悪魔を愛した少女の日記【完結】   作:結寄

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35話

 ベルンに手を引かれるまま、私はアンリ大佐のお屋敷を出ました。

 

「少佐殿、どこに行くのですか?」

 

 迷いなく歩いていくので、てっきりどこか目的地でもあるのかと思えば、彼は少しだけ歩調を緩めてから「さあ?」と首をひねりました。

 

「おまえが行きたい所があるって言うなら、連れてってやるけど」

「はい?」

「仕方ねえだろ、大佐の命令だし。自分の代わりにおまえの相手をしろって」

 

 それは、まあ、確かに仰っていましたけど……。

 

「少佐殿は暇なんですか?」

「…………」

「私は首都にはくわしくないので、行きたい所と言っても特には思いつきませんが……」

 

 ベルンは明らかに気分を害した様子で、「あっそ」とつぶやきました。

 

「だったら、帰れ。軍部まで送ってやる」

 

 力づくで引っ張っていかれそうになって、私は慌てて抵抗しました。

 

「ちょっと待ってください!」

 

 行きたい所がないと言っただけで、行きたくないとは申しておりません。

 我ながら可愛くない返答をしてしまった自覚はありますが、急な展開に、自分も戸惑っていたのです。

 

「要するにこれは、休暇のようなものなのですよね?」

 

 アンリ大佐の意図はそんなところでしょう。多少の悪ふざけはあったかもしれませんが、基本は善意で私たちを会わせてくれたのですよね。

 

「そういうことでしたら、自分に異存はありません。大佐のご命令通り、案内をお願いします」

「…………」

 

 ベルンは冷ややかに目を細めて私を見下ろしていましたが、やがて何かをあきらめたように「わかった」とつぶやきました。

 

「それで? どこに行きたいんだよ」

「ですから自分は、首都にはくわしくないので……」

「それでも、ひとつくらい何かあるだろうが。どこでもいいって言うなら、俺の趣味で選ぶぞ」

 

 ベルンの趣味とは、どのようなものなのでしょうか。

 

「拷問道具を集めた資料館とか?」

「……少し待ってください。今、行きたい所を考えていますので」

 

 半年振りに再会できたのです。積もる話がたくさんありますのに、そんな血生臭い場所に連れて行かれてはたまりません。

 

 私は必死で記憶をたどり、ナウマンさんに聞いた話を思い出しました。

 確か、首都の観光名所を娘さんと訪ねたいと仰っていましたよね。オススメは何でしたっけ。チョコレートケーキが名物のカフェハウス?

 

 非常に興味はありますが、この人と一緒に行きたいかと聞かれると微妙です。

 ……何だかデートのようですし。それは身内とするものではないと結論づけたばかりです。

 他に、何か。ナウマンさんが話していたのは。

 

「美術館……」

「あ? 国立のか?」

「はい。私の部隊の方が教えてくださったのです。それは見事な収蔵品の数々で、ウィンに行くなら是非とも訪ねてみるべきだと」

 

 ここ最近は戦争ばかりしていますが、オースティンは本来、文化・芸術活動が盛んな国です。

 長い歴史を持つウィンの国立美術館は、そんなオースティンの誇りのひとつです。

 

「今は閉鎖中だぞ、確か」

「あ、そうなのですか」

「軍の身分証を見せれば、中に入るくらいはできるかもしれんが……」

 

 展示されている物は、おそらくほとんどないそうです。戦火を逃れるため、一時的に国外に持ち出された美術品も多いのだとか。

 私が残念に思っていますと、ベルンは軽く眉をひそめました。

 

「何、おまえ。絵とか好きだったの?」

 

 嫌いではないですよ。描くのも見るのも。

 ただ、美術品と呼べるようなレベルのものなんて、ほとんど目にしたことがありませんけど。

 

「ああ。ずっと田舎で暮らしてりゃそうだろうな」

「少佐殿は行ったことがあるのですか? 国立美術館に……」

「一応な。それより、今日はその呼び方はやめろよ」

 

