベルン少佐のことを露骨に嫌っていましたからね!? その彼と血縁があるかもしれないだなんて、あなたが言い出しにくかったことは理解できます! ……けれどね、トウリちゃん。私は何度だって言いますよ。あなたがわかっていないのなら、本当に何度でも!」
ヴェルディさんは興奮のあまりか席を立ち、私の肩を強く、しかし痛くはないようにつかんできました。
「私は何があってもあなたの味方です! それはあなたが私の、唯一残った大切な戦友だからです! あなたにもしものことがあったなら、私はマリューさんに、グレーさんに、アレンさんに、ロドリーくんに、あの世で合わせる顔がない!」
「…………」
「ガーバック隊長だってきっと、部下を守れなかった無能と私を
「……ヴェルディさん」
彼に肩をつかまれたまま、私はうなだれました。
「ごめんなさい……。本当にごめんなさい……」
「……はあ」
ヴェルディさんは私から手を放し、また椅子に腰掛けて、頭を抱えてしまいました。
「こんなことなら、もっと早くに介入すべきでした……」
ベルンと私が何度も会っていたことは、ヴェルディさんも当然ご存知でした。
敢えて口出しせずに様子を見ていたのは、彼と私が恋仲かもしれないという、例の事実無根な噂のせいだそうです。
「ありえない、ということはもちろんわかっていましたよ。ただ万が一、いえ百万が一、事実だとしたら、私がそれを尋ねること自体、あなたにとっては負担になってしまうと思い……」
ただ、こうなった以上は話が別だと、ヴェルディさんは言いました。
「トウリちゃん。あなたは騙されています」
一分の迷いもなく、断言されてしまいました。
「あなたが『家族』というものをとても大切に思っていると知って、利用しようと考えたのでしょう。まったく、ひどい話です。彼には人の心というものがないのでしょうか……」
ない可能性は、わりとあると思います。
あのベルン・ヴァロウですし。元はヴェルディさんが仰る通り、私の家族のことを調べて利用する気満々だったわけですし。
「今、彼の生い立ちについて調べさせているところです。戸籍関連は戦火で消失したものも多いと聞いていますが、いずれ必ず、証拠を見つけてみせます」
それは、ベルンの話が嘘であるという証拠を、ですよね。
……困りました。
私はあの砦で、彼の部下になるという約束をしてしまっています。ですがこの様子では、とても許してくれそうにありません。
上官であるヴェルディさんの同意なく部隊を移ることはできませんし、それ以前に私自身の気持ちとして、お世話になった人を裏切るような形になるのは嫌です。
なので私は、説得を試みました。
「あの、ヴェルディさん。そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ」
「何が!? どこが大丈夫なんですか!?」
「私、あの人の弱みを握ってますから」
「……は?」
ぽかんとするヴェルディさんに、私は説明しました。
「あの人、実の妹には危害を加えられないみたいなんです」
今では怪物と呼ばれているベルン・ヴァロウですが、子供の頃から目立った異常性を発揮していたわけではありません。
たとえば、小動物を残酷な形で殺すとか。
……ウサギに石をぶつけて仕留めたことはありますけど、あれは食糧だったみたいですし。
3つの私に、手を上げたこともありません。
……お父さんが酔って暴れた時には、「あのクソ親父、いつか絶対殺す」とか言ってた気もしますけど、まあ実行はしなかったですし。
「多分、あの人にも昔は人の心があって……」
妹の、「イリス」の存在はそれを思い出させるのではないかというのが、現状における私の推理です。
ヴェルディさんは私の説明に困惑顔をして、
「そもそも、兄妹であるという話を私は疑っているのですけど?」
「それは、あの……、私も確信を持っているわけではありませんが……」
ベルンはなぜか確信しているようですし、
「妹かもしれない、だけでも十分です。その可能性がある限り、あの人が私に危害を加えることはありません」
きっぱり言い切って見せると、ヴェルディさんは逆に不安そうな顔をなさいました。
「何やら、実際に危害を加えられそうになったことがあるかのような口ぶりに聞こえるのですが……?」
ブンブン、私は首を振りました。
「ありません。そんなことはありません」
「トウリちゃん?」
「本当です、ヴェルディさん」
「…………」
無言になったヴェルディさんは、やがて深々とため息をつきました。
「よくわかりました。今後しばらくの間、彼には近づかないようにしてください」
「ヴェルディさん」
思わず反論しかけるのを遮って、
「これからする話を、落ち着いて、よく聞いてください」
と強い口調で言われてしまいました。
「この先は、あなたの個人的な問題に留まる話ではありません。オースティン軍全体に関わる話になります」
「!」
軍の話と聞いて、自然と私の背筋ものびました。ヴェルディさんも心持ち声をひそめて、
「これはまだ内々の話で、決定事項ではないのですが。近々ベルン少佐は、首都に召還されるかもしれません」
「?」
「政府の意向です。今回の敗北について、直接説明するようにと通達が来ているのですよ」
「!」
「成り行き
「……更迭?」
意味がわからず問い返すと、ヴェルディさんの表情が暗くなりました。
「つまり、軍を辞めさせられるかもしれない、という意味です」