悪魔を愛した少女の日記【完結】   作:結寄

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33話

 ベルンが前線を離れてから、およそ半年が過ぎ。

 戦況は膠着していました。

 オースティンはじりじりと戦線を押し上げていましたが、フラメールの抵抗も激しく、首都攻略を目前にして足踏み状態になっていました。

 

 いかに優位な戦いでも、時間がたてば犠牲者の数は増えていきます。

 訓練を終え、トウリ中隊から前線に送られた兵士たちの中にも、ぽつりぽつりと戦死者が出始めていました。

 

 同じ頃、噂となって聞こえてきたのが敵のエースのことです。

 通称「大盾」。鍛え上げられた体躯を持つ大柄な兵士で、異様に大きな金属製の盾を構え、突進してくるのだそうです。

 

 英雄アルノマの噂もよく聞きました。

 その生まれ持ったカリスマ性によって民衆の圧倒的な支持を得ている彼は、もはや歴戦の将に匹敵する脅威となっているようでしたが。

 

 一方で、シルフ・ノーヴァの噂が全く聞こえてこないことが、私は不気味でなりませんでした。

 

 あのシルフが、このままおとなしくしているはずがありません。

 噂が何もないということは――彼女が時間をかけて、何らかの準備を整えている証拠という気がします。

 

 このままではいけない。早く戦争の決着をつけなければ、取り返しのつかないことになってしまう。

 そんな予感をいだきながら、後方の陣地に居る私には、日々の職務をこなす以外にできることはなく。

 

 不安な日々を過ごしていた頃、1通の書状が届きました。

 

 それは首都のアンリ大佐からの呼び出し状でした。

 半年前、フラメールの奇襲で大佐とベルンが命を落としかけ、司令部の将校も数多く犠牲になった、あの戦いについて。

 一部、問題となる事実が出てきたため、首都に来て証言してほしい――という内容でした。

 

「どうして、今になって……」

 

 政府の査問は無事に終わったと聞いていましたのに。まさか、今更ベルンが処分されるようなことがあるのでしょうか?

 

「落ち着けよ。さすがにそれは考えにくいって」

 

 そうは言いながら、ガヴェル曹長も心配そうでした。

 

 ちなみに、彼との関係はずっとギクシャクしたままなのですが。

 ガヴェル曹長は仕事で手を抜かない人ですので、日々の業務に支障は出ていません。

 雑談には応じてくれませんが、今のように任務に関わることなら普通に対応してくれますし、相談にも乗ってくださいます。

 

「私は、どうすべきでしょうか」

「どうって、呼ばれたからには行くしかないだろ」

 

 それはその通りです。軍属である以上、命令には逆らえません。

 

「何かマズイことになりそうだったら、すぐに知らせろ。ヴェルディ様に言って、どうにかしてもらうから」

 

 私との間にどんなわだかまりがあっても、困った時には助けてくれる。ガヴェル曹長はやはり頼りになる方です。

 

「護衛もいるよな。顔見知りの方が安心できるだろうし、うちの中隊の奴らを何人か手配しとくよ」

 

 頼りになるというより、ちょっと過保護な気もしますが……。

 

 ともかくガヴェル曹長に後のことを任せて、私はウィンへと旅立つことになりました。

 

 

 

*****

 

 鉱山戦線の陣地からウィンまでは、馬車で何日もかかります。

 その道程のほとんどは国内ですが、安全が保証されているわけでは全くありません。

 長引く戦乱によって、治安が最低レベルまで落ち込んだオースティンには、タチの悪い賊がこれでもかと蔓延(はびこ)っています。

 たとえ軍人でも、少人数の移動は危険が大きいので、私たちはウィンと前線の間を行き来する輸送部隊に同行させてもらうことにしました。

 

 さらに私個人の護衛として、ガヴェル曹長が手配してくださった小隊がひとつ。

 

「いやはや、ガヴェル副長には頭が上がりませんな」

 

 その責任者はナウマン兵士長でした。

 

 今回、彼が選ばれたのには理由がありまして。

 ナウマンさんはつい先日、生き別れになっていたご家族と再会できたばかりなのです。

 他でもない、私が大ケガをして、エンゲイで入院していた時のことです。

 