 なぜ、とは聞かずとも察しがつきました。

 

 今日の彼は軍服を着ていません。

 地味な色合いのスーツを着崩して、目立つ赤毛にはベレー帽をかぶっています。ぱっと見の印象は、若手の新聞記者か何かでしょうか。

 

「……では、『兄さん』とお呼びしても?」

 

 ベルンは一瞬嫌そうな顔をしましたが、わざわざ偽名を考えるのも面倒だったのでしょう。

「ああ、それでいい」

と許可してくれました。

 

「そういえば、今日は杖をついていらっしゃらないのですね?」

 

 足の具合はもういいのでしょうか。

 エンゲイで別れた時には右足にマヒが残っているとかで、結構不自由そうにしていましたのに。

 

「いや、あった方が楽なのは確かなんだが……」

 

 あれは目立つから、とベルンは続けました。

 

「ケガで退役した傷病兵のフリってのも考えたが、軍人設定だと俺っぽさが出過ぎるんだよな」

 

 軍人ではない、若い男性が杖をついていたら、確かに目立つかもしれませんね。つまり今の彼は、なるべく人目を避けたい立場であると。

 

 だとしたら、同行している自分が軍人姿で良いのでしょうか。

 

「おまえは、別に。軍服着てても、軍人には見えねえし」

「……どういう意味ですか」

 

 そりゃあ昔は子供みたいだとしょっちゅう言われましたけど、今なら多少はマシに――なってないんでしょうか?

 

 私がひそかに拗ねていますと、ベルンはなぜかにんまりしました。

 

「なら、行くか」

 

 イタズラでも思いついたような顔をして彼が指差したのは、ウィンの街路の一角。

 そこにはわりと高級そうな、服屋さんらしきお店がありました。

 

 

 

*****

 

「おー、可愛い。似合う、似合う」

 

 試着室を出た私の装いを見て、ベルンはわざとらしく手を叩きました。

 

「あの、少佐……じゃなくて兄さん。これはいったい……」

 

 私は水色のワンピース姿になっていました。腰と襟元にリボンがついた、とても可愛らしいデザインのものです。

 

 私はもう18ですし、正装と言ったら、普通はもうちょっと大人びた服を着るものだと思うんですけどね。

 鏡の中の自分はまさに「少女」という感じで、悲しいほど馴染んでおりました。

 

「1度思いきり飾ってみたかったんだよな。おまえ、せっかく元がいいのに、いつも同じ服着てやがるし」

 

 それは軍人なんだから当然でしょう。いつも軍服を着てるでしょうよ。

 

「髪も、なあ。ちゃんと手入れさえすりゃ、ウィンの女にだって負けねえだろうに」

 

 彼は短く切った私の髪をつまんで、残念そうに言いました。

 

「私たちの仕事で、髪の手入れなどできるわけがないでしょう。大抵の女性は短くしていますよ」

 

 それは男性兵士に「女」として見られて、性的な被害に遭うのを避けるためでもあります。

 

 早口で答えながら、私はベルンに自分の顔を見られないよう、そっぽを向いていました。

 さっきから彼は、私の容姿をほめてばかりいます。

 私はそういうのに慣れていません。いくら相手が実の兄でも、顔が赤くなるのはどうしようもありません。

 

「そうだな。けど、いつかは伸ばしたところも見せろよ」

「……どうして」

「多分、可愛いから?」

「……っ!」

 

 からかわれているのかと思って強くその顔をにらめば、彼は普通に楽しそうにしておりました。

 

「あっちの服も見せてくれる? あと、この服に合いそうな小物とかあったら、それも買うから」

 

 店員さんを呼んで、そんな風に話していますが……。今日1日のことですし、あれこれ買ってもらっても使い道がありません。

 

「別にいいだろ。金ならあるし」

 

 本当でしょうか。目の前でこんな無駄遣いをされては心配になります。

 

「ほとんど使い道がなかったからな。俺には仕送りする先もねえし」

 