 ナウマンさんの奥さんと娘さんは、敵の捕虜になった後で友軍に救助され、色々あってエンゲイで保護されていました。

 先の任務では、本来、エンゲイに立ち寄る予定はありませんでしたので、偶然が重なった末の再会です。

 ご家族の生存をかなり絶望視していたらしいナウマンさんは、「奇跡だ」と何度も繰り返しながら涙を流していらっしゃいました。

 

 その後、ナウマンさんはウィンに家を借り、奥さんと娘さんをそこに住まわせています。

 本当はお2人のそばに居たかったでしょうに、「家族を守るためにも」と軍に残り、職責を果たしてくださっているのです。

 今回、ガヴェル曹長がナウマンさんを護衛に選んだのは、そんな彼の献身に少しでも報いるためなのでしょう。

 

「ウィンに戻ったら、ご家族でゆっくり過ごしてくださいね」

 

 ナウマンさんはひたすら恐縮していました。

 

「トウリ中隊長殿が大変な時に、手前ばかり申し訳ありません」

 

 どうかお気になさらず、と自分は答えました。

 

 シルフ攻勢によって前線を突破されてしまったオースティンでは、民間人にも多数の犠牲者が出ました。

 結果、軍の中には、守るべき家族も帰るべき故郷も失ってしまい、自分は何のために戦っているのか――と虚しい想いを抱えている仲間が大勢居ます。

 

 私も、故郷ノエルをサバトに焼かれ、お世話になった院長先生や、共に育った孤児たちの安否は不明のままです。

 だからこそ余計に、思うのです。まだ守るものがある仲間には、そのかけがえのない幸福を大切にしてほしいと。

 

「ずっと親らしいことができませんでしたので……。娘にはしてやりたいことがたくさんあります」

 

 何か好きな物を買ってあげたりだとか、ウィンの名所に連れて行ってあげたりだとか。

 

「いや、まあ、娘が承知してくれればですが……。どうも年頃のせいか、父親に対しては何やら冷たくて」

 

 すると、横で話を聞いていた中隊の兵士たちが口をはさんできました。

 

「ナウマン兵士長の娘さんって、俺らと似たような年でしたっけ?」

「一緒に出かけるなら、友達とか彼氏っしょ」

「父親とかウザいよな」

「ウザい、ウザい」

「おまえたち……、少しは手加減しろや」

 

 ナウマンさんが目に見えて落ち込んでしまったので、私は慌ててフォローしました。

 

「ええと、ウィンにはどのような名所があるのですか?」

 

 私は田舎育ちですので、首都にはくわしくありません。

 一応行ったことはありますが、それはサバトに侵攻されている最中(さなか)のこと。観光地巡りなど、とてもできませんでした。

 

「そうですねえ。ウィンは本来、芸術の都として名高い街でして。国立の美術館に博物館、あとは大小の劇場もあって……」

 

 ああ、劇場。それなら行ったことがあります。そこで初めてアルノマさんと会ったのです。

 亡き夫・ロドリーくんとデートした場所でもあります。とても懐かしくて、幸せな、思い出すだけで胸が苦しくなる記憶です。

 

「カフェハウスもオススメですよ。チョコレートを使ったケーキが名物で」

 

 アンナに食べさせてやりたいなあ、とナウマンさんはつぶやきました。とても優しい、父親の顔をして。

 

「だから、娘さんは友達とか彼氏と行きたいはずですって」

「ケーキ代だけ出してあげた方が、絶対喜ばれるよな」

「一緒に行きたいなんて言ったら嫌われますよ、兵士長」

「おまえたちには情けってものがないのか……」

 

 ナウマンさんと兵士たちのやり取りを聞きながら、私はほんのり憧れていました。

 お父さんとデートだなんて、素敵だと思うんですけどね。まして、こんな優しいお父さんと。

 実際に親が居る人は、そんな風には思わないものなのでしょうか。

 

 私には父は居ませんが、紆余曲折あって兄と再会しました。

 ためしに、アレとデートするところを想像してみますと――。

 

 ……そうですね。アンナさんの気持ちが少しわかってしまったかもしれません。

 デートというのは、やはり身内とするものではないのでしょう。

 ロドリーくんのような、優しくて素敵な紳士とするべきものだと思います。

 

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