 軍に入ってから得たお金は、ほとんど使わずに貯めてあると聞いて、私は疑問を覚えました。

 

「確か、後見人の方が居たはずでは?」

「そっちは俺みたいな有能な奴を支援するのが趣味みたいな爺さんで、別に金を返す必要はなかったんだよ。俺以外にも、支援を受けてる奴が何人も居たくらいだし」

「……そうなのですか」

「おまえは、貯金あんの?」

 

 店員さんが持ってきてくれた髪飾りを私の髪にあてがいながら、彼はごく何気ない口調で聞いてきました。

 

「多少は……」

 

 ずっと戦いの日々でしたし、特に使い道もなかったのは私も同じです。

 かつてはノエル孤児院に、今はアニータさんとセドルくんに送金しているくらいです。

 

「おまえ、なあ。少しは先のことも考えとけよ」

 

 考えていますよ。五体満足で軍を辞められるとは限りませんし。

 

「赤の他人に金を送って、後で見返りがあるとか期待すんなって言ってんの」

「セドルくんは他人ではありません」

 

 ふうん、とつまらなそうに言って、彼はまた別の髪飾りを私の髪にあてがってきました。

 

「やっぱり、こっちの方が似合ってるな」

 

 それは素朴な木彫りの髪飾りでした。花を(かたど)った、これまた可愛らしい形のものです。

 

「基本、地味で安いやつの方が似合うのはなんでだろうな? 貧乏くささが体に染みついてるのか?」

「真面目な顔をして、人のことを侮辱するのはやめていただけませんか」

 

 結局、その髪飾りとワンピースと靴を買って、私たちは店を出ました。

 安物と言いつつ、服と靴については結構いい値段がしたのは秘密です。

 

「…………」

 

 あらためて、自分の姿を見下ろしてみます。

 

 何だかとても変な感じです。自分ではないような気さえします。

 孤児院に居た頃は、身につけるものといえば誰かのお古で、新品のキレイな服なんて着られませんでした。軍に志願してからは言わずもがなです。

 

「今は戦時ですのに、こんな浮かれた格好をしていても良いのでしょうか……」

 

 ウィンの市民に「不謹慎だ」と白い目を向けられたり、タチの悪い(やから)に絡まれたりとか、しないでしょうかね。

 

「その時は、おまえが返り討ちにすれば」

「兄さんではなく、私がですか」

「敵のエース級を討ち取った女が何言ってんだよ」

「…………」

 

 おしゃれ着に身を包んで、ウィンの街を歩いて行きます。

 人通りは少なく、道行く人々の顔にも陰りが見えますが……、それでもさすがは都会。喧噪(けんそう)に満ちていますね。

 

 さっきの服屋さんのように、営業しているお店も多いようです。

 売っているものはさまざまです。食料品はもちろん、服や靴、カバンや日用品、等々。

 

 ふと、私は足を止めました。

 街角に小さなおもちゃ屋さんがあって、ショーウィンドウに人形が陳列されていたからです。

 

 ああ、思い出します。ロドリーくんがキツネさんを買ってくれた時のこと。

 

 私が懐かしい記憶に浸っていますと、

「何ぼんやりしてんだ」

とベルンが声をかけてきました。

 

「……別に何でもありません」

 

 彼は目の前のおもちゃ屋さんを見て、「そういえば」と何か思い出した顔をしました。

 

「俺が買ってやった人形とか、気に入ったか?」

 

 ああ、ありましたね。だいぶそっけない手紙と一緒に、ご機嫌とりのような荷物が届いたことが。

 

「あれはサバトで買ったのですか?」

「驚いたか? おまえ、戦時中のサバトしか見てねえもんな」

 

 今ではヨゼグラードもだいぶ復興しているそうです。戦火と離れている分、ウィンよりずっと明るい雰囲気なのだとか。

 

「国内に賊が蔓延(はびこ)って、治安が悪いはずでは……?」

 

 私の記憶にあるサバトは、混乱と憎しみと流血に支配された、地獄そのもののような場所でした。

 ヨゼグラードにしても、惨劇の舞台という印象しかなく、普通に買い物ができるなんて信じられません。

 

「それもこの半年でだいぶマシになった」

 

 他でもないベルンが、サバトの労働者議会に手を貸したからだと。

 当たり前のように言われて驚いていると、

「俺があっちで遊んでたとでも思ってたのか?」

と軽くにらまれてしまいました。

 

 これは、後でアンリ大佐から聞いた話ですが。

 実際、サバト滞在中のベルンは、寝る間もないほど働いていたらしいです。

 賊の討伐や旧政府派の一掃。さらには内政官の手配まで。

 

 彼がウィンに戻っていたのは、サバトの現状をアンリ大佐に報告し、さらに必要な支援を引き出すためで。

「仕込みは終わった」とか言いつつ、数日後にはまたとんぼ返りする予定だったそうです。

 

「なぜ、そこまで……」

「んなもん、ちょっと考えればわかるだろ」

 

 オースティンにとってサバトは、10年以上戦い続けた仇敵です。

 今は同盟を結んでいるとはいえ、タダで協力するわけがありません。当然、何らかの見返りを求めてのことですよね。

 

「もしや、サバトに援軍を頼むつもりですか?」

 

 フラメールとエイリスが共に戦っているように、こちらもサバトや小国と同盟を組んで――。

 

「間違ってはいないが、甘い」

 

 1番の目的はそこではないそうです。

 では何なのかと聞いても、「自力で思いついたらほめてやる」ともったいぶって言われただけでした。

 

「それより、さっきの質問。俺がサバトで買ってやったものは気に入ったか?」

 

 ……何だか妙にこだわっていますね。適当感が半端なかった気がするんですけど、実は真面目に選んであの中身だったのでしょうか。

 

「それは、あの、……はい」

「はい、だけじゃわからねえよ」

「ですから、その、とても」

 

 嬉しかったです、と私は答えました。

 リアクションがお気に召さなかったのか、ベルンは「本当だろうな」と顔をしかめています。

 

 他のものはともかくとして、犬のぬいぐるみについては本当に嬉しかったのですけどね。うまく気持ちを伝えるのは難しいです。

 

「あれは、あなたが選んでくれたのですか?」

「ああ。レミにも手伝わせたけどな」

「…………。どうやって」

「?」

「ですから、未婚の女性であるレミさんを、私的な買い物に付き合わせたのですか?」

 

 そういうのは良くないでしょう。

 レミさんはサバトの労働者議会の中心人物です。軽い気持ちで一緒に出かけるなんて言語道断です。下手したら国際問題になってしまいます。

 

「何だよおまえ、妬いてんの?」

 

 私が真面目に心配していますのに、ベルンはズレたことを言って、せせら笑っています。

 

「妬いてなどいませんよ。ただ、レミさんがおかしな誤解をされて、迷惑したのではないかと案じただけです」

 

 ベルンは「迷惑なわけがない」とあっさり断言して見せました。

 

「あいつ、俺に気があるし」

「はい? 誰の話ですか」

「だから、レミが」

「…………」

 

 とっさに、言葉が出ませんでした。

 レミさんて、とても見目麗しい女性なんですけどね。それはもう、同性の私が見惚れるほどの美しさです。

 その思想については過激な所もありますが、心は純粋で優しい方です。こんな性格破綻者に惹かれるなんて考えられません。

 

 もちろん、妄想は自由ですよ。勝手に思い込むだけなら。

 

 哀れむような目を向けていると、きゅっと鼻をつままれてしまいました。

 

「にゃにをなさるのれす」

「いや、なんとなくムカついたから」

 

 ベルンはすぐに手を放し、すたすたと歩いて行きました。慌ててその後を追いながら、

 

「ところで、気になっていたのですが――」

 

 我々はどこに向かっているのですか。特に目的もなくぶらついているだけなのでしょうか?

 

 ベルンは「来ればわかる」とそっけなく告げました。

 それから20分ほど歩いて、たどりついた場所は――。

 

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